白黒コンビ、結成

「ふぅ……どうにかやり過ごせたか」


街の大通り。多くの人が行きかう中、俺は煙草を一本咥えて火をつける。


同時に軽く後方を確認。サラちゃんの白いローブも、受付の嬢ちゃんの制服も視界に入らない。


少々無理やり撒いた感じが否めないが、とりあえず追いかけてくる様子はなさそうだ。流石にあそこまで拒否したのだから諦めてくれたのだろう。


「ハァ……」


煙草の煙とともにため息を吐く。一時間もたっていないというのにここ数年でもっとも濃厚な時間だったかもしれない。


それにしても本当に奇特な子だ。弟子入りなんて俺自身にメリットが無いことは勿論だが、それ以上に彼女にメリットがあるはずがない。


なにせ俺はほとんどの冒険者に煙たがられ、一部のギルドではブラックリスト入りしているほどの人間である。そんな輩の弟子などいい目で見られるわけがない。


それなのによくもあそこまで俺に執着できるものだ……いや、勢いに任せてそこまで考えてはいないのか。


あんな子は初めてだ。あんなにも純粋に俺のことを慕ってくれる子は。


……確かに、もしも弟子を取るのならば彼女のような子がいいかもしれない。


「……何を考えてんだ俺は……」


道のど真ん中で頭を抱える。どうにも疲れているらしい。


「でもまあ、すれ違ったら挨拶くらいしてやってもいいかもしれないな」


悪い子ではなかった。見たところかなり歳が離れていたが、まあ友達くらいならなれるだろう。


「……友達くらいなら、な」


ゆっくり歩いていた足が自然と止まる。


ふと、自分の後ろが気になって振り向いてみたが、そこに見知った顔は居なかった。


* * *


「えっと……」


イブリスが去ってから数十分後、喫茶店には落ち着いた雰囲気が戻っていた。客も何人か入れ替わり、あの騒ぎを知らないものも多い。


そんな中、先ほどまで喧騒の中心であった席には少女が二人。セレナとサラである。


サラは俯いて三角帽にその顔を隠し、セレナはその隣で気まずそうな様子を見せていた。


イブリスを追おうという様子はない。


テーブルにはすっかり冷めてしまったコーヒーが残っているが、それに手をつけようともしていない。


「さ、サラさん。残念な気持ちはわかりますけど……断られたものは仕方ないです。気を取り直して次の人を探しましょう?」


返事は無い。


「だ、大丈夫ですよ!焦ることはないんですから……!”機関”では新米の冒険者の人に宿を貸し出すサービスも行ってますし、しばらくは師匠探しとかで……」


返事は無い。


「あ、な、なにか甘いものでも食べに行きますか?いいですよ!私の奢りです!”機関”本部のほうに美味しいクレープ屋さんが……」


「……あの人を最初に見たとき」


「えっ……」


イブリスが去ってから初めて、サラが声を発する。


その声は今までの元気な様子からは想像もつかないほどの小さな声だった。


「なにか、この人じゃないと駄目なんだって感じがしたんです。この人を師匠にしないと一生後悔するって……そんな感じが、頭によぎって」


「……サラさん」


サラは話しながらそう話しながらゆっくりと顔を上げる。


隠れていた目元には涙の跡が色濃く残り、目は少し赤く腫れていた。声を上げず、静かに泣いていたのだろう。


「私、昔からやるって決めたら何が何でもやるって性格みたいです。いろんな人からそう言われてますし、自分自身でもそう思ってます。でも、イブリスさんに関しては今までの中で一番強くそう思ったんです……!」


白髪の少女の瞳がまた潤む。


「だから……ショックが大きくて……すみません、もう大丈夫です……」


「あ、さ……サラさん!」


サラが力なく席を立つ。


テーブルに未だに残っているコーヒーには目もくれず、俯き、ふらつきながら歩き始めた。セレナも慌ててそれに続く。


「バッカ、んなふらついて。全然大丈夫じゃねぇじゃねーか」


だがその行く手を、聞き覚えのある声をした長身の男が遮った。


「え……?」


「ほらほら、情けない泣き顔せずにもっかい座れ」


その男は立ち去ろうとしていたサラを無理やり席に連れ戻し、自分もそれと向かい合うように座る。


セレナも慌ててサラの隣に座りなおした。


「ああもう、コーヒー冷めちゃってるじゃあねぇか……ちゃんと残さず飲んでけよ」


言いながら男は分厚い本を2~3冊ほど取り出し、机に置いた。


相当な重量なのだろう。その本が生み出した机の振動が冷めたコーヒーを揺らす。


「ど、どうして……?」


「あ?そりゃ……なんというかな」


あっけに取られていサラの疑問に少し言葉を濁した後……


「……涙まで持ち出されちゃ俺が悪者みたいじゃねーか」


その男、イブリスは照れくさそうにそう言った。


「……基礎だけだ。基礎だけ教えてやる。それ以降はちゃんとしたギルドに入ってちゃんとした師匠を作ってもらうし、俺は一切世話をしない。それでいいか?」


「……はいっ!」


サラの表情が打って変わって明るくなる。


”機関”本部に冒険者になりに来たときの、期待を抱いた輝いた笑顔だ。


「つーわけで教本を何冊か買ってきた……まずは空き時間にこいつを読むことから始めろ、大体覚えるべきことは書いてあるはずだ」


「は、はい!」


サラが机に積み重ねられた教本を一冊手に取る。


元々分厚い大判の本だが、体格の小さいサラが持つことで更に大きく見えた。


「そういうわけだ、受付の嬢ちゃん。悪いがしばらく預かる」


「……なぜ……?」


「さっきも言ったろ。どうも女の子の涙には弱いらしい。自分でも不思議だがね」


なんだかんだ言っておいて、このお騒がせ少女と行動をともにするのも悪くない、と。自分でも気がつかないうちにそう思ってしまったのかもしれない。


喫茶店の一角で教本を読みふける少女を見ながら、イブリスは少し口角を上げる。


……冷めたコーヒーはいつの間にか下げられて、温かいコーヒーが新しく出されていた。

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