師弟、宿をとる

「ねーちゃんリンゴ酒おかわりな!」


「はーい!ただいま!」


アヴェント某所にある、某ギルド本部。その酒場。


一日のクエストを終えた冒険者たちが今日の健闘を讃えあい、そして明日の無事を願う場所だ。


いつもは各々酒を煽って好き勝手に語り合う冒険者たちだが、今日の酒場はとある話題で持ち切りであった。


「おい、聞いたか?」


「ん?なにをだ?」


「あの黒の魔術師が弟子をとったらしいぞ」


黒の魔術師、すなわちイブリス・コントラクターである。


「ああ、なんか話題になってんな。でも流石に冗談だろ?誰があんなのに師事なんかするんだよ」


このギルドでもやはりイブリスの評判は悪い。


しかし評判が悪いということはある意味で有名だという事、そんなイブリスが弟子をとったというのだからその噂は瞬く間にアヴェントの冒険者たちに広まっていた。


「それがさ……俺、見ちゃったんだよね。あいつの弟子……」


「え、マジでマジで!?どうだった?」


大人しく、気の弱そうな冒険者の言葉に、若い冒険者が詰め寄る。


悪魔の軍勢と同じ属性を使い、どこのギルドにも属さない詳細不明の魔術師。そんな魔術師に師事するような物好きは一体どんな偏屈者なのか。色々と言っておきながら皆それが気になっているのだ。


「まだ若い女の子だった。14とか、15とか、その辺の……」


『はぁぁぁ!?』


その返答に、酒場中が揺れた。


「おいおいそれって……」


「明らかに狙ってるよな……」


「は、破廉恥ですわ……人間の屑ですわ……」


「ば、馬鹿、そもそもアイツが人間かどうかも怪しいだろ」


「悪魔の手先を増やすための作戦か……?」


「そ、そうよ!そうに違いないわ!手始めに騙しやすい純粋無垢な少女を狙ったのよ!」


「そういえば俺も見たぞ!」


「僕もだ!」


「俺も……だけど、なんか普通にクエストの事とか教えてたように見えたけど……」


「だ、騙されるな!きっと何かのカムフラージュだ!!」


先ほどまで皆それぞれはしゃいでいた酒場の冒険者たちがざわざわと自分の考えを話し始める。


どれもこれもが憶測にすぎないが、そのほとんどが否定的な意見だ。イブリスの評判が目に見えてわかる。


……そしてただでさえ低い評判が、これで更に混沌とすることも明白だった。


* * *


「はぁぁぁぁぁぁ~……」


自分でも驚くほど深いため息が無意識のうちに出ていた。


「かなりお疲れのようですね」


「まあな……」


セレナちゃんの労いに元気のない声で返事をする。


一日通して何件かのクエストを終えた俺とサラちゃんは”機関”本部にて報酬を受け取っていた。今日の宿代及び晩飯代になる金だ。


「サラさん、修業はどうでしたか?」


「はぁぁぁぁぁぁ~……」


「こっちも!?」


サラちゃんはサラちゃんで絶望したようなため息を吐く。


こちらはただ単純な疲労というわけではないのだが……


「セレナさん……私才能ないんですかね……」


「え、ええ……?」


あの後様々なクエストで魔法を試してみたのだが、サラちゃんは基礎となる無属性魔法を一切撃つことができなかったのだ。


そしてそれらは全て最初の”ショット”と同じ原因不明の失敗。俺にはどうしようもできなかった。


結果、今日覚えられたのは杖魔法の使い方だけ。基礎どころか0の話とも言っていい。そのせいでサラちゃんはすっかり自信を無くしてしまったようだ。


「ま、まあ最初は失敗するものですよ!誰だって失敗はあるんですから落ち込まないでください!」


「それ、イブリスさんにも言われました……」


「……と、とにかく!諦めずに続けていればかならず実になりますから!」


「それもイブリスさんに言われました」


「うっ……」


生気のない目で淡々と返すサラちゃんにすっかり調子を崩されているらしい。セレナちゃんの顔がみるみる引き攣っていく。


そうなる気持ちは痛いほどよくわかるが。


「……でも貴方、意外とちゃんと教えてるんですね」


「じゃかあしい」


ともあれ、初日は大きな事故もなく終わることができた。それだけでも十分だろう。


最初のストーンピッグに関しては予想外の暴走があったが、そのあとは基本的に順調にクエストをこなすことができた。魔法の修行以外に関しては、だが。


「そんじゃサラちゃん、宿取りに行くぞ。今日のとこはゆっくり休んで元気出せ」


「はい……」


「今から行く宿、飯もそこそこ旨いから……」


「本当ですか!?」


休まなくても元気は出たらしい。現金な子だ。


「ご飯、ご飯ー!」


先ほどまでの落胆はどこへやら、俺の後を上機嫌でついてくる。


……この切り替えの早さはある意味で尊敬できるかもしれないな。


***


「ついたぞ」


”機関”本部から数分歩いた場所に、その宿はある。


年季こそ入っちゃいるが、しっかりとした作りの二階建ての建物だ。規模もそこそこ大きい。


設備も必要なものは全てそろっている。俺の行きつけだ。


「らっしゃい……おお!おおおお!」


扉を開けて一歩中へ入ると、まずカウンターに陣取っている白髪のじいさんがこちらを見て物珍しそうな声を上げるのが目に入った。


煙草をくわえ、椅子にもたれながら本を読んでいたらしいが、こちらを見るなり本を投げ出して立ち上がる。


「んだよじーさん、いきなり大声あげやがって……寿命縮むぞ」


「馬鹿モン、わしゃ不老不死だ」


「外見しっかり老いてんじゃねぇか」


「うるさいわジジイ」


「お前にだけは言われたくねぇ!俺ァまだピチピチの若年だ!ほれ、20代くらいに見えるから!」


「い、イブリスさん、それは無理があるんじゃないかと……」


「言われとるぞオッサン」


「少しランクダウンしたけど失礼には変わりねぇぞそれ?」


「最初にじーさんといったのはそっちじゃろうに」


……このじいさんは大体いつもこんな感じだ。見た目からしていい年行ってるくせに元気すぎるほど元気で逆に心配になる。


「おっと、お嬢さんをほったらかしにしてしまったの。わしゃルベイル。見てのとおりこの宿を経営しとるもんじゃ」


顎に親指の腹をあてがい、格好つけながらじぃさんが自己紹介をする。


ルベイル・ガストハオス。自称この道50年のベテラン……らしい。


「ついでにこの小僧の世話役みたいなもんじゃ」


「そりゃちげぇだろ。行き着けなだけだ」


「お前さんみたいなのを泊めてやってるんだからこれくらい言ってもいいじゃろ」


「よかねぇよ」


まあ、言っていること自体は間違っていない、このじぃさんには長らくお世話になっているものだ。


なにせ俺は大半のギルドのブラックリストに入っている。当然街中にも噂は蔓延しているのだから、そんな男を泊めようとする宿など無いに等しい。適当な宿に入ったところで断られるのがオチだろう。


このじぃさんはそんな状況にも関わらず俺を泊めてくれる数少ない人物だ。曰く『金さえ出すならそれは客であり、それ以上でもそれ以下でもない』……らしい。いい意味でも悪い意味でも特別扱いはしないということだろう。


「いやぁ……しかし小僧が弟子をとったという噂が本当じゃとはのう」


「げ、もう噂になってんのか」


「そりゃお前さんの話じゃからな。お嬢さん、名前は?」


「サラ・ミディアムスです。よろしくお願いします、ルベイルさん」


サラちゃんは少し緊張した様子で、杖を両手に持って丁寧にお辞儀をする。


同時に先の方でまとめられた白い髪の毛と、被っている三角帽の先が重力に引っ張られて下を向いた。


「中々にめんこい子じゃのう……小僧の弟子には勿体無い」


「サラちゃんから志願したんだよ。文句あっか」


「こんなおっさんといたら危険じゃないかと思うてな」


「そうか、ならそりゃ余計な心配だ」


ルベイルのじぃさんは終始にやつきながらそんな言葉をかけてくる。


なにもじぃさんも本気で心配しているわけじゃなく、俺を弄って楽しんでいるだけである。年寄りには話し相手が必要なのだ。


「で、一応いつもの部屋はとっておいたが……」


「ああ、そうなのか。でも悪いが今日は二人部屋にしてくれ」


「二人きりの部屋でこんないたいけな少女に何をするつもりじゃお前」


「なんにもしねぇよ!?二つも部屋とる金ないっつーの!」


サラちゃんとここに来ると決まった時点でこう言われることは予想していたが、いざ実際に言われてみると非常に腹が立つ。


「でもまあ……そのあたりはサラちゃん次第か」


サラちゃんも年頃の女の子だ。師弟の関係とはいえ出会ったばかりのおっさんと同じ部屋で一晩過ごすのにも抵抗があるだろう。


二部屋とると宿泊代がとんでもないことになるが、どうにか捻出できないわけでもない。俺の飯が消えることになるが……いやそれは困る、どうにかしてほかの費用を削ることになるか。


「え?私別に一緒でも大丈夫ですよ」


……どうやら杞憂な心配だったようだ。


「ほほう、思った以上に心を許しているようじゃの。何があったんじゃ」


「知らねぇよ。チャラ男に絡まれてるところを助けただけだ」


俺が言うのもなんだが、サラちゃんがなぜここまで懐いてくるのか理解に苦しむ。よくもまあ誰にでも睨まれるような俺に師事しようと思ったものだ。


……そういう鉄砲玉みたいなところがこの子の良いところでもあり悪いところでもあるのだろう。


「さて、二人部屋なら205号室じゃな。食事オプションは」


「付ける」


「食事のグレード」


「一番安いの」


「3600リトスじゃ」


「げ、そんなにすんのか……」


この辺りのやりとりは完全に形式化されている。ほぼ毎日こなしている会話だ。いつもと違うのは部屋番号と料金、そして最後の俺の感想だけ。


ただでさえ二人部屋が割高だというのに食事が二人分になるのだから多少高いことは覚悟していたのだが、いざ値段を聞かされるとどうしても戸惑ってしまうのだ。


「別に払わんでもええんじゃぞ?その場合泊めないがの」


「……払う、払うから鍵よこせ」


一瞬迷ったが流石に宿がないとダメだ。


野宿という手が無いでもないが、いくらなんでもサラちゃんが嫌がるだろう。というか俺も嫌だ。


「ほれ」


俺がたたきつけるように宿泊代を出すとじぃさんが”205”という札のついた鍵を投げ渡してくる。


「食事は19時じゃ。運んでやるからそのときには部屋におるように」


「あいよ……サラちゃん、先に部屋行っててくれ。俺ちょっとトイレ行ってくっから」


「わかりました!」


「部屋は二階じゃ。浴場とトイレは一階に全宿泊者共用のものがあるからそこを使うんじゃぞ」


「はい!」


大きく頷いたサラちゃんに鍵を渡すと、そのままカウンターの脇にある階段を駆け上がっていった。


「他にも泊まってる人がいるんだからあんまり走るんじゃないぞー!」


「……大分苦労しとるみたいじゃのう」


「特に資金繰りでな。悪い子じゃないんだが……悩みの種ではある」


本当、しばらくどうやって生きていこうか……不安しか感じられないものだ。


「しかしどうしていきなり弟子なんぞとったんじゃ。メリットも無いじゃろうに」


「そりゃお前決まってんだろ」


確かにあの子がいるおかげで出費は増えるしクエスト効率も落ちて稼ぎも減るが……


……減るが。


「……あれ、どうしてとったんだ」


「なるほど、お人好しに見えるただの馬鹿じゃの」


「るせぇ、もう行くぞ俺ぁ」


俺はじぃさんとの会話に区切りをつけてトイレへと歩いていく。


……ほんと、どうして弟子なんかとったんだか。

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