図書館司書の淡い願い事(2)
真剣なソフィアに驚いたテリーが、思わず手を引っ込めた。
「……あー……」
テリーが再びパンケーキを食べ始める。
「あのね、ソフィア」
緊張で震える手を隠して、パンケーキを頬張る。
「もぐもぐ」
飲み込む。
「その大事な言葉は、また好きな男が出来たら言うべき言葉よ。……あんた、いろいろありすぎて、何とか現象ってものになってるのよ。血迷っちゃだめ。よく見なさい。あたしはイケメンの紳士じゃない。まだまだ小さな女の子でしょ」
「キッド殿下との婚約、本当に解消したんでしょう?」
「当然。あたしは、あいつとの勝負に勝って自由を手に入れてやったわ」
「つまりフリーってわけだ」
ソフィアは微笑む。
「私と恋人になろう。テリー」
再び手が重ねられ、テリーが再び手を引っ込める。
「だから、あたし女の子」
「私と恋人になれば良いことがあるよ」
ソフィアが挑発的な目を向け、人差し指を立てた。
「まず、私が作る美味しいご飯が食べられる」
「うちのコックを舐めないで。あんたよりも美味しいの作れるもん」
「……テリー」
ソフィアがにやりとした。
「肉じゃが、興味ないの? すごく美味しいのに」
「……」
「次に」
ソフィアが立てる指をもう一本増やした。
「私は年上だ。うーーーんと甘えていい。どんなわがままでも聞いてあげよう」
「おほほ。お前ばかね。あたしが高価なものが欲しいって言ったらどうするの? 買うの? 買えないでしょ」
「そうだな。……盗もうか?」
「やめなさい!!」
(危ない。こいつ危ない……! 借金があったから恋人に振られたって言ってたけど、性格的な問題もあるんじゃないの!?)
「そして」
ソフィアが立てる指、もう一本増やす。
「君を、誰よりも愛してあげる」
テリーが目を見開いた。
「くすす」
手を下ろし、妖艶な金の瞳が微笑みの視線を恋しい人へと向ける。
「どう? 君に対する愛なら、誰にも負けない自信がある」
その笑みを見て、テリーは眉をひそめた。
(……違う)
(なんか違う)
(これは何というか、恋人になる以前に……)
……ソフィアを放っておいたら、また危ない道に行くような……。
「ソフィア」
テリーが鋭い視線をソフィアに向ける。
「質問をいいかしら?」
「はい。どうぞ」
「天然って言われないこと無い?」
「……天然?」
ソフィアが顔をしかめて、不思議そうに首を傾げる。
「天然、とは言われたことないけど、他の陰口ならいくらでも。胸だけ女なんて誹謗中傷は日常茶飯事。所詮嫉妬さ。胸を分けられるなら、いくらだってあげるのに」
くすす、と笑って一言。
「いらないよ。こんな大きくて邪魔なもの」
(ぐっ! 自慢に聞こえる……! 羨ましい悩み!!)
しかし、彼女はそれを真剣に言っているのは、テリーにも伝わる。
(……目が、笑ってない)
妬みの的となり、言われてきたのだろう。
「肩が凝って嫌なんだよね」
くすすっと、また、笑う。ソフィアは笑う。その浮かべる笑みの裏では、痛みに痛みを重ねて、重ねた痛みを耐えに耐えた血だらけのソフィアが、幸せを求めて微笑んでいる。
彼女はそれを見せない。それを隠す。
大人だからと大人ぶり、大人のソフィアは素を隠す。痛くて苦しい思いから逃れたくとも、か弱く可憐な乙女のように泣き叫びたくとも、ソフィアは笑って誤魔化す。
それをしたところで、誰も助けてくれないことを知ってしまったから。
だからこそ、目の前の少女を求める。
自分が唯一欲しいと思った少女を。
自分が是が非でも手に入れたいと思った少女を。
テリーを、求める。
「あの時は、一人だったし、毎日がしんどかった」
毎日が苦しかった。
「でも、今は……」
ソフィアがテリーだけを見つめる。
「君がいる」
黄金の瞳が、テリーだけを見つけ続ける。
「人生で、とても安らかで、幸せなひと時だ」
テリーが側にいる間は、心が穏やかになる。素直じゃない言葉も、素直じゃない行動も、恋しくて堪らない。濁った赤色の髪の毛は美しい。自分を睨んでくる瞳はきらきら光って見える。天使女神の妖精ちゃん。私の心を弄ぶだめな子悪い子危険な子。
「でも、それがいい」
テリーと二人きりの世界が好き。
何よりも好き。
それ以上は望まない。
「テリー以上のものは求めない」
これ以上、何を求めようか?
「今まで色んなことを諦めてきた」
「嫌われて当然だと思ってた」
「でもね」
「でも」
「テリーだけは」
絶対に、何が何でも、諦められない。
「……すごい口説き文句ね」
テリーがもぐもぐ口を動かしながら、ソフィアに皿を差し出した。
「嫌なことなんてね、食べて忘れなさい。おかわり」
「くすす。本気にしてないね?」
「あんたのからかいはもうお腹いっぱい。でも毒見はしてあげる」
「……テリー」
ソフィアがきょとんと口角を下げた。
「君、こんなところにクリームついてるよ」
「ん? どこ?」
テリーがソフィアの目を見た瞬間、――黄金の目がきらんと光った。
「っ!」
テリーがくらりと目眩を起こす。
「くすす」
テリーの体を抱き寄せ、ソフィアが持ち上げた。
「よいしょ」
「おま……お前……何するのよ……!」
「私の恋心を感じないんでしょう?」
こんなに君に恋しているのに。
「ねえ、どうして私が君を部屋に招いたと思ってるの?」
ただケーキを食べさせるだけかと思った?
「君のことをこんなに好きなのに」
恋しい君が目の前にいるのに、
「何もしないと思った?」
ゆっくりと、テリーをソファーに置く。テリーの顔にかかった髪の毛を避けると、テリーがソフィアを睨んだ。
「てめっ……!」
テリーがソフィアを突き飛ばそうと腕に力を込めるが、無理矢理顔を覗かれる。
(うっ)
黄金の目が、きらんと光る。
「ん、んん……」
「テリー」
動けなくなったテリーをソフィアが上から大切に抱きしめる。
「わぷ!」
テリーの顔がソフィアの豊満な胸に埋まった。
(くそ! ソフィアの豊満な胸が! あたしの可愛い顔に!)
息が出来ない!
「ど、退け……ってば……!」
「くすす。抵抗したくても出来ないテリー。そそられるよ。可愛くて仕方ない」
「ぐぐぐぐ……! 催眠を使うなんて、卑怯者……!」
「卑怯でいいさ。それで、君を抱きしめることができるなら」
ソフィアがテリーを強く抱きしめ、絶対に離さない。
「……んぷ……。ソフィア……苦しい……」
「全く。困りものだ。私の胸が小さければ、テリーが苦しい思いをしなくて済むのに」
「てめこのやろ! 嫌味か!」
「嫌味? くすす。私はね、テリー。障害なく、君と抱き合っていたいだけ」
ぎゅうううううう。
「んんっ……、……ソフィア……!」
「相手が異性だったら、胸が大きいのをすごく喜んでくれるんだ。……でも、テリーは喜ばないね」
「当たり前でしょ! 同性の胸が当たって何が嬉しいのよ! ふざけんな! あたしにも四ミリくらいそのカップ寄こせ!!」
「くすす。君はどうしたら喜んでくれるのかな?」
「だったら、まずこの手とそのおっぱいをあたしから引き剥がすところから始めなさい! おら! やれ!」
「それはできない」
「放してよ!」
「嫌だ」
ソフィアの腕の力が強まる。
「離さない。テリー」
「……」
「……私は、君を愛したいだけなんだ」
恋しいんだ。とても、君が。
「だから、離したくない。ずっと、この腕の中に閉じ込めていたい」
「……あたしを殺そうとしたくせに……」
胸に埋まる顔を無理矢理上げて、じっとソフィアを睨みつける。その視線に、ソフィアが嬉しそうに微笑む。
「だって、君は人質だったから」
「着せ替え人形にもした」
「うん。まだ着せたい衣装が残ってるんだ。バニーガールなんてどう? テリー」
「結構! あんたの趣味の服なんて着るか!」
「ええ? 可愛いのに……」
可愛いテリーから目を離せない。テリーと目が合う。ソフィアが息を呑む。テリーが黙って見つめてくる。ソフィアが息苦しくなる。その目で見つめられたら、呼吸すら危うくなる。ソフィアの髪の毛がするりと、テリーに落ちた。
ようやく、口を開く。
「……テリー」
「……何よ」
「恋人になって?」
「却下」
「……だめ?」
「あたしまだ13歳よ」
「くすす。わかってるよ」
君はまだまだ、可愛い13歳の女の子。
「見た目だけはね」
「おほほほほ」
ソフィアの腹を叩く。
「てめえ、あたしが13歳じゃなかったら、何歳に見えるっての?」
「そうだな。……さん……」
「おほほほほほほ! てめえいい加減に」
(どんぴしゃで当ててくるの)
「やめなさい。そうやって自分の考えだけで判断するの、よくなくってよ。それに、見てごらんなさい。あたしの目を。あたしのおめめは綺麗なのよ。透き通る夕焼けのごとし」
「目の色も濁ってるなんて、流石だね。テリー。恋しいよ」
「うるせえ! てめえ! さっきから気にしてることばっかり言いやがって! ちょっと胸が大きくてちょっと髪の色が綺麗でちょっと美人だからって調子こきやがって! 今度からてめえのことを黄金に因んで黄昏の賢者って呼んでやるからね! ほーら、とか言ってる間にもう23秒も経っちゃったわよ! どうしてくれるのよ! オオグンタマの貴重な産卵シーンの時間を奪いやがって!」
「23秒も君と過ごせたなんてとても有意義な時間だ。時間を提供してくれてどうもありがとう。さあ、テリー、私と恋し合う時間をもっと堪能しよう」
「そんな時間いらない! あたしはパンケーキを食べるのよ! 退け!」
「ああ、そうだった。テリー」
君には、クリームがついてる設定だった。
「私が取ってあげる」
「ちょ……」
ソフィアの顔が近づいた、と思えば、テリーの頬に長い舌が付着した。
「っ」
べろりと舐められる。
「ふぁっ!?」
べろり。
「ちょ、きたなっ!」
べろり。
「いや!」
べろり。
「おま、おまぁあああ!」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「いやああああああああああああああああ!!!!」
テリーが悲鳴をあげるが、ソフィアは楽しそうに舐め続ける。
「やめ、やめっ!」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「んんんんっ……! やめろおおおお!」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「あっ、いや! 首は、だめだって……!」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「ま、そこには、クリーム、ついてなっ……!」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「ていうか全体的についてなっ!」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「やめろ! 変態! 通報するわよ! このロリコン!」
はあ、とソフィアが乱れる息を吐いた。
「正しくはアリスコンプレックス。省略してアリコン。ロリコンは14歳からだよ。君には一歳足りない」
「うるせえ! 指摘するな! あたしの純情で汚れの知らない初心な体を舐めたくりやがって! あたしはアイスクリームじゃないの! ぺろぺろキャンディじゃないの! 間違えないで!」
「そんなものよりも、君の方がずっと甘い」
ソフィアの舌が、再びテリーの首にぺっとりくっつく。
「もっと味わわせて」
「ちょっ」
つーーーー。
「んんっ……」
ぺろ。
「や、ソフィ……」
べろ。
「んっ」
べろべろ。
「んん……!」
べろべろべろべろ。
「ぁ……や、やだ……」
べろべろべろべろべろべろ。
「あ、い、嫌だって……」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「ん、んんん、んんん……!」
べろべろべろべろべろべろべろべろ。
「ひゃっ! ちょ、耳、やめ!」
「耳?」
ソフィアがにやけた。
「弱いの?」
ぐちゅり、と、舌が入る音が、耳の中に響き渡る。
「……あっ……!」
じゅる、ぐちゅ、じゅるり、じゅぷ、ぷちゅ。
「あ……あ……あ……や、いや、いや……いや……」
じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、ぐちゅり。
「やだ、や、あ、いや、や、あ……あ……あ……」
ぐぢゅう。
「……こ」
テリーが小さく、呟いた。
「こわい……」
ソフィアの舌が離れた。
「……怯えた顔」
頬に触れると、ぴくりと、テリーの肩が揺れる。
「くすす。子供相手にやりすぎちゃったかな?」
優しく、テリーを抱きしめる。再び胸に顔が埋まる。
「んぷ」
「怯えないで」
怖がらないで。
「私はただ、テリーが恋しいだけ」
「……離して」
「……わかった。じゃあ、お願いを一つ聞いてくれない?」
「……何?」
胸の間から、ちらっと、潤んだ目がソフィアを見る。
「テリー」
真剣な目が、テリーを見つめる。
「私の胸を揉んで」
「あたしもう帰る!!」
涙目のテリーが暴れ出すが、ソフィアが上からがっちりとテリーを押さえた。
「待って。テリー」
「いやああああ! 変態! もう嫌よ! あたし帰る! よくも舐め舐めしやがって! こんな場所にいられるか!!」
「ちょっとでいい。揉んでみてくれない?」
「なんで! なんであんたの胸なんて、あたしが揉まなきゃいけないのよ! おっぱいが大好きな紳士に揉まれてろ!!」
「君に揉んでほしいんだよ。テリー」
少しでいいんだ。
「ほーら、テリー」
「あっ……」
テリーの手首を、ソフィアが捕まえる。
「触って?」
テリーの手を、自分の胸に押しやる。
「なっ……」
ふに。
(ふぁっ……!?)
ふにふに。
「……柔らかい……」
優しくその胸を触る。
「何これ、あたしのと全然違う」
「くすす。そう思う?」
「すごい、これ。作り物?」
「自然とこうなりました」
「え、すごい、これ。大きいとは思ってたけど、これ、何これ。すごい」
ふにふに。
ふにふに。
(柔らかい……)
ふにふに。
(マシュマロ……?)
ふにふに。
「……下着の種類なさそう……」
「見つけるの、大変なんだよ」
ソフィアがため息をついた。
「……もし会社を作るなら、大きいサイズのランジェリーショップを作るべきかしら」
「ああ、それはありがたいね。可愛いのをデザインしてよ。テリー」
「デザインは無理よ。あたし、絵は下手くそなの」
ふにふに。
(……ブラジャーをつけてるから固定されてるけど、生で触ったらすごく柔らかそう)
「……くすす」
突然、ソフィアが笑った。
「……何よ」
見上げると、ソフィアがテリーの頭を優しく撫でてきた。
「んっ」
「落ち着いたでしょ」
「……ん?」
「動揺して、パニックになってたりする人にね、こうやって胸を触らせると、落ち着いてくれるんだ」
「……」
テリーの目が、冷ややかになっていく。
「……それ、誰にやったの?」
「もちろん。恋人」
「……あんたね、何でもかんでもおっぱいで解決すると思ったら、大間違いよ」
「え? 結構解決するよ?」
困ったことがあったら、
「胸を揉ませれば、一発」
「あんたね!」
テリーがソフィアの胸をガシッ! と掴んだ。
「あんっ」
「自分の体をそんな簡単に、ケダモノに触らせるんじゃないわよ!」
「恋人だから触らせてあげただけさ」
もみもみ。
「やんっ。テリーってば、結構激しい」
「いい!? 胸は、女の性感帯なのよ! そんな簡単に、はいどうぞって触らせたらだめよ!」
「でも、キッド殿下も喜んでたよ?」
――ん?
テリーの目が点になる。手は未だに胸を揉む。もみ!
「……触らせたの?」
「服越しにね」
「なんで」
「触りたいって言われたから」
「だからって、触らせたの?」
訊けば、ソフィアがきょとんとして、首を傾げて、ああ、と声を出して、微笑んだ。
「そっか。テリーは……」
「え?」
「くすす。大丈夫。別に問題ないよ。他の人ならともかく、キッド殿下は、特にね」
「……」
テリーが硬直する。しばらく黙って、静寂が訪れ、沈黙が続き、……やっと見つけた言葉を口から零した。
「……あいつ、ぶん殴る……」
「くすす。テリーは優しいんだね。ありがとう」
よしよしと、微笑ましそうに頭を撫でられる。テリーが動揺から視線を泳がせる。
(ソフィアって、今までどんな人と付き合ってきたの……!?)
(なんでそんな簡単に、その巨大な胸を触らせるの!?)
(キッドに触らせた……!? 恋人じゃないのに!?)
(あの野郎……、部下のおっぱいなら、揉んでいいってわけ……!?)
サーーーッと血の気が下がっていく。顔が青ざめていく。手を動かす。もみ!
「あんっ」
(だめだ!)
テリーが冷や汗を吹き出す。
(ソフィアから目を離してはだめだ!!)
人を舐めたり告白したり、変なアプローチしてくると思ったら!
(忘れてた。こいつ、まだ若造なのよ!!)
(経験豊富と見せかけた、まだまだ赤ん坊同然の青二才なのよ!)
(だって、23歳でしょ?)
考えてみたら、ソフィアって全然若いじゃない! 子供同然じゃない!
(23歳の女の子が、周りにおっぱい揺らして、揉んでくださいーって見せつけてるわけ……? な、なんて奴なの……!?)
ごくりと、テリーが固唾を呑んだ。
(あたしが……この『女の子』を守らないと……!!)
もみ!
「やんっ」
「ソフィアちゃん、わかった。よくわかったわ。あたし、何か誤解してたみたい」
「ん? どうしたの? テリー?」
「大丈夫!」
テリーがソフィアをひしっと抱きしめた。
「あたしが守るから!!」
「ん? どうしたの? テリー? 君、大丈夫?」
「あんた、ただの不器用ちゃんだったのね! もういい! よくわかったから!」
「……くすす」
なんだかよくわからないけど、
(テリーから抱きしめてくれるなんて、胸がドキドキする)
(ああ、恋しいよ。テリー……)
テリーの腰をなでなで。
「ソフィア、よくってよ。あたし、恋人にはならないけど、お友達くらいならなってあげてもよくってよ」
「くすす。お友達からスタートってやつか。いいよ。それでも」
「お友達のあたしから助言をお前に贈ってやるわ。感謝して聞いて。耳をかっぽじってよく聴いて」
「うん。なあに?」
テリーがソフィアから離れ、真剣な眼差しで、ぎっ! とソフィアを見る。
「胸、もう触らせないで」
「うん? なんで?」
「例え相手が恋人だからって、簡単に触らせちゃだめよ。ちゃんと、この人なら触らせてもいい、って、思った人じゃないとだめ。付き合ったのに、お金の問題であんたを捨てるような男に、触らせるなんてもってのほか。キッドは殴って良し」
「お金の問題は仕方ないにしろ……そうだね。テリーがそう言うなら、そうする」
ソフィアが頷くのを見て、テリーがほっと安堵する。
「……それと、もう一つ」
「うん」
「好きな人が出来たら、キッドとあたしに言って。すぐに紹介して。見極めるから」
「くすす。だから言ってるでしょ」
ソフィアがテリーの顎に優しく触れる。
「君が好きだよ。テリー」
「友達」
「そうだね。でも私からしたら、片思いの相手だ」
「ねえ、まさか、あたしが恋人になったら、その胸をあたしに触らせるの? 毎日毎日あたしにおっぱい触ってって言うわけ?」
「うーん、どちらかと言うと……」
ソフィアが妖艶に微笑み、テリーの額に額をくっつけて、顔を近づける。
「私は、テリーの胸を触りたいな」
しつこく、執着的に、気持ちよくなるように、今よりも成長するように、マッサージするみたいに、
「揉んで、揉んで、揉みまくって、テリーの胸を、私の手で支配したい」
奪いたい。
「盗みたい」
君の胸に触る最初で最後の人物になりたい。
「いいよ。テリーが触りたいって言うなら、いくらだって、私の胸を触るといい。でもその代わり、君の胸も……」
はあ、と、ソフィアが興奮したように、深呼吸して、
「私だけに、触らせて……?」
「……」
(怖い)
テリーがそっと後ろに下がった。
(怖い)
テリーが青ざめた。
(この女、怖い……!!)
テリーが手を下ろした。
「さ、テリー、続き。触って……?」
「……もう結構……」
「え、触らないの?」
いいんだよ? ほら、触って?
「君が触った分、私も触るから」
ほら、触って?
「私が触りたいから」
ほら、触って?
「早く触って」
ほら、触って?
「テリーの胸に触れるなんてこんな機会ないから」
ほら、触って?
「テリーの胸……」
ほら、触って?
「テリーのおっぱい……」
……くすすすすすすすすす!
「おっと、いけない。興奮から骨がうずいてしまう」
「やめろぉー!!」
こんな所で呪いを解放させるな!!
「とにかく! お前のおっぱいは、誰にも触らせちゃだめよ! 胸はね、女の大切な宝よ! わかった!?」
「くすす。わかった。君以外には触らせない。心から誓います。これでいい?」
(……あたしだけ触っていい、というのが引っかかるけど……)
「……とりあえず、それでいいわ」
「よかった」
ソフィアが微笑み、テリーの頭をなでなでと優しく撫でる。手はとても温かい。
(……こいつ、本当にわかってるんでしょうね……)
見上げれば、にこにこ。
(……この女、完璧に見せかけて頭脳が足りないのよ。お前の頭に行くはずの栄養は全部おっぱいに行ってるのよ。わかったらちゃんと相手を見極める目を持ちなさい。きらきら黄金の目を光らせて催眠術かけるより、よっぽど大事なことよ。ねえ、ソフィア、わかってる?)
ソフィアはため息をつく。
(良かった。落ち着いたみたい)
触りすぎて怖がらせてしまった。
(でも)
怯える姿も、なんて恋しい。
(急に抱きしめてきたけど)
その姿も、なんて恋しい。
(ああ、心臓発作になりそう)
ドキドキして、しょうがない。
(これは赤い服を着た魔法使いの魔法かもしれないな)
目の前にテリーがいる。
(願った甲斐があった)
もう子供じゃないけど。
「どうか、どうかお願いします」
「お仕事頑張りますから」
「もう悪事を行いませんから」
「どうかどうか、お願いします」
「テリーと会わせてください」
ソフィアはテリーの腰に手を滑らせる。
「テリー」
きゅっと、抱きしめる。
「おふっ」
「友達なら、抱きしめ合うことくらい、何でもないよね?」
恋しいテリーの頭を撫でる。
「もうしばらくこうしてていい?」
「……あたし、毒見が……」
「もう少しだけ」
どうか、この魔法がもっと深くかかりますように。
(ずっと、テリーといられますように)
寒い冬のとあるマンション。窓から見えるのは抱きしめ合う女性と少女。まるで姉妹のような姿。その胸の中では、熱い、母性の炎と、恋の炎が燃えていた。
図書館司書の淡い願い事 END
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