怖い怖いは弱い自分(2)




「リトルルビィ」


 お兄ちゃんがバスケットを渡してきた。


「ばあちゃんの家にお使いに行ってくれる? ばあちゃん、体の調子が悪いみたいで、リトルルビィに会いたがってたんだ」

「分かった」

「森は危ないから、寄り道はしちゃ駄目だぞ」

「うん」

「よし、良い子だ。お兄ちゃんと約束な」


 指切りげんまん。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 私はてくてく歩く。森に入る。


「うーん。空気がおいしい」


 私はてくてく歩く。


「お嬢さん」

「ん」


 振り向くと、紫の魔法使いさんが立っていた。


「困っているようですね」

「うん。最近ね、お兄ちゃんの元気が無いの」

「これをお舐め」


 綺麗な飴玉。


「これでお兄ちゃんは元気になります」

「本当? やった!」


 私は飴を舐めた。


「るんるん!」


 幸せになれた。


「るんるん!」


 お兄ちゃんは死んだ。


「るんるん!」


 おばあちゃんの家を目指す。


「わあ、素敵なお花畑」


 人間達が眠っている。


「持っていきましょう」


 花をちぎれば、人間は赤になる。


「持っていきましょう」


 花をちぎれば、命はなくなる。


「もっと摘んでいきましょう」


 花をちぎれば、何も無くなる。


「おばあちゃん、喜んでくれるといいな!」


 赤い道が続くだけ。


「るんるん!」


 道が崩れていく。


「るんるん!」


 青は駄目。青は、体に毒だから。


「るんるん!」


 赤を求める。私は赤で生きていく。


「るんるん!」


 幸せになれると思ってた。

 飴を舐めたら全てが報われると思ってた。

 道が崩れた。


「あっ」


 建物が崩れた。


「あっ」


 ドラキュラ伯爵が街を壊す。人の血を吸う。人を殺す。


「あっ」


 どんどん壊れていく。どんどん壊れていく。どんどん壊れていく。


「あ」





 私には、何も出来ない。








「キッドが全部解決した」


 だったら、キッドに強さを教われば強くなれる。


「みんなを守れる」


 私は、誰も守れなかった。


「見てることしか出来なかった」


 目の前で、人が沢山亡くなった。


「私も殺した」


 血を飲んだ。


「私が殺した」


 ドラキュラ伯爵は私だ。


「私が人を殺す」


 守れない。


 守るためには、


 もっと、もっと、強くなれたら。




「ルビィ」




 森の中に、一つの灯りがついた。


「あんたは、あんたのままでいいって言ってるでしょ」


 そこに、テリーが立っている。


「ニクスを守ったのはあんたよ」


 テリーが歩き出した。


「怪盗パストリルの力を抑えたのはあんたよ」


 テリーが近づいてくる。


「あたしを守ってくれたのは、間違いなくあんたよ」


 リトルルビィがテリーを見つめる。


「馬鹿ね」


 テリーがリトルルビィの頭を撫でた。


「キッドの真似なんかしたって、強くなれるわけでも無い。それだけじゃ誰も守れないの、分かってるでしょ」


 優しく撫でる。


「ルビィはルビィで良いのよ」


 赤い瞳を見つめてくる。


「身長は伸びても、変わらないわね。そういう馬鹿なところ」


 優しく、優しく、頭を撫で続ける。


「戻っておいで」


 テリーが微笑む。


「抱っこしてあげるから」



 こうして赤ずきんちゃんは、狼の誘いに乗ってしまい、おばあちゃんの家に行くのを諦めました。めでたしめでたし。









(*'ω'*)







 ――そっと、リトルルビィの目が開く。



「リトルルビィ」


 メニーが不安そうな顔をして覗き込んでいる。


「大丈夫?」

「……メニー……」

「にゃあ」


 ドロシーが体をリトルルビィにこすりつけた。


「……あれ、私……どうしたの……?」

「強い自己催眠にかかってたみたいだな」

「……」


 キッドとソフィアを見て、リトルルビィが眉間に皺を寄せた。


「なんで二人がいるの?」

「なんで嫌そうな顔なんだよ」

「くすす。助けてあげたというのに、恩知らずとはこのことだ」

「ふわあ……」


 リトルルビィがのんびりと欠伸をして起き上がる。


(……あれ)


 ベッドに、テリーが寝ている。


「……テリー、いつ来たの?」

「リトルルビィ、覚えてないの?」

「……」


 メニーの問いかけに、リトルルビィが首をかしげた。


「頭がぼうっとして……」

「今日は休んだ方がいいよ。……服も着替えたら?」

「……うわ、何これ」


 リトルルビィがぎょっとした。


「なんかキッドみたいな服着てる! きしょい!」

「きしょいって言うな」

「私、ドレスの方が好きなのに!」


 リトルルビィがクローゼットを開けた。


「どれ着ようかな?」

「わあ、種類が豊富」


 ソフィアがクローゼットを見た。


「ねえ、見ても良い?」

「ソフィアって写真だけじゃなくて服も好きよね」

「こんなにバリエーションの多い赤いドレスが入ったクローゼットは初めて見た。赤が好きだね」

「大好き!」


 だって、


「……テリーの色だもん……」

「そうだね。赤はテリーの色」


 でもね、リトルルビィ。


「赤と金色ってとても良く似合うと思わない?」

「……思わない」

「ソフィア、それを言うなら」


 キッドが髪を梳いた。


「赤と青はとても良く似合うと言うんだよ」

「言いません」

「そんなこと言わないもん」

「言うんだよ。俺が言うんだから言うんだよ」

「また始まった」

「キッド殿下、向こうに行ってください。リトルルビィが着替えられません」

「ああ、はいはい。いいよ。俺はテリーの寝顔でも見てるから」


 キッドが立ち上がり、止まった。ベッドには、すでにメニーが座っている。メニーがむうっとむくれた。


「……レディの寝顔を見るのは、良くないと思います」

「ははっ。みんなして俺を邪魔者扱いか? まいったな」


 キッドがクスっと笑い、家の扉を開けて――蚊が鳴く声で呟いた。


「……組み手の効果がありすぎたか……」


 扉を閉める。


「リトルルビィ、このドレスなんか素敵」

「えへへっ! そうでしょう!」


 さっさとパンツもシャツも脱いで、いつもの赤いドレスを着る。


「あっ」


 チャックが閉まらない。


「……最近、また大きくなったから……」

「直してあげようか?」

「……ソフィア出来るの?」

「出来るよ。怪盗時代は、服は大事だったから」

「……じゃあ……」


 渡す。


「お願い」

「はい。お願いされましょう」

「そのドレス」


 ちらっとベッドを見る。


「テリーが似合うって言ってくれたの」

「……じゃあ、大事にしないとね」

「……うん」


 ベッドでは、テリーが安らかに眠っている。


(……なんだろう)


 覚えて無いのだけど、


(夢の中で、テリーに抱っこしてもらえた気がする)


 怖くないよ。

 怖くないよ。

 ドラキュラ伯爵が来たって、


 あたしがリトルルビィを守ってあげる。


(そう言われた気がしたけど)


 覚えてない。


(……ただの夢よね)


 でも、


(頭なでてもらえた気がする。……気がするだけだけど……)


 リトルルビィがドレスに着替える頃、テリーが唸った。


「うーん……」

「ドロシー、お姉ちゃんが苦しそう」

「にゃあ」

「うーん……」


 ――ケケッ! ニコラ! 遊ボウヨ! ケケッ!

 ――ニコラ、いいか! ミックスマックス春季イベントが今度のゴールデンウィークにだな!


「……みっくす、まっくすは……もう……いい……」


 テリーが青い顔で唸り続ける。








(*'ω'*)




 5月5日。



「それでは、昨日いち早く誕生日を迎えたアリーチェと、本日誕生日を迎えたリトルルビィをお祝いして」


 キッドがグラスを上げた。


「乾杯」

「「かんぱーい!」」


 リトルルビィの家にぎゅうぎゅうに兵士達が詰み込み、乾杯をした。


「アリス」

「キッド、久しぶり!」

「ハッピーバースデー」

「昨日、プレゼント送ってくれてありがとう」

「とんでもない」

「素敵なネックレスだった」

「気に入った」

「ええ。とてもね。……ニコラが嫉妬しない?」

「まいったな。……それがさ……」


 窓を眺めるソフィアがグラスを傾けると、兵士達が寄ってくる。


「ソフィアさん、良い夜ですね!」

「ええ、そうですね」

「ソフィアさん、ケーキをどうぞ!」

「どうもありがとう」

「ふっ! 俺のソフィア! 今宵は俺と……」

「兄さん! お菓子があるぞ! これは、ドリーム・キャンディのお菓子ではないか!!」

「ええい! グレタ! 俺の邪魔をするな!」

「リトルルビィ」


 メニーがプレゼントを差し出す。


「ハッピーバースデー」

「ありがとう。メニー! ……開けても良い?」

「どうぞ」


 箱を開けてみる。中に入っているものを見て、リトルルビィの口角が上がった。


「わあ」


 赤いドレス。


「最近身長伸びたから、ちょっと大きめのサイズにしてみたの」

「嬉しい! ありがとう! メニー!」

「うふふ! 喜んでくれてよかった!」


 メニーがリトルルビィの義手の手を握る。


「義手も、サイズ変わったんじゃない?」

「うん。ここ最近本当に急に身長が伸びちゃったから」

「本当だね。雰囲気もだいぶ変わっちゃった」


 メニーの手が優しく髪の毛に触れる


「こっちのリトルルビィも、私好きだよ」

「……ありがとう」


 これから、赤いリボンはどこにつけようか。


「鏡を見るとね、お兄ちゃんみたいなの」


 短くなった髪の毛を触る。


「いつでも思い出せる」


 長い髪も好きだったけど、


「結構似合うでしょ」

「うん。可愛い」

「うふふ!」

「……お姉ちゃん、どこ行ったんだろう?」


 メニーがきょろりと見回した。


「ドロシー、知らない?」

「にゃあ」

「……」


 リトルルビィがにこりと微笑んだ。


「私、ちょっとお外出てくる」

「うん。行ってらっしゃい」


 リトルルビィが人混みをかき分け、扉に向かって歩いていく。


「じゃあ、キッド、より戻せてないの?」

「……俺、どうしたらいいかな?」

「大丈夫よ! キッド! 元気出して! 二人の幸せを応援してるわ!」

「そう言ってくれるのはアリスだけだよ。みんな俺が嫌いって悪口ばかり」

「ソフィアさん、早飲みして一位だった人と握手をしてくれませんか!?」

「どうかこの通り!」

「くすす。いいですよ」

「なんだって!?」

「いいだって!?」

「よし、俺、参加するぞ!」

「俺だって参加するぞ!」

「俺もだ!」

「よし、ビールを持ってこい!」

「ママ! 電話してくるなって言っただろ! 今日は仕事なんだよ!」

「そうだぞ! ママ! お誕生日パーティーなんだ!」

「グレタも一緒で!」

「ママ! お菓子がとても美味しいぞ!」


 楽しい会話が弾む部屋から抜け出す。家をぐるりと周り、庭に行けば、テリーが膝を抱えて影を見下ろしていた。


「あんたの気持ちは嬉しいだろうけど、家で発狂したらどうする気? リトルルビィを傷つける真似だけは許さないわよ」


 リトルルビィが首を傾げる。


(テリー、また一人で喋ってる)


 とことこ歩いていく。


「プレゼント? 届いてたわよ。……ミックスマックスを贈ったの? ジャック、あいつに伝えておいて。女の子はね、ミックスマックスに全く興味ないのよって。何考えてるんだか……」

「テリー、何してるの?」

「っ」


 テリーが草をちぎって、急いで振りむいた。


「草占い!」


 草をちぎる。


「こうして草の葉を向いて、占うの!」

「……手が汚れるよ?」

「……ええ。前にメニーにも同じこと言われたわ……」


 草をポイっと投げる。


「またここにいたのね」


 リトルルビィが微笑む。


「隣良い?」

「どうぞ」


 リトルルビィが座った。


「ねえ、テリー、10歳の誕生日にマントをくれたの覚えてる?」

「……ああ、あったわね」

「最近ね、高さがちょうどよくなってきたの」


 テリーがリトルルビィを見た。


「成長してる証拠かな?」

「……大きくなっちゃったわね」


 リトルルビィが思ったよりも大きくなった。


「成長っていいことだけど、ちょっと寂しい気がする」

「……何も寂しくないよ?」


 リトルルビィがテリーの顔を覗いた。


「私、変わらずに、ずっとテリーが大好きだもん」

「……あんた、まだ催眠が解けてないみたいね」


 頭をがしっと掴まれる。


「いい? 今からあんたの中にいるキッド菌に話しかけるわ」

「テリー、キッド菌って何?」

「出て行け。キッド菌。あたしの可愛いルビィを返せ」


(……テリーがおかしくなっちゃった……)


 瞼を閉じて、キッド菌よ出て行けとぶつぶつ念じ始める。


(……)


 なんだか、


(キスをする時の顔みたい)


 長いまつ毛。赤い頬。緑と黒が入り混じったような変わった赤髪。


(変わらない)


 テリーは何も変わらない。


(だから、好き)


 一歳大人になったけど、全然追いつけない。


(テリーが遠く感じる)


 また不安になってくる。


(こんなに傍にいるのに)


 テリーに触れる。


「出て行け。キッド菌め、あたしの可愛いルビィから出ていけ」


 近付く。


「出て行け。あたしの可愛いルビィを返せ」


 口を開ける。


「出て行け。キッドき……」


 テリーが目を開けた。


「ん?」


 リトルルビィが、ぱくりとテリーの首を噛んだ。


「っ」


 じゅ、と吸われる。


「あ、」


 血管が歯に刺さっている。


「……痛い……」


 それでも吸う。


「……」


 テリーの手が、優しくリトルルビィの頭を撫でた。


(っ)


 リトルルビィの顔がほころんだ。


(あったかい手)


 舐めれば、テリーが声を出す。


「んっ」


(もっと撫でて)


 血を吸う。


(甘い)


 なでなでも欲しい。


(テリー)


 撫でて。


(もっと甘えさせて)


 私、まだ13歳なの。


(まだまだ子供なの)


 もっと甘えさせて。


(体が大きくなったって)


 怖い怖いドラキュラ伯爵におびえてしまう、可愛い女の子なの。


(テリーが守って?)


 そしたら、


(私も全てからテリーを守るから)





 口を離した。




「……急に飲むんじゃないの」


 額をこつんと叩かれる。


「びっくりするでしょ」

「だって」


 テリーの肩に頭を乗せる。


「飲みたくなっちゃったから」

「家にドリンクがあるでしょ?」

「だけど、テリーの血がいい」


 首筋を舐める。


「んっ」

「テリー」


 囁く。


「好き」


 テリーの手に手を重ねる。


「ずっと好き」


 今日も大きな愛を飛ばす。


「……髪が短いと、女の子らしくないかな?」


 リトルルビィが不安げな目でテリーを見つめた。


「どう思う?」

「……リボンをすればいいじゃない」

「……もう出来ないもん」


 髪の毛は切っちゃった。


「……13歳で切るって決めてたの」


 テリーが切った年だから。


「あんたは赤いリボンが似合うから、しないのはもったいないわ」


 横髪に、テリーの手が伸びた。


「こうやって巻き付ければいいでしょ」


 見たことのないリボンが、髪に巻かれていく。


「ほら、可愛い」


 今度は、後ろではなく、横髪にリボンが巻き付けられた。


「似合うわよ」

「……えへへ……」


 リトルルビィの頬が緩む。


「可愛い?」

「ええ。とても」

「このリボン、テリーが見つけてくれたの?」

「髪切りたいって言ってたから、それ用にね」

「……っ」


 口を結んで、じっとテリーを見つめる。


(どうしよう)


 心臓が飛び出そう。


(……もう、リボン解かない……)


「テリー、こんな素敵な夜だから、ドラキュラ伯爵がどこかに隠れてるかも」


 テリーの腕に、自分の腕を絡ませる。


「テリーを守らないといけないから」


 くっつく。


「ちょっとだけ、……こうさせて?」

「はいはい」


 背中を叩かれる。


「しばらく風に当たってましょう。あの家狭いのよ」

「……うん……」


(二人きりだ)


 嬉しい。


(今だけ、テリーは私のもの)


 テリー、私はもっと強くなるよ。


(去年のようにはなりたくない)


 見てるまま、何も出来ないなんて。


(今年も中毒者が現れるかもしれない)


 でも、私が何とかする。

 私がテリーを守る。


(だから)


 テリー、


(そろそろ、私を好きになってもいいんだよ?)


 いつ、束縛してくれるのかな?


(……束縛?)


 はっとする。


「私、テリーに束縛されちゃった!」


 リボンで。


「これはもう、テリーの元にお嫁に行くしかないよね! きゃっ!」

「リトルルビィ、この世の中には、男というものがごまんといて……」

「テリー、私、赤いウエディングドレスがいい! きゃっ!」

「無視かい」


 春の夜風が二人に当たる。重たい髪はなくなった。リトルルビィは新たな一歩を踏み込む。短い髪を揺らして。


(今年こそ、テリーと恋人になれますように)


 大きな愛を、月に祈り続ける。















 怖い怖いは弱い自分 END

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