第2キロ この錬金術のレシピは俺の世界の化学式らしい
そんな感じで行き先を変更した俺たちが向かった先は
「どうして俺の家にお前なんかを連れてこなきゃいけないんだ……。」
メイの家だった。回答としてはお前がお人よしなのではと思ったが口にしないでおく。
「ありがとう。とんでもなく助かったよ。俺、あのまま死ぬかなーって思ったし。」
助かったのは事実なので素直にお礼を言う。森の中に紛れるように木を模して造られた家だった。室内の基本素材は何か白みが強めの木材で、少しの明かりでも大分部屋が明るい印象を受けた。ここまでくる間に日が傾いてきたのか少しづつ暗くなってきていて不安だったので完全に夜になる前にこの家に来れてよかったと安堵する。
「って、え?なにこれすごい!!」
メイが明かりをちゃんとつけた様で、部屋の全貌が明らかになる。
でかい木のような家、上の方はどうなっているんだろうと思っていたが……。俺は呆然と上を見上げた。
「すごい本だ……。」
「ん?まあ俺は勉強家だからな!!国立図書館には負けるけどたくさんの本を持ってるんだぜ!!」
天高く……どこまで続くのか分からない程壁に埋め込まれている本棚は続いていた。これ、地震来たらヤバくね?と思うがどうやら日本じゃないみたいだしその心配は見当違いなんだろうか。上ばかり見てしまったが、本棚は別に1階の壁から全部が本棚と言うわけでは無い。丸い部屋があって、そこから上が全部吹き抜けになっている。壁に沿うように両側から階段があり、玄関の正面、2階の高さで廊下として合流していた。そしてその階段の通路の壁からが本棚だ。上の本どうやってとるんだよというツッコミはいれていいのだろうか。ちなみに1階の部分は真ん中に水が溜まっている。
「簡易的な湖だ。結構深さはあるから注意しろよ。」
簡易湖の上には飛び石のように家の基本素材と同じ白っぽい木が幾つか浮かんでいた。
「まあ良い。お前の素性もよく分かんないけど家政婦くらいにはなるだろ。」
「でも結構片付いて見えるけど?」
家政婦って言えば掃除とか洗濯とか料理をするイメージだけど、家は結構綺麗で手は足りてるように思えた。というか、この場所公共施設とかとしてならありかもだけど住居スペース無くない?
「この辺はあんまり使わないからな。問題は俺の研究室の方だ。」
「研究室?」
科学者か何かなのだろうか?いや、今は羽をしまってるけどメイはフェアリーらしいし、もっとマジカル的なことを研究しているのかもしれない。階段の裏、階段の下のスペースに地下に続く階段があった。なんだろう秘密基地っぽくってワクワクする。1階から上が縦に広かったのに対して。地下は横に広かった。
「うわぁ……。」
素材も木から石に変わっていて、一気に雰囲気が変わる。問題は……
「散らかってるな……。」
「だから!それを片すのがお前の仕事だ!!」
辺りにはたくさんの何か紙が落ちていた。何とは無しにそのうちの一枚を手に持った。そして俺は目を見開いた。
「今日だけは俺が飯作ってやるけど明日からはお前に作らせるからな!!……って何見てるんだよ。」
メイが俺の手元を覗き込んできた。
「レチノール……!!?」
「は?」
紙に書いてあったのはレチノール……ビタミンAの化学式だった。
「え……?それ俺が頑張って書いた魔法陣というか錬金術のレシピなんだけど……。レチノール?」
「これビタミンAじゃん。お前食品科学でも研究してるのか?」
「え?いや、俺は錬金術師で……、これは魚の肝の成分を魔法で分析して。その成分を魔法陣で表現したわけで、お前このレシピの意味が分かるのか?!」
俺の中で眠っていた栄養の知識がひょっこりと目を覚ます。
「もしかしてお前、化学式があればその成分作れたりする?」
「は?まあ、レシピと材料があれば……。」
この状況で俺がメイに放り出されなくて、俺にもメイにも得なことを思いつく。だってあちこちに散らかる紙にはバツ印が付いていたりぐしゃぐしゃに丸められて捨てられていたりする。
「こういうレシピ描くの苦手だろ?」
「うっ……!!」
どうやら図星らしい。口元が自然に緩む。
「俺がレシピを描いてお前が作るのはどうだ?」
「え……?!」
「と言うわけで!栄養士、秋野実を!!家政婦兼助手として正式に雇ってくれないか?!」
「えいようしって何?!」
驚いたのか辺りに黄色い金平糖が飛び散った。
目の前に置かれた豆腐の味噌汁と白いご飯。
「まさかの和食。」
「わしょく?これは師匠が教えてくれた料理なんだ。森に自生してるとある豆を錬金術でいじって色々作ってる。」
(多分その豆、大豆!!)
久々に食べる誰かの手作りの料理……しかも馴染みのある和食……!!五臓六腑に染み渡る!!食事としてはちょっと色々足りないけど死にかけのカロリー補給としては悪くない。野菜が無いのが些か不安だけど。まあ一日くらい適当なもの食べてても栄養失調とかにはならない。今までの生活を考えるとちょっと微妙だけど……まあ栄養過多の方に傾いてただろうしいっか!!
汁物の汁は全部飲むと塩分が気になるけど……このみそ汁の塩分濃度は0.6%くらいだろうか。俺のお椀に入っている味噌汁の量が150~180だと考えれば1g前後の塩をとることになるけど……、まあ今日はここに来る前の記憶ないし!!飲んでしまおう。それにこのみそ汁でこの白米を食べなきゃいけないわけだし。
「それにしてもこう……人が作った料理っていいよな~。美味しい。」
「……何だろう。太ってるやつが美味しいって言うと謎の説得感を感じる。」
「マジで?俺プロモーションビデオとかいける?」
「いや、知らないけど。」
「場合によってはデブな奴は味覚が鈍いみたいなイメージがあるかもしれんが俺はいける!何だったら食レポをしてあげよう。」
「とりあえず遠慮しておく。」
ご飯を食べたら――――――
「ん!」
「あぁ?」
満面の笑顔で手を出したらすごい顔で睨まれた。
「メイってそういう表情多いよね。せっかくの美少年なのに勿体ない。」
「誰がさせてるんだ。誰が!!……別にお前も痩せてれば可愛い顔してるのにな。」
「うーん……。男が男に可愛いって言われても嬉しくない。」
そう言えばメイは思い切り舌打ちをした。
「しかもさっきから色々言ってくれるけどよぉ?俺はこれでも女だぜ?」
……そうか……女の子だったのか。髪が短くて全体的に中性的だからよく分かんないけど。
「そっか。でも女に可愛いって言われても嬉しくないもんだな。」
「……まあ半分嫌がらせだけどな。……で?何だその手は?」
出したままの俺の手の理由を尋ねられる。
「何って食後はデザートだろ!」
「……砂漠。」
「そっちじゃない。食後の甘味ってこと。」
「甘味。」
言えばメイはまた顔をしかめた。
「甘いものなんてそうひょいひょい出せるか!!」
そう怒られてしまった。もしかして甘味が一般人には出回らないような状態なのだろうか。でも俺としては別に本当に甘いものが食べたかったというよりは……
「お前の……メイの感情が食べたい……。」
「……お前、本当に感情食べたがるよな。本当にお前から感情零れないし。」
「感情なんてそうひょいひょい物理的に出せるか!?」
「出せるんだからしょうがない。」
世界は広いというか何というか……。
感情が物理的に外に転がり出てそれを食べれるなんて、どうかしてる。ここまでくると俺も薄々気が付いてくる。多分ここは俺がもと居た世界とは別の世界なんじゃないかと。超未来とか超古代とかの可能性もあるけどそれもまとめて異世界と考えてしまおう。もともといた状況じゃない状況にほっぽり出されて……これからどうしようか。
「甘いもの好きなんだよー。驚きの金平糖で良いから出してくれよ~。」
微妙に甘さとは違うけど、あの金平糖もどきもデザートとしてはありな気がした。
「驚かないと無理だ。」
……待てよ?感情が物理的な食べれる物になるのなら……。
「メイ。さっきのご飯本当に美味しかった。」
「おお?」
「それだけじゃない。今日俺を助けてくれてありがとう。」
「あー?ああ。」
「メイって女の子なら美少年じゃなくて美少女だな!」
「そうか。」
「……。」
「……。」
他の感情は!
どんな味がするのかとか!
試してみたいと思った時期が!!
俺にもありました!!!
(ダメだ。俺の言葉じゃメイの感情を動かせない!!)
仕方なく俺はポケットに入れておいたさっき研究室でメイを驚かせたときに出た金平糖もどきを出そうと思った。が、ポケットに突っ込んだ指は何にも当たらない。無慈悲にも布だけの感触がする。え?俺の太ってることによる発熱とかで溶けた?!
「あれ?!さっきの驚きの金平糖、ポケットに入れといたのに?!」
そう言えばメイは呆れたようにため息をついた。
「感情はそう長続きしないよ。具現化した感情だって生まれたその瞬間から5分くらいで自然に消える。」
「え?!」
「言ったじゃないか。腹の足しにもならないって。食べて気分を紛らわすくらいしかできないって。」
それはそういう意味だったのか。何か感情は長続きしないって言うのも納得いく言葉ではあるけど、そんなに儚いものだったのか?!フワフワパンケーキより、気泡たっぷり魔法のクリームより持続時間短くない?!
(でもそれは……確かに文字通り腹の足しにもならないけど……。)
めちゃくちゃ美味しい感情
しかもカロリーゼロ!!
それって俺のダイエットに滅茶苦茶良くないか?!
俺は天啓を受けた気分だった。そうだ、つまりこれは……この異世界で俺にダイエットしろと言う神の導き!!
「うん。やっぱり感情は俺にとって最高のお菓子だな!!」
「何言ってんだ?お前。」
メイはため息をついてそう言うとちょいっと俺の服の裾を引っ張った。
「ん?」
「そ、それより俺はお前のえいようし?とか言う職業の方が気になる。錬金術師の魔法陣……レシピを描けるのか?」
その問いに俺は頷く。俺の考えがあっているならどうにかなるはずだ。
「あ……そう言えばこの世界の文字って、どういうの?」
俺の世界と同じか違うか……幸い喋る言葉は同じみたいだけど。
「文字……。こんな感じだぞ。」
メイはそう言うと紙に『明』と書いた。
「あかり……?」
メイは俺の言葉に軽く頷くと
「これは俺の名前。文字で書くとこうなるんだ。」
と言った。明と書いてメイと読む。そんな読みも確かにあったなあ、なんて思いながら適当にメイに文章を書いて貰う。どうやら概ね文字は同じようなものらしい。
「じゃあ栄養士はこう書くぞ。」
『栄養士』と俺は紙に記す。
「何か、凄そうだな。栄えてて養う職業なのか……!?」
その解釈に俺は苦笑する。
「簡単に言えば俺たちが食べる物、体を動かすエネルギーとかその循環とかについて知識を持った人かな。」
メイはよく分からないと言った風に首を傾げた。ああ、誰かに栄養について語るなんて、学生時代の教育実習以来かもしれない。また栄養について考えて語れる日が来るなんて。俺の胸の中に温かい気持ちが溢れる。もしも俺がこの世界の住民だったら、俺の感情も美味しい欠片になっただろうか。そしたらそれはどんなに温かい味がすることだろう。
ガザザザッ――――――
―――――ズルッ ズルッ ズルッ
上、地上から大きな音がした。
「何?!」
「家には入ってこれないから安心しろ。魔物だ。それも、光の国に似つかわしくない闇属性のな。」
メイは忌々しそうに上を見上げた。
「え?知ってるの?」
「最近やって来た大蛇の魔物だ。闇に乗じて森の生物を襲い生態系を乱している。光属性の生物は闇属性の生物と互いの攻撃が弱点だ。故に、先手を取られればたいてい負ける。」
メイはそう言って悔しそうに唇をかみしめた。
「森に住む動物たちに、あいつを何とかして欲しいって言われた。だから昼間にあいつを探したけど……見つけられなかった。」
「……ごめん。俺に時間割かせちゃったから。」
彼女は首を横に振った。
「お前のせいじゃない。森の動物たちが大切なのに、錬金術師なら大きな錬金術とか魔法でどうにかできるって頼りにしてもらったのに……。結局俺には何にも出来てない。」
コツンと青い雫型の何かが落ちる。多分これは、悲しみの感情。
「……俺も光属性だし、夜はどうにも何にも見えなくて困っちゃうよ。」
メイは口元を無理やり笑いながらそう言った。俺はいつの間にか落ちた感情を拾っていた。
「ああ、それも困ったもんだな。感情が溢れるとすぐに零れる。それは美味しくないから食べるなよ。」
「ああ、そうだな。」
悲しみの感情が美味しくていいわけがない。
「あ?!」
口に放り込んだ雫型の感情は悲しくなるくらい、しょっぱくってスウスウして、何処までも透明な味がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます