二人で秘密の個室世界

(大運動会の続きです。CP上、キッドとテリーは婚約解消してる前提です(*'ω'*))

 ――――――――――――――――――――











「テリーーーーーーーーーー!!!!」


 テリーがいる方向へリトルルビィが駆けていく。


「テリー! 頭なでなで! テリー! 頭なでなで!」

「げほげほっ。……ん、リトルルビィ……?」

「テリー!」


 テリーの背中に突っ込む。


「ぐはっ!」

「テリー!」


 ニクスが顔を青ざめてテリーを呼ぶと、テリーが顔面蒼白の中、後ろから同じ背丈となったリトルルビィに抱き着かれていた。


「テリー! 私、一位取ったよ! すごい? ねえ、すごい!? ねえ! すごい!!??」

「テリー! 大丈夫!? テリー!!」


 テリーが白目でリトルルビィに抱きつかれ、腕をぷらんぷらんと揺らせている。ニクスがはっと目を見開く。


(テリーが気絶してる!!)


 ニクスがベンチに指を差す。


「リトルルビィ、あそこにベンチがあるよ。なんだかテリーも疲れてるみたいだし、一緒に休んであげたらどうかな?」

「テリーと一緒に休むの!!!?」


 リトルルビィの目が光り輝いた。


「いいよ!」


 リトルルビィがベンチに座り、白目のテリーの頭を膝の上に乗せた。


「一緒に休んでる!!!!」

「あたし、お水持ってくるよ」

「うん!!!!」

「じゃあね。テリー」


 ニクスが苦く笑った。


「……頑張って」


 ひらひらと手を振って二人から離れ、水を取りにゆっくり歩いて行った。

 一方、リトルルビィは幸せそうに膝の上で気絶するテリーを見下ろし、ふわふわと微笑む。


「テリー、疲れておねむなのね!」


 リトルルビィがそっとテリーの頭を撫でた。


「お疲れ様。テリー」


 なでなで撫でる。


「いっぱい走って、頑張ってたもんね」


 なでなで撫でる。


「私も頑張って一位取ったよ」


 風でなびく旗が揺れる。


「ねえ、偉い? 私、偉い?」


 風が吹くと、テリーが息を吸った。


「……偉い子は、後ろから頭突きをかましてきたりしないわよ……」

「あ、テリー、起きた?」

「リトルルビィ、煙を吸い込んだばかりの人の背中に頭突きで攻撃するのはどうかと思うわよ……」

「攻撃なんてしてないよ! 勢い余って突っ込んじゃったの!」

「余計質悪い」


 テリーがくるりと寝返りを打ち、仰向けになってリトルルビィに顔を向ける。目が合った瞬間、リトルルビィの顔がぼふんっ! と音を立てて赤面した。


「きゃっ!」


 口元を両手で押さえる。


「テリーが私の膝の上で寝てる! 可愛い!!」

「そうだ。あたしはどうしてあんたの膝の上で寝てるわけ? ニクスは?」

「ニクスならお水取りに行ったよ!」


(気を遣わせたわね……。ニクス……)


 テリーがふう、と息を吐いて、ちらっと見る。一位の旗が揺れている。


「……吸血鬼の力、バレなかった?」

「大丈夫だよ。皆、お金持ちのお嬢様のソリに気を取られてたし」

「だからって、人前で全力で力を発揮するんじゃないの」

「だって……」


 リトルルビィがぼそりと呟く。


「一位になったら……テリーが褒めてくれると思って……」


(うっ)


 潤んだ瞳が、自分を見る。


「……私、悪い子?」


(……)


 この目だ。

 この目に非常に弱い。


(……)


 きらきらと見つめてくる赤い目。

 あたしにしか向けられない赤い目。


(……)


「テリー……」


 リトルルビィがテリーにきらきらと輝く目線を送り続ける。


「テリーが褒めてくれると思ったのに……」


 しゅんと肩を落として、


「テリーに、頭撫でてもらいたかったのに……」


 リトルルビィの赤い目が、怪しく光った。


「テリーに何もしてもらえないなら、こんなものいらない」


 テリーが顔をしかめた。リトルルビィは旗を睨み、俯く。そのまま旗を握り締め、空に向かって持ち上げ、そして、地面に向かって全力で振り下ろし始めた。


「こんなものぉぉおおおおおおおお!!!!!」

「ぎゃーーーーー!! リトルルビィーーー!!! いい子ねーーーーー!!!」


 テリーが慌てて起き上がり、リトルルビィをぎゅっと抱きしめた。


(きゃっ)


 リトルルビィがテリーの胸に閉じ込められる。テリーが青ざめてどうしようもない甘えん坊の吸血鬼の頭を撫でだした。


「ほらほら! もー! 良い子ね! リトルルビィ!」


 なでなでなでなで。


「一位を取れるなんてすごーい! さいこー! すばらしーい!」

「わ、私……すごい?」


 リトルルビィが頬を赤らめてテリーを見上げた。


「私、頑張った?」

「ええ! すごーく頑張ったわねー! リトルルビィー! 偉いわよーーーー!!!」

「わーい!」


 テリーがリトルルビィの頭をなでなでなでなでと撫でれば、リトルルビィがうっとりして脱力する。


 その様子を見ていたテリーがため息を吐いた。


(テメェは聞き分けの悪いガキか!!)


 もう13歳になるのよ。あんた。


(お願いだから素直ないい子のままでいてちょうだい!!)


 テリーがリトルルビィの頭を撫でる。


「リトルルビィ、あんた疲れてるのよ。ね、あたしが座ってるから、あんた膝を枕にしてちょっと寝るといいわ」

「えっ! テ、テリーの、膝枕!?」


 どきどきどきどき!


「あ、あの、じゃあ! 遠慮なく! お言葉に甘えてーーー!」


 リトルルビィがごろんと横になる。仰向けでテリーを見上げる。


(きゃーーーーーー!!!)


 どきどきどきどき!


「テリー! テリーの鼻の穴が見える!」

「なんてところ見てるの。そんなところ見るんじゃないの。見たって鼻くそしか詰まってないわよ」

「テリー! テリーが輝いて見える!」

「太陽に当たってるんだから当たり前でしょ」

「テリー! テリーがいつも以上に綺麗に見える!」

「あたしはいつだって美しいのよ」

「テリー!」


 どきどきどきどき!!


「……胸がドキドキする……」

「はいはい」


 赤面するリトルルビィの頭を、テリーが優しく撫でる。


「あんた、ちょっと熱が上がって、興奮してるのよ。落ち着きなさい」

「こ、この状況で、落ち着けって言うの!? テ、テリーってば……! 強引なんだから……!」

「何よ。強引なあたしは嫌い?」


 テリーが見下ろすと、リトルルビィの顔はさらに茹で上がる。


(ひゃっ!)


「ご、強引な……テリーも……大好き……」

「はいはい」


 頭を撫で続ける。出会った頃と比べてとても柔らかくなった髪の毛を指で梳きながら、その頭を撫でる。


(テリーの手、優しい……)


 リトルルビィがぼうっとする。


(テリー、大好き……)


 テリーの手が頭を撫でてくる。


(このまま、時間が止まればいいのに……)


 賑やかな運動会会場。

 愉快な音が耳に響く。

 目の前には愛しいテリー。


(ずっとこうしてたい……)


 リトルルビィがぽーーーーーっとテリーを見つめる。見惚れる。テリーの手が頭を撫で、その箇所が飽きたのか、動きだす。


 頰を撫でる。


「んひゃっ」


 顎を撫でる。


「ふみゃ」


 顎の下をなでなでなでなでされる。


(ぴゃっ!!!!!)


 リトルルビィの目がハートに変わる。


(ひゃぁっ!!!!!)


 顎の下なでなでに、胸が高鳴る。


 どきどきどきどき!


(あ、あぅ、て、てりぃが、顎の下、なでなで、してくる)


 テリーの目はいつもの涼しい顔。しかし指はとても優しい。


(な、何、このギャップ……? なんでこんなに指が優しいの……?)


 どきどきどきどき!


(ああ、どうしよう。くすぐったくて、そわそわして、むずむずして、やっぱりこちょばしくて、ふわふわして、どきどきして、きゅんきゅんして)


 どきどきどきどき!


(もっと、テリー、もっと、もっと……)


 テリーの指が、なでなでと動く。


(もっと、もっと撫でて)


 顎の下、喉の前。


(もっとぉ……)


「はい、おしまい」


 ぽんと頭に手を置かれる。


「ほら、行った。次の競技始まるわよ」

「テリー……」


 リトルルビィがぼうっとして起き上がる。


(ん?)


「テリー……」


 ぼうっとするリトルルビィが、テリーに振り向く。


「トイレ、どこだっけ……?」

「馬鹿ね。トイレは向こうよ」

「どこ…?」


(しょうがない子ね)


 テリーが溜息を吐き、リトルルビィの手を取る。


「ほら、起きて。行くわよ」

「ん……」

「トイレね。こっち」


 一緒にベンチから立ち、てくてく歩いていく。綺麗なトイレ施設。


「ほら、トイレ」

「んー……」

「ほらほら、歩いた」


 テリーが引っ張り、リトルルビィを個室トイレに連れて行く。


「ほら、行って」


 扉を開いた瞬間、リトルルビィがテリーの手を強く握りしめた。


「あ?」


 リトルルビィが個室にテリーを引っ張る。


「あ!?」


 扉が閉められる。防音も意識して作られた広めの個室トイレ。一般人は珍しい目で見るが、貴族からすれば狭いトイレ。


 その中に入れられ、個室の隅に押し込まれる。


「ちょっ、リトルルビィ!」

「テリー」


 もっとテリーが欲しい。


「テリー」


 リトルルビィがテリーの横に手を置き、壁の隅に閉じ込め、首元に顔を近づける。それを見たテリーがさっと血の気を下げ、慌ててリトルルビィを前に押した。


「ちょ、ちょちょちょ!」

「テリーが悪いのよ……。気持ちいいこと、するから……」

「あたし、撫でてただけでしょ!」

「テリーに触られたら、胸がどきどきするんだもん……」


 顎の下は特に。


「大丈夫。ちょっとだけだよ」

「リトッ」


 リトルルビィの口が開かれる。とんがった歯が、テリーの首筋に押し付けられた。


(あっ)


 がぶっ。


「〜〜〜〜〜〜っっ!!!」


 テリーが痛みを堪えるため、歯を食いしばる。ぐっと手に拳を固めて、リトルルビィの義手を握りしめた。


 血管へ、リトルルビィの舌が動き始める。


(うっ)


 リトルルビィが舐めてくる。


(ぐ、ううう……)


 こくん、と喉が鳴る。ということは、吸われてる。飲まれてる。


(吸血鬼のくせに、運動会なんかに参加しやがって……)


 テリーの意識がぼうっとしてくる。


(ああ、痛みが引いてきた……)


 痛みが引いてきたら、あとは、ふわふわして、ぼうっとして、


 ――気持ちいいのを、味わうだけ。


「……ルビィ」


 リトルルビィが舌を動かす。


「そろそろ、戻らないと、ね?」


 リトルルビィが吸う。


「んっ、こら、痛い、でしょ」


 叩く代わりに背中を撫でると、リトルルビィが舐めてくる。


「ルビィ、もう、もどら、ないと」


 足が震えてきた。


「ねえ、ルビィ……」


 リトルルビィの口が離れない。壁に背を置いたまま、ずるずると下に下り、腰が抜けてしまう。リトルルビィもついてくる。座って、血を飲み続ける。


「ルビィ、こら、地べたに、座るなんて、はしたない、のよ」


 リトルルビィが夢中になっている。


「ルビィ、こら。も、ルビィってば」


 ぺろ。


「んっ」


 ちゅう。


「あ、ルビィ……」


 じゅる。


「こら、そんなに、飲むんじゃないの」


 ぺろぺろ。


「ルビィ、ルビィってば……」


 求めてくる。

 求めてくる。

 求めてくる。


 可愛い女の子だと思っていた赤頭巾ちゃんが、狼となって、自分の血を求めてくる。


(ああ、やばい……)


 ふわーっとしてきた。


(ル、ビィ……)


 手の力が抜ける。ぼうっとする。目の力がとろんと抜けた頃、



 ――ようやく、リトルルビィが我に返った。



(はっ!!!!)


 首を舐める自分。

 この血の味には覚えがある。


(ま、またやっちゃった!!!)


 慌てて傷に唾をつける。細胞が急速に固まり、再生され、傷口が治る。


(や、やばい……)


 リトルルビィが、そっと顔を首から離し、テリーの顔を覗く。

 そこには、脱力しきって、白くなったテリーがいた。


「きゃーーーーーー!! テリーーー!!!!」


 リトルルビィがテリーの肩をゆらゆらと揺らす。


「テリー! ああ! 私のテリー!! ごめんね! ごめんね! ごめんね!」

「謝罪はいいから……血をよこせ……。……血を返せ……」

「ああ! テリーが私のせいで、貧血気味に!!」


 リトルルビィが優しくテリーを抱きしめ、その背中を撫でた。


「テリー! ごめんね! 本当にごめんね! テリーに魅了されて、またやっちゃった! てへぺろ!」

「あんた、そろそろ学習しなさい……」

「ごめんね! ごめんね! でも大丈夫! 不幸中の幸い! 次の競技まで、私たち、まだ時間があるから……」


 テリーに見えないリトルルビィの顔が、にやりと、笑顔になる。


「それまで、休んでよう?」

「……賛成」


 リトルルビィがテリーを抱きしめる。

 テリーは抱きしめられながら、息を深く吐いた。


(トイレで休むなんて、ママには秘密にしないと)


 リトルルビィの肩に顎を乗せ、ゆっくりと深呼吸。一方、リトルルビィは優しくテリーの背中を撫でる。


(今だけ)

(今だけ、テリーを独り占め)

(血を飲んで悪かったと思ってるけど)


 テリーを独り占め出来るなら、話は別。


「ねえ、テリー」

「ん?」

「大好き」


 リトルルビィが甘えてくる。テリーの頭に頭を押し付ける。


「テリー、大好き」


 ぐりぐりして、甘えてくる。


「テリー、大好き」

「大好き」

「大好き」

「好き」

「大好き」

「ちゅっ」


 きゃっ!


 リトルルビィがテリーの肩に顔を沈めて、隠す。


「テリーのほっぺにキスしちゃった……」

「なんでしたあんたが照れるのよ」

「テリー、好き……」

「……はいはい」


 自分の背中を撫でてくるリトルルビィの背中を撫でる。そうすれば、甘えん坊は、もっと甘えてくる。


「テリー」

「はいはい」

「好きよ。テリー」

「はいはい。そうね」

「テリー、好き」

「はいはい」

「もう一回していい?」

「何よ。キスするの?」

「ちゅっ!」

「あ、こら」

「ちゅ! ちゅー!」

「ちょ、ルビィ」

「ちゅっ! ちゅっ! ちゅっ!」

「こら、も、許可、取らないで、するなんて、悪い子」

「……いいもん」


 テリーにキスして悪い子になるなら、


「私、悪い子でもいいもん……」


 リトルルビィがテリーを抱きしめて離さない。


「テリー、もうちょっとだけ、こうしてよう?」

「賛成。どこかの悪い子のせいで、くらくらして立てないもの」

「ふふっ。そうね。ごめんね」

「反省してる?」

「してない」

「リトルルビィ、あんたキッドに似てきた」

「似てないもん」


 キッドに似てきたわけじゃない。

 そうじゃない。

 そうじゃなくて、はっきりしてきただけ。


「自分の好き嫌いと愛と感情が、明確になってきただけ」


 もうすぐで13歳ですから。


「テリー、好きよ」

「はいはい」

「大好き」


 くっついて、幸せ。


「大好き」


 その声を聞く中、テリーは大きなため息を吐く。何度目かわからないため息を吐く。しかし、優しい手はリトルルビィを撫で続ける。


 リトルルビィはその手に、優しい手に、愛を感じて、胸が高鳴って、また、どきどきしてきて、それが心地良くて、また、ふふっと、テリーにバレないように、笑うのであった。







 番外編:二人で秘密の個室世界 END

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