阿片(5)
女に阿片をすり込んで、ひとしきり行為を終えて腹を空かせたあと、アントンは食堂へ招かれた。
王が席に座っている。
「ヨーロッパに習って、コース式にしてみたよ。順番に出てくる」
「冬のヨーロッパだとコースじゃないと、冷めて食えない。幸いここは暖かいが」
「そういえば、ある女から翡翠をもらったらしいね」
「阿片と代わりだ。なぜ知っている?」
「そいつは私の女だ。その翡翠は私の物だ。翡翠を返して貰おう」
王は激怒している。アントンは舌打ちをして、翡翠のイヤリングを返した。
「これから出る料理を全部食べろ。嫌とは言わさないぞ」
王の部下が、背中から魔法みたいに中国刀を引き出した。
「わかったよ。知らなくて悪かったな」
「お前でなければ殺していた」
アントンはなんとも思っていなかった。利用価値のある自分を殺すわけがないし、殺されたところでどうでもよかった。戦争で死に慣れすぎていたからだ。
それよりも、王の漢方に付き合わされるのと、商売が出来なくなる事が嫌だった。
これからフルコースが出てくる。
まずは、前菜代わりに紹興酒の器と生きたままの海老が出てきた。
目の前で、料理人によって生きたままの海老が紹興酒につけられ、死んでいく様をじっくりと見せられた。海老がガラスの器の中で、跳ね回って、蓋にぶつかり音を出した。もがき、大量の足をうねらせ、ついに背中を向けて、裏返った。足が微細動している。
そして、ガラス蓋の器の穴から海老が煮えた鍋に入れられ、跳ね回る様を見た。
そのうちに紅に海老が染まったところで、火が止まった。
そいつが竹で編まれたなにかに入れられて、出てきた。
アントンは戦争を思い出した。マスケットではらわたを撃たれた兵士が、叫び、うめいてのたうち回る所を。
そして、味方か敵か馬に踏み殺される。楽しい思い出だ。
海老を食った。こいつは好きな味だ。海老とアルコールの味。戦争と上品な酒場を思い出す、懐かしい味だ。
「今のは前菜。次はスープね。フカヒレとツバメの巣」
今度は、スープだった。
帯状の物と、帯状の物。どっちも似たような物だ。半月状で大きいのがフカヒレ、小さいのがツバメの巣。
しょっぱく、とろみがついたスープだ。こいつもいい味をしていた。
「じゃあ次は、魚だったかな。ま、肉にしておいたけど」
ピンクと赤が混ざった大量の物体が、目の前に運ばれてきた。
すべて、細かい一つ一つが蠢いている。小さい赤ん坊。人間の胎児を更に小さくしたようなかたちだ。
「なんだ、これは」
さすがのアントンも、言葉を詰まらせた。
「ネズミの胎児よ。三聴。箸でつまんだときと、汁につけたときと、口の中で三回鳴く」
アントンが慣れない箸をためらわせていたところ、首の裏に冷たい金属を感じ取った。
ネズミの胎児を箸でつまんだ。赤ん坊が悲鳴を上げる。
たれにつけた。また悲鳴を上げた。
最後に口の中に入れて、噛んだ。口の中で一番の悲鳴を上げた。口の中で響いて、脳までそれが伝わった。
味は、ウサギの肉に近い。品がある味だ。
「さぁ、どんどん食べて」
王は五匹まとめて箸でつまんで、五重奏の悲鳴を上げさせた。もちろん、タレの時も聞こえた。
「私は、こうやって食べるのが好みね」
王は、ネズミの足をかじり取った。血が流れ出て、赤ん坊達が酷く泣きわめく。泣きわめいたところでタレをまた足の傷口に着けた。また鳴いた。
にたり、王は笑った。
「こうすると、なかなか死なずに叫び回る」
また、戦争を思い出した。トルコ人が赤子を食い殺した所を。そして仲間が撃たれて、病院で足を切り落とすとき、泣きわめいたことを。
アントンの顔が引きつった。
「食え」
皿に盛った分の悲鳴を聞きおわった。味は良かったのが救いだった。
「そのうち慣れるね。次は、肉料理よ」、王は笑った。
今度は、箱に錠でつながれた、猿が暴れ回りながら出てきた。
料理人が横に着いている。骨を切るための、のこぎりを持っている。嫌な予感がした。
「猿脳」
料理人が箱を小さいテーブルに寄せた。アントンと王はそこに座った。
料理人が、のこぎりで猿の頭蓋骨を水平に切り出した。
猿がこの世の物とは思えない、だが戦争の時いつも流れ続けている音楽を奏でた。
そのうちに、猿の頭蓋骨の上が外され、しわくちゃで赤黒い脳が見えた。
「これが中国最高の宮廷料理。清王朝の人間は皆食べている。脳の病気と性欲増強に効く、猿脳よ」
猿の脳の上から、酒が注がれた。
さっきまで痛みと怒りに輝いていた猿の瞳が色を失っていく様を、克明に見せつけられた。
猿は少し大人しくなった。
王が、猿の脳をスプーンで削り取った。スプーンに、調味料をのせて、アントンへ差し出した。
「食え」
王はアントンの口の中に、脳を突っ込んだ。
唐辛子の辛さと、生肉の甘み。脂肪ばかりで、生肉にバターを混ぜたような味がした。
猿は脳を食われて暴れることを少しずつ忘れていったのか、少しずつ動かなくなっている。
「ほら、もっと食いなさい」、またアントンの口へ突っ込んだ。
アントンは冷や汗をかきながら、食べた。味は悪くない。だが、まるで戦争だった。小さな戦争のように、過酷だった。
「下の方の脂身のとこは、食べても美味くないね。どう?戦争よりはいいでしょ?」
「まぁ、な」
王は残りの脳を食べた。猿は痙攣したり、黒目が台風みたいに荒れ狂っていたが、そのうちに死んだ。
「じゃあ、次はさっきの人ね」
「もう勘弁してくれ!」
「ダメだよ」
さっきの中国人が運ばれてきた。
また、同じような鎖につながれていて、もうすでに生きたまま腹を割かれている。そこら中の皮が剥がされ、肉がもうすでにえぐり取られている。中国人は苦悶の表情を浮かべ、現地の言葉でなにか叫んでいる。
食わなかったら、もうここでの商売はおしまいだ。はらわたが煮えくりかえりそうだ。
「どこを食べる?」
「肝臓だ」
「睾丸で行こう」
料理人が、睾丸を切り落とした。中国人は金切り声を上げて、失神した。料理人が皮を開き、中の睾丸を取り出した。
料理人が生の睾丸に酢とたれをかけて、テーブルに置いた。
アントンは結局食った。殺されるのはいい。だが商売が出来なくなっては困る。
堅い食感と、精子の味と、酢とたれの味だ。それ以外に表現しようがない。
「次は、肝臓ね」
料理人が料理の素材を殴りつけ、目を覚まさせた。
料理人は、素材の肝臓をナイフで薄くはぎ取った。鮮やかな手つきで、複数の肝臓の片を作り出した。
同じく、なにか調味料をつけていた。
生肉の甘さと、肝臓であることの甘さ。
「肩の牡蠣ソースね」
更に、牡蠣ソースののった焼かれた肉、それと炊いた米が出てきた。
アントンは全て食べきった。
王は、最後に人の脳を食っていた。猿脳と同じ手順だ。
「うまいね。食べきれない分は、切り取って保存しておきなさい。肝臓と心臓は絶対残しておきなさい。腎臓は加熱して、ペーストにしておくんだ」
それといった注文を全てつけた後、王は笑った。
「結構、美味しいでしょ」
「ああ、まぁな」
「阿片と同じね。最初だけ怖い。数回は気分が悪い。あと普通。そんなもんね」
中国風のデザートとジャワのコーヒーが出されて、それで口直しをした。
「これをエドワードに見られたら、イギリス海兵隊が俺を殺しに来るに違いない」
「もう、見てるよ?」
「なに?約束が違うだろう!タイムズに記事を書かれたら、俺の商売はおしまいだ」
「違えてないよ」
王が呼びかけると、小さな檻に入れられた全裸のエドワードと、全裸の女が出てきた。
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