密会
(大運動会の続きです(*'ω'*))
――――――――――――――――――――
――テリーが動いた。
(くそ!)
テリーが地面を蹴った。
「失礼!」
(ん?)
キッドが目を見開く。グラウンドからテリーが走ってくる。
(え)
これはまさか。
(俺?)
テリーが走ってくる。
(俺か……!?)
キッドが目をきらきら輝かせる。
(そうだ。昔からそうだった。テリーが最終的に頼るのは、絶対俺だった)
これはチャンス到来か。
(借り物だったら、赤も白も関係ない。俺は全力でお前を抱えて走ることにしよう)
そして、この抜群の運動神経で一位を取って、
「ほら、テリー。お前のために一位を取ったよ……」
「あ……、なんか……、キッドがすごくかっこいい……」
「ようやく分かったか?」
顎クイ。
「テリー、愛してる……」
「キッド……」
「俺と、結婚してください」
「喜んで……!」
拍手の嵐。悔しがってマントをかじるリトルルビィ。狂ったように笑い出すソフィア。凄まじく睨みつけてくるメニー。だが、痛くもかゆくもない。頬を赤らめたテリーが、自分のものになるのなら。
(いける)
キッドが確信する。
(これは、いけるぞ!)
走る準備をする。
(テリー!)
「殿下!」
テリーが叫んだ。
「リオン殿下! 来て!」
「よし、きた! テリー! 俺のでば……」
――うん? リオン殿下?
キッドがきょとんとすると、自分の隣でくつろいで座っていた白ジャージのリオンが飛び出した。
「よーーーーーし!! 任せろ!!」
リオンの目が燃えている。
「君のためなら、お兄ちゃんは頑張るぞ!」
リオンの影が動き出す。
「ジャック!」
――ケケケッ!
ジャックが笑い出す。歌い出す。
――ジャック ジャック 切リ裂キジャックヲ知ッテルカイ?
その一瞬だけ、グラウンドに立っていた全員がぴたりと動きを止めた。一瞬だけの悪夢を見て、足が怯んでしまう。
「よし! チャンスだ!」
その隙に、リオンがテリーを腕に抱えた。
「ひぎゃ!」
「行くぞ! ニコラ!」
「あんた! ジャックは卑怯じゃ!」
「勝てばいいのさ! 勝てば!!」
キッドのような発言をしてから全力疾走で走り出す。悪夢を見てぽかんとする人々の間を抜けて、ゴールに向けて一直線に駆けていく。結果、見事に一位を獲得する。
「やったー!」
リオンがテリーを下ろし、ハイタッチを繰り返す。
「やった! ニコラ! 一位だ! やった! やった! やった!!」
「……まあ、あんたにしてはよくやったわ」
「やった! やった! やった! やった! これぞ! 兄妹パワーだな! やった!」
仲良くぱちぱちと手を合わせる二人。その横ではアリスがぼんやりと周りを見回していた。
「……あれ……、一瞬ジャックが会いに来てくれたと思ったのに……」
「やった! やった! ニコラ! やった!」
「はいはい。やったやった」
ぱんぱん、手を合わせている。
ぱんぱん、手を叩き合う。
リオンが笑う。
テリーが呆れたように笑う。
キッドが俯いた。
「……」
ふらりと、立ち上がる。傍に居たジェフが振り返る。
「おや、キッド様、どちらに?」
「ああ、トイレ」
「はあ、そうですか」
「大丈夫。すぐ戻るよ」
キッドがリーダー席から離れた。
一方、テリーも一位の旗を持ち、ニクスの方へ歩いていく。
「ニクス! ほら見て、一位よ!」
「わーあ! テリー! すごい!」
「ニクスのために頑張ったの。ね、ニクス、嬉しい?」
「え、あたしのために取ってくれたの? うふふ。あたし、足が遅いから、有難いな」
「ち、違うわよ! そういうことじゃなくて……」
「分かってるよ。テリーは白組が勝てるように、頑張ってくれたんだもんね」
ニクスがテリーの頭を撫でた。
「ありがとう。テリー。助かっちゃった」
「……ん、うん……」
頬を赤らめたテリーがこくりと頷く。
「……ニクス、嬉しい?」
「うん! テリーが一位を取ってくれて、すっごく嬉しいよ!」
「でも、ニクスの走りも良かったわ。ビリーを呼んだの、すごく利口な判断って思ったんだから!」
「うふふ。そう。ビリーさんが一緒に走ってくれたの」
ああ、そうだ。
「ねえ、テリーはなんて書いてあったの?」
「これよ」
メモには、逃げ足の速い人と書かれていた。ニクスが顔をしかめる。
「逃げ足……」
「ニクス、あの王子様はね、足だけは速いのよ。逃げ足は特に」
「そ、そうなんだ……」
「王子様なんてどうでもいいわ。そんなことより、ニクス」
テリーがニクスの手を大切にぎゅっと握った。
「席に戻ったら暇よね?」
「まあ、しばらく時間は空くからね」
「そう」
「うん」
「……あの……」
「うん?」
「あたし、……リュックの中にお菓子が入ってるの」
「お菓子? それなら、あたしもあるよ。リュックの中に沢山入ってるんだ」
「……」
「……お菓子交換、する?」
「……に、ニクスがしたいって言うなら、してあげてもよくってよ……?」
「じゃあ、お菓子交換しようよ!」
「……うん」
「リレー見ながら、一緒にお菓子食べようね!」
「……うん」
テリーが嬉しそうにこくこくと頷く。そんな彼女に、ニクスが優しく微笑む。
「テリー、水飲んでおいで。綺麗な水が出る水道が向こうにあったから」
「……ニクスは?」
「あたしはもう飲んだから」
「……分かった。飲んでくる」
テリーが一位の旗を持ちながら、ニクスから離れる。
「ニクス、あとで絶対よ」
「うん!」
「絶対だからね!」
「ふふっ。分かってるよ」
ニクスが手を振ってテリーを見送る。テリーの足取りはどこか軽い。
(ニクスとお菓子交換)
夢にまで見た、友達同士でお菓子を交換するやつ。
(ニクスとお菓子交換……!!)
テリーの脳内が大好きなニクスで埋め尽くされる。
(ニクスとお菓子交換! ニクスとお菓子交換! ニクスとお菓子交換!)
テリーが水飲み場に歩いていく。
(よし、ここはがぶ飲みして、水分不足に備えるわ。いっぱいニクスとお菓子交換して、お菓子食べなきゃ!)
テリーはこくりと頷き、水道に手を伸ばす。
――しかしその瞬間、手首を横から掴まれる。
(えっ)
顔を上げると、キッドが自分を見下ろしていた。
「え、なにっ……」
ぐい、と引っ張られる。
「ちょっ……」
引きずられる。
「な、ちょ、止まりなさい!」
人気の無い建物の裏の壁に、背中を押し付けられる。
「ばっ、おま、何よ!」
「ここならゆっくり話が出来ると思って」
キッドの手がテリーの横に置かれ、顎を掴まれ、上に上げられる。キッドの熱い瞳がテリーを見つめる。二人の距離がかなり近くなる。
キッドが切なげに眉をひそませた。
「ああ、切ない。まるで仲を引き裂かれた恋人同士だ」
「何が仲を引き裂かれた恋人同士よ。ふざけやがって」
「お前は白で俺は赤。禁じられた者同士の切ない恋。テリー、照れたお前を見るのはもう満足した。ほら、俺に何か伝えたいことがあるんじゃないか?」
「……別にないけど」
「あるだろ?」
キッドが薄く微笑む。
「俺の走る姿を見て、かっこいいって思っただろ?」
「ああ、短距離走? ニクスと喋ってて見てなかったわよ。ジュース買ってたの」
「あははは。いいんだよ。テリー。照れなくても」
「おほほほ。ばーか。別に照れてないわよ」
「テリー、俺の汗を拭いてくれてもいいんだよ」
「誰が拭くか。てめぇの汗を拭くくらいなら、ニクスの汗をあたしのハンカチで拭いてあげるわよ」
「テリー、照れるのもその辺にしておけ」
「別に照れてないけど」
「じゃあ、恥ずかしがってるのか」
「ねえ、あんた、そろそろ自覚したら?」
「何が?」
「あたしが、あんたなんか、一切、見てないって」
キッドの手がとうとうテリーの頰をつねった。
「テェェエリーーー!!!」
「ふぁひほぉーーーー!!!」
お互いをぎりぎりと睨み合う。火花がばちばち飛び散る。キッドの片目がぴくりと痙攣する。テリーの頬がぴくりと痙攣する。テリーの頰から手が離れる。
「なるほど、よく分かった。お前、俺のかっこいい姿は一切見てない。なるほどね」
「そうよ。あたしはお前なんてどうでもいいのよ」
「で、お前は水分補給にここまで来た」
「そうよ。あとでニクスとお菓子交換するの。今のうちに水分取っておかないと、喉が乾いちゃうじゃない」
「へえ、そう」
キッドがにやりと笑う。
「なら、俺が水分をあげるよ」
「は?」
キッドが首を傾げ、勢いのままテリーに口付けた。
(あ?)
ぽかんとするテリーの口に、舌が侵入する。
(は!? ちょっ!)
「んんっ!」
テリーがキッドの腕を掴み、前に押す。しかし、びくともしない。
「ん、んーーー!」
キッドがテリーの両手首を掴み、壁に押さえつけた。
「んっ!?」
抵抗出来なくなったテリーが肩を揺らす。
「んんっ! んん!」
舌が絡んでいく。
「んっ! んっ!!」
唾の塊が口の中に入ってくる。
「ん……!?」
キッドの手がテリーの手首を離した。その代わりに、顎を掴み、テリーの顎をさらに上に持ち上げる。
(や、やめ! やめろ!)
「ふぅうううううっっ……!」
唾が喉に伝っていく。
(やだ! 汚い唾を飲んじゃうじゃない!)
舌が絡み合う。喉までの道に障害がなくなる。
(だめ、だめ、だめ……!)
唾が喉に伝う。
(あ……!)
ごくん。
思わず、飲み込んでしまう。目を見開くと、キッドがいやらしい笑みを浮かべている。
(この……!)
涙目で睨むと、口が離れる。
「飲んだな」
キッドがくすっと笑う。
「もう一回いこうか」
「ちょ!」
テリーがキッドの口を押さえた。
「やめなさいってぇえええ!!」
「水分、取らないといけないんだろ?」
「お前の唾なんかいらないわよ! 汚い! どいて!!」
「無駄だよ。テリー」
嫉妬で燃える俺は、手がつけられないよ。
「お前が悪いんだよ」
「あたしが何したってのよ!」
「俺を見ないからだ」
「ふざけんな! お前なんか見てもつまんないのよ! 眠くなるだけなのよ!」
「じゃあ、眠らせないように記憶に刻んでやる」
キッドがテリーの手を掴む。
「ちょ」
指を絡めて握りしめる。
「キッド」
「テリー」
口付ける。
「っっっ……!」
テリーが暴れる。しかし、キッドは優しく押さえつける。傷つかないように、乱暴に、優しく、その口の中に溜めた唾を吐き出す。
(むぐぅううう!)
テリーと舌を絡める。
(やめっ! やめ、やめ!)
舌が蛇のように絡まる。
「ん、んん……」
テリーが大人しくなってくる。
(……息がっ……)
我慢しきれず、再び溜まった唾を飲み込む。テリーの喉が動くとキッドの口も離れる。
「げほっ! えほっ!」
テリーが咳をすると、キッドが再び唇を押し付ける。
「テリー」
「や、やめっ……」
ちゅ。
「ほら、舌絡めて」
「やだって言って……」
むちゅ。
「んんんっ」
ぷはっ。
「や、やだ、キッド……!」
「駄目。まだ、解放しないよ」
むちゅ。れろ。れろれろれろ。
「ん、ん、んぅ!」
れろり。れろ。
「あっ、も、もう、だめ……!」
「婚約者なんだから、駄目なんて言葉は無しだ」
ちゅ。
「あたし、乱暴な人は嫌い!」
「結構」
ちゅ、ちゅ。むちゅ。
「ん、んぅ、んんっ、ん、ん、ん」
とぷ。
「んんんんっ!」
唾を吐き出され、テリーの目が見開かれる。
「ん、んぐ……!」
嫌々と首を振るテリーを見て、キッドがにやける。あえて口を離した。
「いいよ。貴族令嬢が地面に唾を吐く下品なところ、俺が見ててあげる」
「っ」
テリーの顔が青ざめる。キッドはにこにこ笑いながら首を傾げた。
「どうしたの? ほら、吐きなよ」
テリーがキッドを睨む。キッドは笑う。
「テリーがはしたなく口から唾を吐くところ、見せてよ」
キッドがにやにやと見つめる。テリーがキッドを睨み、ぎりっと睨みつけ、体を震わせ、頬張る口を閉じ、開けることなく、ごくりと飲み込んだ。
キッドが思いきり笑い出す。
「あははっ! 飲んだ!」
「……このっ……!」
手を上げても簡単に掴まれる。キッドが笑顔で小首を傾げる。
「さあ、次の抵抗は?」
「もう離して!」
「やだね」
キッドが目を細め、テリーの顎を掴み上げた。
「俺が満足するまで、離すもんか」
キッドがテリーの首筋に顔を埋めた。
「ちょ……」
両手首を壁に押しやられ、テリーに出来る抵抗は顔を逸らすのみ。
「キッド、本当にやめて!」
「じゃあ、結婚してくれる?」
ちゅ、と首にキスをされ、テリーの肩がぴくりと揺れ、眉が凹んだ。
「んん……」
「こうやって触れたら、すぐに感じるくせに」
キッドがテリーの耳に囁く。
「ね、テリー。赤が勝ったら結婚して。幸せにするから」
「じゃあ白が勝ったら絶対結婚しないわよ。何が何でもしないからね!」
「賭ける?」
キッドのくすりと笑う声が耳にかかる。テリーの背筋がぞくりと震えた。
「いいよ。そういうことなら、賭けても」
「……赤が勝ったら結婚。白が勝ったら結婚は金輪際無し」
「言っちゃったね。テリー」
キッドがくすくす笑いだす。
「絶対に赤が勝つよ」
「あたしはリオンを信じてるわ」
「あいつの名前を言うな」
せっかく二人きりなのに。
「テリー、愛してるよ。ねえ、諦めて俺と結婚して、国の王妃になって」
「嫌よ。絶対嫌。王妃はともかく、結婚相手がお前なんて絶対やだ」
「ああ、悲しいなぁ」
悲しくなったら、
「またキスしたくなってきた」
「っ!」
「くくっ」
キッドが手に力を入れた。
「逃がさないよ。テリー」
「に、逃げない! 逃げないから、この手を離しなさい!」
「離したら、逃げるだろ?」
「逃げないから!」
「駄目。離さない」
キッドが再びテリーの顔に近づく。
「テリー、お前は俺のものだ」
「も、本当にっ!」
「やめないよ。お前が、俺を好きになるまで」
キッドがテリーを見つめる。
「やめるもんか」
唇を押し付ける。テリーがぴたりと大人しくなる。キッドの指が、テリーの指を離さない。キッドの手がテリーの手を離さない。キッドがテリーを離さない。
テリーが壁に沿って、ずるずると下に落ちていく。キッドがテリーの腰を掴みながら、ゆっくりと地面に座り込んだ。
抵抗出来なくなったテリーにキスを繰り返す。テリーの指がぴくりと動く。それに気付いたキッドが、また手を掴む。
何としてでも抵抗されないように、手を握り、唇を押し付ける。瞼を上げれば、脱力したテリーのほてる顔が見えた。キッドが微笑み、また、愛しいテリーに口付けを繰り返す。
しばらくの間、建物の裏で、敵同士の婚約者の密会が行われていた。
密会 END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます