中近世 フォロワーに投げた漫画の練習のシナリオ

 


 草原がどこまでも広がっている。月の光に緑が照らされて、蒼に限りないほど近づいている。

 落ちてきそうなほど大きな月が、ただ天に浮かんでいる。

 川のせせらぎが聞こえる。虫と鳥の声。

 風が吹いて、草木が揺れた。

 草原と暗闇の中に、火がひとつ。

 火の周りに人と馬、それに荷馬車。

 男達から離れて、少女が一人。

 少女は一人笛を吹く。

 夜の月のように、薄く輝く金髪。

 くすみひとつない緑の目。



 キャラバンは西へ向かった。西へ、ずっと西へ。

 カスピ海まで西へ向かった。

 ペルシア人達の土地。世界の半分とまで呼ばれる都市。

 宝石を砕いて作った蒼いタイルで街が出来ている。

 最も高貴とされた青。まるで海のようだ。

 少女がその街を歩いている。隣にはキャラバンの隊長である商人がいる。

「ここは世界の半分と呼ばれる場所だ。みてごらん。ここは青だらけだ」

 商人の男性は、ペルシア人らしくたっぷりの髭を蓄えている。

 それに、ゆったりとした白い服。

 少女は何も話さない。ペルシアの女性と違い、顔を全く隠していない。腰に中国剣をさげている。そして、ただ口を閉じている。

「なんだね、無口な奴だね。それとも、初めてじゃないのかい」

「何度も見たことがある」、それだけを話して、また黙った。

 蒼の街の市場についた。イスラーム世界で最も栄えている市場だ。人の声、鳥の声、足音すら声のようにうるさい。祭りと思われるほどの喧噪。

「ここが蒼の街の市場だね。道中のお礼に、なにか宝石を買ってあげよう」

「別にいらない」

「気にしなさるな、お嬢さん。売ればお金にもなる」

「給料は貰っているよ」

「そういう話じゃないんだよ。プレゼントみたいな物だ」

 男は、女のタトゥーを見たことがある。それはごく一部の限られたものしかつけていないタトゥーだ。

 腕に、ライオンと太陽のタトゥーが彫られている。だから、すぐにその少女が誰なのか理解してしまった。

 そうしていると、前から商人と同じような服装をした男が歩いてきた。だが、腰にはペルシア刀を下げている。後ろには、同じような服の、部下達が控えている。

「商人、羽振りが良さそうだな」

「軍人さん、いつも街の警護をよろしくやっているそうではないですか。あなたの働きぶりには・・・」

 軍人は、王都である蒼の街の警護隊長だった。商人は、ペルシア生まれの貴族だったが、家を飛び出して商人になった。

 二人はそれなりに見知った顔だったし、必要な分だけ互いに便宜を図っていた。金と権力の物々交換だ。

「そちらの女はなんだ」、軍人が睨み付けた。

「私の旅の護衛ですが」

 軍人と少女の目が合った。少女の眼光が鋭くなる。金の髪と緑の目。エメラルドよりもっと輝いている。

「まさか、この髪と肌と目は、いや、あの女に似ている」

 軍人は、その目に見覚えがあった。王家を、国家を揺るがすものとして、その女の首をはねたことがあった。

 少女にとっては、ペルシアの軍人全員が仇敵であった。母を殺し、ペルシアから東へ追放したものだ。ただ、この男が母の首をはねた者だとは知らなかった。

「まさか、あの女の子か!この女を殺せ!」

 軍人がペルシア刀を抜こうとした。

 女は右手で相手の抜こうとした腕を押さえ、そのまま体当たりするようにして左肩で押し飛ばした。

 軍人は尻餅をつく。

 そして、女が左手、それも逆手で、両刃の剣を抜いた。

 軍人の手下が、女に向かってペルシア刀を振りかざしながら突っ込んだ。

 女は左斜め前へ転がりながら逆手で男の腿を切った。男が膝をついて、倒れ込む。

 そのまま女は右の順手に持ち替えた。

 戸惑っているもう一人の手下に向かって、走った。そして飛び上がり、頭頂部へ振り下ろす。

 男はペルシア刀を頭上で水平にして受け止めた。

 勢いが付いたままの女は刀と剣を合わせたまま、左掌で押し飛ばした。

 男がよろめいたところで、男の手首の内側を切ってペルシア刀を落とさせた。

 血があたりに流れ出す。

 女が剣を振って、血を払った。

 軍人が前装式の拳銃を取り出した。

 射撃音。拳銃から多大な白煙。火花。

 擦っただけだ。当時の銃は命中精度が悪かった。

 軍人は拳銃を投げ捨てた。

 手下達がわらわらと集まってくる。

 女は逃げ出し、市場を駆け抜けた。

 誰も追いつけない。前に、横に、上に、下に。

 鳥のように駆け抜けた。

 そして市場の端まで逃げて、馬を盗み、どこかへ消えた。

「まずいことになった」

 軍人はペルシア刀を持ったままだ。

「これからこの国に波乱が起きるかもしれませんな」

 商人は、女が上手く逃げおおせたことに感心していた。

「くそっ。ああ、王に報告しなくては」

 市場で、その一部始終をイギリス人が見ていた。

 これからペルシアだけでなく、世界を巻き込んだ大事件が起こるとは、誰も知るよしがなかった。

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