使者、いざない
とりあえず、久しぶりの日常回です
「お買い物だー!」
「こらサラちゃん、あんまり行き過ぎるな」
今、俺たちはアヴェントの街の商店街に来ている。
怪我も数日かけて回復に向かっていき、完治とまではいかないが退院はできた。とはいえまだまだクエストに行けるような状態ではないために、休息がてら街で色々と買い物をすることにしたのだ。
フロワが加わったことで狩りの効率も上がり、病院の料金もかからずに済んだ(ラディスが工面してくれたらしい)ために、貯金はそこそこある。贅沢とまではいかないが、それなりのものは買ってやれるはずだ。
「サラさん、楽しそうにしていますね……」
「……まあ、女の子だしな。ショッピングは好きなんだろうが」
「……普通、女子というのは、買い物が好きな物なんですね」
俺の隣を歩くフロワが、寂しそうにつぶやいた。
俺とサラちゃんはそれぞれの武器を携行しているが、流石にあの盾はかさばるのだろう。今日のフロワは手ぶらである。
「……私には、買い物というもので興奮する気持ちが、どうにもわかりません。せいぜい食品や日用品の調達に過ぎないというのに……」
「お前……もっとあんだろ、新しい洋服とか、そういうのを買うのが楽しいんじゃねぇのか」
「私の洋服はこれで十分です」
フロワは自分の着ているロングスカートのメイド服を指しながら言った。
そういえば、こいつがこれ以外の洋服を着ている姿を見たことがない。なるほど、買い物の認識がそうなってしまうのも納得だ。
「これは私の仕事着でもあり、私の立場をよく表したものなのです。洋服にそれ以上の機能は必要ありません」
「あー……わかった、わかった。わかったからとりあえずサラちゃんのところ行ってやれ。俺ぁ邪魔にならないようついてくから」
メイド服について語りだしたフロワを止め、数歩先を行くサラちゃんを示す。
低身長のサラちゃんとフロワは人混みの中に埋もれてしまいそうだが、幸い今日はそこまで人は多くない。見失う事はないだろう。
「しかし……」
「しかし?」
「襲撃の事を考えると、数歩の距離でもばらけずに三人固まっていた方が良いのではないでしょうか?」
「……ああ」
確かに、フロワが心配するのも無理はない。
いつもより人が少ないとはいえ、人混みは人混みだ。中に刺客が紛れるのは容易である。
それを考えてみれば、三人固まって行動するべきと言えるだろう。
だが……
「制裁直後に襲ってくるほど連中もバカじゃねぇよ」
ステレオンへの制裁が行われたのは昨日だ。内容は3年間の活動停止。
メンバーは大半が離れていったらしいが……それはまあ別の話だ。
とにかく、そんな状況でいきなり動くのは愚策。動いてくるならほとぼりが冷めてからになるだろう。
……仮に襲ってくるとしても連中の目的は俺だ。サラちゃんとフロワが固まって、俺が少し離れていれば……少しは二人が安全になるだろう。
この考えについては口に出す気はないが。
「フロワちゃん!ほらほら、あっちのお店行こう!」
「ほれ、呼んでるぞ。行ってこい!」
「い、イブリス様……!わわっ」
フロワの背中を押し、サラちゃんのところへ強引に導いてやる。
サラちゃんはよろめくフロワの手をとり、目的の店へ一目散に向かっていく。
最近、あの子には苦労をかけっぱなしだからな……たまにはいい思いをさせてやらないと。
* * *
先ほどの話を知ってか知らずか、サラちゃんが向かったのは洋服屋だった。たじろぐフロワをよそに、あちらこちらと店内を動き回る。
俺は二人から少し離れた場所でそれを見守っていた。
「あ、フロワちゃん! これとかどう思う?」
「わ、私はそういうものには疎いので……」
「それか、これはどうかな? 清楚な感じがフロワちゃんに似合うと思うんだけど!」
「私、ですか……?」
ああ……これはサラちゃんの悪い癖が出てるな。俺に弟子入りを志願してきたときのような、猪突猛進モードだ。今回のターゲットはフロワとフロワに着せるための服らしい。やはりさっきの会話を聞いていたんじゃないだろうか。
「わ、私は大丈夫です。それよりサラさん、自分の……」
「ダメダメ! 折角の女の子なんだからおしゃれしなきゃ!」
サラちゃんはそう言って手に取った洋服をフロワの前に持っていき、どれだけ似合うかを確かめている。
完全に着せ替え人形扱いだ。まあ、フロワも戸惑いはしているが嫌がってはいないようなので良しとするが……
「んー、これも中々。フロワちゃん、試着してみよ!」
「え? い、いえ、あの……」
サラちゃんは気に入ったと思われる服を何着か持って、フロワを試着室の方へ連れていく。
手を引かれながらこちらを見つめてくるフロワの瞳には、心なしか助けを求める光が浮かんでいた。
「……はぁ、おいサラちゃん」
「はい?」
サラちゃんが振り返り、フロワが助かったという表情を浮かべる。
……フロワ、すまん。
「予算の都合上、一着ずつしか買ってやれんからな」
「了解です!」
「イブリス様ぁ……」
こうなったサラちゃんは俺には手に負えんのだ。
「うう……」
それから数十分。フロワはあらゆる服を徹底的に着せられた。
白が基調のワンピースをはじめとした清楚なものを中心に、あえて露出度が高いものに挑戦して(させられて)みたり、サラちゃんと同じようなローブを着せられたり。
フロワの見掛けの表情はあまり変わりないが、それでも心がズタボロになっていくのは目に見えて分かった。
しかしまあ、普段からメイド服姿しか見ていないわけだし、色々な服装のフロワが見られたのは収穫だったかもしれない。フロワには悪いが。
……念のために言っておくが、俺には決してそういう趣味はない。
「さーて次は……」
「も、もう勘弁してください……」
また服の選定を始めるサラちゃんに対して、フロワが悲痛な声を漏らす。やはり疲れてきているようだ。
「……サラちゃん、その辺にしといてやれ」
流石にこれ以上は可哀そうなので、いい加減フォローを入れてやる。
今ならある程度満足しただろうから、サラちゃんを止めるのも難しくないだろう。
「うーん、どうにもしっくり来るのが無くて」
「しっくりって、おいおい……」
「……あっ、そうだ!」
どうやら何か思いついたらしい。俺の話の途中なんだが……
「フロワちゃん、何か着てみたいものはない?」
「えっ? 私……ですか?」
なるほど、自分が選んでしっくりこないなら、本人に選ばせようという魂胆らしい。
「そう! 着てみたい服とか、デザインが気に入った服とか……」
「……気に入った服」
フロワは店を見渡し、並んでいる服をまじまじと見る。
メイド服一着で十分と言ってしまうほどファッションに無頓着な子だ。いったいどんな服を選ぶのやら。
「なら私は、あれを」
しばらくして指差した服は、サラちゃんが着せていなかったもの。
フリルがふんだんにあしらわれた、ゴシックロリータのドレスであった。
メイド服というものではない。ないが、正直、あれは……
「……フロワ」
「はい」
「お前がメイド服着てんの……半分は趣味だろ」
否定の言葉は、無かった。
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