小さな彼女と大きな彼女
小さくなっちゃった! のルビィver.
恋人設定です。
反抗期ルビィを知らない方は8章推奨(*'ω'*)
――――――――――――――――――
部屋の掃除が終わってリビングに戻ってくると、テリー(幼児ver)がソファーに座っていた。
「……」
リトルルビィが見下ろす。首掛けがある。『面倒見てやってください。名前はテリーです』というメモが残されていた。
(……は?)
「……おねーちゃん、だぁれ?」
何も知らない純粋なテリーが、こくん、と首を傾げる。
「ここどこー?」
「うーん」
「ままは?」
「あー、ママはー……」
(……こっちが知りてぇ……)
リトルルビィは培ってきた経験から、小さな子の対応方法についてのマニュアルを脳内から取り出した。テリーの前に膝を立て、目線を合わせる。
「ママは出かけたよ。わたし、ベビーシッターを頼まれてるんだ」
「べびーしったー、って、なぁに?」
「お嬢ちゃんのお世話をする人のことだよ」
リトルルビィが小さな手を握る。
「わたしはルビィ」
「あたし、テリーっていうの!」
にこりと笑う。
「よろしくね!」
「……」
その笑顔は、まるで太陽の女神。吸血鬼の自分は日の光は平気だが、この笑顔は眩しすぎる。この尊い太陽の光から逃れるために、リトルルビィは目を逸らした。
「……あー……飯食う?」
「うん! おなかすいた!」
「ん。……ちょっと、待ってろ」
リトルルビィが冷蔵庫を開けた。……やべえ。疑似の血のドリンクしか入ってない。これを飲ますわけにはいかない。じゃあ、そうなると食材箱を開けてみた。……やべえ。何にもねえ。空っぽだ。
「あー、その、……テリー、悪いんだけどさ、食べるものがないから……留守番を……」
「おでかけするの?」
お出かけは大好きなお年頃だから、小さな彼女はワクワクした目で両手を拳にして、リトルルビィを見上げた。
「あたしもいきたい!」
そんな顔をされたら、連れていかないわけにはいかない。リトルルビィが頭を掻いた。
「……しゃーねぇ。準備すっか」
リトルルビィがしゃがんだ。
「おら、乗れ」
「おんぶ!」
磁石同士がくっつきあうようにテリーがリトルルビィの背中にぴったりとくっつき、それを抱えて、リトルルビィはバスケットを持って外に出た。いつもの商店街に行けば馴染んだ顔の人々がリトルルビィに笑みを浮かべた。
「やあ、リトルルビィ」
「ちーっす」
「おやおや、その子はどうしたんだい?」
「ああ、ベビーシッター」
適当に話題を流し、お目当ての食材を詰めていく。
「テリー、茄子以外に苦手なものってある?」
「なすびはね、食べないの。くっそまっずいの! くたばりゃいいのに!」
「うん。他に嫌なもの無い?」
「あ! キャンディだ! かわいいの!」
「あー、はいはい。キャンディね」
一つ買ってテリーに渡す。
「はいよ」
「わーい!」
「ゆっくり舐めろよ」
「うん!」
(……テリーが素直だ……)
いつものテリーを見ている分、リトルルビィが少し新鮮に思っていると、キャンディを舐めてたテリーが目を丸くして、興奮気味に指を差した。
「あ! ちゅんちゅんだ!」
「あ? ちゅんちゅん?」
「ちゅんちゅん、そこ!」
指を差された方を見ると、小鳥が空を飛んでいた。ちゅんちゅん、と鳴き声を上げている。
「ちゅんちゅん! かわいい!」
ふにゃり。
「……。……。……」
リトルルビィがぴょんとジャンプをして、テリーを抱え直した。ああ、背中に乗った太陽が眩しい。溶けてしまいそうだ。
「行くぞ」
「ん!」
その後も買い物を続け、食品を選別し、いつの間にかいっぱいになったバスケットを見下ろして確認する。
(食材はこのくらいかな)
「テリー、帰ろう」
「ん!」
(……ん?)
何やらトラブルの気配がする。
(くそ、こんな時に……)
「テリー、ちっと寄り道するけど、……わたしから離れんなよ」
「ん!」
「……いい子だ」
ふっと笑い、テリーを抱え直し、吸血鬼の足を動かす。音の鳴る方へ行けば、ネコが木から下りれなくなっていた。
「みゃー!」
「大変だ! ネコちゃんが!」
「野良ネコちゃんがなんてことに!」
「ネコちゃんが、高い所から下りれなくなってるぞ!」
「おお! ネコちゃん! 可哀想に!」
「誰か、ネコちゃんを助けられないか!?」
「あんな高い所無理だよ!」
「ああ! なんてこった! ネコちゃんが!!」
非常に高い木に登ってしまったようだ。リトルルビィが見上げる。
(ん。行けるな)
念のため、後ろもチェック。
「テリー、一回下りろ」
「いや!」
ぎゅっ!
「あたしも、にゃんにゃんたすける!」
「……ああ、そう」
リトルルビィがテリーを抱える。
「なら、しっかり掴まってろよ」
「ん!」
「よし」
リトルルビィが深くジャンプし、木の上まで飛んでいく。人々が驚きの声をあげた。リトルルビィが木の枝に乗り、ネコに手を伸ばす。
「おら、来い」
「にゃー!」
「怖くねーって。ほら、小せえのもいるからさ」
「にゃんにゃん、おいで!」
テリーが手を伸ばすと、ネコがととと! と走り、テリーの胸へと飛び込んだ。
「おっと」
「にゃんにゃん!」
テリーがふわりと笑う。
「よかった!」
「……下りるぞー」
リトルルビィが木から下りれば、既に兵士と警察が木の周りを囲んでいた。
「おお! これはこれは! 赤い瞳のキューティーベリーちゃん! 君のような強かな花はいかがかな!?」
「消えろ」
「リトルルビィ! ネコちゃんは無事か!!」
リトルルビィがヘンゼとグレタに野良ネコを差し出した。
「おお!! ネコちゃん!! 無事で良かった!!」
「にゃんにゃん、さよーならー」
「ん?」
グレタがきょとんとした。
「リトルルビィ、その子は?」
「ベビーシッター」
「なるほど!! 仕事中にご苦労であった!!」
「帰る」
「ふっ!」
リトルルビィに花が差し出される。
「赤い花の蕾ちゃん。お兄さんといけないランチに出かけないかい?」
「消えろ」
「兄さん! リトルルビィの邪魔をするな! ランチなら俺と行こう!」
「なんでお前と行かなきゃいけないんだよ! 気持ち悪い! お前と行ったって何も面白くないんだよ!」
「兄さん! 俺は楽しいぞ!」
「俺は嫌なんだよ!」
(ああ、疲れた疲れた)
「テリー、大丈夫か?」
「あたし、おなかすいた!」
「……帰って飯にしよう」
二人が帰路へと向かった。
(*'ω'*)
帰宅し、以前自分が使用していた踏み台を出す。
「テリー、これで手洗いな」
「うん!」
テリーがもたもたと動く。
「ん!」
手を伸ばすが蛇口に手が届かない。リトルルビィが蛇口を捻って水を出せば、テリーがきちんと手を洗った。
「できたぁー!」
きらきらきらきら。
「……」
リトルルビィが黙って笑顔のテリーの頭を撫でた。
(さて……、ソフィアみたいには上手くいかないんだろうけど)
お子様ランチがテリーの前に出された。
「わぁー!」
「どうぞ」
「ごはんたべるときはね! めがみさまに、かんしゃするの!」
「へえ。知ってるなんて偉いじゃん」
「えへへ!」
優しく頭を撫でれば、テリーが純粋無垢に笑ってみせる。
(……)
リトルルビィに、本日何度目かの戦慄が走った。
「いただきまーす!」
テリーが小さなフォークでいただく。
「びみっ!」
「そいつは良かったよ」
(……さて、問題はなんで小さなテリーがこの家に置かれていたか、だ)
思い当たる節は物知り博士か自分の雇い主くらいだ。
「テリー、ここに来る前に、すっげーきれーなお姫様といなかったか?」
「??」
「もしくは、白い服を着た変なおっさんとか」
「……あたし、わかんない!」
「ああ、その様子じゃそうだろうな」
(やべえ。手がかりゼロ)
このままメニーに連絡したら、自分が怒られそうだ。
(どうすっかなー)
うとうと。
(ん?)
うとうと、うと……。
「よっ、と」
倒れかかったテリーを抱き止める。
「こら、テリー。食べながら寝ない」
「……ねむくないもん……」
口元をむにゃむにゃ動かす。
「あたし、おねーちゃんと遊ぶの……」
うと。
「ふぅうう……」
「はいはい。御馳走様だな? こっちおいで」
「ん……」
膝に抱っこすれば、とっても軽い。
「おねーちゃん……」
(……思い出すな)
――テリー! 抱っこしてぇー!
――はいはい。
――きゃーー!
貴女はいつだってわたしを抱きかかえて、優しく頭を撫でてくれた。それが何よりも嬉しかった。
貴女に抱きしめられたら愛されてる気がした。だから愛を確かめるように強く抱きしめ返した。ずっとずっと、くっついていたくて。テリーからの愛が欲しくて。
「……おねーちゃん……」
握られる手。抱きついてくる小さな体。
「あたし、おねーちゃん……すき……」
リトルルビィの手がピタリと止まった。
「あったかいの……」
「……」
リトルルビィか頭を撫で、体をゆっくりと揺らしながらテリーに囁いた。
「わたしも大好きだよ。テリー」
「……ぷぅ……」
「うん。眠いな。寝とけ」
「……」
静かな吐息が聞こえ、背中を優しく叩く。
(おやすみ。テリー)
見下ろせば無垢な顔が見える。
(可愛い寝顔)
リトルルビィがふっと笑った。
「……」
わたしもこんなだったのか?
(赤ん坊みてえな顔してたんだろうな)
「……いい夢を。テリー」
柔らかな額にキスをする。
(うわ、柔らか)
リトルルビィが目を閉じる。
(いいか。テリー。あんたはな、すげー綺麗で魅力的な女になるんだよ)
わたしの運命の人だと思ってしまうくらいにな。
(テリー……)
……。
(ん? なんかテリーが急に重くなって……)
リトルルビィが瞼を上げると、急成長を遂げたテリーがきょとんと、リトルルビィを見下ろしていた。
「……」
「……」
二人の間に、神様が通った。
「……」
「……」
リトルルビィがそっとテリーから手を離した。
「……リトル……ルビィ……?」
リトルルビィの手がわなわなと震え上がり――白目を剥いた。
(うわあああああああ!! キスしちまったーーーーー!!!)
(つーか! テリーがこんなに近くに!)
(なんで突然急成長を!?)
(はっ! 膝の上にテリーが!)
(嫌だ。会いたくない。そうだ! 部屋に行こう!)
(いや、今動いたら確実にテリーが床に落ちる)
(いやいや、知るかよ! わたしを選んでくれなかったテリーなんか知るか!!)
「……リトルルビィ!」
テリーが更にリトルルビィを抱きしめた瞬間、リトルルビィが石となった。
「っ」
「あれ、あたし、なんでここにいるのかしら。まあ、後でいいか。ふう。……それよりルビィ! 会いたかったわ! この反抗期!」
(テリーの匂い、久しぶりのテリー、テリーが膝にいてテリーのテリーがテリーでテリーの……)
あれ、急に腹が空いてきた。甘い血の匂いに誘われて口が開きかけて……リトルルビィが踏ん張った。
(あかんあかんあかんあかん!!)
「あんた、なんで最近引きこもってるわけ? 仕事もろくにしてないって……」
(ああ、飲みたい。最高のご馳走が目の前に……!)
「聞いてるの!? リトルルビィ!」
テリーの目と目が合う。その瞬間、リトルルビィが思った。
(あ、テリーだ)
睡眠欲、食欲、性欲。
(あ)
人は欲に侵されるものだ。
「リトル……」
無理矢理ドレスを破いた。
「っ!」
二人で椅子から落ち、地面にテリーを閉じ込める。
「あだっ! ……ちょっと、何するのよ! ぐっ、腰が……」
リトルルビィが口を開いた。
「ルビ……」
噛みついた。
「っ」
(甘い)
この味が忘れられない。
(テリーの血)
極上の味。甘さ。
(堪らない)
テリー。愛してる。まだ忘れられない。貴女がわたしを選んでくれなくても、わたしの胸にはずっと貴女が染み付いてる。なら、もうどうにでもなれ。
誰のものにもならなかった貴女を見ていると、胸が引き裂かれそうになる。なんでわたしを選んでくれなかったの。誰も選ばなかったのなら、わたしでもよかったじゃないか。わたしが一番テリーを愛してる。なら、誰も選ばないなら、せめて、わたしを選ぶべきだったんだ。そうだった。そうだったのに。
テリーは、誰も選ばなかった。
(テリー)
喉が潤っていく。
(テリー)
欲しい。
(テリー)
このまま、わたしだけのものにしてしまおうか。
「……ルビィ」
背中を優しく叩かれる。
「そこまでよ」
抱きしめられる。
「それ以上は……」
テリーはまだ生きている。
「……ルビィ……」
(……くそ……)
リトルルビィが口を離し、唾液をつけた。
(……くそ)
傷が癒えていく。
(……殺せない……)
この腕に抱きしめられたら、
(無理だ)
リトルルビィが腕の力を強めた。
(テリーの匂いがする)
包まれる。
(……わたしには無理だ)
こんなに愛してるのに殺せるわけがない。
「……ああ、ふらふらする……」
テリーが青い顔でうめいた。
「ねえ、冷静に話したいんだけど、……あたしなんでここにいるの?」
「……知らない」
「そうよね。あんたは知らないわよね。……はあ。……だる」
「……」
リトルルビィが起き上がり、すくっと、テリーをお姫様のように抱える。
「おっふ」
テリーをベッドに運んだ。
「おふっ!」
リトルルビィがテリーを抱きしめて横になった。彼女は睡眠欲に犯されているようだ。
「……ルビィ?」
「うるさい」
リトルルビィが目を閉じて、テリーを離さない。
「わたし、すっげー眠いの」
「……」
「起きて居なかったら抱きしめ殺す」
「……何それ。脅迫?」
「脅迫なんかテリーに効かないだろ」
だからせめて、こうやってぎゅってして、離さない。
「……リトルルビィ」
結局、甘えん坊は変わらない。
「いいわ。ちょっとだけよ。で、起きたら少し話をしましょう」
(……テリーが起きる前に屋敷に送ればいいか)
話なんてしても無駄だ。心の痛みは治らない。
(……そうしよう)
優しい手が頭に下りた。
(ん?)
「……お休み」
テリーの手が優しく頭を撫でてくる。
(……あ、これだ)
リトルルビィの胸が落ち着いてくる。
(これだ)
テリーの匂いと、温もりと、優しさと、愛。
(愛してる。テリー……)
リトルルビィが眠り、そんな彼女を見ていると、起きるまで待とうと思っていたテリーも眠くなって、結局そのまま寝てしまった。
向かい合って眠る二人に、穏やかな時間が訪れる。
小さな彼女と大きな彼女 END
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