レフティの帰郷

 レフティが、魔獣討伐隊に属するようになってから数週間が過ぎていた。

 討伐隊はいくつかのパーティに分かれて、魔獣出現の報せを受けると、現地へと向かう。

 レフティの村に来た魔獣は、その近くにある街に出現したと連絡を受けて追跡中の個体だった、と彼を討伐隊に招き入れた剣士は言った。


 その剣士の名はヴェテラ。

 ヴェテラはアジュリテの父親でもあり、彼女がエンヴィの専属メイドであることを承知している。

 しかし、その特殊な扱いに関してはまだ知らず、それはマティネラも同様だった。


 元から彼は、専属の護衛としてマティネラに雇われている身ではあった。

 しかし、ある事件を切っ掛けにマティネラが、私財を投じて魔獣討伐の為の組織を立ち上げた。

 現在のヴェテラは、そのまとめ役を任されている。


「隊長」


 レフティは彼のことを、そう呼んだ。


「その『隊長』ってのは、やめてくれや」


 マティネラは、そう呼ばれるのがくすぐったいので嫌いだった。


「それじゃあ、マティネラさん。俺は、これで」


 馬上の剣士姿のレフティは、そう言って軽く一礼すると、屋敷に戻る方向とは違う道に馬を向ける。


「ああ、一度だけ故郷の村に帰るんだっけな?」


「ええ、明々後日には戻ります」


 マティネラは今日のことを想い出して、苦笑いをする。


「それにしても、初陣だってぇのに凄まじい活躍だったなあ? えらく助かったよ。これからも、よろしくな?」


「はい」


 レフティは短い返答をした。

 今日、彼は初めて仕事として魔獣を討伐した。

 神光の剣のレプリカのおかげで、村の時よりも簡単に屠ることができた。

 ヴェテラの作戦と指示が的確だったことも大きい。


 望まなかった新しい生き方、魔獣討伐の仕事。

 その第一歩を踏み出した報告を、アリシアにする為の帰郷だった。

 そしてレフティは、それを最後にして二度と村に帰らないつもりだ。

 例え自分の死後、アリシアと同じ場所で眠ることが出来なくなろうとも、生きている限り魔の眷属を討ち続ける。

 レフティは、そう決意していた。


 ヴェテラはレフティに伝えておく事があった。


「レフティ、お前用のレプリカが帰って来たら出来ている頃だ。戻ったら取りに行こうや? 場所は案内してやるよ」


 レフティ用のレプリカ。

 それは両手剣型の神光の剣だ。

 現在の彼は、本物の神光の剣に似せて作られた片手剣を装備している。

 いわゆる万人向けの武器だった。

 闘えなくは無いが、慣れ親しんだタイプの武器の方が扱いやすかった。


「助かります。教えてもらえれば、自分で取りに……」


 レフティの申し出に、ヴェテラは意味ありげな含み笑いで答える。


「一応、秘密の場所なのさ」


「分かりました。それじゃ……」


 レフティは軽く会釈する。


「ああ、気を付けてな?」


 ヴェテラも片手を挙げて応じた。

 レフティは、幼少の頃にいた街よりもアリシアとの思い出が深い、第二の故郷である辺境の村を目指して馬を走らせた。


 途中の街に着くと、馬を小屋で自分は宿屋で、一晩だけ身体を休ませた後に再び村へと向かう。


 村に辿り着いたのは、ヴェテラと別れた翌日の夕方だった。

 村長と挨拶を交わし、馬を預けて、徒歩でアリシアの墓がある村の共同墓地へと向かう。

 石で作られた簡素な彼女の墓の前に、生前好きだった花を手向けた。

 この下でアリシアが安らかな永遠の眠りについている。

 村を出る前にその埋葬を見届けていたのに、レフティには実感がわいてこなかった。


「……アリシア」


 優しく義姉の名前を口にする。

 無論、彼女の返事は無い。

 だがレフティは、墓に向かって名前を呼びかけることによって、やはりこれは現実なのだと、否応なく再確認できてしまった。

 彼は一度だけ深呼吸をする。


「また一匹、魔獣を倒せたよ? 俺たちのような運命を、人々から少し遠ざけられたんだ」


 拳を握りしめる。


「嬉しいわけじゃない。喜んでいるわけでもない。でも、何かを一つ成し遂げた気がするよ?」


 墓の向こうの遥か遠くの峰々に夕陽が落ちていく。


「もう、ここには戻らないかも知れないけれど、もし義姉さん……アリシアのそばに行く日が来たら、その時までには、きっと奴等を皆殺しにして……」


 不安定な感情がレフティを襲い、義姉の墓前で彼を復讐鬼の表情へと変貌させる。

 何かを想い出すように歯を噛みしめ、沈黙していたレフティは、しばらく後に穏やかな顔へと戻った。


「そうしたら、優しく迎え入れて欲しいんだ。褒めてくれると嬉しいかな?」


 レフティは、はにかんだ。

 その瞳は夕陽の光を受けて赤く輝いている。

 銀色の髪の毛も同じ様子で、まるで燃えている炎のようだった。


「じゃあ、行くよ? さよならは言わない。きっと、天国でまた……」


 レフティは墓に背を向けると、アリシアと一緒に住んでいた家へと向かった。

 今晩だけの仮の宿とするために。

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