宿屋でまったりお勉強タイム

「……それじゃあ、今日の分を簡単に復習するぞ」


「はい!」


部屋で荷物を下ろした私はイブリスさんと向かいあって教本を開いた。ご飯の時間までまだしばらくあるから、その間にお勉強だ。


冒険者として本格的に活動をした初めての日。魔法を何度も失敗してしまい結果的にイブリスさんの足を引っ張ってしまったけれど、それでも学んだことは0じゃない。今は失敗ばかりでもそれを積み重ねていくにつれて確実に上達できるはず。


イブリスさんが失敗するたびに励ましてくれたし、その原因を一緒に考えてくれたので失敗することも全く苦ではなかった。やっぱりこの人はとてもいい人だ、私の目に狂いはない。


そんなイブリスさんのためにもしっかりと実力をつけて恩返しをしないと。


「そうだな……まず属性についてだ。現在確認されている属性、答えてみな」


「属性……えっと」


魔法の属性は色で表される。確か全部で五種類+αだったはずだ。


「赤、青、緑……それから白と黒。あとは無属性、ですよね?」


「正解だ、よくできたな。正確には無属性ってのは”属性が無い”訳だから少し違うらしいが……まあそのあたりは学者の領域だから気にしなくていい」


よし、好調な滑り出し。


属性というのは魔法の根幹に当たる部分だから、確実に覚えておかなきゃ。


「人が使える魔法は原則として自分の属性と無属性だけだ。サラちゃんは白属性だから、赤やら青やらは使えないことになるな」


「えっと……黒属性は基本的に人間じゃ使えないんですよね?」


「基本的に、じゃなく絶対に使えない。悪魔の軍勢が現れるまでこの世界に存在しなかった魔法だからな」


悪魔の軍勢。


突如異次元から現れたという敵だ。軍勢と言われる通り大規模な集団で、黒属性という悪魔特有の魔法を使って人類を恐怖に陥れている。


「……でも、イブリスさんは?」


「モノにはなんにでも例外ってもんがあるんだよ、それだけだ」


……軽く目をそらした。”なにかある”という証拠だ。


ただ、やはり話をはぐらかされて終わってしまった。黒属性を持っている理由が気になるところではあるけど、無理に聞き出そうとしないほうがよさそうだ。


「せっかくだから今のうちに悪魔の軍勢について教えておいてもいいが。といってもある程度は知ってるか……」


それもそうだ、今この世界で悪魔の軍勢を知らない人間など居ないだろう。なにせ平和な生活を脅かす者たちなのだから。


ここ、アヴェントの様に冒険者が多く居る街ならばまだしも、小さな村などは明日もあるかどうか怪しい。勿論賑やかな街でも、いつも心のどこかでは怯えている人ばかりだ。


「備えあれば憂いなし、です。知っていることについて復習するだけでも価値はあるはずです!!」


「前向きだな」


「私の長所だと思ってます」


「ま、そりゃ間違っちゃいないけど」


最低限の知識を持ってはいるけれど、私自身は悪魔の軍勢を直接見たことはない。だからこそいざという時のために備えておくべきだろう。


「んじゃ、少しだけ講義。悪魔の軍勢ってのは知っての通り異次元からやってきた敵で……まあこのあたりはすっ飛ばしても大丈夫か。特徴としては人類に敵対的な事、強力な黒属性魔法を使う事、異次元から突然現れるために神出鬼没な事、そして……瘴気だな、これが一番の特徴と言える」


「……瘴気」


「そう、瘴気。悪魔の軍勢は常に瘴気を発してる」


この瘴気が、人類を非常に苦労させている。


悪魔の軍勢の恐ろしさはその戦闘力の高さや非常に多数の兵が居ることによるしぶとさなど、挙げれば枚挙にいとまがないのだが、一番厄介なものは何か、と言われたら誰でも瘴気だと言うだろう。


「確か、その瘴気が人間にかなり有害なんでしたよね?」


「その通りだ。人が長い時間瘴気に当てられていると様々な障害が出てくる。体の一部が麻痺したり……それから、記憶を失ってしまったり……な」


身体の麻痺、記憶障害。


つまり悪魔が纏う瘴気というものを人間が吸い込むと、その脳の機能が衰えてしまうらしい。


「ま、幸いにも死亡したって記録はねぇが危険なことに変わりはねぇ。今のところ治療する方法も見つかってねぇしな」


最大の問題はそこだ。異次元からきた病原体……の、ようなものということもあってか、瘴気に関しては全くなすすべがない。


予防する手段はなく、当然治療もできない。


「もしもクエスト中に悪魔の軍勢に遭遇するようなことがあったらすぐに逃げろ。新米が相手にするには危険すぎる」


「……はい」


確かに今の私は魔物相手ですら手も足も出ない状態だ。悪魔の軍勢など相手にできるはずもない。瞬殺されるか、一方的にいたぶられて殺されるかのどちらかになるだろう。


「でも、私は悪魔の軍勢を倒す冒険者の皆に憧れてここにいるんです。いつかは……」


「そのためにもまずはちゃんと戦えるようになることだ。結果を焦ると命を無駄にすることになる」


「はい!」


ふと、一人前の冒険者となった自分の姿を想像してみる。


グランドクエストの時のイブリスさんのように、迫りくる敵を魔法を使って次々と薙ぎ倒していく私。その隣で一緒に戦う仲間たち。正に私が憧れた冒険者の姿だ。


その光景を実現するためにも、ゆっくりと実力をつけていこう。


「さて、復習はこんなもんかな。飯までまだ時間もあるし、俺は一服してくるか」


イブリスさんは懐から煙草の箱を取り出し、ベランダに出る扉へと歩いていく。


この人は私と一緒に居るときは基本的に煙草を吸わない。吸うときはこうして私に迷惑のかからないように配慮もしてくれる。


……こういう一面があると、この人がとことん親切な人なのだと痛感するものだ。


「それじゃ、飯が来たら呼んでくれ」


「はい、ごゆっくり!」


「どーも」


* * *


「よいしょ……っと」


イブリスさんが外に出てから、私はベッドに腰掛けて教本を開いた。


白属性魔法の教本。白属性の基礎たる回復魔法から始まり、この属性の魔法をどう扱うべきかの解説が事細かに書かれている。


将来的に私が扱うことになる魔法。攻撃魔法で敵を蹴散らすのも格好いいが、これらの魔法で仲間を支えるというのもいい。


「……そういえば」


ふと気になって教本をぱらぱらとめくっていく。


というのも、白属性に一つだけ存在するという攻撃魔法の存在が気になったからだ。


使えるようになるまでは経験及び修練を含めて結構な時間を要すると言われていたが、やはり気になってしまうものだ。今の私にとっての長期目標とも言えるかもしれない。


「あった……」


教本の魔法一覧の中でも最後のページ。全ての魔法の後に、その魔法のことが書かれていた。


自分を中心に聖域を展開し、その聖域内の敵を滅しつつ、味方は癒す攻防一体の魔法。


ページには魔法の説明と使い方に加え、杖を掲げる魔術師と、それを中心に広がる魔法陣のイラストが描かれていた。


……格好いい。


格好いい……けど。やはりそう簡単には習得できないようだ。


説明文には”超がつくほど習得難易度が高い”と書かれている。熟練の冒険者でもこの魔法を覚えるのには一苦労するらしい。習得を諦めてしまった冒険者も少なくはないのだろう。


「はぁ……私にはまだまだ遠い世界かなぁ」


簡単な無属性魔法ですら失敗している今の私には当分無理な話だ。だからといって諦めるつもりもないのだが。


「”Saint Region”……か」


……私が何気なくその魔法の名を呟いた時、”それは”起こった。

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