マルタの鷹ー感想


星5です。


皆さんは、ハードボイルドというジャンルを聞いたことがあるだろうか。

ほとんどの若者は知らないだろう。もちろん、若い世代に人気も無い。

西部劇と同じくらい時代遅れの、古めかしき、男臭い物語と思うかもしれない。

もちろんそうだ。

だが、このジャンルが文芸に与えた影響は大きい。

このジャンルの創始者は?

わからない。

このジャンルは本当に定義がしっかりしているのか?

そうでもない。

ハードボイルドなキャラって?

はっきり決まっているわけではない。

だが、ハードボイルド文体というものは存在する。

ヘミングウェーの老人と海、そしてこのマルタの鷹はその祖先とも言えるべき存在だ。

感情を排し、他人事のように全てを書き連ねる。

ダシール・ハメットが書いたマルタの鷹はカメラアイと呼ばれるほど、クールでソリッドな文体だ。それでいて、キマっている。

それがこれだ。

ハードボイルドを想像する人の多くは、チャンドラーの系列の物を思い浮かべている。もちろんチャンドラーは自分が読んだ中で最も優れた小説家の中の一人であり、三島と同じく、恐ろしくナルシストな自分が勝てないと思った事のある小説家だ。

彼は小説家であると同時に、偉大な詩人だ。ゲーテとバイロンを読んだことがある。だが、彼の詩のほうが自分は好きだ。小説の文の中にそれが潜り込まされている。

詩ではないが、詩のような文章と比喩だ。

もちろん、今は更新停止している自分の小説もチャンドラーの文体を参考にしていたし、それの主人公はチャンドラーが好きだという設定がある。だから彼はチャンドラーのようなしゃべり方と独白をする人間になっている。

チャンドラーはハメットの小説を参考にして、それにウェットさとすばらしい比喩とニヒルでウィットにとんだ台詞を追加したものと言ってもいい。

ハメットは人を選ぶ。有名な大藪春彦も、ハメットの系列だ。大藪はもっと、血なまぐさい。血なまぐさいハードボイルドは、だいたいハメットの影響だ。時代劇、黒澤明の用心棒も、ハメットの血の収穫が元ネタである。クリントイーストウッドを時の人に押し上げたマカロニウェスタン(アメリカ製の人情派の西部劇ではなく、イタリア製のガンアクション系西部劇)の荒野の用心棒はその用心棒という映画が元だ。

血なまぐさい作品は、彼の影響下にあると言ってもいい。

 元々ハメットはかの有名なピンカートンの探偵で、更に犯罪小説書きだった彼は、共産主義者でもあった。

 その無神論、唯物主義。神を信じない。誰も信じない。人間などただの物質だ。

 そんな主張すらも感じられるほど、ソリッドな文体である。

 当時の探偵は労働者を弾圧し、依頼人からこってり絞り上げていた。スト破りがもっぱらだった。

 そして、マルタの鷹の探偵、サムスペードは全ての探偵が理想とした探偵だった。

 冷酷無比、度胸、誰にも負けない賢さ、腕っ節、男性的魅力。

 現実であったら、嫌な男待ったなしの性格であっても、それでも探偵は彼を理想としていたようだ。

 探偵とはそういう職業だ。昔のピンカートンは、西部で人を撃ち殺して回っていたものだ。イギリスの探偵小説は、トリックの想像ばかりで非現実的だった。現実の探偵は、浮気調査、保険のなにやら、相手の弱点をしらみつぶしに探して、金を出来るだけ貰う職業だったというわけだ。アメリカでは銃が必要なときもある。

 それが本作、マルタの鷹だ。

 登場人物の、サムスペード。

30代の探偵。探偵二人、女の事務員を入れて三人の小さな事務所だ。

そこに、美しい女がやってくる。

そこから話が広がっていく。

美しい女、見知らぬ男、ハードな犯罪者、警官。

そして死とマルタの鷹。

もちろん最初から最後まで、そのソリッドさを味わうと、心がセメントで固められたような気分になる。文体だけでなく、ストーリーもそうだ。

冷酷無比なストーリー。死刑は死よりも恐ろしい。そして主人公は死刑台よりも冷酷な男だ。


アメリカの文学と映画に多大な影響を与えた本作は、今からすると古典の部類かもしれないが、古典の中ではこれはオススメできる一冊だ。

そして心がすさんだときに読むともっと心がすさめる一作だ。

幸福感低下待ったなしだが、個人的に1930年代では最高傑作の一つだと思う。

是非オススメしたい。

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