戦火が残したもの

「ステレオンギルドに制裁を加えます」


丸形の会議用テーブルを囲う数人のうち、糸目の男がそう切り出した。剣聖、ラディス・フェイカーである。


ここは"機関"のトップたちが集まる会議場だ。


"機関"の上層に居るのはなにもラディスだけではない。運営、情報収集、戦闘など、もろもろの分類ごとに纏め役がいる。


ラディスはこのうち、戦闘部門におけるトップである。大層な名前ではあるものの、実際のところアヴェントの街が襲撃されるような事態でなければあまり仕事はない。緊急時に出動する軍隊のリーダーのようなものだ。


トップだというのにそこそこ自由に行動していたのも、他の部門に比べて仕事が少ないからこそである。


閑話休題。


そんなトップたちの集まるこの場。今回の議題はステレオンに対する制裁のことのようだ。


「……制裁、とはまた突飛な話だね? 」


一人の男が、ラディスに返答する。


ラディスはトップだが、相手もトップ。この場ではみな対等であり、全員が反論の権利を有するのだ。


「そうでもないでしょう。最近の怪しい動き、皆見て見ぬふりを続けていたはずだ」


ラディスの返しに、男は押し黙る。


それだけではなく、その場にいたほとんどが目を逸らした。図星のようだ。


ステレオンはこの街の主要なギルドの一つ。それに制裁を加えれば、その影響力も大きい。


所属している冒険者の数も考えると、一体何人の冒険者が路頭に迷うことになるのか……あまり、考えたくはない数字である。


「制裁を加えるにあたって、ちゃんとした理由も用意してあります。聞きますか? まあ、いいえと言われてもお話しますが」


だが、ラディスは慈悲をかけるつもりはないらしい。


「つい先日、かの有名な黒の魔術師……イブリス・コントラクターが他冒険者から襲撃を受けました。ご存知ですね?」


その場にいる全員が小さく頷いた。


ペンドラゴンによるイブリスたちへの襲撃は、アヴェントの街の中でニュースとなっている。


イブリスは仮にも要注意人物である。そんな男が襲撃されたと言うのだから、噂にならない方がおかしいというものだろう。


当然ながら、"機関"の中でもその話は知れ渡っていた。


しかしながら、救助隊が到着したころにはペンドラゴンは逃走済み。犯人は不明……と、いうことになっている。


あくまでも、表面上は。


「ああ、わかったわかった。君はあれだろう? あの男が言う、『ステレオンの人間が犯人だ』という言葉を信じるというのだろう」


「流石、話が早くて助かりますね」


先ほどとは違う男がラディスに語り掛けた。ラディスもそれは否定しない。


ここまで大きな襲撃となると、流石に当事者に話を聞かないわけにはいかない。イブリスは当然ながらそこで自分を襲撃した犯人について話しているのだ。


『犯人は、ステレオンギルドに所属するペンドラゴンという男である』と。


「しかしだね、証拠がない。なにより相手はあの黒の魔術師だ。そうやすやすと信じられるものかね? 彼自身ステレオンには疎まれているというし、邪魔なギルドを潰すための自作自演という事も考えられないかね?」


若干早口に言葉を紡ぐ男に対して、ラディスは聞こえないようにため息をつく。ここまで信用されていないとは、不憫もここまでくると逆に清々しくなりそうだ。


最もそれは全くの他人事だった場合。イブリスと浅くない関わりを持っているラディスとしてはあまり気持ちのいいものではない。


……まあいい。ラディスにはこれを確実に説き伏せられる切り札がある。


「今回はですね、あるんですよ」


「何がかね」


「証拠が」


その一言で、会議場が凍り付いた。


驚きか、戦慄か。どちらであれラディスにはどうでもよいことだ。


ラディスは懐からそっと、透明な袋を取り出した。中身は小さなボタンか何かのようだ。


これこそが、ラディスの切り札。一行を襲った犯人を決定づける、確たる証拠である。


「これは救助隊が駆けつけた時、イブリスが握りしめていたもの。逃走する犯人の袖からもぎ取ったものだそうです……よく見てください」


ラディスは袋を見やすいように掲げ、中のボタンを指差した。


ボタンの色は黒、それに、金色で何かの紋章が描かれている。


「この紋章、見覚えがありませんか?」


その場にいる全員に見せつけるように袋を動かす。皆もその紋章を注視し、記憶の中のものと照らし合わせる。


「……ステレオンギルドの、エンブレム」


やがて、誰かがそう呟いた。


ラディスはそれに頷くと、話を再開する。


「その通り。このボタンに描かれている紋章、ステレオンのものなんです」


ステレオンギルドのエンブレムが描かれたボタン。そんなボタンがついた衣装を着ている冒険者など、ステレオンの人間以外にあり得ない。


それを犯人から奪い取ったと言うのだから、ステレオンの冒険者が犯人だと言うのは必然だ。


「当然、もう解析も済んでいます。間違いなくステレオンに所属するペンドラゴンという男のものでしたよ……イブリスの証言通りです」


もはや反論はない。これは小さなボタンだが、同時に大きな証拠だ。


「……もう一度言いますよ。ステレオンギルドに制裁を加えます……異論はありませんね?」


その場にいる全員が頷いた。


こんな証拠を出されては、大きなギルドだからと戸惑う事も許されない。解析まで済まされていてはもう隙も無い。最も、ラディスもその隙を作らないためにしっかりと解析した物を用意したのだが。


「今日の用事はこれだけです。制裁の細かい内容はまた明日にでも話し合いましょう。ギルドだけでなく、ペンドラゴン個人に対する制裁も必要になるでしょうから、ね」


それだけ残してさっさと起立する。他の皆も各々自由なタイミングで席を立ち、終礼を待つ。


「……では、本日は解散」


……全員が部屋を出た後、ラディスは勝利の笑みを浮かべていた。

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