白黒コンビの初仕事 その2
「まいどー!」
「あんがとなおっちゃん、帰りもよろしく」
そんなわけで道中特に事故も無く、無事にクエストの目的地に到着した。
御者のおっちゃんが乗車券に記された”往”と”復”のうち、”往”の欄に印をつける。この押印が無ければ帰りに馬車を利用することはできないという寸法だ。
「乗り心地、良かったですねー。ちょっと感動しちゃいました」
「それなりにいい奴だって言ったろ?」
「はい!快適でした!それにしても……」
サラちゃんが正面に広がる景色を見つめる。
「……森ですね」
「森だ」
後ろには今まで馬車で通ってきた見通しの良い平原、それに対して目の前にはお世辞にも視界が良いとはいえない薄暗い森が広がっていた。
「元々は豚……でしたっけ。豚ってあんまり森にいるイメージないんですけど……そもそも野生の豚自体あまりイメージが……」
「豚ってのは猪を家畜化させた動物なんだ、そりゃ野生なんてまずいない。突然変異でストーンピッグになって、猪と同じような環境の場所に戻ったみてぇなもんだな」
これも動物の本能というやつだろうか。うまい具合に森という環境に適応していると言うし、全く自然界というものは良くできている。
「さ、こっからは徒歩になるんだ。話は歩きながらにすっぞ」
「はい!」
流石にこんな森の中に馬車を入れるわけにはいかない。ここは街の近くだから比較的安全とはいえそれでも魔物の住処。馬車を壊されたりしたらその賠償金は俺負担だ、んな高い金払えるか。
幸い情報によるとストーンピッグの住処は森に入ってすぐらしい。短い時間で済みそうだ。
「うう、折角の装備が汚れちゃう……」
「いつかは汚れるもんだ。あんまり気にすんな」
俺が先行しつつ、落ち葉に覆われた柔らかい土の地面を進む。
サラちゃんの装備は白基調であることもあって所々に土がついていることがまるわかりだ。汚れが気になってしまうのもまあわからなくはない。
とはいえそんなことを気にしてもいられないのが冒険者というものだ。悪いが我慢してもらおう。
「……サラちゃん、ストップだ」
「わっ……!」
急に止まったせいかサラちゃんが少しよろめく。
「い、イブリスさん!びっくりさせないでください……!」
「しぃ……」
声を潜め、息を潜め、気配を潜め。
俺を咎めるサラちゃんを落ち着かせつつ、慎重にあたりを観察する。
「どうしたんですか……?」
「いたぞ、今回のターゲットだ」
「……?」
サラちゃんが不思議そうにあたりを見回す。
「魔物どころか虫一匹見当たりませんけど……?」
木と、土と、苔むした岩。動くものは見当たらない。
一見するとただの森なわけだが、”そこ”には確かに討伐対象が悠々と居座っている。
俺は静かに足元にある手ごろな石を拾った。
「イブリスさん?」
「……まあ、見てろ」
木に身を潜めつつ、その石を目の前にあった苔むした岩へと投げつける。
投げられた石はコン、という心地のよい音を響かせて岩へとぶつかり、跳ね、小さく土煙をあげて地面へ戻った。
その瞬間である。
「わっ……!?」
「静かに」
その苔むした岩が、ひとりでに動き出したのだ。
「あれが……?」
「ああ、お昼寝中だったみたいだな」
ストーンピッグ。その名の通り、体表が丸々岩石へと変化した豚の魔物である。
ついでに体格も大きくなっている。普通の豚の二倍はあるだろうか。
「お、おおお大きすぎないですか……!?」
サラちゃんが声を潜めつつもかなり驚いた様子で話す。
「ま、岩石の皮膚ってのは防御の意味もあるが擬態の意味が強いからな。小さすぎる岩よりも大きい岩のほうが自然だろ」
「そういうものなんでしょうか……」
実際、あのストーンピッグの体表はここら一帯にある岩と全く変わりない。だからこそこうして岩ではなくストーンピッグであることを確かめる必要があったわけなのだが。
とりあえずターゲットも発見できたわけだし、早速実戦へと移ろう。
「よしサラちゃん、とりあえず”ショット”を撃ってみろ」
”ショット”。魔力の塊を弾丸のように撃ちだす魔法。元の属性に関わらず扱える無属性の攻撃魔法だ。
無属性は属性付きにこそ劣るものの、攻撃、回復が満遍なくそろっているため、回復特化である白属性の冒険者でもちゃんと戦えるようになっている。
属性付きに比べて応用が利きやすく、新たな魔法を開発しやすいことも無属性の利点と言えるだろう。
「教本に書かれていた基本をしっかり思い出して、自分の魔力を操作するイメージを作り出すんだ」
「はい……!」
サラちゃんは片手で銃の形を作り、目を閉じて集中する体勢に入る。
馬車の中でも熱心に教本を読んでいたこともあってか、基本的な魔力の操作はちゃんと出来ているようだ。指先に魔力が集まっていく様子が感じ取れる。
「いい調子じゃないか。あとは狙いを定めてその魔力を放つだけだ。奴はこっちに気づいてない、チャンスだぞ」
「……はいっ!」
サラちゃんが目を開き、無防備なストーンピッグへ指を向ける。
「”ショット”!」
狙いが定まった瞬間、サラちゃんは指先の魔力をそちらへ向けて一気に放出した。辺りに銃声に近いような独特の音が響く。
その音でやっと異変に気づいたのだろう、ストーンピッグがこちらを発見した。
だが十分。直後に魔力の弾丸が直撃する……はずだったのだが。
「え……え、ど、どうして!?」
サラちゃんが放ったそれは、放出された瞬間に形を失い、拡散した。
有り体に言うと、不発という奴だ。
「……失敗したのか?」
「失敗、しちゃったみたいです……なにか間違えちゃったかな」
おかしい。見たところ今までに失敗しているようなところは無かったはずだ。
『直撃したが全くダメージが無かった』というケースなら『まだまだ魔力が弱いだけ』で済む。
『そもそも放出ができなかった』なら『魔力の操作が上手くいっていない』で済む。
だが今回はどうだろう。ちゃんと魔力を収束できていたし、その魔力を放つこともできていた。それはあの放った時の音が証明している。
あの音はきちんと形作られた魔力の塊が放たれるときにのみ発せられる音。放たれた魔力は使用者の元を離れた時点で独立したものになるため、あの音がした時点で魔法は成功したことになる。
「んん……?」
考えれば考えるほどわからない。グランドクエストやらで新米冒険者の失敗シーンは幾度となく目にしてきたが、今回のようなケースは初めてだ。
まさか、”放たれた後に魔力の塊が崩壊する”など。
「どうしたんですか?私、なにかまずいことやっちゃいました……?」
「いや、失敗の原因がつかめなくてな……」
まあ、そこまで気にすることもないだろう。
新米なのだから、どのような形であれ失敗はするものだ。もとより初めからうまくいくなどと思っていない。
幸いにも今回の相手は大人しい魔物だ。音で驚かせてしまったくらいなら何もしてこないし、悪くても逃げていくのが関の山だろう。
気づかれてはしまったが特に襲われる心配もない。
「……い、イブリスさんイブリスさん」
サラちゃんが俺の服の袖を引っ張ってくる。
その表情は青ざめ、何かに対して怯えているようだ。失敗したのがそんなにショックだったのだろうか。
「サラちゃん気にするな、失敗なんて経験してなんぼのもんだ。恥ずかしいもんじゃねえ」
「そ、そうじゃなくて……!」
「ん……?」
サラちゃんが指さす方向にはストーンピッグ。
……だが様子がおかしい。凶暴な眼光を宿し、息を荒げ。
そして、こちらに向けて明確な敵意を向けているように見える。
「……サラちゃん」
「はい……」
「……避けろっ!」
その瞬間繰り出された突進。
前言撤回、奴さんはこっちを襲う気満々のようだ。
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