スター窃盗による歌う怪盗冬景色事件

 (*'ω'*)去年、没になったクリスマス小説。書けたので没の思い出として載せます。

 時間軸→五章終了後。

 テリー14歳、ソフィア24歳、メニー11歳、リトルルビィ12歳、アリス15歳。



―――――――――――――――――――











 12月25日。


 赤い服を着た魔法使いがプレゼントを持って現れる。聖なる夜とも言われるクリスマス。


 クリスマスに備えて、城下町はるんるん、らんらん。鼻歌揃えてるんるん。ふんふん。


 人々は歌い、笑い、クリスマスを楽しみに過ごしていた。


 何と言っても、クリスマスの見せ場は城下町の中央区域広場に飾られた大きなクリスマスツリーだ。このツリーを見るだけで、人々の胸はダンサーのように踊り出しそうだった。ああ、12月25日が楽しみだ。そう思っていた。


 しかし、事件は突然に起こった。


「怪盗パストリル参上!」


 城下町の人々は息を呑む。


「ツリーのスターは、いただいた!」


 凄まじい突風と共に怪盗パストリルが消える。そこには、星がなくなったクリスマスツリーだけが残されていた。


「全国指名手配だーーーーーー!!!!」


 グレーテル・サタラディアが掲示板を叩いた。


「怪盗パストリル! 許さん! 可愛い子供達の健気な夢を奪うなど! 言語道断!!」


 ヘンゼル・サタラディアが剣を空に掲げた。


「将軍! 私は誓います! 必ずや! キュートベイビーちゃん達の夢をお守りすると! 必ずや! 怪盗パストリルを見つけて、スターを取り戻してみせると!」


 人々が怒り狂う。クリスマスツリーからスターが失くなり、心から怒った。


「こんなのあんまりだ!」

「クリスマスツリーが可哀想よ!」

「先っちょが盗まれた!」

「先っちょが無くなった!」

「先っちょだけ無いなんて! 先っちょが無いつまらない男と一緒よ!」

「先っちょが無い女だってつまんねーじゃねえか!」

「何よ! 男子! 先っちょが無い女子をけなすの!?」

「女子は大変なのよ!」

「罪人め!」

「女を大切にしろ!」

「男差別だ!」

「酷すぎる!」

「男だって大変なんだぞ!」

「男を大切にしろ!」

「ほら見ろ! 先っちょが無いからみんなが喧嘩してるぜ!」

「畜生! 親指の先っちょをしゃぶることしか出来ねえ!」

「なんで先っちょだけ盗っちまったんだ!」

「なんで先っちょなのよ!」

「スターなら先っちょ以外にもあるだろ!」

「「なんで先っちょなんだよ!!」」


 先っちょのスターを盗んだ怪盗パストリル。


「「絶対許さん!!!!」」


 ソフィアが手のひらに顎を乗せ、足を組み、ふう、と細い息を吐いた。


「ああ、怪盗パストリルが現れるなんて。なんてこった。これは大変だ。私の大切な宝物が盗まれてしまうかもしれない。ああ、怖い。本当に怖い。怖い怖い」


 リトルルビィがソフィアを睨む。メニーが眉を下げてソフィアを見る。ソフィアは肩をすくめた。


「残念。私じゃない」

「……じゃあ誰なの?」

「偽物だろうね。泥棒するために私の名前を使ったんだろう」

「リトルルビィ、私も偽物だと思う」


 メニーが新聞の写真をリトルルビィに見せる。


「ほら、笛を持ってない。怪盗パストリルは、仮面を被って、笛を吹いてとんずらこく泥棒なのに、記事には風が吹いて、みんなが目を閉じた隙に消えたって書いてある。背丈は似てるけど、雰囲気も違う」

「くすす。メニーは将来有望な刑事になれるよ」


 ソフィアが微笑み、仕事用のファイルに手を伸ばす。


「ま、今回、私は何も関係ないし、私が動かなくても警察が動いてくれるよ」

「でも、ソフィア、パストリルの悪名がもっと広がったらどうするの?」

「別に、何とも」

「悔しいとかないの?」

「どうして?」


 ソフィアがリトルルビィに微笑む。


「私はもう引退したんだよ。それも、後悔も未練もなく」


 それを、今さら引っ張り出されたところで、


「別に、何とも思わない」


 ソフィアが書類に署名を書き始めた。



(*'ω'*)



 アリスとテリーが、星の無くなったもみの木を眺める。


「ニコラ、星の代わりに、私、帽子を作ってきたの」


 アリスが大きな星の帽子を手に持った。


「これで寂しくないわ」

「アリス、ツリーは帽子じゃなくて、靴下じゃない?」

「靴下で雪は凌げないわ。無いよりマシよ」


 アリスがもみの木の下に帽子をそっと置く。立ち上がり、テリーに振り向いた。


「まさか怪盗パストリルが今さら現れるなんて思わなかった。捕まったんじゃないの?」

「ええ。捕まって、正体は公開されてない」

「ってことは、刑務所に超イケメンがいたら、それがパストリルってわけね! きゃっ!」


(正しくは、図書館で平然とした顔で働いてる巨乳の女が怪盗パストリル様よ)


 テリーがもみの木を下から眺め、ため息を出す。


(あいつ、引退したんじゃなかったの?)


 アリスが白い息を吐きながらテリーに微笑む。


「また指名手配になったらしいわよ。脱獄でもしたのかしら。でも大丈夫。すぐに見つかるわ。とにかく、24日までには絶対に見つけないとね」

「ん? クリスマスは25日でしょ?」

「ふふっ! 嫌だわ。ニコラったら! ダーリンのお誕生日じゃない!」

「……」


 国に愛されし第一王子の誕生日を思い出し、テリーの眉間に皺が増える。


(やばい……。プレゼント忘れてた……)


「それにしても、大きなもみの木ね! ニコラ、帽子を飾るもみの木って面白くない?」

「あたし、帽子よりもキャンディの方がいいわ」

「あら、キャンディの帽子なんて可愛い。イメージが膨らんできた。ニコラと話してたらイメージがどんどん溢れてくるの。素敵!」

「お役に立てた?」

「うん!」

「なら良かった」


 二人で歩き出す。もみの木の天辺には星が無い。


「ねえ、アリス、時間があるならサガンさんの所に行かない?」

「駄目よ。今の時期、喫茶店は大盛り上がりなの。忙しすぎてブチギレられるわ」

「じゃあ、どこか、ゆっくり出来る所にでも」

「ケーキが食べたいわ。ニコラ、ケーキ屋に行きましょう。そこで、今日という平和な日をお祝いするお茶を交わして」

「アリスは帽子の絵を描く」

「素敵! 早く行きましょう!」


 そう言って二人は歩き出す。テリーがちらりと何もなくなったもみの木の頂点を見上げる。


(……ま、ツリーに星がなくなったくらいで、別に大したことじゃない。クリスマスは星くらいで消えたりしないんだから)


「ねえ、ニコラ、あのね、ニコラにぴったりな帽子を思いたんだけど……」

「え、あたしに?」


 嬉しそうに微笑んだテリーとアリスがもみの木から離れていった。



(*'ω'*)



 その夜。


 ベックス家に勤める男よりもガタイのいいメイド、エレンナが薄暗い廊下を歩いていた。


(さてね、そろそろシャワーに行こうかね)


 エレンナがドカドカ歩いていると、壁に怪しい影が映っていた。


(おや、誰だろうね)


 ひょこりと顔を覗かせてみると、メイドの部屋がある方向へ進む男の影。


(あんな奴いたかね? 新人かい? ああ、多分迷子になったんだね)


「ちょいとあんた! そっちはメイド達の部屋だよ。何やってんだい?」


 影がはっとした。エレンナは首を傾げる。


「うん?」

「くくっ」


 男の腕には、ベックス家に飾られていた大事な花瓶が抱えられていた。エレンナが眉をひそめる。


「あんた、そいつをどうしようってんだい!」


 影が笑い出し、走り出す。


「あ、ちょ、お待ちよ!」


 エレンナが後を追いかけ始めた。


「誰か! 侵入者だよ!」


 エレンナの怒声が屋敷中に響き渡り、使用人達が慌てて走ってくる。


「よーし! 久しぶりの侵入者だ! いいところ見せるぜ!」

「ロイ! 馬を見てろ!」

「ああ!」

「俺達の腕を見せて奥様に褒めてもらうんだ! へへっ!」


 使用人達が蝋燭や武器を持って影の前に立ち並ぶ。


「「侵入者! ここは通さない!」」


 影は男達の上を軽々と飛び超えていった。使用人達が目を丸くする。


「「えーーーーー!? そんな馬鹿なーーーー!!」」


 そして影が再び走っていく。それを使用人達とエレンナが追いかけていく。


「まてまてー!」

「侵入者めー!」

「まったく、すばしっこい奴だね!」

「警報だ! 警報だ!」


 屋敷に警報のベルが鳴り響く。影はさらに逃げていく。廊下であわあわしているメイドがいた。


「大変だわ! 警報だわ!」

「侵入者だわ! 大変だわ!」

「最後の洗濯物にアイロンをかけていたら!」

「大変だわ! 大変だわ!」


 影が走り、メイド達の間を潜っていった。


「「きゃーあ!」」


 くるくる回るメイド達の手から洗濯物が飛んでいく。メイドがはっとして、手を伸ばした。


「ああ! 大変! テリーお嬢様のおぱんつが!!」


 影のマントに引っかかった。


「あら! 大変! 大事な花瓶とテリーお嬢様のおぱんつが盗まれたわ!」

「まあ! テリーお嬢様のおぱんつが!?」

「まさか花瓶だけではなく、テリーお嬢様のおぱんつまで盗まれるなんて!」

「テリーお嬢様のかぼちゃのおぱんつを盗むなんて、なんてえっちな泥棒なのかしら!」

「「いったいどこぞの泥棒だと言うの!?」」


 突然、窓がばたんと開いた。屋敷内に突風が吹き荒れる。使用人達が抱きしめ合って悲鳴をあげた。その顔を見て満足したように影が笑い出す。


「私の名は、怪盗パストリル!」


 マントを翻す。


「ベックス家の宝、いただいた!」


 影が窓から飛び降りた。風が吹き荒れ、やがて収まった頃、慌てて使用人のフレッドが窓に走り、覗き込んでみると、もう既に怪盗パストリルの姿は無かった。



(º言º)



「ソフィアーーーーーー!!!!!」


 ソフィアはぱちぱちと瞬きした。目の前には打倒・怪盗パストリルと書かれた鉢巻をする恋しいテリーが般若の仮面の如く、自分を睨み付け、カウンターをばーーーん!!! と叩いた。


「てめぇ!! よくも人の大事なもの盗みやがったわね!!」

「……テリー。どうしてそんなにお熱高めなのかは知らないけれど、先に私の心を盗んだのは君だよ。お陰で私は毎日恋しい君に温度感高めなんだから」

「じゃかぁしいわ!!」


 テリーが振り向く。


「メニー!」

「はい!」


 メニーが持ってた看板を掲げた。


「『泥棒反対! 盗ったら返せ!』」

「ソフィア! 今なら頬をぱーん! で許してあげるわ! おら! 出せ!! 盗んだもの返せ!!」

「くすす。テリー。一体何のことを言ってるの?」

「返せっつってんのよ!! 今なら許すからよぉ!!」

「返すって、何を?」

「っ」


 ソフィアがにこりと笑う笑顔を見て、テリーがブチ切れた。ソフィアの胸ぐらを掴み、顔をずいっと近づかせ、言い放つ。


「昨晩盗んだ、あたしのかぼちゃぱんつを返せっつってんのよ!!!!!!!!」


 ソフィアがぽかんと瞬き3回。そして、にこりと笑顔。


「言ってることがわからない」

「てめえ! タダで済むと思うなよ! 先っちょの星のみならず、あたしの大事なおぱんつまでも盗みやがって!! この変態野郎が!! 嘘つき女!! その笑顔は仮面か!? 仮面の裏では年頃の女の子の大事なおぱんつ盗んで楽しいってか!! ふざけんなよ! てめぇ如きなんてな! あたしがベックス家を継いだらぺっちゃんこに潰してやるからな!! もう、一瞬よ! ぺちゃんよ! ぺちゃん! ぺちゃんこちゃんよ! ぺちゃんちゃんのちゃんこのちゃん!!」

「そりゃ、テリーの使用済みの脱ぎたてのぱんつを枕元に置いたら最高の寝心地だろうけど、ごめんね。私はぱんつよりも君の方が欲しいんだ。私が盗むならまずぱんつよりも君だ。催眠をかけて魅了した君を盗み出して、永遠に誰の目にも届かない所へさらい出すだろう」

「じゃあ誰がやったってのよ!!」

「偽物」


 テリーが黙る。メニーは看板を下げる。ソフィアがにこりと再び微笑み、胸ぐらを掴むテリーの手を撫でた。


「最近、街をにぎわせている怪盗パストリルの偽物だ。へえ。ぱんつを盗まれちゃったの? 恋しい君。可哀想に」


 ソフィアがテリーの手の甲にキスをする。金色の瞳が、テリーを見上げた。


「慰めてあげようか?」

「結構!」


 手を振りほどくと、ソフィアはくすすといつものように笑う。


「星のみならず、下着泥棒か。怪盗パストリルはやることが小さくなったね」

「下着だけじゃないわ。花瓶まで盗んでいきやがったのよ」

「花瓶なんて何に使うんだか。貴族の屋敷にあったから持っていったのが丸見えだ。テリー、本物なら、そんなことすると思う?」


 テリーがじろりとソフィアを見下ろし、静かに首を振った。


「……怪盗パストリルは、乙女の心と宝石を盗む泥棒よ。下着なんか盗まない」

「そうだよ。価値のないものには興味が無いからね」


 だが、しかし。


「その宝物は、確かに興味があるな」


 ねえ、テリー。


「何色のぱんつを盗まれたの?」

「え……」


 テリーがもじ、と体を揺らした。


「……黄色だけど」

「へえ」


 ソフィアの目が険しくなる。


「黄色のかぼちゃぱんつか…」


 ちなみに、


「セットのブラはある?」

「……まあ、あるわね」

「……セットに、黄色のブラジャー付きか……」


 ソフィアが生唾を飲む。


「ついでに」


 ソフィアがテリーを見つめる。


「そのぱんつは、お気に入りだったの?」

「……まあ、そうね。脱ぎやすかったし」

「へえ」


 ソフィアの目が、ぎらんと光る。


「脱ぎやすい。つまり、脱がせやすい……」

「ソフィアさん!」


 メニーがテリーとソフィアの間に入り、カウンターを叩いた。


「セクハラは禁止です!」

「くすす」

「ん? セクハラ? メニー、何言ってるの。女同士で下着の話をしてただけよ。あんたはすぐにそうやって大人の方向に持っていくんだから。おませね」

「お姉ちゃんはちょっと黙ってて!」

「ああん!?」


 姉妹が睨み合うと、ソフィアがおかしそうに笑い出した。


「くすす! メニー、落ち着いて」

「ソフィアさん、お姉ちゃんのぱんつの色もブラジャーの色も聞かないでください。通報しますよ」

「ちょっとした冗談だよ」


 ――……目が本気だったけど……。

 ――チッ。


 メニーとソフィアがそれぞれ頭の中に言葉を思いとどまらせ、メニーから口を開けた。


「とにかく、ツリーの星のこともあります。これ以上偽物を騒がせるわけにはいきません」

「それは同感だ。でもね、メニー。私達はただの一般人なんだ。文句を言うことは出来ても、泥棒には何も出来やしないよ」

「じゃあ、このままでいいんですか?」

「泥棒には、泥棒しか勝てない」


 テリーとメニーがきょとんとする。ソフィアは微笑む。


「大丈夫だよ。黄色のぱんつね」


 ソフィアがペンをつまんだ。


「それと花瓶」


 ソフィアがくるんとペンを回す。


「それと」


 ソフィアがペンをダーツのように投げた。


「怪盗パストリルの名前」


 ペンは壁に刺さったまま、動かなくなった。



(*'ω'*)



 とある廃墟の家では、それはそれは盛り上がっていた。それはそうだろう。なにせ、作戦が思いの外うまくいったのだから。


「いやっほう!」

「これで俺らは億万長者だ!」


 家の中には戦利品。裏市場で高く売れるだろう。数人の男達がにやにやと互いの顔を見回す。


「いいか。取り分は平等だ」

「ふん。まあいいだろう」

「しかし、思ったよりもうまくいったな。怪盗パストリル作戦」

「いやいや、パストリル様々だぜ」


 怪盗パストリルの名前を出した途端、城下町全員の表情が強ばる。あの伝説の怪盗が再びやってきたのだと、緊張が緊張を呼び、自分たちでは敵わないと、どこかで諦めがついているのだ。おかげで隙だらけ。宝はあっという間に盗めたというわけだ。


「金を分けたら俺は街から出るぜ」

「俺もだ」

「ああ、俺も」

「俺もさ。いつまでもこんなところにいられるか」

「同意だ」


 男達がワインを飲みながら笑い、億万長者となった自分たちを思い浮かべる。金が出来たら何をしようかな。まずは女だ。酒だ。ギャンブルだ。やりたい放題だ。


 ――そんなことを考えていると、家の明かりであったろうそくの火が消えた。


「ああ?」

「なんだ。どうした?」

「隙間風じゃねえの?」


 一人が立ち上がり、暗い家を見回す。


「ああ、くそ。ろうそくはどこだ」


 その瞬間、男が引きずり込まれた。


「うわあ!」

「うわっ! なんだよ!」

「驚かすんじゃねえ!」


 男の声は聞こえない。


「お、おい」

「なんだよ。俺たちを驚かせようってか?」


 男がはっとした。


「まさか、あいつ、消えたふりして、宝を独り占めするつもりじゃ……!」

「なんだと!?」

「くそ! やられた! おい! ろうそくを灯せ!」


 男達が慌ててろうそくに火を灯す。


「宝は無事か!?」


 振り向くと、伸びた男が宝の上に倒れていた。


「……な、なんだ……?」

「おい、どうしたんだよ、お前……」

「好き勝手やってくれたようですね」


 突然聞こえた声に、男達が慌てて振り向いた。


「なっ、誰だ!?」

「おや、私を知らないのですか?」

「どこにいやがる!」

「姿を現しやがれ!」


 一人が殴られた。


「うぎゃあ!」

「ひっ」

「おやおや、どうしたのですか? 怪盗パストリルなら、もっとやってくれるはずではありませんか」

「く、くそ!」

「て、てめえ、誰だ!」

「くすすすすす」

「どこにいやがる!」

「くすすすすす」

「ち、畜生!」

「くすすすすす」

「俺たちをびびらせようってか!? へっ! そうはいかないぜ! おら! 出てこい!」


 ろうそくが消えた。


「「はっ」」


 その瞬間、男達は、今までに見たことのない化け物に襲われた。


「「うわあああああああああ!!」」


 暗い中、化け物は男達を食べようと、狙いを定めて丸飲みにしようと口を大きく開ける。


「た、助けてくれ!」

「誰か!」


 化け物は大きく威嚇する。


「「た、助けてーーーー!!」」


 男達は転び、倒れ、踏み、我先に家から出ていく。すると、家の回りが兵士と警察に囲まれていた。ヘンゼルとグレーテルがメガホンを持ち、男達に告げた。


「おとなしくしろ! この家は完全に包囲されている!」

「貴様らをスター泥棒の容疑で逮捕するううううううう!!」


 しかし、ぼろぼろの男達は泣きながら兵士と警察の元へ走っていった。


「助けてください!」

「化け物がいるんです!」

「あの家に、巨大な化け物が……!」


 しかし、家には何もいない。


「俺達、見たんです!」

「鋭い牙に大きな口」

「手が、何本もあった!」

「俺達に襲いかかってきやがった!」

「どうか助けて!」


 男達の様子を見て、ヘンゼルとグレーテルが表情を曇らせた。


「覚醒剤をやってる可能性があるな」

「兄さん! ここは警察が引き受けよう!」

「念の為一人ずつ検査したほうが良い」

「兄さん! 兵士は盗まれたものの回収を頼む!」

「ああ。任せろ」


 ひゅんと風が吹いた。


「全く、クリスマス近くだというのに、こんな大事件を起こしやがって。おかげで今夜のマリンとのデートが無くなった!」

「さあ来い! 全員逮捕だ!」

「殺されるー!」

「助けてー!」

「食われちまうよー!!」


 男達が連行されていく姿を見ながら、一人の怪盗が一つの宝を盗み、その場から立ち去った。



(*'ω'*)



 窓がノックされる。


「……」


 テリーが立ち上がった。


(……こんな時間に窓をノックするなんて、一人しかいない)


 カーテンをそっと開けた。


「もう、仕方ない子ね。リトルルビィったら……」


 ソフィアがにこりと笑って窓を叩いていた。


「……」


 ソフィアが笑顔で指を指す。開けて?


「……チッ!」


(あたしの可愛いリトルルビィかと思ったのに!)


 テリーがカーテンを閉めた。


(そこで凍えちまえ!)


 さて、変な女を見て体が寒くなってきた。紅茶でも飲もうかしら。


 ――その瞬間、窓がかちゃりと開いた。


(はっ!)


 テリーが枕を構えた。


「無断で部屋に入ってくるなんて! 何の用よ! この、ぱんつ泥棒!」

「心外だな。せっかく届けに来てあげたのに」


 雪だらけのソフィアが窓から部屋に入ってきた。


「ちょっと、窓閉めてよ! 寒いじゃない! この、ぱんつ泥棒!」

「テリー」


 ソフィアがテリーの手の中にそれを入れる。


「お望みのものは、これかな?」

「……」


 手の中に、テリーのかぼちゃぱんつが収められていた。テリーがそれを見て、ソフィアを見て、ソフィアがにこりと笑ったのを見て――ぞっと顔を青くさせ、一歩下がった。


「……や、やっぱり、あんた、そういう趣味があったのね……! この、ぱ、ぱ、ぱんつ泥棒!」

「せっかく取り返してあげたのに。ありがとうもなし?」


 ソフィアが高級なソファーに座った。


「明日、広場に行ってごらん。ツリーは元通り。星はキラキラ光ってクリスマスに向けて輝くことだろう。ああ、花瓶も心配ない。あんなきらきら光っただけで価値のないもの、元の場所に戻しておいた」

「……」

「犯人は逮捕されたよ。これで一安心」


 ソフィアが足を組み、テリーを見て、ほくそ笑む。


「ご満足かな?」

「……満足なのは、あんたじゃないの?」

「ん?」

「あんた、パストリルに相当なこだわりがあるじゃない。正義のヒーロー。貧困者の味方。ただの泥棒ではない。それを目標に活動していた怪盗業」


 それが、ただの盗人に真似されて、


「不満だったのは、あんたじゃないの?」

「……さあ、どうかな?」

「……ま、あんたにしてはよくやったほうじゃない? キッドが褒めてくれるわよ」


 テリーがぱんつを棚にしまった。


「用事は済んだかしら? 英雄さん」

「英雄にはご褒美が必要だ。テリー」

「……わかったわよ。確かに取り戻してくれて感謝してるわ。どうもありがとう。このぱんつ泥棒」

「どういたしまして」

「英雄さんは困ってる人には優しいんでしょ。これでおしまい。はい。あたしはもう困ってないわ。どうもありがとう。さようなら」

「テリー」


 ソフィアがしまったはずのパンツを持っていた。


「これを返してほしければ、こっちに来て」

「……」


 テリーがそっと棚を開けて確認する。――なくなっている。


「……あんた、いつ盗んだの?」

「さあ? いつだろうね? 最初から君に渡してなかったりして?」

「やっぱり……そういう趣味があるのね……!? この、ぱんつ泥棒!」

「早くこっちおいで」

「あたしのぱんつよ! 返してよ!」


 テリーがソフィアの隣に座ると、ソフィアがにやりと笑った。


「馬鹿な子」

「えっ」


 黄金の目と目が合ってしまう。


(うっ!)


 くらりと目眩がして、体が後ろに倒れる。


「っ!」


 ――ソフィアがテリーを抱きとめた。


「……」


 ゆっくりと、テリーをソファーに倒す。そして、自分はそんなテリーに覆いかぶさる。


「……こ、この……」

「くすす。……可愛いよ。テリー」


 首筋に唇が押し付けられる。


「ひゃっ!」


 ――冷たい!


「……」


 顔をしかめて、そっと手を伸ばし、……頬に触れてみる。


「……ちょっと、あんた冷たいじゃない」

「外にいたからね」

「……暖炉の前に行きなさい」

「暖炉もいいけど」


 ソフィアがテリーを抱きしめた。


「私は、こっちのほうが好き」

「……冷たい」

「我慢して」


 ぎゅっと強く抱きしめられる。


「……あんた、体震えてるわよ」

「だって、寒いんだもん」

「何が寒いんだもんよ。暖炉の側に行きなさいって」

「私、もう少しこうしてたい」

「だめ。行って」

「テリーに温めてもらいたい」

「あたしはカイロじゃないから無駄よ」

「テリー」


 ソフィアが耳元で囁いた。


「肌と肌で触れ合うと、すごく温かいらしいよ?」


 手が伸びる。


「私の体温とテリーの体温を重ねれば」


 きっと、


「すごく、……すっごく……」


 とんでもないことに、なると思うんだ。


「へーーーーーえ」


 上から声が聞こえて、テリーがぎょっと見上げた。その先には、赤い瞳が自分たちをじーーーーっと見ていた。


「じゃあ、一人で温まってれば?」

「……リトルルビィ」


 ソフィアの据わった目がリトルルビィに向けられた。


「私達は、今すごく大切な時間をお過ごしてるんだ。邪魔しないでくれるかな?」

「何が大切な時間よ!」


 リトルルビィがテリーを持ち上げ、ぎゅっとした。


「私の運命の人に、何してるのよ!」

「リトルルビィ、なんでいるの?」

「テリー、怖かったでしょ? もう大丈夫だからね。ちゅ。きゃ! テリーにちゅってしちゃった!」

「概ねキッド殿下が私を捜してるってところかな。さっきからGPSがうるさいから、そんなことだろうと思ってたけど」


 ソフィアがゆっくりと立ち上がり、リトルルビィを睨んだ。


「私は今、テリーと大切な愛の時間をお過ごしているんだ。血液泥棒は下がってもらおうか」

「誰が血液泥棒よ! この、テリーのぱんつ泥棒!」

「くすすすす! わからないかなあ? おこちゃまは帰れと言ってるんだけど!」

「帰りません!」

「くすす」

「帰らないもん!」

「くすすすすすす!」

「幻覚なんかに負けるもんかーーー!」


 リトルルビィとソフィアが窓から飛び出し、外で大いに戦い始める。テリーがそれを呆れた目で見つめ、ゆっくりと窓を締めると、扉がノックされた。


「お姉ちゃん、私だけど!」

「どうぞ」


 乱暴に扉が開けられる。しかし、何もない部屋を見て、メニーがきょとんとした。


「……あれ? 今、ソフィアさんとリトルルビィの声がしてなかった?」

「……幻覚でも見たんじゃない?」

「……あれ、お姉ちゃん、それ……」


 ソファーに置かれたぱんつを見つける。


「盗まれたんじゃ」

「ああ。これね」


 テリーが涼しい顔で言った。


「赤い服を着た魔法使いが届けてくれたのよ」


 温かい部屋で、おだやかな時間が訪れる。しかし、外では吸血鬼と元怪盗によるすさまじい激戦が繰り広げられていた。





 12月25日。


 赤い服を着た魔法使いがプレゼントを持って現れる。聖なる夜のクリスマス。

 城下町はるんるん、らんらん。鼻歌揃えてるんるん。ふんふん。

 人々は歌い、笑い、クリスマスを楽しく過ごす。

 何と言っても、クリスマスの見せ場は城下町の中央区域広場に飾られた大きなクリスマスツリーだ。このツリーを見るだけで、人々の胸はダンサーのように踊り出しそうだった。今年はより美しく見える先端の星。


「やっぱり、ツリーには星がないとな」

「素敵な星だわ」


 みんながほれぼれと星を見つめる。


 今年のクリスマスも星が輝く。だからみんなは笑顔を浮かべる。



 雪と星が混じり合い、今年もきらきらと美しく輝いた。





 スター窃盗による歌う怪盗冬景色事件 END

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