食べるの大好きな俺が異世界でダイエットする話

星野 優杞

第1キロ  感情って美味しい!!

 


 大学で遊ぶ暇もなく学んだ栄養学。詰め込んで詰め込んで、世の中の人を健康に出来たらいいなと希望を持って俺は社会に飛び出した。


「実、栄養系の職種につかないのか?」

「給食の管理とかも良いけどよ、やっぱ影響力が大きい方が良くね?」


そう言って俺が飛び込んだのは大手の外食チェーン!やっぱり変えるなら食生活がヤバい人から変えた方が良い。それこそ毎日外食の人とかさ。外食が健康的になったら毎日外食の人も健康になれるじゃん!!それって良い事だと思うんだよ。まずは店舗で働いて、働きながらもレシピ考えたり、お客さんに野菜料理お勧めしたり……。そんな考えが甘かったと気が付いたのは入社して1年もしない頃だった。


 忙しすぎて働いて眠るだけの毎日が続いた。家なんて寝るためだけの場所だ。気を紛らわすために、体を動かすために栄養もあまり気にせず好きなものを、甘いものを口に放り込んだ。そんな生活が続いて3年が経とうとしている。

 

「今日、終電乗れますかねー。」

「俺更衣室で寝ます。」


どうせ家に帰ったって寝る暇も無く、出勤しなきゃだし。それなら泊まって2時間でも寝た方が良いだろう。バイトが大勢いる店の中の社員だ。バイトとは違うんだからバイトより働かなきゃいけない。更衣室の掃除をしてゴミをまとめて……


「ねぇ?衛生管理の記録のチェックしたー?」


尋ねてくるのは先輩の女性社員だ。


「あ、すみません。まだです。」

「早くしてよー。そろそろ衛生監査入るんだから。」


衛生の記録と出勤の記録を見比べて名前が無い人をピックアップしていく。1日分ならともかく1か月分ともなるとどうしても時間がかかる。やっと終わったと思ったらSNSで連絡が入る。


『今度の飲み会の場所とか詳細の決定した?』


飲み会の幹事も俺だった。なんだかんだ言って3回連続で幹事を押し付けられている。店が早めに閉まる日の夜24時からの飲み会だ。泊り決定だが勿論翌日は休めるわけでも無い。店を探して、参加費を集めてプログラムを考えて……。今度のはお別れ会だからプレゼント代も集めないとな。足りない部分は俺が財布から補充しなきゃいけないのかな。考えていたら明日の出勤時間まで1時間を切ってしまった。


(そういえば会社からのお知らせ、目を通していない。)


店の端末から会社のホームページを開けば新しい通達が5件。新店オープン、CM広告について、本社の会議の内容に、新キャンペーンと来月の新メニュー。


(うわぁ、カロリー高そう。)


そんなことを思いながらも連絡ノートにキャンペーンの内容を書いていく。会社のしたいことを店に浸透させるのも社員の仕事だ。前回、俺が書いた内容に対して赤ペンが入れてあった。いつも俺を目の敵にして罵声を浴びせてくる男の字だ。


『字が汚い。』


それを見てため息をつく。確かに字は綺麗じゃないけど毎日一生懸命書いている。連絡ノートを数ページめくれば赤ペンで書き綴られた罵詈雑言。


仕事が遅いだの、生きている価値が無いだの、お前ほどレベルが低い奴はいないだの、バイトより仕事が出来ないならその分の給料をバイトに払えだの書かれている。そのページの最初には数日前自分がしてしまったミスが書かれていて、『誰とは言わないけど、こんな簡単なミスをする奴』にその罵詈雑言は全て向けられていた。書いたのは店長だ。


営業中も飛び交う怒号。

16時間拘束4時間休憩、なお休憩は入れたらラッキー。

休憩時間はドタキャンもしょっちゅうあるけど皆が納得いくように考慮して俺が考える。

更衣室が汚いのも衛生管理が行き届いてないのも俺のせい。

社員なんだから仕方ない。

社員なのに仕事が出来ない。

そんな俺は―――


「寝よう。」


ついつい夜になると嫌な方に考えがいってしまう。そんなことを考えるより寝るのが最優先だ。何の変更も無ければ俺はあと2日で休みのはずなのだから。



 「実!バイト休むって。だから明日……もう今日だけど出勤で。」

「あ……はい。」

「5時―24時で頼むぞ。」

公休なんて無かったんだ。


(飲食業は体力勝負だ。俺、もともと体力ある方じゃなかったんだよな。)





 だから俺はいつの間にか綺麗な森の中にいた時、ついに死んだと思った。最近親にも会ってなかった……。そもそもプライベートの時間なんて無かったから思い残すことなんてあんまり無いや。


「それにしても太っちゃったな。」


この3年間栄養学なんて気にせずに食べてしまったため俺の腹は見事に成長した。子供がぶつかってきたら多分その子がはじき返されるような立派な腹だ。メタボの基準って男だと85センチだっけ?血液の検査は結果は……どうだったかな……。


まあ良い。死んだならもう太ってるとか気にしなくていいだろ。何となくプヨプとした腹を自分でつついて遊ぶ。ちびでデブとか救いようないな。まあ死んだなら良いか。


「綺麗な森だし、多分天国だろ。」


特に悪さもしてないし、天国に来れたなら上々だ。


「天国にも美味しいものがあると良いな~。」


天国で食べたら太るのだろうか。いや、霊体はカロリーなんて無くても生きてけそうだし、太らないかな?いや、そもそもあの世に食べ物はあるのだろうか?食事とは本来エネルギー摂取のための行為である。生命活動が停止しているなら食事の必要なんて無いわけで……。


「もしかしてあの世に食べ物は無い?!」


俺は恐ろしい考えにたどり着いてしまった。


いやいや、待て待て。美味しいものを食べたいという想いは死んでからでもあるだろ?俺だってあるし。娯楽で食事もあるかも!見ろ!!これが!!食欲!!……あれ?欲を持ってるってことはここはワンチャン地獄の可能性も?よく分からなくなってきた俺はとりあえず落ち着くために深呼吸をした。


「とりあえず……空気は美味しい。」


それ以外はよく分からなかった。

ここが天国か地獄か見極めるためにはとりあえず辺りを探索する必要がありそうだ。俺は仕方なく重い体を動かすことにした。体重のせいか、仕事の疲れか……めっちゃ体が重い。死んだなら肉体的負担は軽くすべきなのではないだろうか?


 少し歩いたが景色は変わらない。辺りは綺麗な森だ。一本一本の木が俺が3人集まったくらいの太さの幹で、立派な枝が伸びている。緑色の葉からは木漏れ日がキラキラと漏れていた。根っこが結構張っているせいで足元が良くない。そのせいもあって息が上がる。


「有酸素運動か……。結構歩いたしそろそろ脂肪が燃えないかな……。」


辺りの景色が雄大すぎてあの世だと思っていたが、すごく普通に疲れるし、木に触れた感覚も普通に感じる。

あれ?もしかして俺、死んでない?でも逆に死んでないとしたらここは何処なのだろう。木の感じが日本っぽくないんだが……いや、屋久島とかってこんな感じだっけ?そうだとして、なんで俺はそんなところに居るんだろう。え?気が付かないうちに自殺しようとして変なとこにでも来ちゃった?俺そんなに追い詰められてた?


とにかく……

「お腹空いた……。」


どんなに太っていようとも胃が空っぽになれば空腹を感じるもので……。

いや、どっちかと言うと空腹は血糖値の低下を感知して摂食中枢が刺激されるから感じるものなんだけどね!!それにしても俺の脂肪は役立たずか?!空腹感じるなら脂肪分解してそっちのエネルギー使って行こうぜ!!?取り合えずレッツ有酸素運動!!そう思ってスーハー意識的に呼吸をしながら歩いていると、前方からガサッと音がした。地面に草が生えてたところはあんまり無かったし……


(上か?)


鳥でもいるのだろうか、と思って木の上の方を見上げる。すると……何か冷めた目で俺をジッと見つめる短パンの金髪の人間がいた。


(え?外人?英語喋れないけど外人なの?!マジでここで何処?!)


 テンパって動けず相手を見返すと相手は俺から視線を逸らしてフイッと全く別の方向に体ごと向いてしまう。何も分からない状態でやっと見つけた人間だ。どこかに行ってしまわれては困る!!それに俺に興味がないなら、俺を犯罪に利用しようとか思って無さそう!


「ちょ、待って!!待て待て!!話をさせて!!ウエイト?ストップ!!」


頑張って両手を振りながらそう言えばその人間はもう一度俺を見て、ため息をついた。


「何の話を?」


言葉が通じた!!凛とした良い声だ。ってか日本語喋れるなら日本が好きで観光に来た外人か、はたまた日本に帰化した人なのか、ハーフとかクォーターなのかもしれない。


「俺、ちょっと道に迷っちゃって!!ここは何処なのかなって聞きたくて。」


そう言えば人間は呆れたような顔をして――――木の枝から前に落ちた。


「は……?」


思わず呼吸を全部飲み込んでしまった。まさかの目の前で自殺?体調不良?いや、そもそも何で木の上にいたんだろう。そこに話しかけてしまって緊張を途切れさせたから、落ちた?色んな考えが頭にバババと浮かんで、一気に手の先が冷たくなって、その場に座り込んでしまう。

そして俺は、目を疑った。落ちたその人間が落下していく中で背中から光る何かが飛び出して、落ちた人間が空中で体勢を変える。下にあった頭が上にきて、その動きを目で追っている内にその人間は……いや、もうこれ、人間じゃない気がする。そいつは俺の目の前にやって来た。


「で?ちびゴブリンかちびトロールか……その亜種か何だか知らないけど迷ったって?」


ゴブリン?トロール?何それ、もしかして俺の腹のせい?俺ディスられてる?


「え?はい。迷いました。」

「ここは光の国の東の森だよ!主に住んでるのは光属性の奴らなんだけど。ゴブリンもトロールも属性違うじゃん。どこから来たんだよ。」


そいつはダンッと片足を俺の後ろにあった木につける。え?これって壁ドン?何か背中から羽生えてるよく分からないやつに足でされる壁ドン?いや、よく見たらこの子整った顔立ちしてるな。短いけど日本人じゃあり得ない透き通るような金の髪。店から外に出ない俺より白くてすべすべの肌。俺より見た目は3歳くらい年下に見えるけど。……いや、いくら綺麗だからって正体不明の者に足で壁ドンされるのは……。とにかく質問に答えよう。


「えっと、俺は日本の東京から来た人間です。名前は秋野実です……。」


そう答えれば目の前の子は目を見開いた。


「え?あんた人間なの?その腹で?」


悪かったな?!こんな腹で!!

それからじろじろ俺をみると


「確かに種族的には人間か……?それにしても人間で良くここまで太れたな~。」


と言って俺の腹をポンと叩いた。その瞬間、コロリと転がる黄色い何か。摘んでみれば金平糖みたいな形をしていた。


「えっと、何か落ちたよ?」


そうその子に言えばその子はキョトンとして


「は?ただの感情だろ。」


と言った。


「え?」


……感情?この子は今、この金平糖みたいなものを感情だと言ったか?え?もしかして感じが違うのか?感情?環状?管状?いや、形状は金平糖だし……。もしかして言葉の意味が違う?方言の可能性も?


「そう言えばお前は感情を零さないんだな。驚いたりしたら飛び出しそうなのに。」

「え?感情ってマジで感情なの?!」


思わず叫ぶように言えばその子は少し困惑して後ろに下がった。あ、壁ドン解除された。


「お前何言ってんだよ。感情は普通零れるだろ?」


マジで意味わかんないって感じな顔をされた。いや、意味わかんないのはこっちだけど?そう思っていたらグゥ~と俺の腹がなった。


「あ……。」


恥ずかしくて顔が熱くなる。思わず腹を押さえればその子はケラケラと笑った。


「太ってても腹は減るんだな。気休めにそれ食っとけよ。腹の足しにはならないけど気は紛れるぜ。」


そう言って指差されたのは俺の指につままれた黄色い金平糖のような……この子の言葉を信じるなら感情だ。


「食べ……れるのか?」

「腹の足しにはならねーけどな。」


恐る恐る口に含んだそれは驚くべき味がした。弾ける様な、転がる様な、目が覚める様な味が一瞬ではじけて消えた。


「面白い味……。」

「そうか?普通に驚愕の感情の味だろ?」


確かに驚愕の味なんだけど?!パチパチする系の味に近いけど物理的に何かが口の中で跳ねているわけじゃなかった。その子は俺に手振りでついて来いと示した。


「えー……君は一体……?」

「見て分かるだろ?」


羽を指差すと


「フェアリーだよ。フェアリーの……メイとでも呼んでくれ。」


と言った。メイはそう言うと森の中を歩きだす。フェアリーってマジもんかな?何か小さいイメージあるのにメイって俺と同じような大きさだよな。飛んでたし、本当にフェアリー?とりあえずメイに着いていく。


「どこに行くの?」

「……お前腹減ってるんだろ?町の近くまでなら案内してやる。」


良い奴だなと思ったけどまあ俺が怪しい動きしたら飛んで逃げれるから別にいいのか。いや、でも良い奴なのは変わらないか。だけどそれより……


「俺、さっきの感情だっけ?あれが食べたいんだけど。」


めっちゃ美味しかったし。

そう言えばメイは少し動揺したようで


「自分の感情食ってろよ?!」


と怒られてしまった。


「いや、でも感情ってあんな風にならないから!!」

「はあ?!お前本当にどこから来たんだよ?!ニホンとかトーキョーとか聞いたことも無い地名出しやがって!!」


メイが足を止めて俺のことを振り返る。


「え?言葉通じるのにそんなに日本って知名度低いの?!あれか、ジパングとか言えば……。」


メイは眉間にしわを寄せて俺を睨んでくる。ヤダこの美少年怖い。そこで俺はふと疑問に思ったことを尋ねてみた。


「ちなみにアメリカとかイギリスとか……いやいっそアフリカとかアジアとか……聞いたことある?」

「何言ってんだ?アから始まるもの多くないか?」


メイはそう言ってから少し考えると


「あめいかのことか?あれはお菓子の国の生物だからな。ここからは少し遠いけど今から向かう村でも加熱食用なら簡単に手に入るぞ。生食用はちょっと高めの店に行けば……。」

「待て待て待て。」


とりあえず謎のあめいかのことが気になるけど、そういう問題じゃない。お菓子の国も気になるけど!!もしかしてここって俺の知ってる様な場所じゃないのでは?


「え?夢……?」

「何が?」


夢なら明晰夢ってやつ?もしかして俺の思い通りに事が進んだり……


「置いてくぞ!!」


そんなことを思っていたら思い切り頬をつねられた。


「痛い痛い痛い!!」

「何呆けてんのか知らねーけどあんまり時間とらせないでくれよ。そもそもお前、村で使える金とか持ってるのか?」


金の概念あるのかよ。俺はパッと自分の体を見下ろした。薄い水色のTシャツとズボン。ポケットにも……


「何も持ってない……。」


そもそも俺多分この場所について何も知らない。さっき痛かったし、もしかして夢じゃない……?俺はここに来て急激に血が引く感覚を覚えた。


「はあ?俺もそこまで面倒見れねーぞ?!」


俺はメイに向かって頭を下げた。


「本当に申し訳ないと思ってるんだけど!!どうか、どうか少しの間一緒にいさせてください!!!」


流石に土地勘どころか色んな意味が分からない状況でこの人に見捨てられたら俺は死ぬ気がする。


「はあ?!いきなりどうしたって言うんだよ?!」

「何か多分俺、もと居た場所と全然違うとこにいるみたいで状況が俺にも全く分からない!!だからどうか、状況を理解させていただいて!!今後のことを考えさせてください!!」

「お前思ったより冷静なんじゃねーの?!」

メイは呆れ交じりにそう叫んだ。

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