図書館司書の一年の始まり

(*'ω'*)番外編『愉快で愉快な羽根つき大会』の続きとなります。

 ソフィア(23)×テリー(13)

 ――――――――――――――――――――――――――――――















「もしかして、テリーお嬢様、誰かと帰られる予定でしたか?」

「一緒に帰る予定はないけど……ないんだけど……あのね……サリア……)


 テリーがぐっと、拳を握った。


「お雑煮が気になるの!」


(食べたい! 味わいたい! 貴族として誰よりも先に知りたいその味!)


「ソフィアの家で一度お雑煮をいただいてから、馬車を捕まえて帰るわ」

「かしこまりました。お時間を言っていただければロイに伝えておきますが」

「必要ありません。私が送っていきますよ」


 ソフィアが微笑む。


「流石に私の手料理を食べに来てくれる少女を、夜に一人で帰すわけにはいきませんから」

「……それでは、お願い出来ますか?」

「はい、お任せを」

「盗んだりしませんか?」

「くすす。今夜はお約束しますよ」


 サリアが微笑み、テリーに顔を向けた。


「それではテリーお嬢様。先に戻ってますね」

「うん。メニーをお願い」


 サリアが頷き、メニーに手を差し出した。


「メニー様、帰りますよ」

「うん!」


 サリアとメニーが歩いていく。


「キッド、お守りは?」

「俺まだ買ってないんだ。一緒に行くか?」

「うん!」

「テリー、今回はこれで許してあげるけど、年賀状は速達で送れよ」


 リトルルビィの横でキッドがテリーに指を差す。


「うるさいわね。ちゃんと送るわよ」


 テリーが、べ、と舌を出してから、ソフィアに振り向いた。


「ソフィア、お雑煮」

「くすす。うん。行こうか」


 ソフィアが微笑み、どこかわくわくした目のテリーと街の道を歩いていく。すでに街灯がつき、広場を明るく照らしていく。


「ねえ、ソフィア、まさかとは思うけど、お雑煮って、茄子とか入ってないわよね?」

「茄子は入ってないな」

「じゃあ大丈夫」


 テリーの頷く姿に、ソフィアがくすりと笑った。


「貴族のご令嬢様は、茄子が嫌いなの?」

「あたしに茄子の入った料理を出してごらんなさい。たとえどんな真心をがあったとしても、テーブルからぶち落とすわよ」

「怖い怖い。分かったよ。なるべくテリーに料理を出す時は、茄子を使わないようにするね」

「そうして」


(……茄子が入ってないなら食べれそうね……)


「ねえ、お雑煮って美味しいの?」

「私は好き。結構素朴な感じなんだ」

「素朴?」

「さっぱりしただし汁に、野菜がどっかりと入ってるような感じ」

「体に良さそう」

「そうだね。体にはいいかも。外国ではお正月の定番料理らしいよ」

「ふーん」

「これからは毎年作ってあげる」

「毎年?」

「そうだよ。テリーと年を越すことになるだろうから」


 これから、毎年。


「死ぬまで作ってあげる」

「ソフィア、あたし、そこまであんたに労働させる気はないのよ」

「私が作りたいから」

「いや、いい。いらない。なんか重い」

「そうだね。私の愛が詰まってるから、重たいかもしれない」

「……そんな重たいのいらない……」


 にやけるソフィアと俯くテリーが雪道を歩いていった。



(*'ω'*)



 ソフィアの家に着き、扉を開けると、前までリビングだった部屋が、畳式になっていた。その中心には、布団の付いたテーブルがある。


「わあああああああ!!」


 テリーの目が輝く。


「これが、噂のこたつって言うやつね!?」

「くすす。靴は脱いでね」


 玄関で靴を脱ぎ、テリーが目を輝かせて畳の上を歩く。そして、こたつに近づく。


「すごい! ソフィア! これどうやるの? どうやって使うの? なんでミカンが乗ってるの?」

「こたつにミカンって合うんだよ。待ってて。今電源をつけるよ」


 部屋の暖炉に火をつけつつ、こたつの電源を入れる。するとたちまちこたつの中が暖まっていく。


「すごいわ! 足元が! すごいわ! これは革命よ! ソフィア!」

「一時的だよ。三月くらいにまた元のリビングに戻す予定なんだ」

「畳も良い! 仕方ないわね! いいわ! これなら暇な時! 来てあげてもよくってよ!」

「くすす。テリーが来てくれるなら大歓迎だよ。畳にしてよかった」


 ソフィアが笑いながらコートをかけ、髪を一本に結んだ。


「今準備をするから、ミカンでも食べて待ってて」

「ラジオつけてもいい?」

「どうぞ」


 テリーがラジオをつけ、部屋に音楽が鳴り響く。ソフィアはキッチンでお雑煮の準備。テリーはこたつでくつろぐ。


(……悪くない)


 テリーがテーブルに顎を乗せた。


(テーブルに顎を乗せるなんて普段はしちゃいけないけど、ここなら誰にも怒られない。ミカンも美味しい)


 ぼおっとしてくる。


(ソフィアって意外とインテリアにこだわるわよね…。地下の隠れ家でも、家具だけは綺麗にそろえてた)


 うとうととしてくる。


(おっと、まずい)


 テリーがあくびをした。


(別に眠くなんかない。眠いわけじゃなくて……)


 ちょっと、瞬きを。

 ちょっと、目を閉じるだけ。

 目を、閉じる、だけ……。




 ――。




(ん?)


 ソフィアが雑煮の入った鍋を持ち、首を傾げた。


(テリーの声がしなくなった)


 ラジオの音しか聞こえない。


(……まさか)


 キッチンから出れば、案の定、眠っているテリー。


(ふふっ。だと思った)


 くすっと笑い、鍋をテーブルに置く。次に皿。


(普段なら箸を使うんだけど)


 テリーは箸が使えるだろうか?


「一応、フォークも用意しておこうかな」


 箸とフォークを置き、お椀を置き、テリーの寝顔を覗き込む。すやすやと安らかに眠るテリーの肩に手を置く。


「テリー」


 とんとんと叩く。


「お雑煮、準備出来たよ」


 起きない彼女に、背中に手を置いて叩く。


「テリーってば」


 テリーの眉間に皺が寄る。


「んっ……」


 唸り、また安らかに眠る。


「すやあ」

「くすす。これはまいった」


 ソフィアが困ったように笑った。


「起こせないや」


 こんなに可愛い寝顔されたら、


「どうしようかな」


 ソフィアが考え、そっと、テリーの横に座り込む。


「テリー」


 耳元で、


「起きないと」


 くすすと笑って、


「悪戯しちゃうよ?」


 テリーの手を握る。


「すやあー……」

「……起きないな」


 くすす。


「大人げないと怒る?」


 でも、


「好きな子が目の前にいて、何もしないと思う?」


 ちょっとくらいなら許されるんじゃないかな?


「犯罪者だと通報されてしまうかな?」


 くすす。


「そうなったら、またキッド殿下に頭を下げればいいさ」


 テリー。


「君が悪いんだよ」



 ――ちゅ。



「…んっ」


 首筋にキスをすると、ぴくりとテリーが反応する。


「テリー」


 ――ちゅ。


 体を引き寄せて、耳裏にキスをする。


「……んん……」

「くすす」


 これならどうだ?


 耳にふっと息を吐いて、テリーが思った以上に反応する。


「ふっ……ん……?」


 ――ちゅ。


 首にキスをして、


「ふぇっ……?」


 ――ちゅ。ちゅ。


 首から頬付近にキスをして、


「ん、……ん!?」


 びくっと肩をあげたテリーに気づき、ソフィアが微笑み、


 ―――ちゅ。


 頬にキスをすれば、


「うわあああああああ!!」


 上擦った悲鳴をあげて、テリーがぎょっと飛び上がる。キスをしようとするソフィアに振り向き、後ろに体重をかけて、距離を離そうとする。


「ちょっと! 何してくれてるのよ! こらぁ!!」


 だが、後ろに体重を乗せれば、


「ぎゃっ!」


 テリーが畳に倒れた。


「おっと」


 その上に、ソフィアが倒れた。

 押し倒すように、押し倒されたように、ソフィアと、テリーの、距離がまた縮まった。


「……あっ……」


 テリーの顔がかあああっと赤く染まり、ソフィアがはっと目を見開く。


(ちょっと、なんて顔をするんだ。この子は)


 本当に13歳?


(ああ、なんてこと)


 こんなにも体がうずくなんて。

 こんなにも手がうずくなんて。

 こんなにも触りたいと思うなんて。

 こんなにもキスしたいと思うなんて。

 こんなにも、



 胸が波打つなんて。



「テリー」


 ソフィアの体が、沈んでいく。


「テリー……」


 そっと、唇が近づく。


「……テリー……」


 その幼い唇に、口紅のついた自らの唇を押し当てようと、近づけば、ふにっと、別のものが当たった。


(おや?)


 視線を動かせば、テリーが両手でソフィアの口を押さえていた。真っ赤な可愛い顔で、震える体で、キスだけは回避だと言いたげに押さえてくる。


(本当は、キスしたいけど、みたいな顔)


 なーんてね。


(君には、まだ早いことさ)


「くすす。起きちゃったか」


 ソフィアが笑いながら体を起こすと、テリーが真っ赤に染まった顔で、ソフィアを睨んだ。


「ソーーーーーフィーーーーーアーーーーー」

「くすす! だって起きないから」


 悪戯しちゃった★


「星をつけるな! 星を! いちいち腹立つわね!!」

「ほらほらお雑煮出来たよ」

「くそ! あたしの眠ったところを突け狙うなんて! なんて奴!!」


 箸を手に取り構える姿を見て、ソフィアは思う。


(罵倒しても、お雑煮は食べるつもりなんだね)


 食い意地が張っているのか、それともただ興味があるだけなのか、


 くすす。


「やっぱり、テリーは見ていて面白いね」

「な、何よ。……早くお雑煮!」

「お箸使えるの?」

「貴族をなめないでくれる? 箸くらい使えるわよ!」

「御見それしました。レディ。くすす」


 何事もなかったように涼しい顔をして、ソフィアがお椀に雑煮を盛り付け、テリーに渡す。


「はい。熱いから気をつけてね」

「……何よ。涼しい顔しちゃって」


 両手で受け取り、テーブルに置く。


「食べていい?」

「うん、どうぞ」

「母の祈りに感謝して、以下略。いただきます」


 大事な挨拶を略して、テリーが盛りつけられたお雑煮に手を付ける。口に入れたら、カッと、目を見開く。


「うっ……!」


 声を出したテリーにソフィアの目が鋭くなる。


(まさか、口に合わなかった? それとも、不味かった……?)


 ソフィアの背に緊張が走る。しかし、テリーが口を押さえながら呟く。


「……びっ……悪くないわね」


(ほっ)


 ソフィアが、ほっと胸をなでおろし、安堵のため息を吐いた。


「沢山食べて」

「そうね。まあ、食べてあげないこともないわ。せっかくだもの」


 ぱくり。


「なかなか悪くないわ。褒めてあげる」

「光栄です。レディ」

「はっ! これは、まさか、噂のお餅ってやつか!? お餅が入ってるの!? 何よ! 生意気な! もちもちしやがって!」

「お雑煮にはお餅が入っているものさ」

「そうなの!? なら仕方なわね! あたしは仕方なくお餅を食べるしかなさそうね!」


 華麗に箸を使いこなし、餅を掴む、引っ張ると、伸びるお餅を見て、さらにテリーの目が輝く。


「わああああああ!」


(ふふっ。こう見ると子供なんだよなあ)


 だけど、何なんだろう。この違和感。


(自分より年上の大人といる感覚)


 自分と同じくらいの人と居る感覚。


(相手は13歳の女の子なのに)


 この違和感は何なのだろう。


(……まあ、それはまた今度にしよう)


 今までと比べて、今年の正月ははるかに素晴らしい。


(だって)

(……だって)


 目の前には。


(大好きな、テリーが笑っているんだから)


「ソフィア、あんたも食べていいわよ。ほら、お餅! お餅!!」

「くすす。そうだね。私も食べるよ」


(愛しい君を目の前にして、味を堪能できるか分からないけれど)


「うん。せっかくだから、沢山食べないと」

「そうよ。あんたが作ったんだから食べるべきよ」


 味見のはずなのに、テリーがお椀を突き出して、


「ほら、おかわりしてあげる」

「はいはい」


 くすすっと、おかしそうに笑って、ソフィアがお椀を受け取り、テリーがじっとおかわりを待つ。いつもよりも温かい部屋に、いつもよりも緩んでしまう口角に、ソフィアは困っていた。


(ああ、まいったな。……これはまいった)


 新年早々、まいってしまう。


(こんな風にされたら、もっと好きになっちゃうよ。テリー)


「? 何?」


 何も知らないテリーは、いつもと変わらない生意気そうな目を向けて、テーブルを叩く。


「早くおかわりを寄こしなさい」

「くすす。うん。おかわりね」


 今年は、


(沢山話せるといいね。テリー)

(沢山仲良くなって)

(そして)

(今年こそ、必ず)

(君の心を、盗んでみせる)


 お椀を渡し、テリーが受け取る。自分の分も盛り付けて、ソフィアが口に入れる。


「うん」


 いつも以上に、美味しく感じる。


「美味しいでしょ?」


 自分が作ったわけでもないのに、テリーが訊いてくるから、ソフィアは微笑んで頷く。


「うん。我ながらとてもね」

「ええ。そうなのよ。なかなか悪くないのよ。あんた、将来は自分の店でも持てば?」

「やめておくよ。仕事は図書館で十分さ」


 そんな冗談を言い合って、雑煮を食べる。目の前にはテリーがいる。


(こんな光景が、いつまでも続けばいいのに)


 これから先の未来、望みはたった一つ。


(テリーが、いつまでも、私の傍に)


「見て見て! ソフィア! お餅! 伸びる伸びる! あははは! こいつめ! どんどん伸びなさい! あははは!」


(楽しそう。くすすっ)


 微笑ましいテリーを眺め、口角が緩みっぱなしで、ソフィアが息を吐いた。


(こんなお正月も、悪くない)


 テリーがいるお正月が、こんなにも暖かいなんて。


(もっと見たい)

(もっと、テリーを、傍で見つめていたい)

(君に、恋をしたい)


「ソフィア、手が止まってるわよ。食べなさい」

「ふふっ。本当だ。冷めてしまうね」


 テリーに促されてもう一度食べると、自分で作った雑煮は、とても美味しかった。





 番外編:図書館司書の一年の始まり END

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