鋼鉄の鳥を討伐せよ!

今回の討伐対象はフェロヴリード。群れで行動する鳥型の魔物だ。


このあたりは荷馬車の通り道になっているらしいのだが、最近現れた討伐対象に襲われる可能性が出てきており、危険だというのだ。フリークエストなだけあって流石に貿易に重要な道ではないようだが。


だからといって放置するわけにはいかないので、周辺のフェロヴリードを駆除せよ、ということらしい。


「しっかしまぁ、眺めのいい場所だな」


サラちゃんには待機してもらい、一人小高い丘に登って草原を見渡す。


視界を遮るような物は無く、これだけで草原を一望できてしまった。馬車の通る道も丸見えだ。


「確かにこれなら格好の餌食だな……」


狩りをするには絶好の環境だ。隠れられるような場所も、障害物も無いのだから。


……だがこの道は何年も使われている道だと聞いている。今まで魔物に関するトラブルも無かった。フェロヴリードが"最近になって"現れたという点、なにやら妙に気になる。


この前のなぜか凶暴化していたストーンピッグといい、魔物たちの様子がおかしい気がするのだ。気のせいであれば良いのだが。


「……ま、考えててもしかたねぇか。」


草原に風が吹く。温かい風に草木の揺れる音。心地のよい、空気の中に、それは現れた。


風に乗り、空気を切り裂く無数の音。


「さて、クエスト開始だ」


青空に現れた鳥たちを確認し、俺は銀の弾をリボルバーに詰め込んだ。


「イブリスさん!私はなにをすればいいですかー!?」


丘のふもとからサラちゃんが叫ぶ。


「そうだな、とりあえず俺にバフをかけてみてくれないか?」


「バフ……ですか?わかりました、やってみます!」


流石、白属性向け教本も読み込んでいるだけあって、それだけで使うべき魔法を理解したらしい。こういった面においてサラちゃんは優秀だ。


あの子のまじめな性格が良いほうに転んでいる。


「えっと……」


「イメージは昨日の”ショット”と同じだ。魔力を集中させて俺に向かって放出してみろ」


「はい……!”Saint Increase:Magic”!」


サラちゃんが魔法を唱えると、その手元から柔らかな光が生まれ、俺に流れ込んできた。バフ魔法の典型的な視覚現象だ。


つまり、魔法は成功ということ。自分の魔力が増大していく感覚もそれを立証してくれている。


「わぁ……で、できた!」


「上出来だサラちゃん!つーわけで!」


俺はいつものように頭に銃をつきつけ……


「”flooD”」


撃った。


弾丸に押し出されるように俺の頭から怨霊のような見た目をした魔力が多数出現し、フェロヴリードの群れを次々と屠っていく。


flood、氾濫の意を持つその名の通り、自分の魔力を広範囲にわたって拡散させる攻撃魔法だ。


俺の持つ魔法の中でもトップクラスに範囲が広いため、今回のような群れを相手にする時には非常に心強い味方となる。


……もっともその強力さゆえ頭を撃ち抜かなければ発動しないことがネックだ。使うたびにとてつもない激痛を経験しなければならない。


「爽快だな」


サラちゃんのバフがかかっているおかげで、いつもよりも効率よく魔物を処理できている。


怨霊のようなものが飛び交う光景は正直言ってあまり気持ちのいいものではないのだが、その中に爽快感があるのは確かだ。


持続時間もいつもより伸びている。このまま放っておいても勝手に全滅してくれるかもしれない。


……そんな思考が、いつもはしない油断を生んだ。


「イブリスさん!危ない!」


「な……!?ぐあっ!?」


突如耳に入ったサラちゃんの警告。怨霊をかいくぐった数匹が、背後から迫っていたのだ。


慌てて振り返るも時すでに遅し。フェロヴリードの翼が俺の片腕を傷つけていった。


フェロヴリードは鳥の翼が鉄のように硬く変異した魔物。その翼は時に重い打撃となり、時に鋭い斬撃となる。


どうやら今回の奴さんたちは俺のことを切り傷だらけにしたいらしい。フェロヴリードの羽は軽く、鋭いことから剣に使われるほどであり、その切れ味は折り紙付きだ。


そんな刃に斬られた腕を押さえ、痛みに耐える。しかしながら目の前にはまだ数匹のこちらに迫る鳥たちが。


かなりのピンチ。せめてサラちゃんだけでも逃がさねば。


「サラちゃん、逃げ……!」


「”Saint Defender”!」


「……!」


フェロヴリードの攻撃が当たる直前、俺を包み込むように白い光の壁が現れた。


猛スピードでこちらに向かってきていたフェロヴリードたちはそのまま壁にぶつかり、墜落していく。


”Saint Defender”……白属性魔法が有する防御魔法。魔力を固形化し、壁を作るものだ。


「で、できたぁ……よかった……」


丘の下のサラちゃんが安心したように座り込んだ姿が視界に入る。


……やれやれ、まさかまだまだ未熟な弟子に助けられることになるとは。


「すまん、助かった!」


サラちゃんに短く礼を言い、腕の痛みに耐えながらもう一度銃を構える。


予想外の攻撃を受けたせいで魔法は中断してしまったが、敵の数はかなり減っている。十分処理できる範囲だ。


いつもとは効率が段違い。使用者が新米でもバフの力は侮れないものだ。


しかし白属性に絞った瞬間この調子とは。突拍子もない仮説だったのだがあながち間違ってはいないのかもしれない。


「”removE”」


怪我をしていない方の手を撃ち抜き、魔法を発動する。


”removE”。空間を歪め、その周辺の生物を軒並み異次元へ消し去る範囲魔法だ。”flooD”よりも範囲は劣るが、その分手軽に発動できる。……まあ、自傷行為が必要になることは間違いないのだが、手と頭では伴う苦痛が違うのだ。


フェロヴリードの残りを見る限り、あとはこれ一発で十分。ちょっとばかしヒヤッとしたが、これでクエスト終了だ。


「痛てて……」


フェロヴリードが消え去るのを見届けてから、丘を降りる。


一歩一歩進むたびに腕に走る痛みが中々に辛い。一瞬の痛みなら魔法発動の度に経験している分慣れているのだが、こういった怪我による継続する痛みはあまり慣れないものだ。


「お疲れ様です、イブリスさん……大丈夫でしたか?」


「ああ、ちと痛いが……」


「……見せてください」


怪我をしている腕をサラちゃんに向ける。ローブは破れ、傷口から多量の血がにじみだしていた。


「回復魔法……やってみますね」


サラちゃんは俺の傷口にそっと手をかざし、呟いた。


「”Saint Healing”」


サラちゃんの手元から柔らかく暖かい光があふれ、俺の傷口を癒していく。


みるみるうちに治癒……と、いうわけにはいかないのだが、止血はできたし、傷口も一応は完全にふさがったようだ。そこそこ大きい傷であったし、これくらいできれば十分だろう。


「ふぅ……ここまでしか治せないのかな……」


「ありがとうサラちゃん、もう大丈夫だ。あまり体力を使いすぎてもこの後に響くからな」


まだ治療を続けようとするサラちゃんを止める。痛みも治まったことだし、この後のクエストに支障はなさそうだ。


「クエストクリア……ですね」


「ああ、早いとこ馬車に行こう……ん?」


「どうしました?」


「……いや、今」


馬が走るような声が聞こえた気がするのだが……


嫌な予感がする。俺はもう一度丘を駆け上がり、周辺の様子を見た。


「い、イブリスさん!待って……!」


サラちゃんも俺の後に続いて丘を登ってくる。


「えっ……!?」


丘からはさっきも見た馬車の道が見える。ただ、それは先ほどとは決定的に違う光景だった。


一台の馬車が……俺たちの乗ってきた馬車が、全速力で走り去っていくのだ。


「ま、待って!どうして!?」


サラちゃんが引きとめようと大声で叫ぶが、その速度は緩む気配がない。


……それも当然だろう。あの馬車は今、”逃げている”のだから。命を投げ捨ててまで俺たちを回収する義務は、御者にはないのだ。


「サラちゃん」


俺は逃げ去る馬車から早々に視界をはずし、”それ”をにらみつけた。


「……構えろ」


遠くの空からこちらへ向かって飛行する、大きな怪鳥を。

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