森の少女の夢日記



 メニーはきょとんと瞬きをした。


 森の中に立っている自分がいる。森は動物でいっぱいだ。蝶が飛び、リスや兎や鹿や鼠、様々な動物たちがメニーを囲んでいる。

 そして、向かいには二匹の巨大な熊が立ちはだかっている。


(……何この状況……)


 メニーはぽかんとする。

 しかし、熊達が立っている間に、巨大な木が存在し、その裏から影が見えた。


「あ」


 ひょこりとテリーの頭が見えた。目が合うと、ぎろりとテリーに睨まれる。


「……ふしゅー……」


 そこでメニーははっとした。


「はっ、そっか。お姉ちゃんは今、人間不信で動物しか信用できなくなって、この森に隠れてるんだった。私はそれを迎えにきたんだった」

「ふしゅー……」

「お姉ちゃん、こっちにおいで。怖くないよ」


 メニーが手招きするが、テリーは自分を睨むだけ。


「うーん、どうしようかな……」

「メニー!」


 振り向くと、緑の猫がメニーに言った。


「テリーは単純だから、物で釣るんだ!」

「物……?」


 メニーが考え、ひらめく。


「あ、そうだ!」


 メニーが動物たちをテリーに見せた。


「ほら、お姉ちゃん、鼠さんがいるよ!」

「……」

「お姉ちゃん、鼠好きでしょう? 嫌いっていつも言ってるけど知ってるよ。好きでしょう?」

「……」

「鼠さん達が、お姉ちゃんと遊びたいって!」


 言うと、テリーがそっと動き出した。


(おお! 効果てきめん!)


「でもオイラ、メニーと遊びたいちゅー!」

「っ」


 鼠がそう言うと、テリーがショックを受けたように顔を青ざめ、とぼとぼと戻っていく。


「あ」


 メニーが気づく頃には、テリーは再び木の裏に隠れてしまっていた。メニーを思いきり睨んでくる。


「ふしゅー……」

「ああ、どうしよう……。これは手強い……」


 メニーがごくりと固唾を呑んだ。


「何かいい方法は……」

「メニー! 俺に任せろ!」


 白馬に乗ったキッドが現れ、白馬から下り、王子の姿でテリーに声をかけた。


「我が愛しのプリンセス! 迎えに参りました!」

「っ」


 テリーが目を輝かせ、木から顔を出した。しかし、キッドだと分かると、顔を絶望に染め、再び木に隠れた。


「くくっ。照れ屋さんめ」


 キッドが退散した。残されたメニーは再び考える。


「うーん……。どうしたものか……」

「メニー! 私に任せて!」


 花の入ったバスケットを持つリトルルビィが、ぱちんとウインクした。鼻歌を歌いながらスキップをして、テリーに声をかける。


「テリー! テリーのためにお花を摘んできたの! 一緒に花の冠作ろうよ!」

「っ」


 テリーがひょこりと木から頭を出して、楽しそうにスキップするリトルルビィを見つめ、そっと木から出てきた。メニーが拳を握る。


「リトルルビィ! 良い調子だよ! お姉ちゃんが出てきた!」

「あ、お花と言えば」


 リトルルビィがメニーに花を向けた。


「メニーにも持ってきたの! はい、花束!」

「わあ、綺麗!」


 綺麗な花束を貰い、メニーが微笑んだ。


「ありがとう、リトルルビィ!」

「えへへ! メニーが喜んでくれて嬉しい!」

「……」


 二人の世界を見て、テリーがとぼとぼ戻っていく。


「はっ」


 メニーが気付く頃には、木の裏で深く落ち込むテリーの姿があった。


「あああああああああ! お姉ちゃーーーん!!」

「あれ? 何が悪かったのかな?」


 リトルルビィが退散した。残されたメニーは再び頭をひねらせる。


「どうしよう……。お姉ちゃんがすごく絶望してる……」

「くすす」


 笛を持ったソフィアが歩いてきた。


「ここは任せてもらおう。メニー」


 ソフィアがそう言って、笛を吹く。途端に、鼠達がソフィアの後ろで行進を始めた。メニーがテリーに声をかける。


「お姉ちゃん! 見て! すごいよ! 鼠さん達が行進してるよ!」


 テリーが木からちらっと顔を覗かせた。鼠達の行進している姿に目を輝かせる。


「……っ!」


 テリーが行進している鼠達を眺める。その姿にソフィアがにやけた。


「ああ、可愛い」


 笛を離して、テリーを抱きしめる。


「っ」

「テリー、恋しい君」

「くたばれ!!」


 テリーがソフィアを殴った。


「ひゃっ!」


 ソフィアが倒れる。鼠達が解散する。集団だった鼠達がばらばらになり、テリーも木の裏に隠れた。


「くすす……。私としたことが。テリーに魅了されてしまった」


 ソフィアが退散した。残されたメニーは頭を悩ませる。


「うう……まさかの打つ手なし……?」

「メニー」


 ぽん、と肩に手を置かれる。振り向くと、ニクスが微笑んでいた。


「あたしが行ってもいい?」

「あ、ニクスちゃん……」

「ちょっとやってみるね」


 ニクスが歩いていく。熊達がニクスを睨んだ。


「テリー!」


 ニクスの声に、テリーが木の裏から走ってきた。


「あ」


 メニーが声を漏らす頃には、ニクスに抱き着くテリーの姿。そんなテリーをニクスが優しくあやしだす。


「よしよし。テリーってば。こんなところに隠れて。駄目じゃない。メニーが心配してるよ?」

「……」

「もう帰ろうよ? ね?」

「……ニクスが……そう言うなら……」


 テリーの言葉にメニーが安堵する。


(さすがニクスちゃん……!)


 これでテリーが帰ってくる。ほっとしていると、ニクスがテリーに微笑んだ。


「それでね? テリー」

「ん?」

「これ、招待状」

「何これ」

「あたし、結婚するの!」


 テリーの顔が険しくなった。ニクスがテリーの体を離し、ヘンゼルの腕に腕を絡ませた。


「この人が! あたしの運命の人!」

「ふっ! 任せてくれたまえ! お兄さんが必ず、雪のプリンセスを幸せにするよ!」

「ダーリン!」

「ハニー!」

「テリーにぜひ、司会をしてもらいたいんだ!」

「ぜひお願いするよ! 可愛いベリーちゃん!」

「テリー、先に結婚しちゃうけど、恨まないでね★」

「ノオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 テリーが叫び、再び木の裏に隠れた。その姿は絶望しきっている。


「あれ? 何が悪かったのかな? ダーリン」

「ふっ。分からないね。ハニー」


 ニクスとヘンゼルが退散した。テリーがめそめそ泣いている。


「ニクスが汚された……! ……ニクスが汚された……!!」

「ああ……」


 メニーが眉間に皺を寄せた。


(どうしようかな……)


「メニー! ここはニコラの親友の私に任せて!」


 元気よく現れたのは不思議の少女アリス。アリスが歩き出し、テリーに声をかける。


「ニコラ! 帽子を作って来たわよ!」


 テリーがアリスの声に目を輝かせ、顔を覗かせる。


「ほらほら! すごいのよ!」


 アリスが帽子をテリーに見せた。帽子には、キッド殿下万歳というデザインが施されていた。


「これでニコラも! キッド様ファンよ!!」

「……」

「キッド様万歳! キッド様万歳!!」


 テリーがそっと木の裏に隠れた。アリスがきょとんと首を傾げた。


「あれー? 何が駄目だったかなー? 喜ぶと思ったのに」


 自分で帽子を被り、アリスが退散した。残されたメニーが後ろに振り向く。


「サリア、どうしよう……」

「そうですね」


 凛と立つサリアが考える。


「テリーをあそこから出すのであれば、貴女自身が行くべきです」

「私ですか?」

「そうですよ。人に頼らず、メニー様が行ってみてください」

「でも、お姉ちゃん、逃げませんか?」

「大丈夫」


 サリアがメニーの背中を押した。


「さ、行ってあげて」

「……」


 メニーが一歩踏み出し、歩き出す。また一歩踏み出し、歩き出す。とことこと歩き、熊達がメニーを睨む。


「お姉ちゃん」


 メニーが声を出す。


「お姉ちゃん」


 テリーは出てこない。


「お姉ちゃん」


 テリーは動かない。


「お姉ちゃん」


 メニーが歩く。


「お姉ちゃん」


 メニーが木に触れる。


「お姉ちゃん」


 木の裏を覗く。テリーが鋭くメニーを睨んでいた。


「お姉ちゃん」


 メニーが微笑んだ。


「何も怖くないよ」


 メニーがしゃがんだ。座り込むテリーと目線の位置が同じになる。


「私のこと怖い?」


 テリーがメニーを睨む。


「お姉ちゃん、怖くないよ」


 メニーが微笑む。


「だって、私、お姉ちゃんが大好きだもん」


 メニーが腕を伸ばした。


「ほら、来て」


 テリーの頬に、メニーの手が触れる。


「怖くないよ」


 優しく、テリーの頬を撫でる。


「お姉ちゃん」


 メニーがテリーに近づいた。腕を伸ばし、テリーを抱きしめる。


「もう大丈夫」


 テリーの背中を撫でる。


「私がお姉ちゃんの傍にいるよ」


 メニーが微笑む。


「ずっといるよ」


 テリーの耳に囁く。


「私がお姉ちゃんを守ってあげる」


 メニーが優しく微笑む。


「私だけはお姉ちゃんの味方だよ」


 メニーが微笑む。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんが怖いと思うものから、私が守ってあげる」

「私がずっとお姉ちゃんの傍にいてあげる」

「二人で田舎に行こうね」

「私と一緒に暮らそうね」

「私、お姉ちゃんと一緒にいるから」

「お姉ちゃんが人を信用出来ないって言うなら、それでもいいから」

「私だけを信じてくれたらそれでいいから」


 メニーが笑う。


「誰も信用出来ないなら、私だけを信じてくれたらそれでいいよ」


 メニーがテリーの頭を撫でた。


「お姉ちゃん可哀想。皆に虐められて」


 人が信じられなくなって当然だよね。


「可哀想」


 メニーは笑う。


「可哀想」


 テリーの頭を撫でる。


「私なら、そんなことしない」


 テリーを強く抱きしめる。


「お姉ちゃんを守ってあげる」


 メニーは、笑う。


「大丈夫だよ。ずっと守ってあげる」




 メニーは笑う。





「ずっと一緒だよ。テリー」







 テリーの手が、メニーを抱きしめた。





















「……ふぁっ」


 メニーがぱちっと目を開けた。


「んん……」


 ごしごしと目を擦る。


「……あれ?」


 ぼうっと、辺りを見回す。


(居眠りしちゃった……)


 本が膝の上に置かれている。足元では、ドロシーがすやすやと眠っていた。


(なんか変な夢見た気がする……)


 ぐっと伸びをして、本を掴み、立ち上がる。


(あ……そういえば、そろそろお姉ちゃん教科書返さないと)


 メニーは本を椅子に置き、自室へ向かい、歩き出す。


(教科書……教科書……)


 ああ、そういえば、料理の教科書も机に出しっぱなしだった。


(今度キッチン借りて、何か作ってみようっと)


 ふふっと微笑んで、メニーが扉を開けた。机を見ると、いるはずのないテリーがいた。


(え)


 テリーがメニーに振り向く。手には教科書。


(へ)


 机には、料理の教科書。


(はっ)


 見られた。


(あっ)


 秘密にしていたのに。


「メニー」


 テリーが微笑んだ。


「あの、教科書……」

「お姉ちゃん!!!!!!!」

「え」


 メニーが見せた事のない怒りに、テリーが困惑する。長引く姉妹喧嘩の幕が、開かれるのだった。







 森の少女の夢日記 END

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