エマージェンシー・コンティンジェンシー

「やっぱり、君はそうするんだね」


サラちゃんたちが部屋を後にしてから、ラディスが口を開いた。


突然口調が変わっているが、こいつは俺と二人で話すときはいつもこうだ。普段猫をかぶっているのか、それとも今が偽者なのか。


「当然だ。お前の二つ目の用件ってのは大体察しがつく……そんなもんにあの子を巻き込めるか」


「なんだ、思ったよりちゃんと師匠してるじゃないか」


「じゃかぁしい」


こいつの張り付いたような笑顔はどうにも好きになれない。狐のように釣りあがった糸目も不快感を感じさせる原因の一つだろう。


はっきり言って俺はこいつが嫌いだ。


なぜか……と言われるとあまりはっきりとした理由はない。生理的に受け付けないというやつだろう。


嫌なところ、と言われたら細かいものはいくらでもあげられるのだが。


「まあ、用件については君の予想で合ってるよ」


そう言ってラディスは一枚の紙を取り出した。


それは一見するとクエスト依頼の紙……しかし、ただの依頼ではない。大きく”EMQ”という赤い判子が押されているものだ。


Emergency Quest……緊急クエストの意。


その名の通り緊急を要する、最優先で処理しなければならない用件が依頼されたクエストだ。


こういったクエストは大抵貼り出されず、特定の冒険者に特別に依頼される形で受注できる。例外はいくらでもあるが。


……で、こいつが俺に対して出してくる緊急クエストの中身は。


「最近、この街の近くに悪魔が潜んでいるらしくてね。討伐を頼みたい」


決まって、悪魔の軍勢がらみだ。


ラディスは定期的に悪魔の軍勢を相手にした緊急クエストを依頼してくる。


世間じゃ悪魔の手先だなんて言われてる俺に対してなぜそんな重要な依頼を持ちかけてくるのかは知らない。何らかの理由で信頼を得てしまったか……もしくは、あわよくば悪魔に殺させて処分するためだろうか?


しかし、金銭的に助かっていることも確かだ。緊急クエストは報酬がいい。このあたりで利害が一致してしまっていることが逆に苛立ちに変わることもあるが。


「ここ最近、魔物の様子がおかしいことは聞いているね?」


「ああ、今それで下がばたばたしてるな。俺たちも今朝は酷い目にあった」


「その原因は周辺に潜んでいる悪魔の仕業なのさ」


「……なに?」


「瘴気だよ。あれが魔物たちに良くない影響を及ぼしている」


なるほど、確かに納得のいく答えだ。


瘴気は人間にとって有害だが、それはなにも人間だけに限った話ではない。動物、昆虫、そして魔物。近くを持つあらゆる生物に対して影響を及ぼすのだ。


ストーンピッグの凶暴化、本来現れるはずのない場所に居たフェロヴリードの群れ。予測不可能な魔物の動きも全てそれで説明がついてしまう。


「調査は今日始まったみたいだが、この短時間で原因まで突き止めて緊急クエストが発行されたのか?流石は”機関”といったところだな」


”機関”といえば現在の世界を牛耳っている存在といっても過言ではない。なにせ世界にとって必要不可欠とまで言える冒険者を輩出している組織である。


先ほどのエレベーターに始め、最新の魔具も多数開発している。技術力も高いというわけだ。


その技術力さえあれば、異変の原因特定などお茶の子さいさいといったところだろうか。


「いや?下の子達は何も知らないよ。これを知ってるのは僕だけさ」


……今回のことはその技術力とは関係なかったようだが。


「……おいおい、じゃあなんだ、下の職員は既にわかってるものを一生懸命調べてんのか?」


「そういうことになるね、まあ絶対突き止められないけど。下の機器には悪魔の反応が一切出てこないよう細工してあるんだ」


なるほど、そりゃバタバタするわけだ。どれだけ調べても原因がわからないのだから。


しかもその原因がわからない原因はよりによって"機関"を統べている人間だ。


……俺はセレナちゃんの苦労をそっと哀れんだ。


「お前……それでも"機関"のトップかよ?職員無駄に働かせて楽しむたぁ趣味が悪い」


「大丈夫だよ、臨時ボーナスは出るから。それになにも楽しんでる訳じゃない。街の為でもあるし……なにより君の為なんだよ?」


「あ?」


「近くに悪魔が出たなんて聞いたら街中大混乱だ。パニックになって暴動だって起こるかもしれないよね?そうなるとその矛先は……」


「……俺か」


ただでさえ悪魔の手先と疑われている俺だ。近くに悪魔が現れたとなれば……真っ先に俺に色々と言ってくる輩が出てくるだろう。


『お前が手引きしたのか』


『やっぱり悪魔の手先じゃないか』


そんな言葉を投げ掛けられるのが目に見えている。そしてその先は……まあ、良くてリンチだな。


……どうやら少しは考えられているらしい。


「そんなわけで今回も頼むよ、イブリス」


そう言ってラディスが依頼書を撫でると、受注者名に勝手に俺の名が記された。筆跡も完璧だ。


「あ、おまっ……!」


「そーれっと!」


引き止めもむなしく、音を立てて押された受注印。これでもう断れない。


……だから、俺はこいつが嫌いなんだ。

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