少女は冒険者になりたい

「すになせん!冒険者登録をしたいのですが!」


”機関”の窓口に、一人の少女が飛び込んできた。


白髪に明るい青色の瞳。少し長めの髪を先端でまとめ、青いリボンで縛っている。


鎧やローブといった装備は身につけていない。今冒険者になりたいと申し出たとおり、素人なのだろう。


その服装は質素とは言わないが、豪華なものでもない。貴族の生まれでもないただの一般市民のようだ。


その元気で勢いの良い声に”機関”にいた職員や冒険者が注目し……


「……ご、ごめんなさい、やり直して良いですか」


「は、はぁ……」


台詞を思い切り噛んだことに気づいた少女が赤面した。


* * *


「サラ……サラ・ミディアムスさん。希望クラスは魔術師、ですね」


少女が記入した書類を確認する。出身はこの街、アヴェントから少しはなれた辺境の村、田舎とまではいかないが都会とはいえないだろう。そこからはるばるやってきたようだ。


「すみません、それでは登録をいたしますのでこちらへどうぞ」


「はい!」


受付嬢の案内に白髪の少女……サラは元気な返事をし、彼女の後に続いた。


今、この世界は悪魔の軍勢に脅かされている。


突如異次元から現れたその軍勢は瞬く間に人の栄える国をひとつ潰し、その後もこの世界に住む人間の脅威として君臨しているのだ。


当然人間も黙ってはいられない。そうして立ち上がったのが冒険者たちであった。


剣術、武術、魔術。あらゆる戦闘術を使いこなし、悪魔を倒していく冒険者は人々のヒーローであり、憧れである。


そんな冒険者たちにクエストを与えたり、冒険者になりたいと思うものを導く窓口となるのがこの世界冒険者機関。通称”機関”なのである。


アヴェントに置かれた”機関”の本部は冒険者志望の人が最初に足を運ぶ場所。


そしてサラも、冒険者に憧れ、冒険者になりたいと願うものの1人であった。


「一言に魔術師といっても、大まかに2つの種類があります。攻撃魔法を得意とするメイジ、そして仲間の回復など、サポートに長けたプリースト。登録と同時に貴方がどちらに向いているのかも選定させていただきますね」


「は、はい」


先ほどよりも返事に元気がない。どうやら緊張しているようだ。


それも仕方のないことだろう。明るかった窓口と違い、今歩いている廊下は少し薄暗い道だ。女性冒険者はたいてい同じような反応をする。


しばらくそんな道を歩いていると、番号札のつけられた扉が並ぶ場所へ出てきた。


「えっと……5番5番……ここですね」


受付嬢は「5」と書かれた扉の前で足を止める。


「ではこちらで登録を行わせていただきます」


「い、痛かったり……しないですよね?」


「あ、あはは……登録用の水晶に触れていただくだけなので心配ないですよ」


前言撤回。この子は少し緊張しすぎだ。


「それではこちらへ」


その部屋の中は、今まで歩いてきた廊下以上の薄暗さであった。


床には魔方陣が描かれ、それが淡い輝きを放っている。


その中心には机に載せられた水晶玉。これも同じく淡く輝いていた。


光源は少ない。水晶玉以外にはせいぜい小さな照明がところどころにつるされているくらいであり、それが逆に怪しげな雰囲気をただよわせている。


「中心の水晶に手をかざしてください。それであなたの魔力適正の計測と冒険者登録を行います」


受付上は魔方陣の一角に先ほどサラが記入した用紙をおき、サラを水晶まで誘導する。


「こ、こう……ですか……?」


「あ、ち、ちょっとまっ……!」


「きゃっ!?」


促されるままにサラが手をかざした瞬間、水晶はその輝きを増した。


先ほどまでの淡い光とは比較にもならない、直視できないほどの大きな光である。当然こうなるとも思っていなかったサラはそれを思い切り食らってしまったわけで。


正直、本気で失明するのではないかと思った。


「す、すみません!注意するのをすっかり……」


「あ、あははぁ……大丈夫ですよ、大丈夫……」


水晶の輝きが収まり、こちらに戻ってくるサラはそう口にするが、反面その足取りは見事なまでの千鳥足。完全に目を回している。


「と、とにかく、これで登録は完了です。あなたのことが”機関”のデータベースに登録されましたので……魔力適正を」


ふらふらと歩くサラに危なっかしさを覚えつつも、受付嬢は先ほど魔方陣に置いた用紙を拾いに良いく。


紙にはサラが記入したものとは違う、新たな文字が浮かび上がっていた。


水晶の部屋を出た二人は再び廊下を歩いた。


「うわぁ……!」


そうして案内された部屋は先ほどとは違う大きな部屋。そしてサラにとって圧巻ともいえる部屋だった。


その部屋には多くの武器や防具が並んでいたのだ。


戦士が使うであろう剣や鎧をはじめとして、杖、魔道書、ローブにマントといった魔術師用のものも所狭しと並んでいる。


あたりを見てみると、自分と同じ何人かの新米冒険者が違うスタッフの案内で防具の試着をしている姿が見えた。


「こちらからあなたの初期装備となるものを支給します。自由に見ていただいていいですよ」


と、言ったときにはすでに隣にサラはいなかった。


「ああ……これ可愛いなぁ。あ、でもこっちもいいかも……」


「早い……」


サラはこの部屋に入った瞬間、選定を開始していたのだ。


ずらりと並んでいるローブをひとつ手にとっては戻し、ひとつ手にとっては戻しの繰り返し。これだけ見ると休日にショッピングを楽しむだけの少女にしか見えない。


「さ、サラさん、あまり時間をかけないでくださいね……」


「は、はい!少し待ってください、この中からひとつ……うう、どうしようかな……」


「もう……」


受付嬢は楽しそうにローブを見て回る白髪の少女を見て、思わずため息を漏らした。


サラの装備選定は結局そこそこの長さを要した。


彼女が選んできた装備は樫の木でできた杖に白が基調となっているローブと三角帽。それを身に着けた容姿はまさに”魔女”といった感想を抱かせる。


ただサラの身長があまり高くないこともあってか、それは少し大きく感じられた。


「すみません、そのデザインであまっているサイズはそれが一番小さいものでして……」


「うーん、少し動きにくいけど……そんなに違和感はないですから」


「ふふ、それなら良かったです。それにお似合いですよ」


「えへへ……」


受付嬢はにっこりと微笑んでサラの姿へ肯定的な感想を示す。


サラもまんざらではない様子だ。自分が選んだ装備なのだから当然といえば当然なのだが、やはり他人から褒めてもらえると嬉しいのだ。


「さて、これで大まかな作業は完了しました。こちらをどうぞ」


受付嬢は一枚のカードをサラに手渡した。


そこにはサラの名前、クラスなどをはじめとした冒険者としてのステータスが記されている。


冒険者証。憧れていた冒険者となれたことを証明するそのカードは、サラの目には輝いて見えた。


「これであなたも冒険者です。サラさんはこれから簡単なものから危険なものまで、様々なクエストをこなしながら生活することになります。時には命が危機にさらされることもあるでしょう。どうかお気をつけて」


「……!はいっ!」


目を輝かせた少女は両手で杖を握り締め、明るく返事をする。


希少な果物の採取、魔物の討伐、時には悪魔の軍勢との戦闘……これから胸躍る冒険が始まるのだ。


この世界に、また一人の冒険者が誕生した。

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