夢見る白
「えへへ、ありがとうございます。イブリスさん!」
「感謝します」
「へいへい、どういたしまして」
フロワは結局、自分で希望したドレスを買った。やはりというかなんというか、こいつは所謂ゴスロリが好みのようだ。
サラちゃんに買ったのは新しいローブ。毎日のクエストが生業となる冒険者だ、いままで使っていた一着だけでは厳しいだろう。そういう意味ではいい買い物をできたのではないだろうか。
何にせよ、二人ともご満悦のようだし良しとしよう。
「さーて、次はーっと」
今はあてもなく商店街を歩いている。
俺は別に目的もないし、フロワも何を買いたいかと言われても答えられないだろう。どの店に行くか、何の店に行くかはサラちゃんの気分次第といったところだ。
「思えば今までゆっくりお買い物する機会もなかったですねー」
「ん? ああ、確かにそうだな」
言われてみれば、こうして商店街を見て回るのなんていつぶりだろうか。少なくとも今の俺の記憶にはそんな思い出は無い。当然、サラちゃんと出会ってからは買い物なんかしていない。
というのもサラちゃんと出会ったばかりのころは金に余裕などなかったからである。
こうして買い物ができるほどの余裕ができたのも、ひとえにパーティーを組んだ恩恵と言えるだろう。特にフロワに関しては宿代などの負担もないのだから。
「あ……」
と、そこでサラちゃんが足を止めた。気になる店を見つけたらしい。
いや、店ではなく商品だろうか。書店の前に並べられた本のうちの一つが興味を引いているようだ。
「この本……懐かしいな」
「それは……御伽噺、ですか?」
「『白黒物語』……知らねぇな」
「ええ!? このお話を知らないんですか!? 有名なのに!」
「そ、そんな大げさに驚くか……?」
有名なのだとしたら、もしかしたらどこかの時系列の俺が知っていたかもしれないが、少なくとも思い出せる範囲で読んだ記憶はない。
と、いうか、俺はそもそも御伽噺など読むような歳ではない。
「『昔々、まだ世界に色が無かったころ……』って出だし、知りませんか?」
「……知らねぇな。どういう話なんだそれ?」
「ざっくり言うとですね……仲良し三人組が世界を滅ぼそうとする邪神を倒すっていうお話です」
なるほど、いかにも御伽噺なあらすじだ。
世界を滅ぼす邪神に、それに立ち向かう勇者たち。悪く言えば子供だまし、よく言えば王道と言ったところだろうか。
「結構面白いんですよ? リーダーのヴァイスはいつも他の二人を気に掛けるしっかり者ですごく強いし、紅一点のアルプスは色んな魔法を使ってどんどん敵を倒しちゃうし、一番年下のコハクは弱虫な一面もあるけどたまにカッコイイところも……」
「わかった、わかった! 落ち着けサラちゃん!」
サラちゃんは自分が好きなものの話になると暴走しがちだ。早めに止めなければ。
こういうのをオタク気質……とかいうのだろうか? サラちゃんは冒険者よりも好きなものに関する学者か何かになった方が良かったのではないだろうか。
……いや、好きなものが冒険者なのか。
「懐かしい……と言ってましたね。思い出のあるお話なのですか?」
フロワが質問する。確かにそれは気になるところだ。
そもそもあらすじを聞いたのもサラちゃんがこの本を見て立ち止まったからなのだから。
「……これ、私が冒険者を目指すきっかけになったお話なんだ」
サラちゃんはそのまま話を続ける。
「私が生まれた村、どちらかというと小さい村だったから……昔から、絵本を読んで広い世界を想像するのが好きだったんだ。
森の中の村だったんだけどね。この森の向こうにはどんな人が住んでて、どんな街があって、どんな大地が広がっているんだろう……って、そんな妄想をずっとしてた。
それで、色々な絵本の中でも特にこの白黒物語が一番好きでね。世界の色々な場所を冒険するのに、ずっと憧れてたんだ。
……そんな時に、冒険者って職業を知ったの」
人々の喧騒の中に、サラちゃんの声が生まれて消える。
俺たち二人は、いつの間にかサラちゃんの昔話にすっかり聞き入っていた。
山積みになった本を見つめながら、サラちゃんは続ける。
「この物語みたいに、世界を回って、敵を倒して……そうやって生きている人たちが居るんだって。なんだか御伽噺が現実になったみたいで、とっても感動したのを覚えてる。
それから、すっかり冒険者に憧れるようになっちゃって。どうやったらなれるのか、必死に調べたの。そしたらここ、アヴェントのことがわかって。
それで……私はこの街に来て……」
俺と出会った。
正直、俺はあまりサラちゃんの憧れるような冒険者とは言えない。
世界を回るなんてできず、活動しているのはこの街から行ける範囲だけだし、敵を倒す以前に自分の生計すら危うい。
……それでも着いてきているサラちゃんには、ある意味脱帽しているところだ。
「……でも、よく一人で来られたな……たしかまだ14だろう?」
「勿論、両親には反対されました。危険な職業ですし……でも、やるって決めたからにはやるのが私ですから」
ああ、それは嫌というほどわかっているつもりだ。
わかっていなきゃ今ここで一緒になんて居ないだろう。
「なるほど……この物語は、今のサラさんを作った……サラさんの一部のようなものなのですね」
「えへへ……そうかもしれないね」
サラちゃんはそのまま昔を懐かしんで本を見つめる。
少しの間そうした後、今度は目を閉じた。自分が育った村や、両親を思い出しているのだろうか?
その姿はいつもの元気なサラちゃんとは違って……どこか、神秘的な雰囲気が感じられた。
「……買ってやるよ」
「え?」
「その本、買ってやる」
今更絵本の1冊くらいの出費、痛くも痒くもない。
俺自身、なぜかその内容に興味が出てきたこともある。だが、今のサラちゃんを見ていると……不思議と、買ってやりたくなったのだ。
「で、でも」
「遠慮すんな。折角の思い出の物語だ……お守りくらいにはなるだろ」
俺はサラちゃんの手からその絵本を取り上げ、カウンターへ持っていく。
そのままさっさと会計を済ませると、呆気にとられるサラちゃんの前に絵本を差し出した。
「ほれ」
サラちゃんは呆気にとられて目の前の絵本と俺を交互に見た。その手は本を受け取るべきか迷っているように宙をさまよっている。
ええい、もどかしい。
「いいから受け取れ」
「え、あっ……」
俺はサラちゃんの手を取って、無理やり本を握らせてやった。
サラちゃんはまた、絵本と俺を交互に見る。それをしばらく繰り返したのち、小さな声で言葉を紡ぎ始めた。
「……さん……」
「あ? なんだって?」
「……イブリスさんっ! ありがとうございます!」
「のわっ!」
今までの沈黙を爆発させたような、喜々とした口調での礼と共に、サラちゃんの抱き着きが俺を襲った。
いや、飛びつきといった方が正しいか。思い切りジャンプしながら抱き着いてきたサラちゃんは、俺の身体を抱きしめながら足が少し浮いている。
年頃の女の子にこういうことを言うのもなんだが、重い。ほぼ人ひとり分の体重がかかっているのだから当然と言えば当然だが。
「ちょ、離れてくれサラちゃん! 街中でこれは色々とマズい!」
主に俺の社会的な立場が危うい。先ほどから痛い視線をビシバシ感じているところである。
「あ、す、すみません! 嬉しくって、つい……しょっと」
正気に戻ったサラちゃんは俺から離れ、可愛らしい声をあげながら地面に降り立つ。
「はぁ……まさかそこまで喜ぶたぁ思いもしなかったよ」
「それだけ思い出の詰まった物語なのでしょう」
俺の言葉に返答したのはサラちゃんではなくフロワだった。
「あの物語はいわば、ここにサラさんが居る最大の理由です。だからこそ……あんなにも喜べるのではないでしょうか」
「……意外だな、お前がそこまで言うのは」
「私も似たようなものですから」
……おそらくフロワはラディスの事を言っているのだろう。
フロワが今この場にいるのはラディスの存在があってこそだ。ラディスが居なければ今のフロワは存在しない。
フロワにとってのラディスのような存在が、サラちゃんにとってはあの絵本だということなのだろう。
「羨ましいね、そうやって自分の原点がはっきりしてるってのは」
「イブリス様はそういったものはないのですか?」
「……さあね」
そんなもの、過去の記憶と共に消え去ってしまった。
……なんて言う訳にもいかない。こいつはラディスの側近だが、俺の記憶障害の件は知らないはずだ。知っていたらこんな質問は出てこないだろう。
しかしここに居る理由……という意味ではその無くした記憶が当てはまるのかもしれない。
記憶を取り戻すこと。自分が何者なのかを知ること。それが冒険者を続ける理由なのだ。
「人の過去に首突っ込むとあまり良いことはないぞ」
「……覚えておきましょう」
そっけない返答。
警告に聞こえるが、実のところは警告を装った言い逃れに過ぎない。
「ほら、行くぞ二人とも。買うもんも買ったんだからずっとここに居るわけにもいかないだろう」
「はーい!」
サラちゃんが元気に返事をする。
少ししんみりしてしまったが、折角の休息だ。今日くらいは難しいことを考えずに明るく楽しく街を回ることにしたい。
「すみません、その前にお二人に伝えておきたいことが」
「ん?」
「どうしたのフロワちゃん?」
楽しく回ることにしたい……のだが。
「……尾けられています」
それはどうにも無理な話のようだ。
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