【戦車-ALBION】 その3

「とにかくさっさと終わらせるぞ!これ以上はサラちゃんが危ない!」


「同意です、速攻でいきましょう」


敵が主砲を撃つ音が響いた。


その瞬間、フロワが盾を構えたまま前進を始める。


「な、おい、フロワ!?」


「フロワ……ちゃん?」


イブリスはサラを支えながらフロワを追いかける。


「はあっ……!」


前進していたフロワは当然主砲と激突した。


サラを抱えているため、イブリスは追いつけない。フロワ一人ではあの主砲に耐えきれなかったというのに、何を考えているのだ。まさか自分も勢いをつければ防げるとでも思っているのだろうか?


「フロワ!」


「いけます……!」


やはり、フロワは耐えきれなかった。


主砲の勢いに押し負け、吹き飛んでしまう……が、その様子は先ほどとは目に見えて違っていた。


「な、おい!嘘だろ!?」


フロワは進んでいた方向、前方に大きく吹き飛んだのだ。その先にはペンドラゴンがいる。


主砲を防いだ時、フロワは盾を斜めに持つことでその衝撃を下方向へ受け流した。


その勢いを利用することで、前方へ大きく、高く、跳躍したのだ。


高さが高いほど、フロワの盾による攻撃はその威力を増す。敵の攻撃を、自分の攻撃へ転じたのである。


「どんな身体能力してんだてめぇ……!」


ペンドラゴンはすぐにその場を離れた。相手は空中だ、落下点から逃げてしまえば攻撃は失敗する。


「逃がしませんよ……」


それはフロワも承知の上だった。


空中から勢いに乗せて盾を投げ、ペンドラゴンを押しつぶす。


「ふざけっ……!」


言葉を全て紡ぐ前に、ペンドラゴンの姿は盾と砂埃に隠れた。


「はぁ……はぁ……どう、ですか……」


フロワが着地し、息を乱しながら盾を投げた方向を睨む。


まだまだ冷静さを保ってはいるが、流石に炎の壁に囲まれたこの状況では体力の減りがいつもより何倍も早い。


「フロワっ!後ろ!」


そのせいか、はたまたペンドラゴンの動きに注目しすぎたせいか。


フロワは、自分に機関銃が向けられていることに気づけなかった。


「だーめじゃない、防御役が攻撃なんかに転じたら」


いつの間にか戦車の隣に移動していたペンドラゴンがそう言った瞬間、機関銃の銃声が響き渡る。


盾は投げてしまったために手元にない。取りに行く余裕もない。


ここでリタイヤか……フロワは思わず目を閉じた。


「防御役なら……ここにも、います……!」


しかしその銃弾はフロワに届くことは無かった。光り輝く防壁が、フロワを守ったのだ。


"Saint Defender"。サラの魔法である。


「……ちっ、まだ動けたのか……邪魔しやがって!」


機関銃が今度はサラへ向く。


もう一度防壁を……と、言うわけにもいかないらしい。サラは体力が限界を向かえ、逃げる暇もなくその場に倒れこんでいる。


「サラさんっ!」


フロワはすぐに走り出した。


盾を拾っている暇など無い。せめて、自分を盾に。


「やれっ!アルビオンっ!」


「おっとそこまでだ、動くんじゃないぞ」


……が、その必要もなかったようだ。


「……こういうの、なんつーんだ?チェックメイト?」


イブリスがペンドラゴンの背後に立ち、その頭に銃を突きつけていたのである。


「ひゅ~……頭に血がのぼっちまった……」


ペンドラゴンは軽口を叩きながらも両手を挙げる。


降伏したような様子ではない。あくまで形式上こうしているだけだろう。


「とりあえずこいつの具現化を解いてもらおうか」


銃を強めに突きつけつつ、きつい口調で要求する。


こうなったらこちらが有利だ。強気に出てこちらの要求……いや、命令を飲ませる。


「おいおい、人間相手に魔法使えないとか言ってたお人好しがほんとに撃てんのか?……っ!」


そのセリフには、銃声による返答が返された。


ふくらはぎを狙った銃撃。ペンドラゴンは思わず膝をつく。


「ってぇー!なにしやがんだてめぇ!」


「悪いが俺もこの切羽詰まった状況で情けをかけるほど優しくはねぇ。さっさとこの戦車を消せ」


「……ちっ」


ペンドラゴンが小さく舌打ちをすると、戦車が跡形もなく消え去った。これでとりあえず脅威は軽減されただろう。


「フロワ、サラちゃんは?」


「大きな怪我はありませんが、脱水症状が酷いです。できるだけ早くここから非難させないと」


「……だそうだ、この炎の壁も消せ」


フロワが少しだけ水を飲ませているが、この状況では応急処置にしかならない。水分を奪っている原因を取り除かなければ解決にはならないのだ。


「あぁ……こいつは俺じゃ消せねぇ」


「何?」


「あの炎はよぉ……あくまで魔法を使った"結果"だからよ……俺、赤属性だから水とか使えねぇし」


「な……!?」


そう、あくまでペンドラゴンは"物を燃やした"だけである。火球こそ発生したもののペンドラゴンの魔法はそこまでであり、今イブリスたちを囲んでいる炎はペンドラゴンが維持している物ではないのだ。


「……ふざけんな……じゃあ、サラちゃんは」


「隙あり」


「っ!?」


サラが危ない。


その戸惑いが、戦況を崩した。


突如として戦車が再出現し、機銃の掃射を開始する。


戸惑いと油断、そんな状態にあったイブリスに対応できるはずもなかった。


「か……ぁ……!?」


魔力で作られた鉄の塊が自分の肉を削り取っていく感覚。体の至る所に激痛が走る。


「危ねぇ危ねぇ。ひやっとしたぜ全く……」


「イブリス様!」


「おっと」


サラを地面に横たえ、イブリスの援護に回ろうとしたフロワに主砲が向けられる。


「今、盾ねぇだろ?絶好のチャンスじゃねぇか」


「っ!」


ペンドラゴンの言うとおりだ。フロワの盾は先ほど投げてから取りに行けていない。


主砲の防御は不可能。回避するしかない。


それ自体は難しいことではない。盾がない今、フロワは身軽である。しかし。


「今の状況、よく分かってるよな?」


……自分の背後には、動けないサラがいる。


自分が回避すれば、主砲の攻撃を受けるのはサラだろう。防御も回避も軽減もできないサラだ。


「くっ……」


フロワは動けなかった。


自分に、笑顔を向けてくれた人だ。自分の、初めての友人だ。


……見捨てられるはずが、ない。


「うーん、おっけー。自己犠牲たぁ素晴らしい精神だ」


「……」


フロワは答えず、両手を広げてサラを守る体制をとる。


「……じゃ、頑張って耐えてね」


主砲が轟音を響かせた。


恐らく、今までよりも強力な弾。盾なしで受ければどうなることか。


フロワが覚悟を決めた、その時。


「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」


満身創痍のイブリスが、絶叫しつつ間に割り込んだのだ。


「……!イブリス様!?」


「おお~っと?」


イブリスはそのまま主砲を受け止め、地面に倒れ込む。


「イブリス様!大丈夫……です……」


身体中から流れだす血液。そのまま動く様子もなく、フロワの言葉にも返事はない。


「へぇ、感動的だねぇ!少女を守るがためにボロ雑巾みたいな自分を盾にするたぁ、よくやるもんだ」


炎のぱちぱちと燃える音の中に、ペンドラゴンのゆっくりとした拍手が混ざり込む。


その表情には倒れたイブリスとそれに駆け寄るフロワを見下した様子がよく表れている。


サラに至ってはもはや眼中にない様だ。見習いなどとるに足らないという事だろう。


「……で、死んだの?」


無慈悲な問い。


それと共にペンドラゴンは倒れ込むイブリスを足蹴にする。


イブリスが抵抗する様子は見られない。フロワも、もはや動く気力を失っている。


「なんだ、案外弱いんだな……黒の魔術師とやらは。さて、じゃあ」


ペンドラゴンの視線がフロワへと移る。


「盾持ち、いや今は盾無しか。お前にも死んでもらうわ」


戦車の主砲が、再びフロワに狙いをつける。


勿論、その後ろにはサラが居る。今度は守るものもない。


「こういう状況のことだよな、チェックメイトってのは?……ん?」


勝利の余韻に浸っていたペンドラゴンの表情が突然濁った。フロワに向けられていた視線が、今はその奥へと向いている。


「……サラ、さん」


……倒れていたサラが、立ち上がってきたのである。


その足取りは重く、ふらふらとしている。辛うじて意識を保てている状態らしい。


それでも歩みを進めたサラはフロワのもとへたどりつくと、再び膝をついて倒れ込んでしまった。


「サラさん!」


「死ぬときはオトモダチと一緒に……か」


相手は見習いだ、警戒することもない。


立ち上がったときは少しひやりと来たものの、別段懸念する材料ではなかったようだ。


「そんじゃ、覚悟は……」


「……ごめん、フロワちゃん」


「……あん?」


サラから静かに、友人に言葉が紡がれる。


「耐えて」


たった一言の言葉の後に。


「"Saint Region"」


周囲を、白い、白い、純白の魔法陣が支配した。

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