1-18 記述『力の正体』
咄嗟に目の前に差し出された手を思わず掴む。この綺麗な人はーーなんだ?天使か?いやまさかーーと思うや否や、柊の足が地面から離れた。
「ーーえ」
地面がどんどん遠ざかる。左手に握る彼女の滑らかな手から、力強いエネルギーが柊の体内へ流れ込んでくる。そしてそのエネルギーが背中にゆくのを感じると、白の翼が柊の背から勢いよく生えた。
柊は飛んでいたのだ。空を飛んでいたのだ。いつか願ったこの望み。空を飛ぶという、人の域ではなし得ない凄技を、今現在実現しているのだ。
喜びの反面、恥ずかしさもあった。女性と手を繋ぐなど初めての経験だったし、なにせこの人はとんでもなく美人、美の象徴のような存在だ。そんな人の手を握っているのは非常に気恥ずかしく、また自分が手汗をかいていないか妙に気になった。
柊は右手の電話をうっかり下に落とさないよう、ポケットにしまった。
そして色々な感情の混ざった目で、隣を飛ぶ女性を見つめた。
その女性が柊を見て、微笑を投げる。
それにつられて柊の鼓動が高鳴った。やはり天使だ。こんなの、人間の笑顔ではない。こんな人を虜にする笑顔があってなるものか。
柊の手を引いて空を駆ける天使が何処に向かっているのか、柊は見当がついていた。さっきの電話の主ときっと会える。そんな強い、確かな予感だった。
「色々と記憶が混乱したり、飛んだりしてると思うが、思い出したいか?」
唐突に質問が飛んんでくる。確かに、柊は何も覚えていない。自分が何をしたのか、何故こんな状況になったのか。そこはやはり知っておかないといけない。
「はい、思い出したいです。と、その前に貴女は何者ですか。」
「そうだったな。自己紹介をしていなかった。私はアウラ。天界、お主らから見れば死後の世界で大天使という役職についている。死者の魂の選別が主な仕事だな。」
大天使が何かはよくわからないが、言葉の響き的に凄い人なんだろうと柊は見当をつける。そしてそんな高貴な人物、いや天使に対する自分の態度は尊大なものになってはいなかったかと自問する。
「すみません、そうとは知らず無礼な真似をーー」
「ん?別に無かったと思うがーーまぁよい。それより全て思い出させてやろう。」
アウラは上空で急停止し、柊も続いて止まる。アウラは柊と固く手を繋いだままで、もう片方の手で柊の額に触れた。触れて指先が白く光り、柊の脳内が照らされたかのよう。闇を照らすその光の中で柊は自分の記憶を見た。自分が見てきた景色を、起こした行動を、名前を、他のみんなのことを、そしてーー
ーー全ての原因を。
アウラの手が額から離れる。柊は沈んだ面持ちでボソリとアウラにこう言った。
「……離して下さい。」
「なに?」
「手を、離して下さい。」
「それは無理だ。手を話せばお主は落ちて死んでしまうぞ、柊翔。」
「それでいいんですよ!それに多分どうせ死ねないんです今の僕は!いいから離して下さい!」
「みすみすお主を殺す真似はできない!どうしてそんな事を言うのだ!」
「僕は…俺は…!俺は戻れない!木戸に、みんなに合わせる顔がない!さっきの電話、木戸からだったんだ!貴女が生き返らせたんですよね!?魂を司る大天使って言ってましたからね!!俺はもうあいつには会えない!だから手を離せ!」
「ダメだ!そんな事をしたらーー」
ーーなんだよ、何もわかっちゃいないじゃないか。
もうダメなんだ。何もかも。もう終わらせたいんだ。始まりを齎すな。それは俺が望む結果じゃない。
この世界では俺が神なんだぞ。
「手を放したら何だってんだよ!お前の都合なんか聞いてない!俺がみんな、みんな俺が殺したんだ!あいつはそれを知らずに電話してきたのか!??あいつを天国に返せ、生き返らせた全員を天国に返せ!!できるんだろ!俺は俺が殺した人達の中で生きたくない!それができないならそうだ、俺を殺せ!さぁ殺せ!何度も死のうとしたんだ。でも失敗した!お前ならできるだろ?大天使なんだろ?空飛んだり記憶戻したり、そんな力があるなら人一人殺すことくらい、なんでも無いはずだ!!天国で今まで数えきれないほど何度も、死者を見てきただろ!?早く殺せよ!この手を離せよ!もう終わらせるんだよ!!早くしろ!俺はここでは神なんだぞ!!天使が神の命令を聞かないのか?とんだ背徳者だなオイ!!」
「……」
アウラは静かに柊の言葉を聞いていた。しかし彼の放った、最後の言葉に怒りの片鱗を見せた。
鋭く射抜く眼は柊を震え上がらせ、圧倒的存在の威厳をもろに受ける。空間全体が震えるような圧倒的な格の差。絶対に埋まらない、存在の差。
「神を語るな、柊翔。恥を知れ。」
自分の目じっとを見てくるアウラの視線に耐え切れず、柊は視線を横に逸らした。しかし直ぐに向き直ると、小さく頭を下げた。
「すみませんでした。思い上がりが過ぎていました。」
「よい。お主がずっと辛い状況にあったのは天界からも見ていた。そういう思考になるのも仕方がないものよ。」
アウラから威圧感が消え、柊の肩の力が抜ける。やはり神という存在は天界にいるのだろうか、と柊はふと考える。本当にいるとしたら、それは自分ら人間が想像するのとは違った雰囲気なんだろうな、と。人間は勝手に宗教を作り、神という存在を空想する。しかし実在するとなれば、その空想は虚言になる。人間が長い時間かけて築いてきた神の虚像がどれほど符合しているのか、少し興味を持った。神についてアウラに聞いてもよいものだろうか、と思案するうちにその思考がうち止められる。
「それと、お主は少し勘違いをしているようだ。」
「勘違い、ですか?」
「人間や他の生物を殺したのはお主ではない。それを成したのはお主とそっくりな見た目の人間だ。」
「で、ですが、僕がそう言葉を発したから…」
「違うのだ、柊翔。ドッペルゲンガー…といえば通じるのか?そのドッペルゲンガーが死んだ直後から力が使えなくなったはずだ。それをお主はどう考える?」
「それは……わかりません。」
柊の言葉に目を閉じて頷くと、アウラは柊を真っすぐに見つめて口を開いた。
「よいか。お主に特殊な力などない。力を使っていたのはいつもドッペルゲンガーだったのだ。」
「お言葉ですが、彼がいない時でも…」
「彼は彼自身の力で、お主から姿を見られないようにしたらしい。つまり、お主が気がついていなかっただけで、ドッペルゲンガーはずっとお主のすぐ側にいたのだよ。」
「……そんな、いや、そんなバカな……」
病院から帰る時も、部屋で蹲ってる時も、妹と話している時も、翌朝登校している時も、ずっと奴がいたというのか。確かに柊自身が力を持たないとすると、力が発動した瞬間はいつも奴が側にいることになる。そうでないと、柊の発する言葉を聞いて、それを行使できないのだから。
「俺に、力なんて最初から無かった……?」
急に力が身についたと思った理由はそういうことだったのか。ただ単に柊が喋った内容をドッペルゲンガーが実現させる。それだけだったのだ。しかし…
「どうしてそんな事を?というか、奴が死んだのは僕の言葉の力ではなく…自殺、と?そもそもあれはどういった力なんですか?」
「疑問は多いだろうが少しずつ潰していこう。まず、あの力だが、お主も察している通り、“口にした内容を現実化し改変させる”ものだ。私たちは“改変”と呼んでいる。だがお主の想像だけが全てではない。」
「他にも何かあるんですよね。言葉によって効いたり効かなかったりしましたから。」
「うむ。まず、口にした全てが力の対象となる。つまり望もうと望むまいと、口にしたことは必ず発動される。」
「意図せずに現実化したのはそういうわけでしたか…というか迂闊に喋れないじゃないですかそれ…」
「次に、人間が過去に誰も為していないことは実現しない。例を挙げると、“〜にワープする”と言ってもそれをできた人間はいないから発動しない。しかし“〜に行く”と言えば、少なからず過去に人間が一人でも行ったことがある場所なら、能力は発動しその場に即座に行ける、ということだ。実質ワープなのだが、言い方で発動するか否かが決まるというわけだ。」
「なるほど…ペンギンを消す、ってのは人間技を超えてますもんね。物を消滅させることなんてできませんから。なるほど…」
「更に、同じ内容の“改変”はできない。」
「そして最後に、力を使う度に、その力に応じて寿命が1〜10年ずつ減る。」
「ーー!!」
寿命を削る。確かにそれだけの価値のある力であることは確かだ。大抵のことは思い通りになるのだから。
でも、でもなんで、あのドッペルゲンガーは寿命を削ってまで柊を殺そうとして、さらに周りを巻き込んで自殺して、柊だけを生かしたのか。あれほど殺そうとしていた癖に、柊だけは生きるような“改変”を与えた。柊が死なないのも疲れないのも、間違いなくドッペルゲンガーの力なのだから。ドッペルゲンガーのやりたかった事は何なのだ?柊は必死に頭を回転させ答えを導こうとする。しかしーーどうしてもドッペルゲンガーの行動に矛盾があるようにしか思えなかった。
「では次に、ドッペルゲンガーの正体と目的を話すとしようか。」
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