第3キロ ビタミンAは必要だけど過剰だと危険です
メイが夜は目が見えにくいと聞いて思いついたことが一つある。俺の世界じゃないし、メイはフェアリーだから俺の知識がどこまで通用するかは分からないけれど……。
「なぁメイ。お前のご飯っていつもあの豆から作った物を食べてるの?」
「え……まあ……それが多いが。」
毎日の食事がずっと今日の様なら……多分、ビタミンAが足りていない……!!
「レチノールを見つけた魚ってまだあるか?」
そう言えばメイはキョトンとして頷いた。
「一応研究素材として冷蔵室に保管してある。」
冷蔵室?
メイについていけば重厚感あふれる扉があった。どうやら金属か石かで作られているらしい。開ければスウッと足元に冷気を感じた。
中は氷室と言うか何というか理由は分からないが外よりだいぶ涼しかった。多分5度くらい……。魚は野菜とか場合によっては肉よりも低温の方が良いから、だいぶ低温な保管庫でよかった。
保管庫にはどーんとお腹を開かれた大きな生魚が保管されていた。何の魚なのかはよく分からないけれど……。
「メイ、この魚の内臓からレチノール抽出したり出来るか?」
「純度は下がるが……ある程度なら……。」
先ほどの紙を見せてメイに尋ねればメイは戸惑いながらも頷いた。錬金術師はどうやらレシピと言うか化学式があればそこから特定の素材の抽出も出来るようだ。
彼女が魚の開かれた腹に手をかざす。少しすると彼女の手のひらに何か液体が現れた。手のひらの上にフワフワと重力に反する感じで浮いている。100%の抽出ではないかもしれないけど、まあ上々。ビタミンAは油溶性ビタミンだからこの液体は油なんだろうか。冷蔵室から出てメイは瓶に抽出液を注ぎ込んだ。
「これをどうするんだ?」
えーっと……メイは俺より3くらい年下に見えるし20歳くらいか。フェアリーだから色々分からないけれどとりあえず知っているのは日本人の基準だからそれに従おう……。
脂溶性ビタミンは水溶性ビタミンと違って体にたまるから、中毒症状が起こりやすい。特にビタミンA、しかも植物性のカロテンとかじゃなく動物性のレチノールは日本でもたまに中毒患者が出るほどだ。大抵は釣り上げた魚を丸ごと食べて、その肝臓に含まれていたレチノールによって中毒に陥るらしい。
メイがこの魚を丸ごと食用にしていなくて良かった。食べていたら彼女は中毒症状に侵されていたかもしれない。
俺は色々考えて不安になった。
(何か純粋なレチノール怖くね?)
だってレチノールを摂取して人間に中毒症状が起きる危険性が出てくる量。
まあ、毎日摂取した場合なんだろうけど……その量は2700μgくらいだ。μgってなんだか想像が面倒な量だ。メイに確認したら秤はあったし、錬金術師と言うだけあって何か滅茶苦茶高性能っぽかったけど……使いこなす自信が無かった。
本当はレチノールをメイに摂取してもらって……夜盲症なら改善したいと思ったけど……。
(食の基本は安全安心からだ。生きるために食べるのに、その食べ物が命を脅かすことはあってはならない。)
「このレチノールは、トラップに使います!!」
俺は抽出したレチノールの使い方を変えることにした。
メイは森の動物と仲が良いと言っていた。確かにその通りなようで森にいる動物たちと何やら話しているようだ。とりあえずメイには鳥に頼んで無精卵を分けてもらえるように話を付けてもらっている。ちなみに此処、通称東の森は光の国の条約により野生動物を狩るのは特殊な免許がないと出来ないらしい。日本でもそんな感じだった気がする。メイが鳥(見た目的に多分鶏の類)と交渉している間に俺は植物の実を採取していた。探しているのは赤やオレンジ、黄色系の実だ。
ビタミンA中毒が起こるのは基本的に動物性のビタミンAだ。植物性だと……そこまで大量に摂取できないからかもしれないが中毒の発生は起こりにくいはずだ。俺は先生から野菜の食い過ぎでビタミンA中毒になったなんて話を聞いたことが無い。
つまり、安全性が高いビタミンAが植物から摂れるんじゃないかと考えたのだ!!ま、カロテンはレチノールに比べるとビタミンAとしての働きが大分少ないのが難点ではあるけれど。
「コッコさんが卵をとりに行ってくれたよ。」
交渉を終えたメイが俺の傍にやって来た。
「交渉成立?やったな。」
「ああ。例の作戦教えたら喜んで協力してくれるって。仲間の鳥にも声をかけてくれるみたいだ。」
メイはそう言うと俺の持っているカゴの中を覗き込んだ。
「カボチャとトマトと……水玉じゃないか。」
カボチャとトマトって名前そのままなのか?!
確かにそれっぽいから採ったんだけどね?この森、夏と秋の野菜両方とれるの?!変なとこだけファンタジーとか思いながら採ったけどね?この世界、日本と基本的に共通点多すぎじゃない?!
……だけど最後の1つが分からなかった。この前話していたあめいかとか言う生物もだけどたまにファンタジー要素が顔を出す。いや、目の前のメイはフェアリーなんだからファンタジーはいつも真横にあるのだけれど。
「えっと、水玉ってこれ?」
何かスイカに似てたけど模様が縦の波線じゃなくて水玉だったのだ。毒があったりするのかと戦々恐々していたのだけど……。
「そうだ。火事になったら水玉を投げろって言われてるくらい水の含有量が多いんだ。実は赤くて、特にクセも無い。似た植物で甘みが強いスイカって言うのがあって、そっちの方がレアだな。」
スイカもこの世界にあるのかよ!?ま、まあスイカも何気にカロテンの量が多いし水玉にもカロテンが期待できそうだ。確保しておこう。
「んー、後さ。ニンジンってない?」
なんかここまで来れば知ってる食材はなんでもある様な気がしてきた。
「ニンジン?それなら俺の家の栽培所で育ててるぞ。」
「栽培所?!」
メイの家にそんな場所があったのかと驚く。まあメイの家の中も全然把握できていないのだけれど。
「錬金術には色んなものが必要だからな。特にニンジンはたまに突然変異で手と足が生えて動き出す奴がいて、色々使えるんだ。」
「何それ怖い!!!」
人参って確かに人って字は入ってるけど絶対そういうものじゃない。
なんでこの世界は変なところでファンタジーなの?!
てか手足があって動くニンジンとか……マンドラゴラかなんかなのでは……?
メイの栽培所のニンジンは食べていいのか不安になった。しかも使うって何なんだろう。特殊な薬の材料になるとかなんだろうか。脳内にメイが笑顔で暴れる手足が生えたニンジンをまな板に押さえつけて包丁を持っている図が流れる。
「ちなみにその手足が生えたニンジン……何に使うの?」
「え?使い魔だけど。」
「予想外なんだけど?!」
使えるという意味は想像はだいぶ違うようだった。
コッコさんに卵を持ってきてもらって俺たちは収穫物をそれぞれ持って家に帰った。男なんだからメイの分持ってあげろって?俺にそんな力はない。むしろ持ったら卵が割れる確率があがります。
大体俺が横にでかいけど縦の大きさ……身長はあんまり変わらないのだ。多分10㎝も差はない。150㎝ちょっとしか背丈が無い俺は……学生時代、せめて太らないように頑張ったのに……。
(社畜になってチビでデブになってしまったああああ!!)
「じゃあとりあえず保管庫に運ぶか。」
「え?あ、うん。」
メイについていけば涼しい……多分15度以下くらいの温度の部屋についた。
「収穫所でとれた作物もここに保管してる。」
「へえ……。」
(もしかしてニンジンの使い魔とかもいたりして……。)
なんて思いながら笑う。口元が引きつっている気しかしない。
「で、卵は作戦に使うからなんだろうけど、他のものはどうするんだ?」
名前が一緒だからと言って、成分まで一緒とは限らない。
「えっと、とりあえずとってきたやつの中に」
俺はその辺りに散らばっていた紙の裏に鉛筆を走らせる。書くのはβカロテン、αカロテン、おまけにγカロテンの化学式だ。
「この成分が多めに含まれてるかどうか調べられる?」
あ、ついでにニンジンも調べて欲しい。メイは俺が書いた化学式を目を輝かせながら見つめている。
「え?!なにこれすごい!!全部同じように見えて、全部微妙に違うのか?!」
「うん。まあ全部カロテンでカロテノイド色素なんだけどね。」
「は?」
メイは意味が微妙に分からなかったのか俺を睨みつけてくる。どうやら説明を求められているようだ。
「色素は分かる?」
「ああ。物体が色を示すもとになる物質だろう。」
「お、おお。」
何か思ってたより詳しい回答が返ってきた。俺がへー!そうなんだ!って言いたくなる。そうだ、この人錬金術師だった。もしかして俺より純粋な理系なのでは?
「で、カロテノイド?それは一体なんだと言うんだ?」
これらの物質なんだろうと化学式を書いた紙をヒラヒラさせる。
「えっとプロビタミンAって言うんだ。」
そう言えば昨日話題に上がったレチノールの化学式を持って来て
「プロなら!こいつより凄いのか!!」
と言い出した。
「ごめんごめん待って!プロは、プロフェッショナルじゃなくて何か前の段階的なやつ!!」
「前の段階的なやつ……?」
「体の中に入ってからビタミンAになるやつなんだ。」
「……何でプロってつくんだ?」
「……栄養系は理系だから……言語系は分かんないんだ。」
「……。」
何かメイが冷めた目で俺を見ている!なんだよ、メイだって言語系は得意じゃなさそうなのに!!
「錬金術は……うん、理系だから。うん。」
以下同文。俺たちは笑い合って誤魔化した。それにしてもこの世界の言葉はどうなっているのかマジでよく分からない。ちなみにこの場合のプロはラテン語の『前の~』と言う意味の様だが俺たちが知る由もない。
「とにかく体の中でビタミンAになる物か。」
「ああ。昨日書いたレチノール。それがビタミンAの基礎的な形なんだ。」
研究室の奥に押しやられていたホワイトボードを引っ張り出す。
レチノールは体の中で変化してレチナールと言う物質になる。カロテンも体内でレチナールになる。ただしカロテンの効能はレチノールよりだいぶ劣ってしまう。メイは流石錬金術師と言うか、分子とかそういう話には強いようで結構あっさり納得した。
「で?そのカロテンがカロテノイドで、カロテノイド色素がどうしたって?」
良い質問だ。
「色素と言うからには色が関係しているんだろう。」
「その通り!カロテンは大体赤とかオレンジとか黄色とかそういう色をしてるんだ。」
メイにそう言ってトマトを見せる。
「ああ、確かにカボチャも水玉も中身が黄色や赤か。すると人参もそうなのか?」
メイの質問に俺は頷く。メイはそれに納得したように頷いてから
「それで、お前がビタミンA的なものを集めたいのは分かった。でもそれでどうするんだ?昨日抽出したレチノール……罠に使うと言っていたがまだ足りないのか?効果が低いものを集めてどうする。」
と顔をしかめて言った。どうやらメイはビタミンについての基礎知識が無いようだ。
「とってきたお野菜!トマトにカボチャにニンジン、水玉。」
「お、おお。」
「それを」
「それを?」
「食べます!!」
「おお?!」
ちなみに俺は管理栄養士の資格を持っているし、学校で調理実習もあった。なので料理が出来ない管理栄養士では無い!!しかし……料理の才能があるかと言うとまた別の話である。とりあえずトマトを生のまま切る!カボチャを蒸す!くらいしか思いつかない。水玉は適当に棒状に切って野菜スティックになった。と言うわけで今日の夕食は豆腐の味噌汁と白米と生のトマトと蒸したカボチャと水玉のスティックです!!
「……。」
「……。」
「とりあえず素材の味が生きていていいと思う。」
「素材の臭みも残りまくってるけどな?」
「カボチャも甘いと思うんだ。」
「確かに素材はありだと思うぜ?……でもこれは料理か?」
この世界の調味料についての知識が無い俺はうなだれた。メイは一つため息をついた。
「まあ確かにこいつらの味は悪くない。別に今まで面倒で食わなかっただけで普通に食材だってことは知ってる。お前は俺に食って欲しいみたいだしな。」
メイはなんだかんだ言っても夕食を残さず食べてくれた。
「そう言えばこのみそ汁って出汁に何を使ってるんだ?」
味噌汁はしっかりと旨みがあって、味噌だけで作ったのではなく出汁をとっているだろうことが分かった。昆布か、鰹節か、それともファンタジー食材か。
「何か小魚を干した奴。」
「小魚を干した奴?」
メイは乾燥庫らしきところからそれを見せてくれた。
「まさかの煮干し!!」
「お、おお?」
とりあえずしばらく出汁は煮干し出汁になりそうだ。
「お前は作りたいものがあるのに料理の才能が無い。錬金術もレシピはかけるのに作れないし。」
「誠に申し訳ない。」
俺はうなだれた。管理栄養士の免許は持っている。レシピを見れば料理も作れる。料理を見ればカロリーや期待できる栄養成分も何となく分かる。結構化学式を書くのは得意でビタミンとかの化学式もかける。だが、料理の才能や献立をたてる能力が俺には欠けていた。給食施設への就職を避けていた理由の一つでもある。
どんなに体に良くたって、その料理を食べてもらえなければバランスの良い食事なんて何の意味も無いのに。
「仕方ないから、俺が作ってやるよ。」
「……え?」
「幸い料理は苦手じゃない。料理のレシピはあんまり書いたこと無いが……お前がいればどうにかなる気もする。お前の描くレシピを錬金術でも料理でも俺が形にしてやる!!」
バッと顔をあげればメイがニッと歯を見せて笑っていた。
「メイ……!!」
男前なフェアリーに伸ばされた手を俺は迷わずとった。
とりあえず俺たちがすべき作業は野菜を(美味しく)食べて、卵も食べて、殻を綺麗にとっておくことだ。と言うことで今回のご飯はニンジンと豆腐の味噌汁・白米・カボチャの煮物・水玉の酢のもの(酢のものと言ってはいるが酢では無く酢橘を絞って味付け)・卵焼きである。
「うーん。和食!!」
異世界に来てまでこう和食を食べるとは……。本当はメイに感情を出してもらってお菓子の部分のカロリーを押さえてダイエットがしたかったのだが。なんか食事も大分ヘルシーじゃないか。ちなみにニンジンを味噌汁に入れるのは俺の案だ。メイは味噌汁に複数の具を入れるのに眉をしかめたが、結局まあいいかと受け入れてくれたようである。出汁がしっかり効いていてちゃんとどれも美味しい。どれもしっかりとした料理だった。
「メイって料理本当料理うまいよな。」
「お前のが料理じゃないだけだ。」
そう言われるとぐうの音も出ないのだけれど。
「出汁も出来合いじゃなくて、ちゃんと手間かけてとってるし。」
元の世界では出来合いの出汁が色々売られていた。どれも美味しく無い訳ではないし、忙しい時に重宝するのも分かる。それでもちゃんと出汁をとってくれていると何かこう……胸に伝わる温度に差が出る様な気がしなくもない。出汁をとるのは結構面倒でお湯を沸かしたり、布や網でこしたり、後から出したり、内臓を抜いたり……種類によって手間は違うがどれもある程度面倒なのだ。
「何かお前も美味そうに食うしな。」
そう言って微笑むメイの周りにほわっとマシュマロのようなものが浮いたのを俺は逃さなかった。身を乗り出してそれを捕まえにかかる。
「うお?!」
続いて俺の行動にメイが驚いたようで黄色の金平糖も弾ける。それも反射的に捕まえた。
「食後のデザートゲット!!」
「お前、危ないだろ?!と言うか俺の感情を食うのそろそろやめろ!」
流石に恥ずかしい!!メイは顔を赤くしてそう言った。悪いが俺にはやめる気はない。あっちの世界でもこっちの世界でも俺が一番美味しいと感じたのは彼女の感情なのだから。
「これ、新しく見るけど何の感情?」
マシュマロのようなものを指でつまんで尋ねる。
「知るか!勝手に食ってろ!!」
どうやら答えてくれる気はないようだ。
驚きの感情の弾ける金平糖。
悲しみの透きとおるドロップ。
さて、このマシュマロは……。
口に放り込めばマシュマロはフワッと口いっぱいに仄かな甘さとその触感が膨らんだ。例によって物理的に膨らんでるわけではなさそうだけど。そうして飲み下せば、たくさん食べたというほどでもないのに何とも言えない満足感が身を包む。ああ、これは満足感だ。やり切った!とか、よっしゃ!とか、満腹感にも似た感情だ。
とりあえずやはりすごく美味しい。
「……おい。いつまでも呆けるな。トラップ作るんだろ?」
メイにそう言われるまで俺はその満足感に浸ってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます