阿片(4)


 アントンはアヘンをくすねた中国人を連れ、王の家へ向かった。馬車を止め、王の豪邸へ入ると、王は出迎えてこなかった。

 また女か少年に掘られているなと、アントンは想像した。気分が悪くなったので、すぐやめた。宦官は男性器が切除されているので、そういう性癖を持つものが多かった。

 そのうちに、王は応接間までやってきた。男性器を切除しているため、違和感のある顔だちをしている。そして例にもれず、辮髪だ。女装をしているのを見たことがあるが、昔は女と見間違えるほどだった。漢人であり、中華帝国の今の主である満州族が嫌いだったので、人がいないところでは辮髪の代わりに女のかつらをかぶっているらしい。とはいえ、もう年だ。

「待たせたね」

「女か男どっちと遊んでた?」

「少年だね。金髪で青い目の少年。もう阿片狂いよ」

「今日はパーティを開こう。こいつをあんたの好きにしていい」

「いいね。たまらんね。どこを食べたい?」

「食うなら肉か肝臓。過熱してくれ。だがそんなに量はいらない。そこまで好きじゃないからな」

 王は人肉食を断ると気分を悪くするから、人を差し出すときは自分も少し食う必要があった。戦争でトルコ人がギリシア人を生きたまま食っていたのを見たことがある。だから、アントンは慣れていた。

「だったら、他は生のネズミの胎児か、酔ったエビか、猿の生の脳かどれがいい?」

「酔ったエビと普通の食い物を頼む」 、この中では、酔い殺した海老が一番マシだ。

「ちゃんと料理を作らせるよ。とんでもなく美味しくしてやる」

「さっき、イギリスのタイムズのエドワードという記者が来た。奴は白人の阿片商売を終わらせようとしている。あいつを黙らせることはできるか?」

「殺していいなら、いいよ」

「だめだ。殺すな。タイムズがいらないことを書き立てる」

「だったら、阿片狂いにしてしまえばいい。阿片とセックスからは、誰も逃れられないよ」

「じゃあ、それで始末をつけておいてくれ。だが逃げられるなよ。余計まずいことになる。大英帝国の貴族が動物愛護活動に目覚めてしまえば、清での阿片貿易は終わりだ」

アントンは現地人を動物ぐらいに思っていた。元々、他人を動物ぐらいにしか思っていないから、人種観というより人生観の話だった。それは王も同じだ。

「それは困るね。結局、欲しいやつがいるから買い手がいる。供給を絶たれては、私が困る。それに、賄賂のほうもなくなってしまうね」、王は手を広げた。 アントンは、テールの箱を王に手渡した。

「必要な分のテールだ」

「でも、今度からもっといるね。政府の役人が、また多く要求してきている」

「なに?これ以上だと?」、アントンは王の心臓を撃ち抜きたい衝動にかられた。中国人の要求する賄賂の多さにはもう辟易している。

「政府のほうでも、阿片の取り締まりの話が出ているらしい。死刑にされる可能性がある。それに、林則徐とかいうやつがそれに抜擢される可能性がある。そいつは賄賂を取らない。殺す以外には無理ね。役人は皆今のうちに賄賂を取って、逃げようとしている」

「そうなれば、イギリス海軍が清を負かすさ」

「できるかね?清は世界一の帝国よ」

「イギリス海軍を見たことがあるか?世界最強の海軍だ。あれには清と日本が束になっても勝てんよ」

「東夷のやつなど、数にもならんね。清の80万の陸軍には勝てまい」

「本当に軍のことを知らないんだな。イギリス陸軍は確かに世界に10万人しかいないが、清の陸軍では10倍の数でかかってもイギリスに大敗する。そして本気になれば、あちらは国家が発展しているからすぐに世界中から大量動員をかけることができる。インド人やアラブ人、インドシナ人が大量に動員されるんだ。それにフランスまで首を突っ込んでくるぞ。それに清は、首都も多くの都市も海岸に面してる。すぐに海を取られて、都市をやられるさ。英仏は陸で戦う必要すらない。ちょっと行って、すぐ帰ってくるだけだ。それで貿易は終わり。だれも賄賂をとれずに、役人は締め上げられる」、王は押し黙って、口をつぐんだ。 明は、倭寇に国の沿岸部のほとんどを荒らされたことがある。川から進入され、内陸部すらも荒らされていた。ゲリラ相手にそこまでやられたのだから、イギリス軍が本気を出せばもっと手ひどくやられるだろう。

「それでは、なおのことエドワードとやらを丁重に扱う必要があるな。逃してはいけないようだ」

「頼む。林則徐とやらを追い落とすことはできるか?」

「無理そうだね。たぶん取り締まりと戦争は避けられないよ。そうなったらその間、私と君との仲は断絶状態になる。死刑は避けたい」

「戦争になれば、清は完全な植民地になるだろうな。俺としてはうれしいが、取り締まりの間と戦争中に壊滅的な打撃を受けては困る。林則徐がやりだしそうになったら、教えてくれ。その前に全部アジアやトルコで捌く必要がある。そうなったら、しばらく清には立ち寄らず、トルコとインドと東南アジアで商売をする。戦争が終わったら、また立ち寄るかもしれない」

「わかったよ。ご馳走を作るから、夜になるまで楽しんでいってくれ」、王は自分の部屋に戻った。

 アントンは清という巨大な市場、中継地、工場を数年失うこと。それを想像して、腹を立てた。

 応接間の白虎の毛皮を見て、日本刀を見た。

 そして、王のよこした女が来るのを待った。


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