メニー

口角を上げる魔法使い

(*'ω'*)メニー(9→10)→→→テリー(12)

 ―――――――――――――――――――――――











 体の疲れがドッと押し寄せる。

 ベッドに潜って、ようやく今日一日が終わったことを理解した。


(明日も同じ……)


 メニーは、肌寒い屋根裏部屋の天井を見上げる。


(明日も同じ……)


 いつまでも続く地獄。


(明日も同じ……)


 父親が死んで以来、自分はこの屋敷の奴隷同然だ。


(明日も同じ……)


 意地悪な継母からこき使われ、

 意地悪な義理の姉二人からは虐められ、

 屋敷に残った数人の使用人達と仕事をすることになるのだろう。


(疲れた……)


 0時を回れば、


(私が生まれた日)


 前までは笑顔でケーキを食べていた。

 前までは笑顔でプレゼントをもらっていた。

 前までは誰かが自分を祝ってくれていた。


 それが当たり前だと思っていた。


(10歳の誕生日)


 使用人になって二回目の誕生日。


(疲れた)


 メニーが目を瞑る。


(寝てしまおう)


 どうせ自分には関係がない日なのだ。


 誕生日も、祝日も、父の亡くなった日も、何も関係ないのだ。

 明日が来れば仕事が待っている。罵声が待っている。

 義姉達のキンキンした金切り声が待っている。


(疲れた……)


 メニーが深呼吸した。


(おやすみなさい……。お父さん……)


 ちくたく、ちくたくと、時計の針が刻む。

 すやすやと、空気が静かになる。

 寝静まる。


 そんな部屋の、扉が開いた。


(ん?)


 メニーがそっと、目を覚ました。


(何?)


 まだ暗い。


(今、何時?)


 まだ暗い。


(仕事は、まだ)


 そっと、足音が聞こえる。


(誰?)


 そっと、足音が聞こえる。


(誰?)


 そっと、歩いてくる人影を感じる。


(幽霊さん?)

(違う。だって幽霊さんは、足がないもの)


「ん……」


 あえて声を出してみると、歩いていた人物が息を呑んだ音が聞こえた。


(ん?)


 静かにしていると、はーーーあ。と溜めた息を、長く吐いて、自分の傍に何かを置く。


(ん?)


「メニー」


 その声を聞いた途端、メニーの体が硬直した。


「ハッピー・バースデー。メニー」


 囁く、その静かな、冷静な、切なそうな声に、聞き覚えがある。

 普段は絶対そんな声を出さないその少女の声を、メニーは覚えている。

 聞き覚えがある。

 毎日聞いている。

 普段は自分を叱り、怒鳴り、理不尽に物を投げてくる、その少女。


 そっと、またメニーから静かに離れ、気配を消すように、そっと、歩き、そっと、屋根裏部屋から出ていく。その後姿を、メニーは見つめる。


(そうだ)


 そういえば、


(去年もくれた)


 そういえば、


(去年も、そうだった)


 初めての誕生日も、


(あの人が、私を祝ってくれた)






「テリー」





















 ぱっと、目を開けた。

 目の前には、顔を舐めてくる猫のドロシーがいた。


「わわわっ」


 メニーが慌ててドロシーを抱いて、顔から離す。


「こら、ドロシー、人が寝てる時に顔をぺろぺろしちゃ駄目でしょ」

「にゃー」


 ドロシーは楽しそうにじゃれてくる。


「もう、いたずらっ子」


 ふふっと笑い、膝の上に置けば、ドロシーがごろごろとメニーに甘えてくる。その頭を撫でて、ふと、思い出す。


(ああ……寝ちゃったんだ)


 本でも読もうかと思って、椅子に座ると、膝の上にドロシーが来て、じゃれてきて、遊んでいる間に、うとうとしてきて、少しだけ寝ていたらしい。


(変な夢を見た気がする)


 内容は覚えていない。


(でも、なんだろう)


 冷たくて、とても温かい夢だった気がする。

 ぼうっとして、窓を眺めて、雪が積もった外を見て、またドロシーを見て、時計を見る。


「お昼か」


(クロシェ先生の授業がなかったから、のんびりしちゃった)


「お昼ご飯にしようか。ドロシー」

「にゃー」


 メニーが言えば、ドロシーが嬉しそうに返事をして、膝から床に飛び降りる。メニーが立ち上がり、自室から出て、一階のキッチンに向かう。


 階段をドロシーと下りて、すれ違う使用人達と一言二言会話をしつつ、またキッチンを目指して歩いていく。お腹がすいたので、何か作ってくれませんかと言えば、屋敷の料理人のドリーは快く何でも作ってくれる。


「ドロシー、何が食べたい?」

「にゃー」

「ふふっ、何がいいかな?」


 早く早くと、前に進むドロシーの背中を見て、メニーが笑うと、廊下の奥にあるキッチンから凄まじい音が聞こえてきた。


「え?」


 メニーがきょとんとして、驚いたドロシーが慌てふためいたようにメニーの足元に戻ってくる。


「どうしたんだろ?」


 メニーがキッチンに向かう。何やら騒がしい。キンキンの少女達の声が聞こえる。


(ん?)


 メニーがひょこりと顔を覗かせると、義姉のアメリアヌとテリーが、ぎゃんぎゃんわめいていた。


「テリー! お菓子はビターよ! 今の流行りはビターよ! 皆、ビターが好きなのよ!」

「何言ってるのアメリ! お菓子はミルクたっぷりよ! お砂糖よ! 糖も積もれば塔となる! 甘党巨塔砂糖さん! ビターが駄目な人はどうするのよ! あたしはね! 苦味よりも甘味を優先するわ!」

「はっ! ここであんたの彼氏がいないってところが丸見えね!」

「何をををををを!!?」

「12歳にもなってボーイフレンドの一人もいない。ふふっ」


 だっさ。


「アメリィィィイイイ! あんたなんかすぐにフラれるくせにぃぃいいい!!」

「言ってはいけない禁断の一言を! よくも! テリィィィイイイイイ!!」


 お互いの首を絞め合って暴れる二人に、ドリーとケルドがあわあわと青い顔になって、壁の隅で手を握り合っていた。


「お、お姉様! お姉ちゃん!」


 メニーが慌てて駆け寄り、二人の間に入る。


「ドリーとケルドが困ってるよ!」

「「あ?」」


 二人がメニーに気づき、メニーが指差す方向を見る。青い顔のドリーとケルドがぶるぶると震えていた。


「「ひえっ」」


 二人が小さく悲鳴をあげる姿に、アメリアヌとテリーが顔を見合わせ、お互いの首から手を離し合う。


「確かにキッチンで喧嘩をするなんて、貴族令嬢としてなってないわ」

「そうね、アメリ」

「テリー、一旦休戦よ」

「ええ」


 ようやく落ち着いた二人にほっとしつつ、メニーが首を傾げる。


「一体何があったの?」

「ふふっ! メニーも作る?」


 アメリアヌがにこりと微笑んで、メニーの肩を組んだ。


「バレンタイン用のお菓子作り」

「バレンタイン」


 ああ。


「用意してなかった……」

「ほら、私、レイチェルからパーティーに誘われてるでしょ? 間に合うように大量に作っておこうかと思って」

「ビター味をね」


 嫌味ったらしく一言付け加えるテリーに、アメリアヌが鼻で笑った。


「はっ! テリー! 12歳にもなってミルクたっぷりのチョコレートが好きなんて、パーティーで言うわけ?」

「何よ。アメリ、あたしより甘党のくせに」

「ビターに慣れておくのも貴族令嬢としての務めよ。ふふっ。私は最近ビター系のお菓子にはまってきたわ。これでどっちの話題について行くことも出来る。紳士の心をゲットするわ」

「ほざけ、アメリ」

「くたばれ、テリー」

「何よ?」

「何よ!」


 またばちばちにらみ合う二人に、呆れながらメニーが間に入る。


「お互い同じお菓子を作るわけじゃないなら、好きな味に作っちゃえば?」


 で、


「お姉様は何を作るの?」

「メニー! よくぞ訊いてくれたわ! あんたはテリーとは違って出来の良い妹ね!」


 アメリアヌが胸を張って、発表する。


「ほんのりビターなカップケーキ!」

「ほんのり?」

「ほんのり!」


 アメリアヌはビターにこだわっている。彼女は、一つの事にこだわりだしたら、それだけになってしまう傾向がある。そこもテリーに似ている。そんなアメリアヌにメニーが当たり障りなく、追加の提案を出した。


「ビターだけじゃなくて、ミルクも半分作ったら? で、好きな方を選んでもらうの」

「ええ? でもミルクなんて作ったら、ダサいって思われるわ」

「テリーお姉ちゃんみたいに、苦いのが駄目なご令嬢さんや、紳士さんもいるかもしれないよ? アメリアヌお姉様が、ダサいのなんて関係ないわ、って顔して出したら、心の器の広さに、皆が感動するかもよ?」

「まあ!」


 アメリアヌの目が輝く。


「それはいいわ! メニー! なんて頭のいいことを思いつくの! 甘党すぎるテリーとは大違いね!」

「けっ!!」


 テリーが喉を鳴らし、怒りで顔を歪め、まな板でチョコレートを刻んでいく。アメリアヌは満足そうにメニーの頭を撫でる。


「おっけー! 私は私で理想のカップケーキを作ってみせる! ミルクを! ビターを! ドリー! ケルド! 牛乳を追加よ!」

「ケルド!」

「は、はい!」


 小突かれたケルドが冷蔵庫から牛乳を持ってきて、アメリアヌに差し出す。調理を始める二人の背中を見つつ、メニーの足が、テリーの隣に辿り着く。


「お姉ちゃん」


 テリーがちらっとメニーを見下ろし、また刻むチョコレートに向く。


「何?」


 素っ気ない返事は愛嬌だ。

 メニーは微笑んで刻まれていくチョコレートを眺める。


「お姉ちゃんもパーティー用に作ってるの?」

「まさか。あたしは身内だけ」

「誰に渡すの?」

「家族と、使用人全員と、紹介所……」

「え?」


 テリーがすぐに誤魔化した。


「知り合いの人達と、リトルルビィと……」


 あと、


「……覚えてる? パン屋で会った子」

「……えっと、あの黒い髪の子?」

「そう。あの子に作るの」


 パン屋で、テリーとメニーにベーコンチーズパンをくれた優しい少年。メニーがひそりと聞いた。


「お姉ちゃん、あの子のことが好きなの?」

「馬鹿」


 テリーが素っ気なく、また言った。


「友達よ」


 ふっ、と、一瞬だけ、表情が緩む。


「ただの、友達」


 その顔を見れば、ただの友達ではないことがわかる。

 それはそれは、とても、テリー自身が、大切に想っている人物であることがメニーでも予想できた。


「そっか」


 そんなテリーを、微笑ましく見ながら、ふと、一人の人物を思い浮かべる。


(……)


「あの人は?」

「……あの人?」

「うん」


 訊けばテリーがきょとんとする。メニーが肩をすくめる。それを見たテリーがうんざりした表情を浮かべる。


「あいつ?」


 青髪のイケメン君。


「うん」


 メニーが頷くと、テリーが苦い声を出した。


「……忘れてた」

「作るの?」

「いい」


 テリーが首を振る。


「あいつはいい。知らなかったふりする」

「お姉ちゃん、去年はどうしてたの?」

「誘拐された」

「え」

「誘拐されて……部屋の……びっくり箱……」

「え?」


 きょとんとするメニーがいる中、テリーが何かを思い出したように、みるみる顔が青くなっていく。


「つ、作った方がいい…?」


『あいつ』に?


「いや、いい。あいつも忙しいだろうし、いい。今年は無視する」


 知らなかった振りをすればいい。

 気付かなかった振りをすればいい。


「メニー、あんたもリトルルビィに作るんじゃないの?」

「一緒に作っていい?」

「せっかくだから作れば? ほら、アメリが優しく教えてくれるわよ」


 あたしはね、


「下手したら百人分以上を作らないといけないのよ……。今だけ声かけないでくれる?」


 その目はめらめらと燃えている。


(集中したいんだろうな……)


「わかったよ。お姉様と作ることにする」


 ふふっと笑って、メニーがアメリアヌの方へと歩いていく。


「お姉様、私も一緒に作っていい?」

「いいわよー! 一緒にカップケーキ作りましょうよ!」


 私がテリーよりもお菓子作りが上手いってところを、見せてやるわ!


「おっほっほっほっほっ!」


 高笑いするアメリアヌを無視して、テリーがチョコレートをひたすら刻む。刻む。刻んで、ふと、顔を上げると、キッチン台に乗って、それを眺めるドロシーと目が合った。


 その目を、テリーがじっと見る。


「……ねえ、あんたはチョコよりも金平糖がいい?」

「にゃーあ!」

「……欲しがりめ」


 むすっとしたテリーが、また包丁を動かし始めた。




(*'ω'*)






 2月14日。メイドについて来てもらい、馬車でリトルルビィの家までやってきた。メニーが扉をノックすると、遠くから返事をする声が聞こえてきて、小さな扉が開いた。ひょこりと、淡栗色の髪を二つに結んだだけのリトルルビィが出てくる。


「あ、メニー!」


 自分を見て微笑む赤い目は、見ていて微笑ましい。メニーも優しく微笑み、ラッピングされた箱が入る紙袋を、リトルルビィに差し出した。


「こんにちは。リトルルビィ。これを渡しに来たの」

「なにこれ?」

「今日何日?」


 訊けば、リトルルビィがふふっと笑った。


「バレンタイン・デー」

「ふふっ! ハッピー・バレンタイン!」


 メニーが笑うと、リトルルビィも笑い、紙袋を受け取った。


「メニー、ちょっと待ってて!」


 リトルルビィが家の中に引っ込んでいき、冷蔵庫からラッピングされた包みを取り出し、戻ってくる。


「はい!」

「なにこれ?」

「今日何日?」


 リトルルビィが嬉しそうに訊いてくる。メニーがふふっと笑って、答える。


「バレンタイン・デー!」

「うふふっ! ハッピー・バレンタイン!」


 お互いに顔を見合わせて、けらけら笑い、お互いに受け取ったお菓子の包みを、ぎゅっと抱きしめる。


「リトルルビィ、お姉ちゃん来た?」

「ん? テリー?」


 リトルルビィがきょとんとする。そして、首を横に振る。


「来てないよ?」

「あれ? おかしいな」


 今朝、皆に渡すって言って、リュックにお菓子詰めて冒険に出かけるみたいに、出ていったのに。


「馬車は?」

「メニーが使いなさいって、一人で歩いて出て行ったよ?」

「嫌な予感が……」


 リトルルビィの顔が青くなっていく。


「ねえ、メニー。テリーって、キッドにお菓子作ってた?」

「……あはは」


 メニーが苦笑した。それを見て、リトルルビィの顔が引き攣る。


「……あとでキッドの家に行ってみるね……」

「お願いできる……?」


 また誘拐されてる可能性がある。


「だから作らないのって訊いたのに……」


 メニーが呆れたため息を出した。


(キッドさんの家に誘拐か……)


 キッドの家を知らないメニーは考える。


(あの人の家に、お姉ちゃんがいるんだ)


 スケート場で、ずっとテリーの手を繋ぎ、腰を押さえていたあの少年を思い出す。


(確かに楽しそうだった)


 戸惑いつつも、スケートを滑っていたテリーを思い出す。


(なんか)


 なんか、




 もやもやする。




「もしお姉ちゃんがいたら、よろしくね。リトルルビィ」

「うん! 任せて! 必ずしも悪の手からテリーを救ってみせて」


 そして、


「テリーと結婚するから!」

「それは駄目」

「えっ」

「思いもしない返事が来たって顔をしない」

「……なんか今の、テリーみたい」

「妹ですから」

「むう」

「むくれない」


 言うと、リトルルビィの頬は、もっとむくれた。





(*'ω'*)




 その夜、メニーは部屋でドロシーとぬくぬくと暖まりながら本を読んでいた。鳩時計がぽっぽーと音を鳴らすのを聞いて、はっと顔を上げる。


「あ、もうこんな時間」


 時計の針を見て、いけないと声を出す。


「そろそろ寝ないと」


 メニーが微笑んで、ドロシーを見下ろす。


「ドロシー、寝るよ」


 膝の上のドロシーに声をかけると、ドロシーが返事をして、床に飛び降りる。そして、メニーのベッドの上に丸くなる。


「ふふっ。ドロシーのベッドはそっちでしょ」


 設置したはずの猫用ベッドは使わず、ドロシーがメニーのベッドを占領する。


「こら、もう、悪い子」


 ふふっと笑いながら、メニーは部屋の明かりを消す。


「お休み。ドロシー」


 ふかふかの高級な大きいベッドに入り、今日も一日を終えるため、目を瞑る。


(明日は誕生日)


 2月15日。


(お母様が屋敷でパーティーをすると言ってた)


 身内だからといって、気を抜かないようドレスを着るようにと言われている。


(お姉様とお姉ちゃんに、ドレスを選んでもらおう)


 メニーが深呼吸を始めた。

 息を吸って、吐いて、

 息を吸って、吐いて、

 静かに、呼吸を始める。


 静かに、眠りにつく。













「誰」




 初めての誕生日に人影に気づいた自分は、近くにいる人影に向かって寝言のように呟いてみた。そしたら、耳元で静かな声がした。


「魔法使い」


 その人はそう言った。


「あたしは魔法使い」


 その魔法使いはそう言った。


「お前が頑張っているから、これはご褒美だ」


 その魔法使いはそう言った。


「有難く受け取るがいい」


 その魔法使いはそう言った。


「気が向いたらまた来てやろう」


 その魔法使いは来た。


 毎年来た。

 メニーが結婚するまで来た。

 メニーが屋敷から出ていくまで来た。

 メニーの枕元にプレゼントを置く魔法使いは、メニーが城での生活を始めてから、二度と来ることはなかった。


 メニーは求めた。

 魔法使いを求めた。

 その名前を呼んだ。









「……トイレ……」



 むくりと、メニーが起き上がった。


「んん……」


(おしっこしたい……)


 目をこすりながら、ベッドから抜ける。ドロシーはすやすや眠っている。スリッパを履いて、部屋から出る。


「さむっ」


 廊下の寒さにぶるりと震え、歩き出す。


「んん……」


 吐息を漏らすと、白い息が出てきそうだ。部屋は暖炉で暖かいのに、廊下は寒い。


(早く済ませちゃおう……)


 三階のトイレに入り、用を足し、メニーが出てくる。


(寒さで目が冴えちゃった……)

(今、何時だろ……)


 来た道を戻る。赤黒い絨毯を進み、左右に分かれた道を左に曲がる。


「あ」


 思わず、声が漏れた。


「あ」


 その相手も声が漏れた。

 テリーが、マフラーとコートを来て、いつものポニーテールの姿で、鉢合わせたのだ。


「あれ、お姉ちゃん?」


 きょとんと、メニーが瞬きする。


「どこか行ってたの?」

「は? 何言ってるの?」


 テリーが目を泳がせて、マフラーを解いていく。


「こんな真夜中に外に出るわけないでしょう?」

「でも、その格好」

「寒かったから着てただけ」


(でも、コートの中も外出用のドレスじゃ……)


「あんた、こんな時間に何やってるのよ」


 詳細を話そうとせず、人の事を言えないテリーが、じっとメニーを見てくる。


「トイレ」

「そう。じゃ、早く寝なさい」

「今、何時かな?」

「23時すぎ。良い子は寝る時間よ」

「なんで知ってるの?」

「……見たのよ」


 どこで?


 その質問は、意地悪すぎるだろうか。


(外に行ってたんだ……)


 どんな言い訳をしても、テリーからは外の冬の匂いがする。


(こんな夜遅くに何してたんだろ)


 ブーツが雪だらけ。


「お姉ちゃん、一緒にホットミルクでも飲まない?」

「あんたトイレ行ったばっかりなんでしょ」

「目がさえちゃったの」

「はあ」


 テリーが呆れたように息を吐き、頭を掻いた。


「いいわ」

「うん、じゃあ……」


 メニーがテリーの姿を見て、微笑む。


「私、持ってくるから、お姉ちゃんネグリジェに着替えてて」

「あたしの部屋で飲むの?」

「駄目?」


 訊くと、テリーの顔が引き攣りながら、首を振る。


「……別にいいけど……」

「大丈夫だよ。何も触らないってば」

「触ったら怒るわよ。さすがに」

「ふふっ」


 メニーがくすっと笑い、足を動かす。


「じゃあ、待ってて、持ってくる」

「ええ」


 返事をしたテリーから視線を外し、メニーが一階に向かう。偶然見かけたメイドにお願いして、トレイにマグカップと甘いホットミルクが入ったポットを乗せてもらい、また三階に向かう。


 息を切らしながら廊下を歩き、トレイを肩手で持って、テリーの部屋の扉を開ける。中では、ネグリジェに着替えたテリーが、髪を櫛で梳かしながら待っていた。


「お待たせ、お姉ちゃん」

「ん」


 部屋の真ん中にある丸いテーブルにトレイを置き、メニーが椅子に座る。

 テリーも向かいの椅子に座り、マグカップを二人で分け、ポットからホットミルクを注ぐ。


 メニーがつい、笑った。


「ふふっ、真夜中に何か飲むのって大人になった気分」

「ホットミルクでしょ? 赤ちゃんでも飲むわ」

「お姉ちゃん、こういう時は想像するの。中身は甘いホットミルクなんだけど、でも、すごくお洒落で高級なものが入ってるってイメージするの。そしたらね、すごく不思議なんだけど、すごくお洒落な気分になるの。これだけで、大人のレディになった気分になれるんだよ」

「想像するのもいいけど、火傷に気をつけなさいよ」


 テリーが呟いて暖かいマグカップを傾け、びくりと体を強張らせた。


「っ」


 すぐにマグカップをテーブルに戻し、じっと睨む。メニーがきょとんと、そんなテリーを見た。


「どうしたの?」

「……熱い」

「ああ」


(お姉ちゃん、猫舌だからね……)


「……こんな寒い中で持ってきて、何でまだ冷めてないのよ……」

「私は飲めるよ?」

「あたしは熱い」


 唸るように言うその唇をとがらせて、拗ねる顔も、またテリーらしい。


(妹みたい)


 その子供っぽい部分が、


(同い年の子みたい)


 その無邪気な部分が、


(友達みたい)


 近づく距離が、


(心地好い)


 ホットミルクで、冷えた体がぽかぽかと暖かくなっていく。ようやくテリーも飲み始めて、ふう、と息を吐いた。


「お姉ちゃん、今度またリトルルビィを呼んで、温室小屋でお茶会しようよ」

「ああ、いいわね」


 ふと、テリーが表情を曇らせた。


「お茶会か」


 ちらっと窓を見る。寒空の下にいる、雪のような友人を思い出した。


「……呼んだら、あいつ来るかしら」

「え?」


 メニーが訊き返すと、テリーが首を振る。


「何でもない」

「ねえ、お姉ちゃん、やっぱりどこか出かけてたでしょ」

「行ってないってば。憶測で何でも話すのはあんたの悪いところよ」

「でも、最近毎日夜中に屋敷から抜け出してない?」


 テリーの痛いところを突いたのか、テリーの片目がぴくりと痙攣し、カップを口に傾けた。


「ああ、美味しい。体が温まる」

「話逸らした……」

「うるさい。ママに言ったら承知しないわよ」

「言わないよ」


 少なくとも、


(キッドさんのところではなさそう)


 キッドの関係で、夜中にテリーが抜け出すとは考えられない。


(でも、何か大切な用事っぽい……)


 詮索しない方がいいのだろうけど。


「見つからないように気を付けてね」

「わかってる」

「サリアに見つかったら大変だよ」

「サリアなんかに見つかったら、にこにこしながら部屋に閉じ込めてくるわよ」


(サリアならやりかねない……)


 メニーが苦笑すると同時に、テリーもぞっと顔を青くして、またホットミルクを飲む。


(話題を変えるか)


「お姉ちゃん」

「ん?」


 ちらっとこちらを見るテリーに、メニーが微笑む。


「明日、ドレス選んでくれない?」

「ドレス?」

「誕生日パーティー用のドレス」

「ああ」


 テリーがこくりと頷いた。


「別にいいけど、……買いに行ってないの?」

「うん。必要ないかなって」

「ま、身内だしね」


 去年も同じように、使用人と、家族で囲んで、メニーを祝った。


「でも、お嬢様として、新しいドレスを用意するべきだわ。買いに行きましょう」

「えー」

「えー、とか言わないの」


 大丈夫よ。


「あんたは何着たって似合うんだから、すぐに良いのが見つかるわ」

「ふふっ! お世辞だ」


 メニーが笑うと、テリーがにこりと微笑んだ。


「お世辞じゃないわよ。あんた可愛いんだから」


 その笑顔は本心かどうかは分からない。少なくとも、メニーには笑顔に見える。優しく微笑んでいるように見える。だから、優しい姉に甘えることにする。


「可愛いの選んであげるわ」

「ふふ! 楽しみ!」


 ふわりとメニーが微笑むと、テリーもよりニコニコと微笑む。テリーの指に力が入っていることに、メニーは気づいていない。引き続き、甘くて美味しいホットミルクをいただく。


「明日はドレス選びだね」


 そう言うと、テリーの部屋の時計が鳴った。


「んっ」

「あ」


 メニーとテリーが声をあげる。

 時計を見上げると、0時を回っていた。


「2月15日」


 口角を下げたテリーが呟き、


「そう」


 呟き、


「ちょっと待ってて」


 立ち上がる。


「ん?」


 メニーがきょとんとしながらホットミルクを飲んでいると、テリーがベッドの下からラッピングされた箱を取り出す。


「あ」


 メニーが声を出すと、テリーが振り向き、両手に持った箱を差し出した。


「はい、ハッピー・バースデー」

「わあ!」


 メニーの目が輝き、マグカップを置いて立ち上がる。ととと、とテリーに駆け寄り、プレゼントを受け取る。


「なにこれ?」

「さあてね?」

「開けていい?」

「どうぞ」


 テリーがため息混じりに返事を返し、椅子に戻っていく。メニーがテリーのベッドに座り、ラッピングのリボンを解き、包みを解く。中からは箱が出てきた。蓋をぱかりと開ければ、可愛らしい財布が目に入る。


「わっ! お財布!!」


 メニーが目をきらきらと輝かせた。自分の好みの形とデザインの、お財布だ。


「可愛い!」

「ん。沢山買い物しなさい」

「やったー! お財布ー!」


 メニーが喜び、ぴょんぴょんとジャンプする。新しいお財布を眺めて、うっとりと眺めて。見つめ、眺め、きらきらと目を輝かせて、テリーに顔をあげる。


「ねえねえ、何買おうかな?」

「本でも買えば?」

「いいかも。本」


 メニーが微笑み、ふふっと、笑う。


「ありがとう! お姉ちゃん!」


 お礼を言えば、テリーがふん、と鼻を鳴らして、


「そう言ってくれて良かったわ」


 薄く微笑む。

 その笑みを見た途端、一瞬だけ、メニーの目が止まる。


(あ)


 先ほどの優しい笑みより、


(こっちの方が、お姉ちゃんっぽい)


 少女が見せないような、呆れたような笑み。

 けれど、それが本心のテリーの笑顔に見えて、メニーは口角をあげたまま、提案する。


「お姉ちゃん、あのね」


 冷蔵庫に、私の作ったカップケーキ、まだ残ってるの。


「今日のお昼に、お姉様に秘密で、二人で食べようよ」

「アメリに秘密で?」


 それはいいわね。


「面白そう。いいわ。内緒で二人で食べるわよ」

「ふふっ」

「それと、メニー」


 テリーが呟く。


「あたしのチョコレートも、残ってるのよ」


 テリーが悪戯な笑みを浮かべた。


「あんたにあげてもいいわよ」

「それじゃあ、今日の昼に、秘密で」

「ひそかに」

「華麗に」

「内緒で」


 二人で、食べてしまおう。


 くすりとメニーが笑えば、テリーも鼻で笑う。いつも、どこか繋がらない糸が、その瞬間だけ繋がった気がする。


(お姉ちゃんと秘密でお菓子を食べる)


 それがどこか、


(なんか、)


 楽しみだな。



 胸を弾ませるメニーの前にいるテリーが、マグカップを置いた。カップの仲は、既に空だ。お茶会は終わる。ふと、テリーが、メニーを見つめた。


「メニー」

「ん?」


 顔を上げれば、いつもの無愛想なテリーがいる。


 でも、


「誕生日おめでとう」


 その言葉を言うテリーは、どこか柔らかく、表情を緩ませていた。


「うん! ありがとう!」


 テリーから貰った財布を抱き締めて、メニーは微笑む。その笑みを見て、テリーの瞳が、ゆらゆらと揺れ、瞼を閉じる。


 何を考えているか分からない瞳。

 その心は、恨みなのか。

 その心は、憎しみなのか。

 その心は、嫌悪なのか。

 その心は、同情なのか。

 それでも、メニーの傍を離れないその魂。


「お買い物するの、楽しみだなぁ」


 うっとりと、お財布に見惚れたメニーが呟く。その前には、瞼を上げたテリーがいる。


 向かい合う姉妹が、感情は違くとも、どこか、嬉しそうに、寂しそうに、楽しそうに、感情を表に出さないように、微笑んでいた。








 番外編:口角を上げる魔法使い END

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