師弟、方針を変える

仮説、純白の少女

「なーにがあったんじゃ一体」


例の騒ぎの翌朝、チェックアウトして最初に言われたのはそんな言葉だった。


「昨日飯届けたらお嬢ちゃんは気絶しとるしお前さんは疲れきった顔しとるし……今は今で二人とも暗い顔しとるし」


「ほっといてくれ、ほれ鍵」


俺の顔が浮かないのは昨日の騒ぎのせいで全く疲れが取れなかったからだ。


サラちゃんはサラちゃんで申し訳ないと思っているようで、今朝から口数が極端に減っている。


「どうしたんじゃお嬢ちゃん、襲われたんか」


「だっからおめぇいい加減に……!!」


「場を和ませるせめてものジョークじゃ。本気でそう思っとるなら既に”機関”に突き出しとる」


「和むか!!他の客が聞いて本気にしたらどうすんだ!!」


「そんときはそんときじゃ」


「無責任すぎるわ!!てか疲労がたまってんだから朝からこんなやり取りさせんなっ!!」


……まあ、眠気覚ましくらいにはなったが。


「んじゃあ、行ってくるわ……多分今晩も世話になっからよろしく」


「とっておくのは二人部屋でいいかの?」


「頼む」


俺はそれだけ言ってじぃさんの宿を出た。サラちゃんはその後ろをとぼとぼとついて来る。


その顔は地面に向けられ、表情もとても明るいとは言えない。


「その……昨日は、すみませんでした」


俺と目を合わせることなく発せられた謝罪の言葉。


その声のトーンは、弟子入りを断ったときとどこか似通ったものだった。


「別に謝るこたねぇよ」


「でも、また原因不明の事故でイブリスさんに苦労をかけちゃいましたから……」


「あー……その原因のことなんだけどな」


一旦足を止めてサラちゃんの方向を振り返る。


「ちょっと話があってだな……ま、馬車でゆっくり話すとしようや」


何はともあれ、まずフリーターに必要は物は金。


今日のお仕事の始まりだ。


* * *


「まだ二日目だが、教育方針を変えようと思う」


クエストに向かう馬車に揺られながら、俺はそう切り出した。


「教育方針、ですか?」


「そうだ」


最初、俺は基礎中の基礎である無属性魔法を教え込むつもりでいた。実際、この子とは基礎が出来るようになるまでという約束だ。


その方針を変えることにする。


というのも、昨日の様々な出来事から俺の中にとある仮説が生まれたからだ。


「変えるって、どういう風にするんです?」


「その前に少し話を聞いてくれ。人が持つ属性についての話だ」


「人が持つ属性?」


「そうだ、人間は必ず属性を持っている」


これに関してはサラちゃんも知っている常識である。


人間は自分が持つ属性に合った魔法を使うことが出来る。サラちゃんは白属性を持っているからこそ、白属性魔法を使うことが出来るのである。


「じゃあ、ここで問題だ。人間が持つ属性はひとつだけか?」


「……違うんですか?」


「実は違う。使える属性魔法は一種類だけだが、遺伝子の中には少しだけ他の属性が混ざっているんだ」


正確には併せ持つ様々な属性の中でもっとも強い属性がその人の使える魔法になるのだ。


「……ところが、サラちゃんは例外である可能性が出てきた」


「例外?」


これが俺の立てた仮説。


正直突拍子も無い、俺も全く前例を知らない仮設。


「サラちゃんは、白属性しかもっていない、白属性特化型なのかもしれない」


一切混じりけの無い、純粋な白属性保持者であるという仮説である。


理論上はあり得ない話ではない。だが同時にかなり無理のある話だ。


属性は遺伝子で引き継がれる。サラちゃんが純粋な白属性を持つためには、親は勿論、その先祖すべてが純粋な白属性持ちである必要があるのだ。


「サラちゃん、両親の属性はわかるか?」


「いえ……私の親は冒険者ではないので」


「そうか……」


確かめる方法は実際にやってみることだけか。


言ってしまってからでなんだが、自信があるかと言われたら、はっきりと無いと言える。


しかし昨日のことを考えるとこれが一番しっくりくる結論なのだ。


サラちゃんの属性は白属性に最適化されすぎていて、無属性の魔法を形成することができず、また、上級白属性魔法を訓練なしで発動できる。という結論が。


これならば昨日起きた原因不明の失敗も一応の説明がつく。


「正直、この仮説が正しい可能性は0に限りなく近い。だから今日のクエストでそれを見極めることにする」


「じゃあ、私はひたすら白属性魔法を使ってみればいいんですか?」


「そういうことだ」


幸い白属性は回復、防御、支援など敵が居なくても使える魔法が充実している。場面に困ることはそうないだろう。


俺としても支援してくれるのはありがたいものだ。


「そういう訳で、教育方針は”基本を大事に”から”白属性特化”に一旦変更だ。同時にプリーストとしての動き方も教えてやる」


「はい!!」


サラちゃんの返事とともに馬車が止まる。どうやらいいタイミングで目的地に到着したようだ。


「そんじゃ、行くとするか」


俺たちは馬車の乗車券にハンコをもらって、討伐対象の居るという草原を歩み始めた。

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