第63話 2年目8月⑤
翌日の月曜日。また一週間、テキサンのレストア作業が始まる。
毎週月曜日は、午前中にミーティングをすることになっていた。作業進度の確認と、OB会やレストア部各人の報告。なにか問題点が見つかれば、話し合って解決策を探す。
形式的なものが好きじゃない風花は、提案されたときからあまり乗り気ではなかったが、OB会の大人たちの建設的な助言だったり、毎日作業しているからこそ気付きにくい、積み重ねの成果を確認できることから、いつしか積極的に参加するようになった。
いい意味でも悪い意味でも、風花のモチベーションに左右されやすいレストア部一同にとっても、全体のモチベーションに刺激を与えられる重要な機会だった。
だが、今日のミーティングは、これまで行われてきたどの回よりも刺激的なものとなった。
「これが、正真正銘、083号機のプロペラ基部です。」
机の中央にゴトッと置かれたその金属塊は、弘を除くその場にいた全員を硬直させるのには、十分な一品だった。
しばらくして、風花は口を僅かにパクパクさせたかと思うと、音が零れるような声で
「おま…これ…どこで…」
と漏らした。ここまで狼狽えている風化は新鮮だが、最近は普段の彼女からは想像がつかないような一面を知る機会が多かったせいで、大した衝撃ではなかった。
「それはこれからお話します。…なるべく要約しますが、今日のミーティングの時間を全部使っちゃうかもしれないです。いいですか?」
否定する人間は誰もいなかった。というか、これ以上に重要な議題などあるはずもなかった。
結局弘は、矢田神主から譲られたプロペラ基部と鶉野修の手記、その他083号機特有の各種資料を広げ、2時間ほどかけて全てを話した。──あの女の子のことは、流石に信じてもらえなさそうな気がしたので端折ったが。
昼休みを告げるチャイムが、遠くの本校舎から聞こえてくる。タイミングよく話を終えた弘は、口に水分を含み、一息ついた。
この倍ほどの時間をかけて、弘に全てを伝えた矢田神主の誠意に敬意を払わざるを得ない。それほど弘は疲れていた。
ミーティングに参加していた全員が、各々の唸り声をあげている。腕を組む大人、目を輝かせたまま放心している綾。昨日、矢田さんが録音していたボイスレコーダーをPCにつなげに行く沙羅。手紙と写真を見ている拓斗。そして、プロペラ基部を手に取る風花。
そのまましばらく、各々が話を整理する時間が続いたかと思うと、荒島会長の「みんな、いったん休憩にしよう。」の一声で解散となった。
部室には、レストア部の面々だけが残っていた。
「風花、何してんの、飯行こうよ。」
未だに放心状態の風花を、沙羅が小突く。しかし反応がない。次の瞬間、沙羅はけっこう勢いよく、風花の頭を叩いた。
「わーかってるって!そんな急かすなよ!」
そう言って、女子組は学食へ連れ立って行った。
「弘ちゃん、学食行こうぜ。」
その様子を見送ってから、拓斗が提案してくる。
「わりい、今日俺買ってきた。」
「実は俺も買ってきた。ここで食うか~。」
「なんで学食に誘った!?」
相変わらず平常運転の意味が分からない拓斗だったが、今この時は、このペースに救われた弘だった。
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午後の活動は、鶉野修の話の取り扱いと、プロペラ基部の取り付けで終わった。
鶉野修の話は、言ってしまえば“ドラマ”で、一本のストーリーとして完成されている。
高専祭の展示で上手く活用することで、集客だけでなくアンケート一位もかなり取りやすくなるだろう、との意見が出るのも当たり前だった。
しかしこの話は、大っぴらになることなく、半世紀以上も守られ続けた話だった。今こうして、再び公になった彼の話は、全力をもってテキサンに向き合っているレストア部のためにあるのであって、客寄せパンダではない、という大人たちの意見もまた、正しいものであった。
だが、
「昔の人の話がどうとか面倒くさい。弘が持ってきたんだったら、弘の責任でどうにかしちゃっても私はいい。…それにあのおしゃべり神主の言う通り、たぶん弘が決めたほうがいい話だ。」
少しめんどくさそうに話す風花の一声と、他レストア部メンバーの同意によって、「弘が高専祭までにどう扱うかを決める」ということであっさりと決まった。
風花は、こんなことに時間を使うのが惜しいとでも言いたげだったが、その言葉と気持ちの両方が本心なのだろう。
いつもより長いミーティングを終え、各々が各々の身体を鳴らしながらプレハブから出ると、既に日が傾き始めていた。
大人たちの主導で、OB会メンバーの持ってきた小型シャベルカーに括りつけられたプロペラがエンジンに近づけられる。
風花がプロペラ内部に、プロペラ基部を取り付ける。脚立を降りたのを合図に、プロペラがエンジンシャフトに、ガコッという音とともに差し込まれた。
取り付けを確認すると、水平になっているプロペラの左側に、風花が勢いよくぶら下がる。
僅かなタイムラグを挟んで、滑らかにプロペラが回りだす。地面に足がつき、風花が掛けていた体重を降ろすと、慣性でほんの少しだけプロペラが回った。
竹が挟み込まれていた時と違う圧倒的な滑らかさ。大人たちとレストア部一同は、小さくこぶしを握り締めた。
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