怖い怖いは弱い自分(1)

CP上、キッドとテリーは婚約解消してる前提です(*'ω'*)

リトルルビィ→→→→×テリー


――――――――――――――――――――














「ケイト! 危なーい!!」


 ケイトが首を噛まれる。


「きゃーーーーー!!」


 口を押さえる観客達。拍手をして楽しむ観客達。メニーの腕にしがみついて悲鳴をあげるリトルルビィ。


「きゃーーーー!!」

「お前の血も吸ってやろう!」

「いやーーー!!」

「きゃーーーー!! メニーーー!!」


 怯えるリトルルビィとは裏腹に、メニーが真剣に舞台を見守る。


「ドラキュラ伯爵に打ち勝てる方法は、聖水と釘、そして、十字架だ!」


 聖水で溶けていくドラキュラ伯爵、永遠の封印を念じて、釘を打ち、十字架を置く。ドラキュラ伯爵がとうとう倒れた。


「やったぞ! ジュニー!」

「私達、助かったんだわ!」


 ハッピーエンド。


(な、なんて恐ろしい物語なの……!!)


 リトルルビィは恐怖で体を震わせていた。


(ドラキュラ伯爵が夜中に出たらどうしよう! 私、もうおトイレに行けない!)


「リトルルビィ、外に出よう」

「メニー、私、腰が抜けちゃって」

「大丈夫、大丈夫」


 メニーがリトルルビィを引っ張った。人の波に乗って劇場から出て行く。


「リトルルビィ、この後どうする? あ、ケーキ美味しそう」

「メニー! お願い! 今日お屋敷に泊めて! お部屋で一緒に寝るだけでいいの!」

「うん。いいよ。ご飯も食べる?」

「隣で寝てくれるだけでいいの! ドラキュラ伯爵が来ちゃうかもしれない!」

「リトルルビィは吸血鬼だから心配ないよ」

「ドラキュラ伯爵は、女の子の血を吸うんだよ!? 私、食べられちゃうかもしれない!!」

「大丈夫だよ。リトルルビィも吸血鬼だから、会っても仲間に勧誘されるだけだよ」

「……」


(私、あんな怖い人の仲間なの?)


 はぁーはっはっはっ! 我輩は、ドラキュラ伯爵であるぞ!!


 ぞくっ。


「ぴゃぁあああああ!!」

「パフェにしようかな。ケーキにしようかな。リトルルビィはどっちがいい?」

「……パフェ」

「じゃあパフェにしよっか」


 震える足が喫茶店へと入って行った。



(*'ω'*)



(私、こんなに怖いのかな?)


 メニーのベッドの中でパンフレットを眺める。


(牙はこんなに鋭くないし、肌の色だってこんなに白くない。私、健康だもん!)


 こんなには怖くないはず。


(あっ! 血を飲んでる!)


 血を飲んでるドラキュラ伯爵を見ては、目を隠す。


(怖い!)


「メニー、ドロシーを返却しに来たわよ」

「あ、ドロシー、お姉ちゃんの部屋にいたんだね」


(はっ! この声はテリーの声!)


 リトルルビィがベッドから飛び出した。


「テリー!」

「はっ! 何奴!?」

「ぎゅっ!!!!」


 リトルルビィがテリーに掴まった。


「がくがくぶるぶる」

「あ? リトルルビィ? なんであんたがここにいるのよ」

「なんかね、今日見てきた舞台が怖かったから、一緒に寝たいんだって」

「何見てきたの?」

「ドラキュラ伯爵」

「……」


 テリーがリトルルビィを見上げた。


「あんた、吸血鬼のくせに吸血鬼の舞台が怖いの?」

「怖いよ!!」


 リトルルビィが全力でテリーに掴まる。


「だって! ドラキュラ伯爵は、女の子の血を吸うんだよ!? なんて恐ろしいことをするんだろう!!」

「あんたは人のこと言えないでしょう」

「私、コウモリになんかならないもん! コウモリは、ドラキュラ伯爵が化けた姿なの! ひゃあ! 恐ろしい! もう私、コウモリの血、飲めないよ!」

「……。泊まるなら夕食食べていけば良かったのに」

「私も誘ったんだけど……」

「お風呂は?」

「一緒に入った」

「そう」

「今日はね、メニーが一緒に寝てくれるの!」

「ああ、そうなの。良かったわね。……そんなに怖かったの? ドラキュラ伯爵」

「……」


 メニーが眉をひそめて、首を振った。


「喧嘩した時のお姉ちゃんの方が怖かった」

「どういう意味よ」

「テリー! ドラキュラ伯爵はね、本当に怖くて、恐ろしくて、危ないの! だって! 人の血を吸うんだから!」

「だからそれはあんたもでしょ」

「怖いよぉ! 怖いよぉ!」


 リトルルビィがドロシーを抱きしめた。


「ふえええん! 夜が怖いよぉ!」

「見て。お姉ちゃん。吸血鬼が夜が怖いって言ってる」

「あの子、もっと怖いものを見てるはずだけど」

「今夜眠れるかな?」

「……」


(……メニーが困った顔してる……)


 テリーのメニー好感度センサーが反応する。


(ここで姉として人肌脱いだら……!)


 お姉ちゃん、リトルルビィを寝かしつけてくれたの!? わーい! 私の友達を寝かしつけてくれたおかげで、私もぐっすり眠れたの! お姉ちゃんのおかげだね! 役立つお姉ちゃん大好き! 絶対に死刑になんか出来ないね!


(これだわ!!)


 テリーの目がカッ! と開かれた。


「リトルルビィ」

「ぐすん! ぐすん!」

「今夜はあたしの部屋で寝なさい」

「へ?」

「えっ」


 リトルルビィとメニーが同時に声を出す。リトルルビィが目を見開き、戦慄が走り、テリーに振り向く。


「テ、テリーの部屋……!?」

「メニーにはドロシーがいるし、今夜は仕方ないからあたしが寝かしつけてあげるわ」

「て、テリーの添い寝!?」


 リトルルビィの頭が沸騰する。


「そ、そんな、嫁入り前の女の子が、そんな、そんなはしたないこと!」


 テリーのネグリジェの裾を掴む。


「一緒に寝ます……」

「ええ。一緒に寝ましょう」

「お姉ちゃん」


 横からメニーが入ってきた。


「大丈夫。私がリトルルビィと寝るから」

「心配しないで。あたしが何とかこの子を寝かしつけるから」

「そうだ。なら三人で寝ようよ」

「ベッドが狭くなるでしょ」

「……」

「……なんでむくれてるのよ」

「別に、むくれてませんけど」


 メニーがむくれる。


「むくれてませんけど!?」

「むくれてるじゃない」

「にゃー」

「ほら、ドロシーが傍にいてくれるって」

「……」


 メニーがドロシーを抱き上げる。


「一緒に寝よっか。ドロシー」

「にゃー」

「リトルルビィ、行くわよ」

「う、うん! おやすみ! メニー!」


 テリーとリトルルビィがメニーの部屋から出て行った。メニーとドロシーだけが残される。メニーがドロシーを見た。


「……私も怖いって言えば、一緒に寝れたかな。ドロシー」

「にゃあ」

「……言えば良かった」


 メニーは明かりを消し、大人しくベッドに潜った。




(*'ω'*)



(ひゃ、ひゃああああ!)


 リトルルビィがテリーのベッドに潜り、シーツを掴む。


(テリーの匂いがいっぱいする!)


 くんくんくんくん!


(ああ、テリーの匂い……! テリーの匂い!)


「明かり消すわよ」

「あ、待って!」


 リトルルビィがストップをかける。


「ら、ランプだけはつけて……」

「……あんた、明かりなくても平気でしょ」

「見えてるけど! 怖いんだもん!」

「何言ってるのよ」


 ランプを消す。


「ひゃあ!」


 部屋は暗いが、吸血鬼の目は変わらず部屋がよく見える夜行モードとなる。


「こ、怖いよぉ!」

「はいはい」

「暗いよぉ!」


 テリーがリトルルビィを抱きしめた。


(ふぁっ)


 テリーの胸に顔が埋もれる。


「……」


 リトルルビィが黙った。


「よしよし」


 頭を撫でる。


「よしよし」


 なでなでなでなで。


(はぁ……。なでなで……)


 リトルルビィの目がうっとりととろけていく。


(テリーの……なでなで……)


「早く寝なさい」

「はぁーい……」


 テリーの胸の柔らかさ。

 テリーの心臓の音。

 テリーの体温。

 テリーの手の感触。

 テリーの匂い。

 テリーに包まれた自分。


(はぁ……)


 落ち着いて、つい力が抜けてしまう。


(安心する……)


「テリー……」

「寝なさい」

「テリー……」


 呟く。


「キス、して……?」

「……ん」


 むに、と、額にテリーの唇がついた。


(ふわぁ……)


 気持ちいい。


(テリー……)


 深く、深く、リトルルビィが眠りに落ちた。


 翌日。


(ぴゃああああああ!!!)


 テリーのベッドで目を覚ます。


(なんて素敵で神々しくて元気ではつらつしていてオロナミンCな朝なの!)


 目の前にはテリーの間抜けな寝顔。


(テリーがっ! 眠ってる!)


 お顔が熱くなる。


(可愛い! 愛しい! 大好き!!)


 今日も愛とハートに満ち溢れる。


「……んん」


 眉をひそめ、瞼をそっと上げてみれば、リトルルビィがじーーーーーーーーーーっと自分を見つめていた。


「……ふわあ」

「……」

「んん……」

「……」

「……おはよう」


 どっきゅんこ!! リトルルビィに恋の矢が放たれた。ダメージは四千万だ。


「ああっ!」


 リトルルビィが胸を押さえた。


「朝から心臓が飛び出しそう! おはようテリー!」

「……ふわぁ」


(あっ! 欠伸してる! 可愛い!)


「……朝ご飯食べて行きなさい」

「お家で食べるから大丈夫!」

「いいから、食べて行きなさい」

「……うん……テリーが、そう言うなら……」


 リトルルビィがシーツで顔を隠した。


(好き……)


 テリーが好き。


(これだけ可愛くて愛らしいんだもん。ドラキュラ伯爵も放っておかな……)


 ……。


(テリーが、ドラキュラ伯爵に、襲われるかもしれない!)


 リトルルビィの目がカッ! と開かれた。


「テリー! 私、行く所が出来た!」

「ん? まだ朝よ。ご飯食べてからにしなさい」

「ごめんね! テリー! でも、これもテリーのためなの!」

「は?」

「私! 行ってくる!」


 リトルルビィが窓から飛び出した。


「ちょ」


 瞬間移動で、さっさと行ってしまう。


「……吸血鬼が朝から瞬間移動を使うんじゃないの」


 呟くが、もう誰もいない。



(*'ω'*)



 王宮を駆け巡る影と突風。メイド達がドレスを押さえた。


「いやーん!」

「風だわ!」

「突風だわ!」

「あーーれーー!」

「これはかなわねえわ! 窓を閉めるべさ!」


 そばかすのメイドが窓を閉めると、王子の部屋の両開きの扉がばたーん! と勢いよく開いた。


「たのもー!」

「ん」


 ビリーとキッドが振り向いた。


「リトルルビィ? 何やってるんだ? 今日は教室の日じゃないだろ?」

「おはようございます! 師匠!」

「キッド、ルビィに何を教えたんじゃ」

「何も教えてないよ」

「入ってもいいですか!」

「どうぞ。お茶を出すよ。じいや」

「手配済みじゃ」

「おい、怒りん坊。ルビィが来たと聞いたぞ」


 扉を開けた人物が部屋に座るリトルルビィを見て微笑む。


「おや、ルビィ」

「こんにちは、先生!」

「宿題を提出しに来たのか?」

「違うの! 今日はキッドに用があって来たの!」

「また義手が合わなくなったか?」

「ううん! そうじゃないの!」


 リトルルビィが瞳を輝かせた。


「キッド、私に護衛の仕方を教えて!」

「ん?」


 キッドがきょとんと瞬きした。


「護衛?」

「うん!」

「……護衛の仕事なんて紹介したっけ?」

「私、守りたい人がいるの!」


 目をきらきらきらきら!


「護衛の仕方教えて!」

「……護衛ねえ……。お前にはまだ早いんじゃない?」

「キッドは、14歳の時にテリーのボディーガードになったって聞いた!」

「婚約者だ」

「その後解消したって」

「その話はするな」

「私、もう少しで13歳よ! 中毒者だっていつ現れるか分からないわけだし、私、少しくらいそういう技術も身に着けて良いと思うの」

「……なるほど」


 去年の事件のことを引きずっているリトルルビィのことは、キッドも分かっている。


「分かったよ。そういうことなら……」


 立ち上がる。


「組み手をしようか」

「組み手?」

「俺が悪い奴だとして、テリーやメニーが傍にいるとイメージして、戦ってごらん」

「わあ、なんだか本格的! やる!」

「じいや、ちょっと抜けるよ」

「うぬ」

「先生」

「ああ。あとは私がやっておこう」

「悪いな。行こう。リトルルビィ」

「はーい!」


(これで強くなって、テリーをドラキュラ伯爵から守るんだから!)



 リトルルビィが意気込み、ぐっと拳を固めた。




(*'ω'*)




 一ヶ月後。

 メニーが鍵盤を弾きながら、ため息を吐く。


「最近リトルルビィを見かけないけど、大丈夫かな?」

「にゃー」

「ドロシーも心配だよね」


 メニーがピアノを弾くのをやめた。


「ちょっと家に行ってみようか」

「にゃあ」

「そうだ。乗合馬車に乗ろうよ。ピクニックみたいで楽しそう」

「にゃー」


 部屋から出て、階段を下りる。


(ん)


 廊下に、受話器を持ったテリーが座っている。


「そうね。最近急に暖かくなってきたわね。あ、新学期はどう?」


 壁の陰に、サリアが時計を持って立っている。メニーと目が合い、にこりと笑った。


「もう少しでリトルルビィも誕生日なの。あの子、13歳になるのよ。前までは9歳だったのに……」


 テリーが楽しそうに話している中、サリアが歩き出した。


(あ)


「うふふっ。そうそう。そのことなんだけど……」


 テリーの後ろで、時計を鳴らした。


 じりりりりりりりりり!!


「うわっ!」


 テリーがぴょんと跳ね飛んで振り向けば、サリアが時計を指差している。三十分経ったようだ。


「……何よ。休日の昼間くらい長話させてよ」

「テリー」

「分かったわよ。……ごめんね。今日はここまでみたいで……。……ニクス。大好き。……最近冷たくない? そんなことない? ……そんなことあると思うんだけど。……うん。……あたしも大好き。ニクス……」


 ようやく受話器を置く。不機嫌な顔でサリアに振り向いた。


「いいじゃない。十分くらい大目に見てよ!」

「奥様に言われてますので」

「いいじゃない! 十分くらい! サリアの馬鹿!」

「はいはい」


(……ドロシー、お姉ちゃんは今忙しそう。二人で行こうね)

(にゃー)


 メニーとドロシーが玄関から出て行った。停留所まで歩き、乗合馬車に乗り、そのまま街へと入っていく。噴水前で下りれば、見慣れた景色。


(リトルルビィ、今日はお仕事かな?)


「あら、メニーじゃない」

「こんにちは。アリスちゃん」


 ドリーム・キャンディで店番をしていたアリスが手を振った。


「リトルルビィの家に遊びに行くの」

「ああ、そういえば最近見てないわね。ニコラは元気?」

「うん」

「メニー、ニコラの分も買って行きなさいよ。おすすめを教えてあげるわ」

「どうもありがとう。……アリスちゃんも最近忙しそうだね」

「忙しいわよー。でもお小遣いも欲しくて、たまにこうやってバイトしてるのよ。そろそろニコラに会いたいわ」

「言っておく」

「そうだ。今度リトルルビィのお家で、私の分と、リトルルビィの分の誕生日パーティーをするんだって」

「ふふっ。聞いてる」

「メニーも来る?」

「うん」

「そう。ならニコラも来るわね。うふふっ! 私ね、今からすごく楽しみなの!」


 アリスとしばらく話し、ドリーム・キャンディから出て道に戻る。


(ちょっとお喋りしちゃった。アリスちゃんのお話面白いから)


 甘いお菓子の袋を持って、知っている道を進んでいく。その先には小さなリトルルビィの家が建っていた。


「いるといいけど」


 ベルを鳴らしてみる。


「いるかな? ドロシー」

「にゃあ」


 かたんと、音が鳴った。


「あ」


 扉が開く。


「リトルルビィ、よかった。あのね、ちょっとお茶でもどうかなって……」






 メニーとドロシーが固まった。










 ――じりりりりり!



 近くにいたテリーが受話器を取った。


「はい。ベックスです」

『お姉ちゃん、すぐに来て!』

「ん? あんた今どこにいるのよ」

『リトルルビィが……!!』

「え?」








「いらっしゃい。テリー」


 二つに結ばれた髪の毛が揺れる。


「今日もすごく可愛いね」


 顎を優しく掴まれて、上に上げられる。


「その瞳で、俺だけをずっと見ててほしいな」

「……」

「座って。今、お茶を出すよ」

「……」


 ソファーに座るメニーが頭を抱えている。ドロシーが眉間に皺を寄せている。テリーが状況を整理した。


 ここはリトルルビィの家。座るメニー。何があったのか考えているドロシー。その視線の先にいるのは、キッド化したリトルルビィ。


「リトルルビィ」

「ん? どうしたの? テリー」

「電話を借りても良い?」

「誰にするの?」


 リトルルビィがテリーの頬に触れた。


「俺意外と電話するなんて、不安になる。テリー、いつまでも俺だけを見ていて」

「大丈夫。用事があるだけだから」

「そう。分かった」


 リトルルビィが離れて、メニーのカップを見る。


「メニー、おかわりはいる?」

「……うん……」

「どうしたの? 今日のメニーは、なんだか元気がないようだ。ん?」

「……」


 黙るメニーを見ながら、テリーが速やかに受話器を持つ。ダイヤルを回す。向こうから音が鳴る。電話に出る。


『もしもし』

「じいじ、久しぶり」

『ああ、テリー。どうした?』

「そこにお兄ちゃんいる?」

『いるよ。お前の名前を出した途端、早く受話器を渡せと言いたげな顔だ』

「変わって」

『キッドや』


 受話器を持った音が聞こえた。


『テリー? どうした? やっぱりと俺とよりをもどした……』

「お前!! あたしのルビィに、何しやがったあああああああ!!」

『……』


 一時間後。


「うん。これは驚きだ」

「ですね」


 きらきらしているリトルルビィを見て、キッドとソフィアが頷いた。


「まごうことなく、あなたになっているようです。くすす。キッド殿下、リトルルビィに何をしたのですか?」

「それがな、ソフィア、俺、今回は何もしてないんだ」

「ソフィア!」


 テリーがソフィアの腕をがしっと掴んだ。


「早くあの催眠を解いてあげて! きっと、キッド菌に侵されてしまったんだわ! ああ! 可哀想なあたしのリトルルビィ! 今、助けてあげるからねー!」

「おいおい、テリー、どうしたの? どうしてそんなに泣いてるの? メニー、テリーがおかしくなっちゃった」

「おかしくなってるのはあんたの方よ!!」


 テリーが金貨をソフィアに渡した。


「ね。これが報酬よ! 早く何とかしてあげて!」


 テリーがキッドを睨んだ。


「全部お前のせいよ! お前がリトルルビィの脳に、変な手術を施したに決まってる!」

「テリー、それがさ、俺、今回は何もしてないんだ。あはは」

「リトルルビィはね、いつも可愛くあたしをテリーテリーって呼んでくるのよ! 小さいから上目遣いで見上げてきて、テリー、抱っこしてって甘えてくるのよ!」


 それが見てみなさいよ!


「メニーの肩に手を組んで、偉そうに足を組んで! 端から見た動作はまさにキッドそのもの! お前が何かしたに決まってる! お前が面白がってどこかにリトルルビィを投げ飛ばして、その際にどこか固い所に頭をぶつけたんだわ! そして脳にキッド菌の成分が入り込んだのよ! ああ、とても可哀想なリトルルビィ!! なんて悲劇なの!! こんなの残酷よ! 絶望よ!!」

「ドロシーは可愛いな。ほら、俺の膝においで」

「にゃっ……」

「照れてるの? 猫でも照れがあるんだな。くくっ。可愛い」

「……リトルルビィ……」


 メニーが引き攣る笑みを浮かべた。


「リトルルビィって、その、そういう喋り方だったっけ?」

「メニー、俺は変わったんだ」


 きらりとリトルルビィが光る。


「テリーとメニーを守るためにも、もっと強くなろうと思ってさ」

「いいのよ! リトルルビィ! あんたは可愛いままでいいの! ずっと子供のままでいいのよ! ああああん! 酷い! こうしてキッドの量産が進んでいくんだわ!! 世界はキッドに征服されてしまうんだわ!! いやーーー!!」

「テリー、どうして泣いてるの?」


 立ち上がり、リトルルビィがテリーの柔らかな頬に触れた。


「せっかくの美しい肌に、痕が残ってしまうよ」

「リトルルビィ……!」

「さあ、顔を上げて。俺が涙を拭いてあげる」

「ストップ」

「そこまでにしようか。リトルルビィ」


 キッドとソフィアが速やかにリトルルビィの手を押さえつけた。リトルルビィの瞳がきらりと光る。


「おっと。キッドとソフィア、何するんだ」

「リトルルビィ、ちょっとこっちおいで」

「リトルルビィ、私を見て」


 リトルルビィがソフィアを見上げた。


「盗んでみせよう。君の意識を」


 黄金の瞳がきらりと光れば、リトルルビィがその場の倒れた。キッドがその体を支える。


「よっと」

「リトルルビィ!」


 テリーが飛びつく。


「ああ、可哀想に……。一体どんなキッドの悪魔に取り憑かれてしまったの?」

「全く、お前はさっきから失礼なことしか言わないな。俺のアンチファンにでもなったのか?」

「普段の行いでしょ! このたわけ!」


 テリーがリトルルビィに十字架を当てる。


「どうか、アメリアヌ様、リトルルビィをお助けください……」

「吸血鬼に十字架なんて、変なの」


 ソフィアがケタケタ笑い、ソファーに寝かせたリトルルビィを眺める。


「で、どうします? キッド殿下」

「手配済みだ」


 キッドが受話器を持った。ダイヤルを回す。


「ヘンゼル、リオンに変われ」


 キッドがしばらく黙る。頷く。


「よし、いいだろう」


 受話器を置いた。


「さあ、テリー、お昼寝タイムだ」

「は?」

「リオンが夢の中で準備してる。睡眠薬を用意したから、行ってこい」

「……夢の中でどうしろってのよ?」

「冷静なリトルルビィを確保してくれたらしい」


 キッドがテリーに睡眠薬を渡した。


「行って、話を聞いてきてよ」

「……分かった」


 テリーが睡眠薬を飲んだ。



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