師弟、初めてのボス戦

フェロヴリード・フォルタ。ボスモンスターに分類される、フェロヴリードの群れの長。


通常のフェロヴリードよりも遥かに大きな体を持ち、滑空するだけでもかなりの風圧が起こる。当然通常種と同じように翼は鉄のように進化しており、その打撃は非常に強力である。


さて、ボスモンスターについてだが。


ボスモンスターはその名の通り通常の魔物よりも強力な魔物であり、当然攻略難易度も高い。


”機関”でも無理に倒す必要は無いとされており、逃げることが進められているが、その代わりもしも倒すことができたらクエスト報酬とは別に特別報酬を受け取ることができる。


もう一度言おう。特別報酬を受け取ることが出来る。


……となると、やることは一つ。


「鉄鷲狩りだぁ!!」


収入を求めて、モンスターハントの始まりだ。


「ち、ちょっと、イブリスさん!?怪我してるんですからあんまり無理は……!」


「これくらいどうってことない。目の前にカネの塊が飛んでるのに見過ごせるか!」


先ほどからサラちゃんが杖魔法で敵を怯ませつつ、俺が魔法でダメージを与えている形だ。


”removE”であれば一発で消滅させられるのだが、今回の場合相手が巨体過ぎて使えないし、よしんば使えたとしても消滅させてしまったら倒したという証拠を持ち帰ることが出来ない。つまり報酬は受け取れない。


どこかしらそれだとわかる形を残したうえで倒さねばならないのだ。今回の場合は羽の一つでも持ち帰れば大丈夫だろう。


先日のグランドクエストのように”機関”の人間が同席している場であれば、消滅させてしまっても確かに倒したという証人になってくれるのだが。


そんなわけで、今は爆発で物理的なダメージを与える”blasT”を中心に使用している。ストーンピッグ戦のときにも使用したものだ。


「ちぃ、すばしっこい……!」


相手が飛行しているだけあって中々放つ魔法が当たってくれない。加速減速、上昇下降を繰り返し、まるでこちらをおちょくっているようだ。


「優雅に飛びやがって……”chasE”!!」


いつものように手を撃ち抜き、魔法を発動。


放たれた弾丸は黒い魔力の塊と化して、フェロヴリード・フォルタに向かってかなりのスピードで迫っていく。


敵は急速旋回してそれを避けようとするが、魔力の塊もそれに合わせて旋回し、翼に直撃した。


奴も何が起こったのかわからずにあたりをきょろきょろと見回している。ざまあみろというやつだ。


”chasE”はターゲットを追尾する魔法。スピードも速いが、その分威力は小さい。


「えいっ!」


怯んだ敵にサラちゃんが杖魔法を叩き込み、隙を伸ばしてくれた。


折角作ってくれた隙だ、無駄にするわけにはいかない。すぐにポーチから次の弾丸を装填し、構える。


「”blasT”」


放った魔法は真っ直ぐにフェロヴリード・フォルタへ向かっていき、そのまま直撃した。


「やった!」


「いや、まだだ……」


一瞬怯みはしたものの、また倒せはしないらしい。


……やけにタフだな。フェロヴリード・フォルタってあんなにしぶとかったか?


やはり最近様子がおかしいような気がしてならない。考えすぎだろうか?


「来るぞ!サラちゃん伏せろ!」


敵が構えた。


上空から俺たちへ向かっての突進。身をかがめてやり過ごすことこそできたが、その巨体故に発生する風圧も大きい。吹き飛ばされてしまいそうだ。


その風圧に怯んでいる隙を、相手が逃すはずもなかった。


フェロヴリード・フォルタが大きく羽ばたくと、何か鋭い刃のようなものがこちらに無数に向かってくる。羽根を飛ばして攻撃しているのだ。


毛の一本一本が針の様に煌めき、鉄の羽根が降り注ぐ。槍が降る、とはよく言ったものだ。今の状況はナイフが降ってきているようなものである。


「“Saint Defender”!!」


伏せたままのサラちゃんが咄嗟に防御魔法を放つ。俺たち二人を光が包み込み、降り注ぐ羽根を防ぐ……が。


「きゃっ……!」


「サラちゃん!」


やはりまだまだ修行不足か。防壁は長くはもたず、何本かの羽根は防ぐことができなかった。


回避も間に合わなかったらしい。鉄の羽根がサラちゃんの脚や腕を切り裂いていく。


「クッソ……!」


急いでサラちゃんのもとに向かい、彼女を覆い隠すようにかばう。


当然、その間も敵の攻撃は止むことがない。羽根の雨は降り続け、サラちゃんを守る俺の背中に次々と突き刺さっていく。先ほどふさいだ腕の傷も開いてしまっているようだ。


激痛が走る。しかしサラちゃんを無防備にするわけにもいくまい。もうしばらく耐えなければ。


だがここからどうするべきだろう。この状態では俺は魔法を使えそうにない。完全に敵にペースを握られてしまった。


「い、イブリスさん……!」


「ぐっ……!」


「……っ!このっ!」


サラちゃんが杖魔法を発動する。


杖から弧を描く光線が放たれ、フェロヴリード・フォルタへ向かっていく。


だが流石に読まれていたらしい。相手はそれを優雅に避けきってみせた。当然その間も羽をばら蒔きながら。


全く、奴の羽根は無尽蔵か?


「このっ!このっ!このっ………!」


サラちゃんは構わず杖魔法を連発する。軽くパニックになってしまっているようだ。


そんな状態の魔法が当たる筈もなく、全ての光線が空に消えていく。


「駄目だサラちゃん!あまりやけくそになって使いすぎると魔力がすぐに枯渇するぞ!」


「当たって……!当たってよ……!」


どうやら俺の声も聞こえないくらいに必死らしい。周りどころか倒すべき敵すら目に入っていないのではないだろうか。


「当たれぇぇぇ!!」


「……!」


……下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、というべきか。それとも、やけくそな魔法であるがゆえに軌道が読めなかったのか。


一発。サラちゃんの魔法の一発が、フェロヴリード・フォルタの左の翼を掠めていったのだ。


フェロヴリード・フォルタは思いがけない衝撃にバランスを崩し、一瞬、羽根の雨が止む。


一瞬。たった一瞬の隙だ。現状をひっくり返す恐らく最後のチャンス。選択を謝ってはいけない。


強力な一発を叩きこんで一撃必殺を狙うか?……いや。


「"miragE"」


無駄に賭けるな。今は堅実に体勢を立て直す時だ。


黒い霧が沸き立ち、俺たちをつつんでいく。


これでしばらくは大丈夫。あまり長くはないがゆっくりと休める。


”miragE”。この霧に包まれている物、人に対しては認識がゆがめられ、知覚されなくなる。今の俺たちは敵の目の前にいることに変わりはないが、奴からは見えていない。奴は俺たちを認識することができないのだ。


……ただ、こちらから少しでも接触すればこの認識隠蔽は解かれてしまう。完全に安心できるわけではない。


「ふぅ……」


「イブリスさん!大丈夫ですか!?」


思わずぐったりと地面に倒れこんだ俺に、サラちゃんが今にも泣き出しそうな顔で詰め寄る。


白いローブには所々に赤い液体が見て取れた。サラちゃん自身の血なのか、それとも俺の血がついてしまったのかはわからない。


「ははは、大丈夫……と言いたいところだが……いつつ、ちぃと痛いな」


実際、ずっと鉄の羽根を喰らっていた背中へのダメージは深刻なものだ。少し目眩がすることから、かなりの出血だと思われる。失血死までいっていないのは不幸中の幸いと言っていいだろうか。


「背中、見せてください」


「……ああ」


「……っ!」


サラちゃんに背中を見せると、彼女が息を呑む音が聞こえた。この痛々しい傷口は年頃の女の子が見るにはきついものがあるだろう。


それでもサラちゃんは弱音を吐かずに回復魔法を施してくれた。先ほどよりも大きい傷であるし、先ほどの杖魔法の連射もある。いい加減魔力の枯渇が心配だ。


「……サラちゃん、ありがとう。もう大丈夫だ」


ある程度回復したところで魔法を止めてもらう。傷が塞がったわけではないが、応急処置くらいにはなるだろう。


「で、でも傷がまだ……」


「無理してサラちゃんが倒れたら本末転倒だろう?」


「むぅ……」


魔力が枯渇したときの症状はただ魔法が使えなくなるだけではない。全力でダッシュしたときと同じように、急速に魔力を消費したことにより疲労がたまり、酷いときは気を失ってしまうこともあるのだ。


特にサラちゃんはここ数分で実力に見合わない量の魔力を使っている。恐らく今もかなりの疲労を感じているはずだ。ここは休ませるのが正しい選択肢だろう。


「さて、どうするか」


奴はいまだに上空を旋回している。どうやら俺たちを捜索しているらしい。


警戒されている今、下手に仕掛けても折角の”miragE”が無駄になってしまうかもしれない。警戒を解くまで待つことが望ましいのだが、それは無理だ。


フェロヴリードは警戒心が非常に強く、一度危害を加えたらその日は一日中警戒を解かないほどだという。


まさか日が暮れるまで待つわけにもいくまい。こうなった以上、奴の警戒を潜り抜けて攻撃を仕掛ける必要がある。


空からはこちらが良く見える。魔法を放てばその瞬間に”miragE”が解けて回避されてしまうだろう。こちらから視線を逸らすための手段が必要だ。魔法以外の手段が。


……石を投げて音をたてるか?とも考えたが、周辺には使えそうな石はない。


お手上げ、かもしれない。サラちゃんもいるのだから、最悪このまま逃げてしまおうか。命を落とすよりもずっと賢い選択だ。


……しかしやはり金は捨てがたい。何か方法はないのか?


「うーん、やっぱり出し抜くのは難しいか……?」


「……イブリスさんっ!」


「うおっ、びっくりした。どうしたんだ突然?」


頭を悩ませる俺を、サラちゃんがやけに勢いよく呼ぶ。


その眼には、何かの決意の意志が見て取れた。


「私が……私が、囮になります!」


……それはひたすらに、無謀と言える決意であった。

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