EMQ:悪魔の軍勢討伐 その1

「えーっと、フロワちゃん?」


「はい、いかがいたしましたか」


「んと……そうだなぁ、フロワちゃんは今何歳なの?」


「14で御座います」


「そうなんだ!私と一緒だね!」


「左様ですか」


「……」


「……」


気まずい。


今まで以上に気まずい。


私抜きで話をしたいと言われ、別室に移動してからはずっとこの調子だ。私から話題を出し、短い会話ののちに沈黙が訪れる。一体これを何度繰り返したことか。


ケーキも食べ終えてしまった。ちまちまと紅茶を飲んで時間を潰してはいるものの、そう長くは持たないだろう。


一体二人の話はいつ終わるのかと私が嘆いている時だった。


「……おやおや、随分と静かですね」


扉が開く音とともに、ラディスさんが部屋に入ってきたのだ。


ソファに座っていたフロワちゃんが立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。私もそれにつられて立ち上がり、軽く会釈をした。


「お話、終わったんですか?」


「ええ、待たせてしまって申し訳ないです」


にこにこしながら謝罪をするラディスさん。


……あれ?


「イブリスさんはどうしたんですか?」


話が終わったのなら、イブリスさんも一緒に居るはずだ。だが部屋に来たのはラディスさん一人。


イブリスさんはどこへ行ってしまったのだろう?お手洗いにでも行っているのだろうか?


「彼ならクエストですよ。もう馬車に乗って出発しています」


「え、ええ!?私は!?」


その返答は流石に予想外だったb。この建物内くらいには居るだろうと思っていたが、まさか街すら出ていっているとは。


と、いうかまさか私のことを忘れてはいないか。なぜ一人で行ってしまうのだ。


「今回のクエストは危険だから、君を僕たちに預けて一人で行ったんですよ。巻き込まないようにと」


「そ、そうですか……」


忘れていたわけではないらしい。少し安心だ。


しかし危険なクエストだというのなら、むしろ補助が必要になるのではないか。いや、私のような素人が居ても邪魔なだけか……


「イブリスが心配なようですね?」


考え込む私にラディスさんが目線を合わせる。


その表情は変わらず笑顔だが、どこか不敵な笑みだ。


「僕は君を預かると言いましたが、どこで預かるという指定はありません」


ラディスさんの糸目が少し開かれ、鋭い瞳が現れる。


「一緒に行きましょう、イブリスの所へ」


「え? い、行く・・・・・・んですか?」


「ええ」


「で、でも危険だからって」


「大丈夫、僕らが君を守ります。フロワ、準備を」


「はい、主様」


フロワちゃんが部屋を後にした。”準備”をするためだろう。


「馬車の手配も済んでいます。サラちゃんさえよければフロワの準備の後すぐに出発できますよ」


よくよく見てみたらラディスさんも武器を持っている。確かカタナと呼ばれる東の地域の武器だ。このあたりで使う人を見かけるのは珍しい。


……なんというか、まだ状況を飲み込めていない私を置いてけぼりにしてトントン拍子で話が進んでいるというか。


急な話のはずなのだが、その割にやけに手際が良い。まるで最初からこうするつもりだったかのようだ。


とりあえず荷物はここにあるし、すぐに出発できると言えばすぐに出発できるのだが。


「主様、準備完了しました」


フロワちゃんが扉を開けて声をかけてきた。


その背中には布に包まれた巨大な何かを背負っている。


完全に布に隠れているためにその正体はわからないが、その大きさはフロワちゃんの身長の倍はあろうかというほどのものだ。巨大すぎて背負ったままではこの部屋の扉を通れないらしい。


「こちらも大丈夫なようです。では行きましょうか」


「はい」


「え、あ、は、はい!」


急いで荷物を背負って歩き出した二人を追う。


(なんだか変なことになっちゃったなぁ)


話についていけないことに不安を抱きつつも、心のどこかに感じている期待。


……もしかしたら、剣聖の戦いを生で見られるかもしれない。


* * *


「目的地、アニ森林。約10分で到着すると思われます」


「5分でお願いします」


「はい、主様」


鞭の音とともに馬が嘶き、馬車が動き出す。ものすごい勢いだ。


ラディスさんに案内されたのはいつもの馬車乗り場ではなく、恐らく専用と思われる乗り場だった。


馬車そのものも”機関”が提供しているものよりもずっと豪華で高価なものだ。恐らくこれほどのスピードを出しても壊れることがないほどの。流石は剣聖といったところか。


……何よりも驚いたのはフロワちゃんが手綱を握ったことなのだが。


「……あ、そうだ」


「はい?」


折角剣聖が目の前にいるのだから、例のことに関する意見でも聞いておこう。もしかしたらイブリスさんがすでに聞いているのかもしれないが、まあいいだろう。


「その……私、無属性魔法が使えないんですけど、イブリスさんはその原因が私の属性が白に特化しすぎているせいじゃないかって。それってありえることなんでしょうか?」


「へぇ、そう思った根拠は?」


「名前を口に出しただけで、修行もしていない”Saint Regi”……あっ」


危ない危ない。うっかり”Saint Region”の名を口に出してしまうところだった。


またあの宿のときのようなことが起こるかもしれない。この魔法の名前は言わないほうがいいだろう。


「と、とにかく、白属性唯一の攻撃魔法が発動しちゃったんです。それも無差別に攻撃する形で」


「……なるほど、確かにそれだけで発動するとは……もしかして」


ラディスさんが考えるそぶりを見せる。心当たりがあるらしい。


「……サラちゃん」


「到着致しました」


「きゃっ!」


「おや……」


ラディスさんが口を開いたとたんに馬車がドリフトしつつ急停車した。


フロワちゃんの無垢な見た目に反してやけに無茶な運転をするものだ。急げと言われていたからであろうが。


「ははは、すみません。彼女はいつもこうなんです」


急いでいなくてもこうらしい。


……帰りも覚悟しておくべきか。


「質問の答えはまた後で。さ、早くイブリスの元へ向かいましょう」


ラディスさんが得物を手に取る。


……少し遠くから、何度も聞いた銃声が響いていた。

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