ソフィア

図書館司書の淡い願い事(1)

(*'ω'*)CP上、キッドとテリーは婚約解消しております。

 ソフィア(23)×テリー(13)

 ――――――――――――――――――――















 12月25日。

 赤い服を着た魔法使いが、子供たちにプレゼントを配り回り、子供たちがそのプレゼントに喜ぶ日。

 皆がそわそわしだす、そんな冬の、年末前のロマンチック・イベント。


 そして――。



「呆れた」


 テリーが腕を組んで、仁王立ちする。


「なんでこんな日に働いてるのよ」

「くすす」


 眼鏡をかけた仕事モードのソフィアが書類にサインしながら、カウンター前のテリーに笑った。


「君だって、こんな日に図書館に来るなんて、どうしたの?」

「ふん。他にやることがなかったのよ」

「プレゼントはもらった?」


 微笑んで、ソフィアが訊いてくる。


 12月25日。当日。

 クリスマスプレゼントに、皆が喜ぶ日。

 真っ白で爽やかさに包まれた朝が訪れ、アメリアヌもテリーもメニーもわくわくして靴下を覗いた。


 自分もわくわくして覗いたら……。


「これが入ってた」


 一万ワドル分の図書カード。


「遠回しに、一万ワドル分の本を読めって言われたわ」

「くすすすすすす! あははははは!!」

「笑うな! 何よ! みんなして、あたしに遠回しに文句ばかり言いやがって!! むかつくのよ! てめえの笑い方もむかつくのよ! くたばれ!!」

「文句じゃなくて、もっと本を読んで勉強しなさいってことじゃない? ほら、本を読むと人生が変わるって言うからね。……ぶふっ……」


(……それは、つまり)


 ――これで本を読んで、死刑を回避するんだよ。まあ、やれるものなら? やってみればいい! お前さんにやれるならな! ふぉふぉふぉふぉ! ハッピー・メリー・クリスマス!


 テリーの眉間に皺が寄る。


(ほーう……? 赤い服を着た魔法使い……。いい度胸じゃない……。だったらお勧めの本でも数冊置いていけばよかったじゃない!!)


 なんで一万ワドル分の図書カードなのよ。あたし、なんか物が良かったのに。カードじゃなくて、なんか、こう、……物が良かったのに。


 テリーが重たいため息を吐けば、ソフィアが手のひらに顎を乗せ、にこりと微笑んだ。はー。笑った笑った。


「で、テリーは素直に本を読みに来たの?」

「ん。赤い服を着た魔法使いの言われるがままなのがムカついたからわざわざ本だらけの図書館に出向いてやったのよ。なんかお勧めがあったら用意して。あ、簡単に読めるやつね。字数が多いのはだめよ。ちゃんとあたしのこと考えて。論文もだめよ。難しいのは嫌よ。はい。そうと決まったら用意しろ。おら、仕事しろ」

「メニーは?」

「置いてきた」


 あの子は、お人形の家を貰って、それはそれはとても喜んでた。


『リトルルビィと遊ぼうっと!』


(あたしはカード)

(メニーはお人形の家)

(いや、確かにテディベアの家とか貰っても困るけど)

(……カード……か……)


 物寂しげにカードを財布にしまうと、ソフィアがまた笑った。


「つまり、君は図書館でクリスマスを過ごそうって言うの? 知ってるとは思うけど、今日を含む、イベント時の図書館は閉まるのが早めなんだ。それを踏まえて、君の大きなお屋敷で、そのカードで買った本を読んでた方がいいんじゃない?」

「そうなったら赤い服を着た魔法使いの言われるがままになるでしょう。それがムカつくのよ」


(それに家には楽しそうなメニーがいるし。キャッキャッ、キャッキャッうるさいのよ。くたばれ。メニー。ついでに赤い服を着た魔法使いもくたばってしまえ。畜生が。バッド・メリー・ クリスマス)


 テリーがぶすぅ、と頬を膨らませる。そんな様子を見たソフィアが小首を傾げた。


「……テリー。今日、時間ある?」

「ん?」

「図書館が15時に閉まるの」


 ソフィアが笑顔を浮かべたまま、テリーを見つめる。


「その後、ちょっとだけ、食事に付き合ってくれない?」

「……食事?」

「ケーキを作ったんだ」

「あんたが?」

「うん。でも、君もわかってるでしょ? 私が以前、舌が麻痺していたこと」

「あー」


 テリーがこくりと頷く。


「そうね。治ったの?」

「調整中」

「そう」

「だから、作ったケーキの味が無だったら嫌だと思って」

「それ、誰かが食べる用?」

「図書館で一緒に働く人とか、キッド殿下や、その部下の方々に持っていこうと思ってるんだ。普段お世話になってるし」

「……毒とか盛ってないでしょうね?」

「ほら、そうやって疑ってくる。だから、君が味見するんじゃない」

「あたしが?」

「うん」

「あたしが味見すれば、毒が入ってないって証明になるわけ?」

「併せて、私の味覚も治っている証拠になる。催眠ににかからなかった君なら、どうせ毒が入ってても平気でしょ?」

「流石に死ぬわよ」

「くすす。冗談だよ。毒なんて入ってない。本当にただの美味しいケーキを作ったの。てもちょっと心配だから、毒見に来てくれない? レディ」

「……食べる分にはいいけど」


 ちらっと、テリーの視線が時計に向けられる。13時30分。


「……ついていくのもいいけど」


 ちらっと、テリーの視線がソフィアに向けられる。まあ、素敵な笑顔。くたばれ。


「また催眠を使って何か大事なものを盗もうって魂胆なら、迷わず通報するわよ。いいわね?」

「くすす! いいよ。それで」

「わかったわ。じゃあ、付き合ってあげなくもないわよ。感謝して。感激して涙なさい」

「助かるよ。ありがとう」


 にこりと微笑んだソフィアが書類を捲り、提案した。


「世界名作劇場、なんてどう?」

「うん?」

「単純な物語が多くて読みやすいよ。世界名作劇場、っていう分野にあるはずだから探しておいで」

「……用意し」

「仕事中だから、ごめんね」

「チッ!」


 テリーがドスンドスンと足音を鳴らした。


「いいわよ! 行けばいいんでしょう! 貴族令嬢のあたしが! このあたしが! わざわざ本棚まで! 本のあるコーナーまで! わざわざ足を使って! 行けばいいんでしょ! 何よ! どいつもこいつも! あー! あたし、運動のしすぎで死んじゃうわ! もうだめ! あー! やだやだ! クリスマスなのに! あたしは運動中! あの司書、本当に最低! クレームつけてやるからね! これでお前もおしまいだからね!! ばーか!!」


 ソフィアが眼鏡をかけ直して、書類に目を通すふりをして――言われた通りに物語分野があるであろう二階へ向かうテリーの背中を見つめる。


「……」


 けれど、テリーはその笑みと、視線に気づかない。


(チッ!)


 テリーが図書館のアンケート用紙を取り、書き込んだ。


 ――今日は本当に嫌なことがあって、本のある場所に行くのが億劫だったので、ソフィアさんに頼んだところ、自分で行けと言われました。彼女の態度はどうにかした方がいいと思います。ソフィアさん、あなたはここに向いてないから辞めたほうがよくってよ。くわばらくわばら。


「はーあ!」


 アンケート用紙をアンケートボックスに入れる。


(ソフィアに対するクレームを入れたら、ちょっとすっきりしたわ。ストレスが解消されたわ)


 鼻歌を歌い始めたクレーマーが階段を上り始めた。



(*'ω'*)



 閉館時間になり、テリーがカウンター前に戻ってきた。あれれ。本を持ってる。ソフィアがきょとんとしていると、テリーがおずおずと本を差し出した。


「……これ、借りたいんだけど」

「いいよ。やってあげる。今日は図書館のカード持ってる?」

「……はい」


 すでにカードにタイトルが記載されている。

『上手なクレームの入れ方で幸せになろう〜クレームは愛なの。許してね〜』


(……また変な本を借りたな)


 ソフィアが表情に出さず手続きを済ませた。


「一週間後までに返却ね」

「ん」


 テリーが本を鞄にしまうと、ソフィアに言われた。


「テリー、帰りの支度するから、ここで待ってて」

「早くして」

「くすす。待ってて」


 ソフィアが優雅に事務室の中へ入った。テリーがカウンターで本を読みつつ、10分ほど待っていると、ようやくコートを着たソフィアが出てくる。


「お待たせ」

「遅い」

「色々やることがあったの。ごめんね」

「……家、遠いの?」

「ううん。ここから近くだから安心して。本当は違う所に住んでたんだけど、怪盗時代の証拠を残すわけにもいかないし、図書館にも通わないといけなくなったから、キッド殿下が用意してくれたんだ」

「……相変わらず手際がいいわね……」

「怪盗パストリルは逮捕されたまま、行方不明になってる。ああ、一体どこの刑務所に入ったことやら。プリズンをブレイクしないか、不安で夜も眠れない。ああ、怖い怖い」


(言ってろ)


 テリーの睨みを無視したソフィアが事務室へ振り向き、扉を少しだけ開け、顔を覗かせながら頭を下げた。


「それでは、お先に失礼します」

「お疲れ様です! コートニーさん!」


 ソフィアがまたくるりと振り向く。その先にはテリーがいる。自然と頬が緩み、テリーに手を差し出した。


「さあ、行こう。テリー」

「ん」


 テリーが握り返し、共に図書館から出て行く。


(……大きな手)


 こうやって手を握ると、改めて、自分の体は子供で、ソフィアが大人であるということを知らされる。本来であれば、こういう形だったのだ。しかし、テリーの中身はもうソフィア以上に大人である。それでも、この手が自分よりも大きくて華奢であることには変わりない。正義感の強い、優しい手。


 そして、数多くの盗みを働いた、罪にまみれた汚い手。


(赤い服を着た魔法使いも、少しはソフィアの願いを叶えてやったらよかったのよ。そしたら、ここまで汚れることはなかったのに)


 苦労人なのよ。彼女も。


(悪い人に騙されてしまう、ばかな女なのよ)


 てくてく歩くテリーの歩幅にソフィアが合わせる。


(……)


 それが悔しくて、少し大股で歩いてみる。それすらも合わせてくる。


(……)


 負け犬の遠吠えをしている気になって、テリーが大股で歩くのをやめた。大人しくとぼとぼ歩く。


(なんか……負けた気がする……)


 テリーが舌打ちする中、ソフィアが白い息を吐いた。


「やっぱり外は寒いね」

「……ん」


 マフラーに顔を埋めるソフィアに、テリーがこくりと頷いた。


「ホワイトクリスマスだからかしらね。いつもより寒い気がする」

「そうそう。昨晩はいいだけ降ってたよね。朝出勤する時大変だったよ。何度も足が雪の中に詰まった。テリーはここまでの道のり大丈夫だった?」

「あたしが歩く頃には雪かきがされてたもの。もしされてなかったら、わざわざ図書館なんか行ってないわ」

「ありがたいよね。町中みんなして雪かき合戦だ。図書館でも毎回当番を決めてやってるんだけど、今日ばかりは当番も関係なしに皆でやったんだ。人数も少なかったしね」

「あんたもやるの?」

「もちろん。働かざる者食うべからず」


(……)


 なんてことだろう。ソフィアと他愛のない話をしている。手を握って、まるで姉妹のように。


(……)


 テリーの眉間にしわが寄った。


(なんか、変な感じ……)


 三ヶ月までの彼女は、怪盗として標的から標的へ。キッドを陥れようとして、メニーを誘拐し、テリーを誘拐し、テリーを殺そうとした。


 それが、今ではただの道行く綺麗なお姉さん。


 金髪が輝く、金の瞳が輝く、美しい容姿のその女性。道を歩いていて、何度か前から通った通行人が男女関係なく、その美しさにちらっと視線をソフィアに動かす。通り過ぎた後も振り向く人がいる。


 女性として立派な『美人』の類に入るソフィアが、貴族に騙され、自殺まで追い込まれ、呪われ、正義を求めるあまり、悪事を働いた。


(ばかな女)


 飴なんて、舐めなきゃ良かったのに。


(そしたら、意外とすぐに幸せになれたかもしれないのに)


 ソフィアは努力している。そろそろ報われてもいい頃だ。仕事だってきちんとしているし、仲間達からはとても信頼されているようだし、メニーもいつの間にかソフィアと仲良くなってるし、図書館利用者は、ソフィア目的の男性が山ほどいる。


 ソフィアはそれほどまでに愛されている。


(……あたしは、もう用済みね)


 ふっと息を吐き、気を抜いた瞬間、


「ひぎゃっ!」


 つるーん、と足が滑り、テリーが絶望する。


(いいいいいいいいいいいいいい!! 転ぶ! 転ぶ転ぶ! 転んでつるんって滑って冷たい氷と雪がお尻にぶつかる! ああ! あたしの人生、なんて短かったのかしら! みんなさようなら! さようなら!)


 死を覚悟したテリーの手が、上にぐいっと引っ張られた。


「ひゃっ」

「よいしょ」


 ついでに背中を支えられ、ぴたっと動きを止める。ソフィアがテリーの体を支えたおかげで、転倒を回避したのだ。


「くすす。大丈夫?」

「……。……よくやったわ。ソフィア。あんたもたまには役に立つのね。いいわ。褒めてあげる。お前にしてはよくやった。上出来よ。今度お礼になんか買ってあげるわ」

「お褒めいただき光栄です」


 笑って、再びソフィアが歩き出す。


「気をつけて。雪も多いけど、凍ってる部分も多いから」

「全く。これだから氷は……。……侮れないわ……。雪の中に紛れ込んでいるなんて最低の卑怯者め……」

「うん? 何々? テリー、なんでそんなに氷に恨みを持っているの?」

「恨み? ばかじゃないの? あたしは氷に恨みなんてないわ。……憎いだけよ」

「同じじゃない。くすす」


 ソフィアが横目で、ちらっとテリーを見下ろす。


「大丈夫。今は私がいるからね」


 また、くすす、と笑って、


「身を挺してお守りしますよ。レディ」


 聞いたことのあるそのセリフに、テリーがうんざりげにため息を漏らす。


「ここは舞踏会じゃないわよ」

「同じようなものさ。みんな着飾ってて。危険なものがいっぱいある。……ああ。そういえば、年明けは、どこか出かける?」

「ううん。どこも。ママと姉さんは、姉さんの友達のパーティーに行くって言ってたけど、あたしは断った」

「どうして?」

「メニーがいるから」


 嫉妬深き令嬢のレイチェルのパーティーに、あの美しい娘は連れて行けない。


「あたしとメニーは、城下町で、楽しく出店を回るとするわ」

「なら、私も出かけないとね。ばったり会えるかもしれない。……そうだ。試してみない? テリー」

「ん?」

「ばったり会えたら、それは運命が私達を導いたということで、付き合おうよ」

「どこに付き合うのよ」

「くすす。嫌だなあ。テリーってば」


 ソフィアがテリーの耳にささやいた。


「私とテリーが、恋人になるってことだよ」

「だらぁっ!!」

「ひゃっ!」


 テリーが思い切りソフィアの足を踏むと、ソフィアが甲高い悲鳴をあげた。びくっと体を強張らせて、立ち止まり、またゆっくりと歩き出す。


「……くすす。……痛いよ。テリー……」

「公共の場でからかうからよ。いいこと。もう二度と言わないで」

「くすす。照れちゃって可愛い。そんな君も好きだよ」

「あたし女の子なの。女が女の子に告白するなんてちゃんちゃらおかしいわ」

「偏見は良くない。君はもっと視野を広く持つべきだ。そうすれば、もっと世界が広がるはずさ」

「それっぽいこと言わないでくれる? むかつくのよ。そういうところ」

「むかつく? ってことは、テリーの気に触れてしまったってことだ。ねえ、テリー、むかついたら、ずっと頭の中でそのことが駆け巡るのが人間だ。ということは、テリーは今、私のことで頭がいっぱいというわけだ。よし、テリー、恋人になろう」

「どこがよしなの? おい、いい加減にしなさいよ」

「あ、素敵な靴。見てごらん。テリー。可愛いね」

「無視かい!」


 けたけた笑うソフィアに、テリーが怒りで体を震わせる。


(このあまぁぁぁあああ……! あたしはね、あんたよりもうんと年上なのよ!? 中身だけは! 外は13歳だけど! 中身だけはうんと人生の先輩なのよ! わかってるの!? ええ? こら! 青二才め!)


「ケーキがね」


 靴から目を離したソフィアが氷に気を付けてゆっくりと歩き出す。


「結構量が多いんだけど、胃の中には入りそう?」

「美味しければね」


 問題はそこだ。


「あたし、こう見えて舌は肥えてるの。味の無いケーキなんて食べさせてごらんなさい。ケーキを丸ごとお前にぶっ放してやるからね」

「ああ、怖い怖い。怖くて体が震える。おそろしやー」


 棒読みで言うソフィアに、テリーが睨む。痛い視線を感じて、ソフィアが再びおかしそうに笑い出す。


「くすすす!」

「からかいは結構。……で、あんた、何のケーキ作ったの?」

「おや、そうだった。君に教えてなかったね。……ああ、そうだ。いいタイミングだ。久しぶりになぞなぞといこうか」

「ん?」


 テリーが顔をしかめると、すっと息を吸い、ソフィアが唄った。



 真ん丸黄色のお月様

 雪が積もったお月様

 周りの星は赤や紫

 輝く真っ白お月様

 さあ それは一体何?



「……お月様?」


 丸いってこと?


「ケーキは皆丸いわよ」

「テリー、よく考えて」


 お月様に、雪が積もってるんだ。


「苺のケーキ?」

「苺は乗ってるよ」

「んん……? 黄色いケーキなんて、どこにあるっての? チーズケーキじゃないでしょ?」

「そうだよ。チーズケーキじゃない」

「んんん……?」


 じゃあ、何?


「ヒント」


 ソフィアがウインクした。


「フライパンで作れるもの」

「……え……?」


 フライパンで、ケーキを作るの?


(まあ、作れないこともないだろうけど……)


「……何それ…?」

「よし、じゃあ、帰ってからのお楽しみだ」

「何よ。答えてくれないの?」

「見たらわかるよ。テリー」

「わからなかったらどうするの? あたし、とんでもないものを食べに行こうとしてるの?」

「大丈夫。普通のケーキだから」


 テリーが疑わしい目でソフィアを見上げる。ソフィアがはっと口を手で押さえた。


「テリー……! そんなに見つめてくるなんて! やっぱり君も私のことが好きなんだね! よし、結婚しよう」

「何がよしよ。ふざけんな。くたばれ。犬のうんこ踏んじゃえ」

「あ、素敵なドレス。見てごらん、テリー。花嫁衣裳にぴったり」

「こ、こいつ……! あたしを無視するなんて! あたしは貴族のお嬢様よ! 平民のくせに生意気なっ!」

「ほらほら、テリー。人の邪魔になってるよ。端を歩かないことに恥を知るべきだ。さあ、もっとこちらにおいで」

「なんであたしがなだめられてるの? あたし何も悪くないのに」


 あ。


「……ソフィア、話をしてたら……犬よ」

「大きいね」

「……すごく見てくる」

「可愛いね」

「……あの子、今、口を舐めたわ」

「お腹を空かせているのかもね」


 ソフィアが犬と飼い主に道を譲った後、再びテリーの手を握って歩き出す。


「さ、道は狭い。早く行こう」

「ねえ、部屋に暖炉はあるの? 寒い中でケーキなんか食べたくないわよ」

「大丈夫。きちんと備えてるから」


 他愛の無い会話をしながら、二人が雪道を進んでいく。



(*'ω'*)



 二人がマンションに辿り着く。五階建ての綺麗な建物。ソフィアが扉を開き、テリーを中に招く。


「入って」

「ソフィア、あたしわかってるのよ。トラップ仕込んでるでしょ」

「仕込んでないよ」


 ソフィアがスリッパを出す。


「履き替えて」

「ん」


 テリーが扉を閉め、スリッパに履き替える。玄関を見渡す。


(……何、ここ。豚小屋?)


 綺麗に清掃された一人部屋。家具はシンプルに茶で統一されている。


「……案外綺麗にしてるのね」

「まあ、大人ですから」

「地下の部屋より全然いいわ。こっちの方が落ち着く」

「くすす。それはよかった」


 ソフィアが暖炉に火をつけて、部屋を暖める。


「さてと」


 ソフィアが先にコートを脱ぎ、テリーに振り向く。


「覚悟はいいかい? テリー」

「望むところよ」


 答え合わせをしてもらおうじゃないの。ソフィア。


「くすす。私のケーキはこれさ」


 冷蔵庫から皿を取り出し、ソフィアがテーブルにそっと置く。そのケーキをテリーが見て、……見れば、きょとんと、拍子抜ける。


「……パンケーキ」

「くすす。ケーキはケーキでも、パンケーキなら、簡単にお手軽に作れる」


 再びソフィアが冷蔵庫の扉を開け、絞り袋に入ったホイップクリームや、生クリームや、砂糖が入ったボウルや、トッピングのベリーが何種類も入った皿を取り出し、どんどんテーブルへ並べていく。


「さあ、見てて。トッピングの時は毒が入ってない証拠に、テリーにも手伝ってもらうから」


 だが、その前に。


「手を洗おうか」

「賛成」


 ソフィアとテリーが手に泡を乗せ、ごしごし洗っていく。手洗いは大事なのよ。鉄則なのよ。


「貴族令嬢として手の殺菌は大事よ。覚えておいて。ソフィア」

「私は貴族じゃないけど覚えておくよ。くすす」


 壁にかかっていた鼠の絵が描かれたエプロンを身に着け、長い髪を結んで、微笑み、袖をめくる。


「さあ、始めよう」

「ねえ、このエプロンどこで買ったの? ねえ、あんたねずみ好きなの? ねえ、別に、あたし、ねずみなんて好きじゃないけど、このエプロンのこのデザインはちょっとちょこっとちょびっとばかし気に入ったわ。ねえ、このエプロンどこで売ってたの? ねえ、ソフィア、どこなの? どこのお店で置いてたの?」

「テリー、エプロンつける? このエプロン、テリーに似合いそう」

「しょうがないわね。そこまで言うならつけてあげるわ。汚れたら困るものね。本当にしょうがないわね」


 テリーがねずみのエプロンを身に着け、ソフィアがシンプルなグレーのエプロンを身に着け、作業を再開する。


「さあ、始めよう」


(ねずみちゃん! ねずみちゃんのエプロンだわ!)


 テリーのきらきら光る目は、ケーキではなくねずみに注がれる。ソフィアがくすりと笑って、生クリームのボウルを手に持つ。


「さあ、怪盗パストリルによるショータイムだ」


 盗んであげよう。パンケーキの地味で、なおかつ、甘い味わいを。


「盗んで、君にプレゼントしよう。テリー」

「……」

「くすす。ねずみを相手に忙しいか」


 テリーが凄まじく好きであろう動物を察したソフィアが生クリームを塗っていく。


「テリー、ベリーを乗せてくれる?」

「……はーい」


 ようやくねずみから目を離したテリーが、パンケーキに苺、木苺、ブラックベリー、ブルーベリーを乗せていく。


「そうそう。上手上手」

「当然。貴族令嬢はね、センスが良いの。覚えておいて」

「ああ。覚えておくよ」


 その上にパンケーキを重ね、再びソフィアが生クリームを塗り、テリーがベリーを乗せ、それを繰り返していく。7段ほど重ね、ようやく、ソフィアがホイップクリームで飾る。


「で」


 粉砂糖を上から振りかけ、その上にベリーを乗せて、


「完成」


 嬉しそうにソフィアが頬を緩ませ、テリーに目を向けた。


「どう? テリー。二人の愛の結晶だよ」

「……」

「そんなにそのエプロン気に入った?」


 テリーがねずみのエプロンから目を離してくれない。


(ああ、そうだ)


 ソフィアがチョコレートペンで、器用にねずみの絵を皿の端に描いてみる。


「テリー、どう? 可愛い?」

「ん」


 ねずみの絵に釣られたテリーがようやく目をパンケーキに移した。


「……なんで皿にねずみの絵を描くわけ? 意味わかんない」

「何となく。可愛いでしょ?」

「はあ? 可愛いわけないでしょ? ねずみがケーキを横取りしそうで縁起が悪いわ」


 テリーが食事用の皿を自分の前に置く。


「見た目が良いのに勿体ない。なんてことするのよ。お前のせいで台無しよ。本物のねずみが来る前に、あたしが食べてあげてもよくってよ。早く切り分けなさい」

「くすす。そんな君も恋しいよ。テリー」


 ソフィアが大きめのナイフでパンケーキを切り、テリーの皿へ渡す。


「さ、見た目よりも問題は味付けだ。審査を頼むよ」

「いいわ。正直なあたしが審査してあげる。感謝してよね」

「うん。大感謝。ありがとう。テリー」

「いただきます」

「どうぞ」


 テリーがナイフとフォークでサンドウィッチされたパンケーキを一口サイズに切り分け、ぱくりと口の中に入れた。舌に乗せた瞬間、テリーの目がカッ! と開かれる。


(……うっ……!!)


 これは――!!


(小麦の味と、卵の味が濃厚且うまい具合に絡み合って、バターとミルクが入っていることにより、味がミックスマッチされている。一体薄力粉うんぬんの粉類にどんな催眠を使えばこんな魔法がかかるのか。さらにベリーを上乗せすることにより、フルーティ且パンの味がボリュームアップ! これは……!!)


「……」

「どう? テリー」

「……。……、……。……そうね」


 テリーが静かにナプキンで口を拭く。


「悪くない」


 再びナイフで切り分ける。


「ふん。調子に乗らないでよね。店で出されてもわからないクオリティってだけよ。美味しいか美味しくないかって言われたら、そうね。悪くないに入るんじゃない? まあ見た目も可愛いし? お洒落だし? 別にパンとベリーとクリームがいい感じにマッチしてるとか思ってないわよ。別に小麦粉の味が濃厚で美味しいだなんてあたし思ってないんだから。わかってる? 悪くないだけよ。調子に乗らないで」

「……ああ、そう……」


 ソフィアが込み上げてくる笑いを堪え、肩を震わす。


「……君の好みの味で良かった」

「何言ってるの? 別に好みの味じゃないわよ。あたしが甘い物好きだと思った? ばかじゃないの。今、貴族の間ではビターが流行ってるのよ。あたしはビター好きなの。ただ、あんたが食べろって言うから仕方なく程よく甘いパンケーキを食べてあげてるの」


 テリーが皿を差し出した。


「毒が入ってないか見てあげるわ。はい。早くおかわり」

「お腹が空いてるなら、練習用の余りがあるからあげるよ」

「……毒が入ってそうね。いいわ。胃袋に入りそうなら食べてあげてもよくってよ」

「くすす! そうだね。……お願いしようかな」


 ソフィアの肩は笑いを堪えるためにぶるぶると震えている。


(……素直じゃないんだから……)


 君、そんなに食べるスピード速いんだね。さっきから目をきらきら輝かせて食べてる姿が恋しいよ。テリー。


(猫みたいだと思ったけど、食事の時はうさぎみたい)

(むっすりした顔で、なのに目を輝かせて、頬を膨らませたまま、もぐもぐ食べる姿が……なんて恋しい……)


 ソフィアも席に座り、ケーキには手をつけず、テリーの食べる姿を見つめる。


「リトルルビィやメニーなら好きそうかな?」

「そうね。そこら辺。もぐもぐ」

「これならキッド殿下にも出せそうかな?」

「ああ、そうね。あいつも喜びそう。もぐもぐ。甘いもの好きだし、苺ケーキみたいって言って食べるかも。もぐもぐ」

「くすす。好感度アップも狙える」

「そうね。喜ぶんじゃない? もぐもぐ」


 食べてるテリーの横からソフィアもナイフで一口分を切り、フォークで刺し、口の中に入れてみる。


「ん……。……なるほど。どうやら、無事に私の味覚は戻ってきているみたいだね」


 よかった。


「とりあえず、これで料理は出来る」

「あんた、料理なんて出来たのね」

「ずっとお金がなかったからね。節約するには自炊が一番さ。その中で、美味しい料理を見つけ出すのがちょっと趣味になってて」


 調味料とか、人から貰ったりして、色々やってみた。


「料理してる時だけは、苦しいのを忘れられたかも」


 ソフィアが微笑む。


「唯一、楽しかったから」

「……」


 テリーが黙ってパンケーキを食べ続ける。


 涙無しでは彼女の苦労話は聞けない。どうしてそんなに不幸が襲い掛かるんだと言うほど、ソフィアは理由もなく苦労している。両親が亡くなる前は、普通に幸せだったはずなのに。


 不幸というものは、突然やってくる。


(……話題を変えよう)


 少しでも、苦い思い出を忘れられるように。


「得意料理は?」


 ソフィアが一瞬、考えた。


「……テリー、肉じゃがって知ってる?」

「……何それ」

「ビーフシチューを作ろうとした外国の人が発明したと言われている、料理の一つ。ふふ。これがまた美味しくてね」

「……ふーん」

「今度作ってあげるよ」

「……ま、付き合ってあげないこともなくってよ」

「いつだって作るよ」


 ソフィアが笑顔のままテリーを見つめる。


「テリーのためなら、毎日でもお弁当でも夜食でも作ってあげる」


 あ、


「私と結婚したら、毎日食べることになるのか。しまった。今のうちにレシピ表を作っておかないと」

「ぶっ!!!!」


 テリーが吹き出し、げほげほと咳をする。その正面では、涼しい顔してパンケーキをつまむソフィア。


「おやおや、大丈夫? プリンセス」

「あ、ん、た、はあああああああ……!」

「あ、ココア淹れようか? 牛乳たっぷり」


 ぎっ! とソフィアを睨む。


「そーやって、ちょーーっと良くしてやれば、調子に乗りやがって! くたばれ! くたばってしまえ! このでかぱい女! 三ミリくらいカップをあたしに寄こしてくたばれ息絶えろ!」

「調子になんか乗ってないよ」


 くすす、と、ソフィアが笑い、頬杖をついて艶やかな視線をテリーに送る。


「ねえ? テリー。私は本気だよ?」

「女同士で結婚するの?」


 テリーが鼻で笑い飛ばした。


「お断りよ。あたしは男が好きなの」

「私だってそうだよ。男性が大好き」

「じゃあ素敵な紳士を見つけることね」

「それは出来ない」

「なんでよ。いっぱいいるんでしょ。あたし知ってるんだから」

「それはね、テリーを見つけてしまったから、他の人がねずみにしか見えないの。君こそ、私と共にいる相棒であり、相方であり、永遠の伴侶だ。間違いない」

「教えてあげるわ。あのね、そんなのただの錯覚よ。あんたもキッドと一緒。自分のものにならないから欲しくてたまらないだけ。ほら、目を覚ましなさいな」


 テリーが手を鳴らした。


「はい、目覚めた。終了」

「そうだね。君の言う通り、ないものねだり。それもあるかもしれない」


 でも、そうじゃないかも。


「私だって色々考えて物を言っているんだよ。23歳にもなって、同性の女の子を好きになるなんて、それも10歳離れた女の子に片想いだなんて、本当どうかしてる」


 ああ、勘違いしないで。


「別に、好きになる対象が同性になる人を、批判するつもりはないんだけど」


 私は今まで男性を恋愛対象で見ていたから、


「同性を好きになることは本当になかったんだ」


 だから、考えて、よく考えて、悩んで、考えて、それが答えだった。


「テリー」


 ソフィアがテリーの手に手を重ねる。


「ん」


 テリーが見上げる。そこにはソフィアの真剣な瞳。今まで見たことの無い真剣な眼差し。ソフィアが伝える。


「君が好き」


 ――っ。





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