知りたい自分と知らない自分

「すぅ……」


「寝ちゃったか……だいぶ疲れていたみたいだね」


「……」


「……まだ怒ってる?」


帰りの馬車、熟睡するサラちゃんを支えながら、ラディスと同じ時を過ごす。


フロワは馬車の操縦のため、サラちゃんを除けばラディスと二人だけだ。


「当然だろ、何故わざわざサラちゃんを巻き込んだ」


俺の怒りの元凶はこれに尽きる。


なにも疑わずにこいつにサラちゃんを預けた俺も悪いが、それを差し引いてもこいつの行動は理解できない。助っ人に来るにしてもフロワとサラちゃんを置いて自分だけ来ればよかったというのに。


「まあまあ、いいじゃないか。皆無事で、瘴気の影響を受けた人もいない。クエストもちゃーんとクリアできた。何も悪いことは起きてないよ」


「何が目的かって聞いてんだ!俺ぁ!!」


思わず大声を出して立ち上がる。ラディスは驚くような素振りもなく平然としているが。


「イブリス様、走行中に立ち上がるのは危険です。それから大声を出すと馬が驚いてしまいます……ご容赦を」


「……ちぃ」


操縦しているフロワに諭され、座りなおす。


サラちゃんは……よかった、まだ寝ている。今の大声で起きないとは、とてつもない疲労を貯めていたようだ。


「目的、か」


俺が座りなおすと、ラディスが話を再開した。


「あ?なんだ?話す気があるならさっさと話せ」


「うん、そうだね、話しておこうか」


……なんだ、随分あっさりと話すんだな。


隠し事が多いラディスがこうも簡単に話すのは珍しい。こいつが目的を話す時は決まって時は本当にどうでもいいことか……


その”目的”を、すでに達成している時だ。


「イブリス、僕はね……」


そこで一瞬、寝ているサラちゃんに視線を移す。


「サラちゃんのことを、悪魔の軍勢の間者じゃないかと思ってたのさ」


「は……はぁ!?お前何言って……!」


思わずまた立ち上がりそうになってしまうが、すんでのところで思いとどまる。


……が、納得がいったわけではない。


「サラちゃんが悪魔の間者だと?何馬鹿な事言ってやがる……!」


「……出会って数日しか経っていないのにやけに必至だね?」


「ああ!?うるせぇ!」


こいつはまた俺の神経を逆撫でするような発言をしやがる。こういうところだ、こういうところが気に入らない。俺は一生こいつと仲良くできないだろう。


サラちゃんのどこが悪魔なんだ。彼女は純粋に、ひたすら純粋に俺を慕ってくれているというのに。そのどこに疑う余地がある。


「一回落ち着いてくれ、ちゃんと過去形で言っただろう?今は疑いも晴れている」


「……本当だろうな?」


「本当だ。彼女の魔力と悪魔の魔力は共鳴反応を起こさなかったからね」


ラディスの糸目が少し開く。その奥に見える瞳は嘘をついていないと語っていた。


「なぜ、そう思った」


「君に接触したからだよ」


「……あ?」


まるで理由になっていない。ルベイルにしろ、セレナちゃんにしろ、俺と接触している人間など珍しくもない。まあ、セレナちゃんに関してはサラちゃんとほぼ同時期に接触しているが。


そもそも、接触しているというならラディスだってそうではないか。……まあ、その経緯についての記憶は失ってしまっているのだが。


「君が良く行く宿の主人はあくまで常連の顔を覚えているだけだ、積極的に接触しているわけじゃない。ところが彼女はどうだい?世間から疎まれている君に、それを知りながら弟子入りを懇願したんだよ?疑うなという方が無理だ」


「んなもんサラちゃんが変わり者なだけだろう」


「イブリス、自覚を持ってくれ。君の黒属性は悪魔たちに狙われてもおかしくないんだ。僕は君を心配しているんだよ」


……嘘は言っていない。だが、何かを隠していることがバレバレだ。


「そう言うんなら、お前が知っている俺の記憶について教えろ。俺が納得できるようにな」


「……」


返答はない。なにかやましいことがあるという証拠だ。


「……君が知るべきことじゃない」


「へ、そうかよ。俺には自分のことを知る権利すらねぇのか」


「……」


それきりラディスは黙りこくってしまった。


馬の鳴き声、蹄鉄が地面を蹴る音、車輪の回る音、そしてサラちゃんの寝息。


それだけが響く馬車が、アヴェントへ帰還する。


* * *


「……自分を知る権利、か」


イブリスたちを見送った後、ラディスは自分の部屋で一人呟いていた。細く開いた目は窓の外、はるか遠方を憂うような目で見ている。


「知っちゃいけない事というものもあるというのに」


それだけ呟くと窓から目を離し、部屋にあるソファに腰掛ける。


デスクには剣聖のためにと用意された椅子もあるが、ラディスはその椅子があまり好きではなかった。座り心地は一級だが、あの椅子は肩身が狭い。物理的にではなく、精神的に、だ。


ラディスがあの椅子を使うのは、世間体を保つために来客時に座るくらい。それ以外にはまず、使うことはない。


「本日はお疲れさまでした、主様」


「……ありがとうございます、フロワ」


ソファに座ったタイミングを見計らったかのように、従者が一杯の紅茶を運んでくる。


いつも飲んでいるお気に入りのフレーバー。疲れた後はこの紅茶が無ければやっていられない。


しかし、高級品ではない、そのあたりの店で買えるようなものだ。身の回りのいたるところが高いものに囲まれているこの生活にもいい加減慣れたが、これだけは外せなかった。どうしても変えられなかったのだ。


「……しまった」


紅茶を一口飲み、少しリラックスしたところでやり残したことを思い出した。


……サラの質問に答えていない。


白属性特化だという彼女が口にした、自分のような人間はあり得るのかという質問に。


しかし帰りの馬車では当の本人は熟睡、イブリスとはあの険悪な雰囲気だ。仕方ないだろう。


そう自分をなだめてから、ラディスは思慮をめぐらせる。


結論から言うと、ラディスには心当たりがあった。


だがそれをどう伝えるべきか?あの様子だとしばらくは顔を合わせられないだろう、イブリスがそれを許さない。少なくともサラを巻き込んだことに対するほとぼりが冷めるまでは。そうなると、直接伝えることはできない。


かといって伝達魔法は使えない。ラディスはサラの周波数を知らないし、そもそも彼女の話が真実ならばサラは伝達魔法を拾得できないだろう。


……ならば。


「……フロワ」


こうするのが最善策だろうか。


「サラちゃんに……友達になってもらいなさい」


その命令に従者は目を見開き、驚く素振りを見せた後。


「……はい、主様」


いつも通りの承諾の言葉を答えた。


少しの抑揚と、緊張があることを除いて、だが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る