聖域-Saint Region-
薄れていく意識の中に、叫び声をあげて倒れるイブリスさんが見えた。
盾を持てず、殺されかけているフロワちゃんが見えた。
そして、何もできない、私が見えた。
私は無力だ。魔法はまだまだ未熟だし、戦闘にもなれていない。故に、こうした戦闘の時にどう動けばいいのかまだわからない。
イブリスさんと共に行動することを甘く見ていた。まさか、こんなことになるなんて夢にも思っていなかった。
……でも。
「……サラ、さん?」
私には、できる。
この状況を打開する策を、私は持っている。
私だけが、持っている。
私はもはやほとんどない体力を無理矢理出し切り、フロワちゃんの近くまで移動する。
意外にもペンドラゴンの妨害はなかった。きっと私が動いた事なんか取るに足らないものだって思っているんだろうな。
それもそうだ、私は見習いプリースト。攻撃なんかできっこない。
……普通なら。
「っ……」
どうにかフロワちゃんの近くまで移動できたけど、流石に無理をし過ぎたか、そのまま倒れ込んでしまった。これ以上動けそうにない。
炎の熱のせいで喉がカラカラだ。全身汗だく。きっとこんな時のことを脱水症状と呼ぶのだろう。
「サラさん!」
倒れた私にフロワちゃんが近寄ってくる。
私を心配してくれていることがよくわかる表情。最初に出会ったときは無感情な子だと思ったけれど、こうしてみるとこの子も私と同じただの女の子なんだ。
「……フロワちゃん、ごめん」
だから、私は謝罪の言葉をかけた。
そんな、ただ一人の女の子を。そんな、私の友達を。
「耐えて」
私は、傷つけるのだ。
「"Saint Region"」
私は静かに、使ってはいけない、使えてはならないその魔法の名を口にした。
「なにいっ!?」
途端に白い魔法陣が周辺を支配する。その中心に居るのは、私。
よかった、発動してくれた。
この魔法、"Saint Region"は本来、この領域内の敵を弱らせ、味方を回復、強化する魔法。でも私のこれは少し違う。私自身がこの魔法陣を制御できていないから。
「これ……は……!?」
「おいおいおいおいおいおい嘘だろおい!なんで見習いがこんな高度な魔法使えんだ!?」
ペンドラゴンが驚愕している。それもそうだ、本来これは相当な訓練を積まなければ発動できない魔法だというのだから。
でも、さっき言ったように私のこれは制御できていない、暴走状態。領域内に居る人物全てから力を根こそぎ奪い取る。敵であるペンドラゴンは当然ながら、味方であるフロワちゃんも。そして倒れているイブリスさんからもだ。
今、フロワちゃんたちはどんどん衰弱していっている。彼女たちの魔力が私の中に流れ込んでくる感覚が、よくわかる。
その中にはイブリスさんの魔力も混じっていた。よかった、まだ死んでない。
「てめ……今すぐにこれを止め……っ!?」
「サラ……さ……」
ペンドラゴンが動いた瞬間、魔法陣の吸収量が増えた。私が無意識のうちにやったことなのか、暴走の結果なのかはわからない。
次いで、具現化されていた戦車が消えさった。魔力を吸われたためだろう。フロワちゃんは吸収量の増加に耐えきれず気絶してしまったようだ。
「くっそがあ!例外だらけじゃねえかちくしょう!」
ペンドラゴンも流石にこれ以上は危険と判断したらしい。私に背を向け、領域から逃げ出そうとする。
「ま……て」
しかし逃走しようとするペンドラゴンの腕を何者かが掴んだ。イブリスさんだ。気絶したものとばかり思っていたが、意識は保っていたのだろうか。
あれだけボロボロになって、今は魔力を吸われている状態なのに意識を保てているなんて、流石、としか言いようがない。
「っの!離せ老いぼれがあっ!」
「ぐっ……!」
ペンドラゴンはそんなイブリスさんを思い切り蹴り飛ばした。
流石に体力までは残っていなかったらしい。イブリスさんの手は離れてしまい、ペンドラゴンは領域の外、そしてそのままずっと真っ直ぐに走って逃げてしまった。
「……はぅ!」
ペンドラゴンの逃走を確認した私は、"Saint Region"を解いた。これ以上の継続はイブリスさんとフロワちゃんに悪影響を及ぼすだけだ。
魔法を解いたと同時に、私の身体は自然と地面に倒れていた。ちょうど、フロワちゃんと向き合って寝転ぶ形になる。
あれは今の私に見合った力ではない。魔力を吸収できても、身体がついていかないのである。
魔力は増えても、体力は及ばず。脱水症状もあり、私の身体は限界を迎えていた。
敵は撃退できたけれど、もう誰も動けない。私たちみんな、この場で死んでしまうのだろうか。そんなネガティブな考えが浮かんで、消えて、浮かんで、消えて……
もうそろそろ、意識を手放そうかと、そんな時にその声は聞こえた。
「……さん!」
誰かを呼ぶ声。私を呼ぶ声。
「……ラさん!」
とても、とても、聞き覚えのある声。
「サラさん!」
掠れた視界に、いつの間にかセレナさんが現れていた。
ああ、良かった。助けに来てくれたんだ。思考がぼんやりとしていたけれど、それだけはよくわかった。
耳を澄ませてみると辺りが騒がしい。きっと最初に逃げていった御者さんが救助を呼んでくれたんだろう。
辺りを囲んでいた炎の壁もいつの間にか消えている。救助隊の人たちが消火してくれたのだろうか。
「大丈夫ですか!?返事をしてください!」
鬼気迫った様子で声を掛けてくるセレナさんに、小さく手を動かして反応する。もはや声を出す気力などない。
「……!よかった……!」
でも、セレナさんには伝わったらしい。焦燥感に駆られていた顔は、嬉しそうで、安らかな表情に変わった。
「こっちの女の子……ひどい脱水症状だ、誰か水を!隣の子は魔力が枯渇してる!薬も持ってきてくれ!」
「おい!こっちの男性も意識があるぞ!」
「ん?なんだこれ……ボタンを握ってる?」
「よし!死人はいないな!?」
次第にあたりの様子が聞こえてきた。皆、無事なようだ。
救助が来てくれた。もう大丈夫。そんな安心感からか、さっきとはまた違う、安らかな眠りが私を襲う。
「……大変だったでしょう。ゆっくり、休んでくださいね」
セレナさんの言葉を最後に、私は意識を手放した。
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