少女、クエストに行く

白黒コンビの初仕事 その1

「さて、と」


俺とサラちゃんは”機関”本部にあるフリークエストを掲示しているクエストボードの前へとやってきた。


依頼の数は少ないが受ける冒険者も少ないために尽きることはない。そもそもフリークエスト自体がどうしてもギルドに入れない、入りたくない冒険者のために特別に用意したものだ。尽きては困る。


報酬が少ない点が非常に残念だがフリーター冒険者にはこれで食いつなぐ以外選択肢はないのだ。


「弟子にするとは言ったが訓練場を借りて教え込むようなことはできねぇ。レンタル料を払うほどの余裕は無いし、そもそもクエストに行かないと宿も取れないからな」


ちなみに先のグランドクエストで稼いだ大金(他の冒険者からしてみれば大金というほどではないが、フリーターからしてみれば大金なのだ)だが、サラちゃんの教本で7割が溶けた。


冒険者用の教本高すぎるんだよ……!くそっ!しかも無駄にジャンル分けしやがって、おかげで何冊も買う羽目になっちまったじゃないか。一冊で済むようにしてあれば多少は余裕があっただろうに。


ちなみに残りの3割だが、内2割が宿代と飯代だ。手元には1割しか残っていない。流石に泣きそうになる。


が、無くなった金を悔やんでも仕方がないというもの。まずは目先の利益を追求しなければ。


「そういうわけだから魔術に関しては全て実戦を通じて教えることになる。効率は悪いし危険だが自分で俺を選んだんだから文句は言うなよ」


「はいっ!大丈夫です!」


サラちゃんは元気よく返事をする。


本当、勢いはいい子なんだが、いざ実戦となるとどうなることやら。


今回行くクエストは俺とサラちゃんの二人だけになる。前衛の冒険者が魔物を倒してくれるために後ろに居れば安全なグランドクエストとは違い、魔物に襲われる危険性が非常に高いものだ。


流石に悪魔の軍勢が乱入してくることだけはないと思いたいが……


……そういえばこの子は知識を全くと言っていいほど持っていなかった。悪魔の軍勢についてもいつかちゃんと教えておかないといけないか。


ああくそ!弟子を持つって思った以上に面倒くさい!


「これがいいか……」


とりあえず、クエストボードから依頼書を一枚選んで剥がす。


畑を食い荒らす野生のストーンピッグの討伐依頼……見たところ危険の無い、簡単なクエストだ。初クエストとしては問題ないだろう。


……でもやっぱり割安だな。仕方ないか。


「ストーンピッグは草食のおとなしい魔物だ。あまり動かないから的としても最適だな……基礎を教え込むにはいいだろう」


「へぇー……魔物って言うよりは動物みたいですね」


「名前からわかるように豚が突然変異した姿だ。元は動物ってことだな。細かいことはクエスト中に話す」


サラちゃんは俺から依頼書を受け取ると、それをまじまじと見つめた。


教本に依頼書のことも載っていたはずだが、いざ近くで実物を見るとなるとやはり何か思うものがあるのだろうか。


「とりあえずこいつを受けてくるぞ」


依頼は決まった、次にすべきことはこの依頼の受注だ。


そういうわけで俺たちは”機関”の窓口へ移動する。ギルドクエストはギルド内の出張窓口で受ければいいのだが、フリークエストの受注担当は”機関”本部だ。


そんなわけでフリーターの拠点は”機関”本部になりやすい。俺もここに近い場所で宿を取っている。


”機関”本部の窓口の役目はそれ以外にも冒険者登録、ギルド設立、ギルド加入……とまあ限定的なため、そうそう混むことは無い。おかげですいすいと受注登録が出来るのはありがたいところだ。


「すまん、こいつを受注させてくれ」


「はい、わかりまし……あ」


「あ」


……窓口には、どうにも見覚えのある顔が居た。


「あっ!セレナさん!」


例の受付の嬢ちゃんだ。


「本当に弟子になったんですね……」


受付の嬢ちゃんは俺とサラちゃんが一緒にいるところを見てどうにも気分の良くないような顔をする。


これが普通の反応だ。弟子入りを申し出たときも反対していたのだからこう言われるのも仕方が無いだろう。


「はいっ!これからクエストについていくんです!」


だがサラちゃんはそんなこと気にしないといった様子で元気に答える。出会ってから思っていたがこの子は気分が高揚すると周りがあまり見えなくなってしまうらしい。


「本当、黒属性だってだけでかなり怪しいのにどうして拘束とか監視とかされてないのか不思議です」


「物騒だなおい……罪を犯したわけでもないのにしょっ引かれてたまるかよ」


「それはそうですけど……」


正直俺みたいなおっさんがサラちゃんのような少女と一緒にいるだけで犯罪臭がすることは否めないような気もするが。


まあ、セレナちゃんの言うこともわからんでもない。世間では黒属性といえば悪魔の軍勢しか使えないまさに敵のような存在だ。


そんな属性をさも当然のように使っている冒険者など疑われるのが普通というもの。サラちゃんは例外中の例外だ。


「まあ悪評はあっても悪人ではないみたいなので大丈夫でしょう……クエストの受注でしたね」


セレナちゃんが一度退席し、魔具を持って戻ってくる。水晶と、それにトレイのようなものが接続された魔具だ。


セレナちゃんはそのトレイ部分に俺たちが持ってきた依頼書をおくと、水晶部分を俺たちに差し出してきた。


俺はその水晶に手を触れ、魔力を流し込む。


「属性の影響で壊れたりしませんよね?」


「これで壊れるとしたら今までに数え切れないくらい壊してるっつーの……」


少し流したところで水晶が輝き出し、同時にトレイに乗せられた依頼書に俺の名が浮かび上がる。


「こいつはこの水晶が読み取った魔力を”機関”の冒険者データベースにある魔力のデータと照らし合わせて、一致したデータの名前を依頼書に出力する魔具でな」


「……え、えっと」


「……要するに俺がこのクエストを受けたって登録する道具だ」


そして俺の冒険者証が偽造ではないという証拠でもある。


データベースには冒険者登録しなければデータが登録されない。つまりこのクエスト受注作業でも名前が取得されないということ。冒険者証をそっくりに偽造しただけではクエストが受けられないのである。


「はい、受注完了です」


「っし。あんがとなセレナちゃん」


「ではこちらを」


魔具をしまいこんだセレナちゃんが今度は一枚のカードを渡してきた。


「それは?」


「馬車の乗車券だ、往復のな。交通費は”機関”が負担してくれんのさ」


万年金欠にはありがたい話だ。


今回の目的地はそう遠くないとはいえ、馬車と徒歩ではやはり効率が段違いというもの。少しでも多く金を稼ぎたい俺としてはこのサービスが無ければ困る。


ただでさえ今でも金欠なのにそれに交通費まで入るとなると……うーん、あまり考えたくは無い。


「馬車かぁ……」


「苦手か?」


「村からアヴェントに来るとき乗ってきたんですけど、おしりが痛くなっちゃって」


「安い奴に乗ってきたのか……”機関”の手配する馬車はそれなりに良い奴だから心配するな」


これから魔物や悪魔の軍勢と戦う冒険者が尻を痛めたせいで本調子じゃないなんて間抜けすぎるだろうからな……


まあ、そんな理由かは知らないが”機関”の馬車は中々に乗り心地が良い。快適に仮眠を取るくらいの水準は満たしている。


……そうか、宿代が無いならわざと遠い地のクエストを受け……いや、これは最終手段だ。やめておこう。


「サラさん、相手は大人しい魔物ですけど……油断は禁物です。気をつけてくださいね」


「はい!頑張ってきます!」


心配の声をかけるセレナちゃんに対して、サラちゃんが元気よく手を振って返す。


「……イブリスさんも、お気をつけて」


「サラちゃんに怪我させないよう、頑張ってくるよ」


続いて俺にもかけられる労いの言葉。


受付嬢としてマニュアルどおりの対応なのかもしれないが……とりあえず、一定の信用くらいは得られたのかもしれない。


……幸先が不安じゃないといえば嘘になってしまうが、ここまできたらやるしかない、か。

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