宿屋でゆっくり……できない!
「ふぅ……」
サラちゃんとの復習が終わったあと、宿のベランダで煙草をふかしながら体を休める。
今日は疲れた、その一言に尽きる。ようやくリラックスできる時間ができたというものだ。
「これからこれが毎日続くんだよなぁ……」
やめろ、考えるな俺。別に嫌な事ばかりではないのだから。
あの子は言ったことをちゃんとやろうとしてくれるし、なにより俺に対して”普通”に接してくれるという事は非常に大きい。
周りの目を過剰に気にしているつもりはないが、それでもずっと一人で周りからの目を受け止めているよりは居心地がいいというものだ。
……でも、サラちゃんのためにもやはり早めに俺から離れた方がいいだろう。
いや、もはや手遅れかもしれない。もう噂は広がっているようなのだから。
一度貼られたレッテルは一生付きまとう。もしかしたら彼女にも”悪魔の手先”という悪名が付いて回ることになるのかもしれない。
……もしかして俺は、とんでもないことをしてしまったのでは……?
「はぁ……考えても仕方がねぇな」
今の俺にできることは彼女がちゃんと戦えるようになるまで見届けることだ。
元々基礎だけ教えてお別れの約束。ならせめて噂で済んでいる間に彼女を解放してやるべきだろう。
「い、イブリスさぁーん!!」
「……!?どうした!」
突然聞こえた、サラちゃんの切羽詰まった声。
……どうやらまだまだリラックスできる時間じゃないらしい。
「ん……だこりゃぁ……!?」
ベランダから戻った俺を待ち構えていたのはうろたえ、怯えながらこちらを見るサラちゃん……と、それを中心に展開された白い魔法陣だった。
魔法陣は煌々とした輝きを放ちながら徐々に広がり続けている。
この魔法陣、見覚えがある。
白属性魔法……それも、その中でもかなりの上級に位置する魔法。かつ、白属性唯一の攻撃魔法。
「まさか、”Saint Region”……!?どうしてそんなもんが発動してるんだ!?」
「わ、わからないです!!教本を読んで、魔法の名前を言っただけで……こうなって……」
「……!!」
マズイ。経緯はよくわからないが、いきなりこんな扱いの難しい魔法を発動させてしまったせいでサラちゃんがどんどん衰弱してしまっている。魔力の量も経験も足りなさすぎるのだ。
このままでは……最悪、死に至ることすらあり得る。
「さ、サラちゃん!とりあえず一回落ち着け!落ち着いて魔法を止めるんだ!」
「で、でも魔力が勝手に……!う、うああああ!!」
駄目だ、完全にパニックに陥っている。これではいくら言い聞かせても無駄だ。
だとしたら……仕方がない。できるだけ使いたくはない手段なのだが。
「ちぃ……待ってろサラちゃん!!」
テーブルに置いてあった銃を手に取り、銀の弾丸を詰める。
サラちゃん自身でコントロールできないというのなら、俺が無理矢理にでも止めるしかない。少々危険な行為ではあるが、背に腹は代えられないというものだ。
少し躊躇しながらも魔法陣の中に足を一歩踏み入れる。
「……っ!!」
瞬間、全身に走る焼けるような痛み。予想はしていたのだが、思った以上のダメージが体を襲う。
この魔法陣がダメージを与えるのは本来敵だけのはずなのだが、コントロールできずに半ば暴走している状態の今、正常に動作するはずがない。
結果、足を踏み入れた者全てを攻撃する無差別魔法と化しているのだ。
「いってて……」
「い、イブリスさん……あまり……無理は……」
相当魔力を吸われているらしい。サラちゃんは俺への忠告を言い切る前に気絶してしまった。
術者が気絶したのだし、この魔法陣も止まってくれればいいのだが……
……流石にそうは問屋が卸さないらしい。魔法陣は勢いを衰えることなく、俺の身体を蝕んでいく。
それでも足を止めるわけにはいかない。
「はぁ……はぁ……ちょっと痛いから、気を、付けろよ……」
激痛に耐えながらも、どうにか中心にいるサラちゃんのもとへ辿り着く。
倒れ込んでいるサラちゃんの頭にそっと手を置き、重ねて銃口をつき付け……
「”invaliD”」
撃った。
作動中の魔法を無効化する魔法。こういった継続してダメージを与える魔法に対しては抜群の効力を発揮する。
もはや部屋を覆いつくすほど巨大化していた魔法陣は消え失せ、ずっと身体を襲っていた痛みも消えていった。痛みに関してはまだ余韻が残っているが……
「とりあえずもう大丈夫か」
サラちゃんは意識を失ってこそいるが、命に別状はない様だ。一安心。
……それよりも今回の事だ。今起きた事件、いくらなんでも不可解すぎる。
白属性の中でも最上級に位置するような魔法を、偶発的かつ暴走状態とはいえサラちゃんが発動させた。無属性の初級魔法ですらまだろくに扱えないような新米冒険者が、だ。
”Saint Region”……上級者でも、発動すらままならないような魔法を。
「……一体どういうことだ」
俺は倒れるサラちゃんをベッドに移し、疲れ切った声で呟いた。
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