EMQ:悪魔の軍勢討伐 その4
「残りは……なんだ、たった2匹ですか」
あれほど広場を埋め尽くしていた悪魔たちのほとんどは地に伏し、今や立っているのは2匹の悪魔……と、私たちだけ。
そのほとんどがラディスさんの成果だ。それもあってかイブリスさんが若干不機嫌なように見える。
しかしこれだけ狩っておいてあの余裕ぶり。実力は本物のようだ。
「イブリス、あの2匹、もらっていいですか?」
「好きにしろ」
イブリスさんが煙草に火をつけつつ、ぶっきらぼうに返答する。すでに戦闘の緊張感はない。イブリスさんもラディスさんの実力は認めているということだろう。
「……イブリスさん」
「ラディスの剣撃についてだろう?」
「あ、は、はい」
食い気味で質問を先取りされた。しかも見事に私が聞こうとしていたことだ。
「どうしてわかったんですか?」
「あいつの攻撃を見るたびに、不思議そうな顔してたからな」
どうやら完全に見透かされていたらしい。
しかし、この発言からして戦闘中でもしっかり私のほうに気を配ってくれていたらしい。なんだか少し嬉しくなる。
「そうだな……まず属性の話をするか。各属性にはそれぞれ得意な分野がある」
「白属性が補助に特化しているように……ですか?」
「ま、そんなもんだ。白みたいに一つの方向に絞られてるのは珍しいけどな。まあそれはどうでもいい、ラディスの属性は青なんだが……青が得意なもの、わかるか?」
「えーと……」
そういえば教本にそんな内容があった気がする。思い出せ、私。
「……確か、時空間への干渉……?でしたっけ?」
「正解だ、よくできたな」
「やった!」
褒められて思わずはしゃいでしまう。
知識は着々とつけられている。少しは成長しているだろうか。
「剣聖なんて呼ばれてるだけあってあいつの時空間干渉は異常っていえるほどの領域に達してる。俺たちの想像なんて遥かに超えるくらいのな」
「うーん……空間を操れるなら……距離を無視できるとか」
簡単な仮説を立ててみたが、イブリスさんはゆっくりと首を横に振った。
「そんなもんじゃないさ」
「それ以上……ですか?」
まあ、想像を遥かに超えるなんて言っているのだから、予測をつけることはできないのかもしれない。
それにただ距離を無視できるだけなら、カタナを抜く動作が見えないことの説明がつかない。まさか訓練で超速での抜刀を可能にしました、なんてことはないだろう。
「重要なのはただ”空間”へ干渉するんじゃなく”時空間”へ干渉するってところだ」
イブリスさんは大きく息を吐いた。煙草の煙が辺りに広がる。
もったいぶるようにしばらく沈黙したあとに、イブリスさんの口からラディスさんのカタナのカラクリが告げられた。
「あいつはな、過去や未来から自分の斬撃を好きな場所に持ってこられんのさ」
「……?」
……ぱっと聞いただけでは訳がわからない。
そんな様子の私を見て、補足が加えられる。
「一度何かを斬ったなら、その斬撃を何度でも使いまわせる……って言ったほうがわかりやすいかも知れねぇな。攻撃される側から言えば何も無いところからいきなり斬られるわけだ。座標指定、発生に予兆なし。正直敵に回したときどう対処すりゃいいのかわからねぇ」
だんだんと理解が追いついてきたが、理解するほどに寧ろ置いてけぼりにされている気がする。
距離を無視するなんてものじゃない。思った以上に次元が違った。
イブリスさんは何かを斬ったなら、と言ったが、実際はそんな生ぬるくは無いだろう。たとえ素振りでもカタナを振るったのなら、それは”斬撃”だ。
そして”斬撃”が存在したという過去さえあれば、もしくは”斬撃”が存在するという未来さえあれば、ラディスさんはいつでもどこでも何かを斬ることが出来るということになる。
カタナを抜いていないように見えたのも当然だ。そもそもラディスさんはカタナを抜いていないのだから。
彼はこの戦いで一度もカタナを振るっていない。ただ、別の時間軸の斬撃をこの場に持ってきていただけだったのだ。
「ちょっとオーバーに語りすぎですよ、イブリス。僕の時空斬はそんなに万能じゃありません」
二匹の悪魔を相手にしていたラディスさんが戻ってきた。ラディスさんに傷などはなく、一方で悪魔は無残にも死体と化している。
「確かに僕は他の時系列の斬撃を好きな場所で使うことができます。でもそこには幾つかの制約があるんです」
ラディスさんの話の横でフロワちゃんが盾を畳んでいる。従者なだけあって主の能力はすでに知っているのだろう。
「まず、刀を握っている状態でなければ使えません。斬撃を繰り出しているのは刀ですからね。これを媒介にする必要があるんです」
なるほど、だから戦闘中ずっとカタナから手を離していなかったのか。
イブリスさんが銀の銃弾と自分の肉体を媒介にして魔法を発動するように、ラディスさんもカタナを使うことで初めてあの魔法……時空斬、と言っていたか……が、使えるらしい。
「二つ目、斬撃を持ってこられるのは自分の視界内だけです。何かに隠れているようなものは斬れませんし、自分の背後に回られたらどうしようもありません」
……裏を返せば、視界にさえ捉えていればいいということになる。
開けた場所……それこそ、この広場のような場所では猛威を振るうことだろう。事実、この数の悪魔を意図も簡単に殲滅している。
「最後に、ですが」
ラディスさんは細い目のままにっこりと微笑む。
「この魔法、魔力消費が激しいんですよ」
「あんだけ使って疲れも見せてねぇ癖に何言ってやがる」
これには間髪いれずにイブリスさんのツッコミが炸裂した。
魔力が減ってきたときの疲労は朝のボスモンスター戦でよくわかっている。少なくとも今のラディスさんのように息も切らさず平然と立っていられるようなものではない。
しかし時間を越えるというダイナミックさから、消費が激しいのは事実なのだろう。驚くべきは何度も使ったにもかかわらず疲労していないラディスさんの魔力量か。
「さて、戦利品の回収を」
ラディスさんが先導し、皆が悪魔の死体から角や爪をはぎ取っていく。
私も見よう見まねでやってみるものの、中々取れそうにない。ナイフか何かを持っていればよかったのだが。
どうにか頑張って角を引っこ抜こうとしていると、角が突然横に切断された。あまりにも唐突だったもので、バランスを崩してしりもちをついてしまう。
「おいラディス!危ないだろうが!」
「はは、すみません」
「主様の腕は確かです、サラ様が怪我を負うことは万が一にもありえません」
「そういう問題じゃねぇ!」
どうやらラディスさんが角を斬ってくれたらしい。なるほど、確かにこれは避けられないものだ。いつ来るかという予測が全くつかない。
「サラちゃん、無理はしなくていいんですよ」
「は、はい……あの、悪魔の素材なんて使えるんですか?」
剥ぎ取った悪魔の角は歪に曲がりくねっている。とてもじゃないが武器や道具に向いている形状だとは思えない。加工も難しそうだ。爪ならば辛うじて使えそうではあるが……
だとしても不吉だ。悪魔の素材が使われている装備はあまり使いたくはない。
「装備には使わねぇよ、高く買い取ってくれる研究機関に売り飛ばすんだ」
そう言うイブリスさんはちゃっかり袋一杯に素材を詰め込んでいる。その表情はご満悦といったところだ。
「っし、これだけありゃ数日は持つ。今日が大変だった分、サラちゃんにはしばらく楽させられんぞ」
「最初は弟子入りを拒否していたと聞いたんですが……いざこうなると弟子は可愛いものなんですね」
「じゃかぁしい。てめえがサラちゃんを巻き込んだこと、まだ許してねぇし許す気もねぇからな」
「でも、僕が来なければ危なかったですよね?」
「……そこは礼を言うが」
ラディスさんと言葉を交わす時は相変わらず不機嫌な顔になる。しかしちゃんと感謝の言葉は述べるあたり、案外完全に嫌っているわけではなさそうだ。二人の仲は思ったよりも悪いものではないのかもしれない。
「じゃあサラちゃん、帰りましょうか」
そう私に微笑みかけるラディスさんの顔は、気のせいか少し前よりも柔らかかった。
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