1-19 記述『露と消えた未来』
10月1日ーー
「これは……一体……」
柊翔は朝礼で配られたプリントを見て驚愕する。
そこにあったのは神からのメッセージ。
「選ばれし七人に力を与えるーーだと!?それに……一ヶ月後にこの七人でバトルロワイヤル…!?どういう事だ…?」
その手紙にはなるほど七つの異能の力が記されている。その中から自分で力を選択するらしい。既に他の六人のうちの誰かに選ばれた力には×マークが付いていて、選べなくなっている。
柊翔は神を信じていない。この白の紙に浮かび上がるような文字すらも、疑問の眼差しを向けている。並んだ文字の最後に記された「神」のサインすらも何かのトリックではないかーーとしか思えなかった。
それでも、こうして選択を迫られる以上、選ばなくてはならない。
「っつっても俺が選ばれた存在って……アニメの世界だけにしてほしいものだ…」
柊翔が選んだ力は“改変”。
「言葉にした事を現実化する」と説明が書いてある。こういう超能力には何か使う際の制約やデメリットがあるのが定番だ。それでもどうせ超能力を得るなら使い幅の広いものがいいと、ちょうどまだ選ばれてなかったというのもあって、“改変”を選んだ。
頭の中でそう決意すると、紙の“改変”の文字の左に×印がついた。そして確かにその力が自分の身に宿って感触があった。
柊は日常の中に降って湧いた非日常に少なからず喜びを感じていた。
しかし得体の知れないものをホイホイ使うほど軽率な男でもなかった。
トリックがわかるまで、下手には動くまい。
ガヤガヤの収まらない教室で一人、柊は決意を固めた。
* * *
災難は突然だった。
柊は知らなかったのだ。“改変”の力の本質を。
自分の口から出る全ての言葉が現実になるなど。
元々柊はあまり喋る方ではない。それ故に十分な実験を積む前に災難は起こった。
その日の授業中、柊は一人ボンヤリ外を見ていた。アニメなどではよくある仕草だが、男子校の体育の光景など面白くもなんともない。女子がいればなぁーーと考える柊の脇腹にボールペンが刺さった。
隣の木戸に迷惑顔を向ける。相変わらずこいつは授業を聞く気はないらしい。暇を持て余して俺にちょっかいを出したのだろう。
「なんだよ。」
「いやぁ、暇だなって。遊ぼうよ!」
「授業中だぞ、一応。」
「柊だって聞いちゃいないんだろ?」
木戸はボールペンを柊の脇腹にもう一度、二度、三度と突き立てる。
「やめんか、おい、くすぐったい、おい、死ね、おい。」
その瞬間だった。
前で話す先生の声が止んだ。
黒板を叩いていたチョークの音が途切れ、床に落ちて砕け散る。
教室は元々静かではあったが、一切の音が消えた。
全員の存在感が一瞬で、消えた。
そして直後には音の連鎖が始まった。
身をこちらに乗り出していた木戸が、柊と木戸の椅子の間に倒れた。
クラス中の頭が、それぞれの机に落ちた。
バタバタガラガラと色々な音が世界にこだましーー
再び、世界は静寂に包まれた。
柊はゆっくり立ち上がった。
それは初めて経験する、たった一人の世界。絶対的な孤独。
柊は教室のみんなを見て回った。校舎を回った。学校の外にも足を踏み出した。
全ての死を確認して、柊は屋上へ登った。
こんなことになるなんて思ってなかった。こんなつもりじゃなかった。
誰がいるわけでもないのに、自分にそう言い訳する。
もっとこの力を知っておけば……!!
話すこと全てが現実になるなんて聞いてねえよ……!!
超能力なんてなければいい。
こんなものあったって良いことなどない。
誰もが平和に暮らせればそれでいいじゃないか。
神がいるかは知らないが、なんでこんなことをしたのだろう。
一人になった世界に、生きる理由はない。
この罪から解放されよう。
柊は屋上から飛び降りた。
赤の血溜まりと肉片が生まれーー
世界で唯一、音を発する生物が死んだ。
* * *
死後の世界ーー
天使らは柊の、そして生物界の事情をどうやら把握していたようで、柊は他の人間とは別の空間に通された。
そこで柊は、大天使アウラを見た。
人間の常識を超えた、圧倒的な美の象徴を。
アウラは柊を見ると深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。このような事態を招き、神に代わり謝罪申し上げます。」
「いえ、そんな…頭を上げて下さい。」
「神様があなたとお話がしたいと仰っています。どうかこちらへ。」
大きな翼を持った天使に連れられ、白の床を歩く。
暫くすると、高く聳え立つ、大きな塔が目に入った。
「あの塔が私たちが住んでいるところです。」
「どこまで続いているんですか…」
その塔は青空へ一直線に伸びており、その終わりは見えない。円筒形で、その円の半径も尋常じゃない程大きいのだが、高さがそれを超えた次元の為に、直立しているのが不思議なくらいだ。
「あの塔は天使の位が高い程、高い階層に住めるんです。」
「つまり神が最上階、ということでしょうか?」
「それは正しくもあり、間違ってもいます。確かに神様より上に住む天使はいない…はずですが、天井がないので神様が最上階とは言い切れません。」
「天井がない…無限に続く、ということですか?」
「わかりません。私たち大天使でも天井を見つけることはできなかった、とだけ。もしかしたらあるのかもしれません。」
無限に続くなど、科学的にありえない。しかし死後の世界が存在していることも考えると、科学など本当にちっぽけなもので、あってないようなものなのかもしれない。
「一つ、質問があるのですが。」
柊は歩きながら、言葉を噛み砕くようにアウラに言葉を投げる。
「僕が今持っているこの力がどんなものか聞いてもいいですか?」
「……なるほど、全然知らないことばかりでした…それで、この力を与えた神の目的とは?」
「お主らの世界に魔物が現れ始めたのは知っているか?」
「魔物……?」
「そうだ。今朝のことだからまだ知らなくても無理はない。お主らに神様が力を与えたのはそれに関係すると聞いている。」
アウラの話し方は先程の丁寧さが薄まり、自然な感じになっている。こっちの方が話やすくていいな、と柊は内心思う。
「聞いている、ということは詳しくはわからない、と…?」
「……随分率直な意見だな。だがその通りだ。すまない。ただこうするしか方法がない、と神様は仰っていた。」
避けられない事態ということか。それなら俺はどうすればよかったのか。これからどうすればいいのか。
「申し遅れました。私はアウラ。大天使アウラだ。死者の魂の選別を主な仕事としております。」
塔の門のような所に立つと、身体全体が浮遊感に襲われた。急に宙に投げ出されたかのような感覚。それが収まると、柊とアウラは違う場所に立っていた。
目の前から大きな塔が姿を消し、辺りを飛び交う天使らの姿もない。
見えるのは永遠に続くかに見える白の床と青の空。ちょうど外の景色からあらゆる物質を消し去ったかのよう。これが塔の中だと普通は気がつくことはないが、柊はそこに勘付いていた。
塔の門に立った時点でそこから中に入るのは自然な流れだし、無限の高さがあると聞かされていた以上、塔の中に無限の別世界があってもそれほど驚きもしない。
柊とアウラの目の前で、突然白の床から煌びやかな椅子が「生えた」。
そう認識して瞬きをした次の瞬間にはそこに一人の老人が腰掛けていた。
「柊翔……じゃな。お主には迷惑をかけた……すまんのぅ。死んでしまった後でなんじゃが、何か願いでもあれば聞くぞい。」
この方が神なのだろう、と柊は老人を上から下まで見る。老人の右手には彼の身長程もある杖が握られており、神々しい輝きを放っている。
柊は神の言葉を噛み砕く。願い。願い。決まっている。
やり直したい。こんな世界の終わりでない、もっと別なーー
「お願いがあります。時を戻すことって、できますか。神様。」
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