エンヴィとアジュリテ

 エンヴィの私室を優しくノックする音が響く。


「どうぞ、鍵は開いているわよ?」


 扉が静かに開かれて、朝食を載せたワゴンを押しながら、アジュリテが入室してくる。


「ありがとう、いい匂いだわあ」


 待ちかねたのか、空腹のエンヴィは両手を合わせて喜ぶ。

 その表情は、あどけない少女のそれだった。

 アジュリテはクスっと笑うと、エンヴィの目の前でバゲットのようなパンを輪切りにして、皿に並べる。

 そして、彼女が陶器製の小鍋の蓋を取ると、細いソーセージが二本入れられた、ポトフみたいなスープが現れる。

 食事の準備を終えたアジュリテは、一歩だけ退がると、エンヴィにうやうやしくお辞儀をしてから話しかける。


「食事が終わりました頃に、またお伺いします」


 そしてアジュリテは廊下に出ると、再びエンヴィに向けて一礼をした後に、扉を閉めようとした。


「お待ちなさい」


 エンヴィはアジュリテを、わざと冷たそうな声で呼び止めた。

 アジュリテは、わずかに身体を震わせる。

 エンヴィは、そんな反応を示したアジュリテを見て、楽しそうに微笑んだ。


「ねえ、アジュリテ、食べさせて貰えるかしら?」


 その笑みは少女のそれでは無く、支配者の嗜虐性が表情に浮かんでいた。

 アジュリテは反射的に頭を下げる。

 お辞儀をしたのではなく、俯いてしまったのだ。


「お嬢様、どうか、ご勘弁を……」


 エンヴィは楽しそうに、その申し出を却下する。


「ダメよ。あなたが失敗しなければ、いいだけのことじゃない」


 アジュリテは哀しそうな表情で、エンヴィの私室へ入り直すと、扉を閉めた。


「鍵を掛けなさい。あなたに食べさせて貰っている姿を誰かに見られたら、恥ずかしいもの」


 嘘だった。

 しかし、誰かに見られるのを嫌っているのは本当だ。

 アジュリテは逃れられないことを悟ると、諦めたように鍵を閉める。


「じゃあ、先ずはソーセージから戴こうかしら?」


 エンヴィは鍋の中身に視線を送る。

 アジュリテはフォークを手にして、スープの中にあるソーセージに刺すと、自分の口へ静かに咥えた。

 ソーセージからフォークだけを抜いて元の場所に戻すと、食べ物だけを咥えたままで、エンヴィへと近づく。

 エンヴィはベッドに腰掛けて、その様子を楽しそうに眺めながら待っていた。

 やがて、エンヴィのそばへと辿り着いたアジュリテは、両膝を絨毯に着けると、少しだけ上を向いて、相手の唇にソーセージの先を寄せた。

 エンヴィはソーセージの端を勢い良く齧り取る。

 アジュリテは咥えていたソーセージの残りを、絨毯の上に落としてしまった。

 エンヴィは咀嚼していたソーセージを飲み込むと、つま先で落ちた方を指して、アジュリテに命じる。


「もったいないから、拾って食べなさい。手を使ってはダメよ?」


 アジュリテは膝立ちから両手を着いて、四つん這いになると、尻を落として踵に付け、絨毯の上にあるソーセージに顔を寄せた。

 彼女は躊躇うことなく、犬食いをする。

 頭の上からエンヴィの優しげな声で、容赦のない指示が飛んだ。


「食べ物を落とした罰として、服を脱ぎなさい」


 既に、このような罰を何度も経験してきたのか、アジュリテは口答えせず、素直に立ち上がると、服を脱ぎ始めた。

 白いエプロンや黒いワンピースなどを起立したまま器用に畳むと、ワゴンの下の段に置く。

 ヘッドドレスを外すと、まとまっていた髪が解かれて、少し黒寄りの赤い色をした髪が、肩の後ろへ流れ落ちた。

 真っ白な下着だけの姿になった少女は、ワゴンに向けていた身体をゆっくりとエンヴィの方へと回す。

 右腕でブラを、左手でショーツを隠しながら、アジュリテは頬を赤く染めて俯いていた。


「じゃあ、今度はスープを頂戴?」


 アジュリテは、スプーンを手にすると腰を曲げ、小鍋の中のスープを掬って、口に含んだ。

 そのままエンヴィのそばへ戻ってから屈むと、顔を寄せて口付けを交わす。

 エンヴィの呼吸に合わせて、アジュリテは口の中のスープを相手に流し込んでいった。

 エンヴィの口の端から、スープが一滴こぼれる。

 口移しが終わった後で、エンヴィは微笑んだ。


「服が汚れてしまったわ。罰を与えないとね?」


 その言葉を聞いて後ずさるアジュリテの動きに合わせて、エンヴィはベッドから立ち上がる。

 そして、正面にあるアジュリテの顔から視線を外して、部屋の窓の近くにある机を見つめる。


「いつもの通り、机の上に両手を着いて、お尻をこちらに向けなさい」


 アジュリテは指示された通りに机へと向かう。

 少しだけ腰を曲げて前に倒れると、机に両手を置いて身体を支えた。


「もっと、こちらに突き出して頂戴」


 アジュリテは両肩を少しずつ落としながら、両腕を伸ばし、足を後退させて、お尻を大きく突き出すような格好を取り始める。


「もっと、脚を大きく開いて?」


 アジュリテは右の踵を右に、左の踵を左に移動した。

 お尻が下がると、その位置は丁度エンヴィの降ろした右手の高さくらいに来ていた。

 その右手がアジュリテの太ももへと触れる。

 それは徐々に上がって来ると、彼女のショーツの裾をゆっくりと捲った。

 白い肌を露わにさせられた臀部が、小さく震えている。

 その様子を上から見下ろすのが、エンヴィはとても好きだった。

 裾から手を離し、尾てい骨を撫でながら、反対の裾へと右手が渡っていく。

 そして捲られると、ショーツで隠れている部分は、アジュリテの腰回りと、アンダーヘアから尾てい骨の辺りまでになってしまった。


 エンヴィは、その露わになったお尻を愉しそうに撫で回すと、上半身を前に倒して、アジュリテに耳打ちする。


「覚悟はいいかしら?」


 アジュリテはうなじを真っ赤にしながら、首を大きく横に振った。

 エンヴィは右手でお尻を撫でながら、左手をアジュリテのブラの中に忍ばせると、その指先に触れる乳首を摘まんで捻った。


「はっ、あうっ!?」


 アジュリテは堪らずに小さな悲鳴をあげる。


「覚悟はいい?」


 エンヴィは短く尋ねた。

 アジュリテは目尻に涙を滲ませながら、小さく頷く。

 机の上に置かれた卓上鏡で、その表情を確認したエンヴィは、満足そうな薄ら笑いを浮かべると、上体を起こした。


 そして、エンヴィは高々と右手を挙げると、思いっ切り振り下ろして、アジュリテの尻を叩いた。


「ひうっ!」


 パンッ! という何かが破裂したかのような音と共に、アジュリテの悲鳴が部屋に響いた。

 エンヴィが舌舐めずりを一回だけすると、乾いた音が立て続けに鳴り始める。


「あぅ! はあっ! あっ! いっ! やっ! いぅ! ふっ! はんっ!」


 その音に合わせるかのように奏でられるアジュリテの悲鳴も、鳴り止むことが無かった。


 やがて疲れたのか、エンヴィはアジュリテの尻を叩く手を止める。

 頬と同じく真っ赤になったアジュリテの臀部の震えは、少しだけ大きくなっていた。


「ふふっ……どう? あなたの為を思って、している仕打ちなのよ? これに懲りたら、二度と失敗はしないと誓うことが、でき……」


 再び屈みながら、そこまで言い掛けたエンヴィの両眼は、鏡に映る二つの表情を確認してしまう。

 そこには、叩かれながらもどこか甘く、切なく、陶酔しきったアジュリテの顔と、額に汗を滲ませながら、嬉しそうに喜んでいる己の顔があった。


「あ……ああ……」


 今度は、エンヴィが身体を震わせる。

 昔の記憶が、彼女の脳裏に鮮明に蘇る。

 今のアジュリテの顔は昔の自分の顔、今の自分の顔は昔の父親の顔と全く同じ、エンヴィにはそう見えてしまっていた。


『おまえの為を思って、やっているんだ』


 父親であるマティネラから昔に言われた台詞が、エンヴィの頭の中で木霊する。


「違う……私は違う……どちらでもないわ」


 エンヴィは右手を震わせながら机の引き出しを開けると、その中に仕舞ってあった乗馬用の短鞭を取り出す。

 人に使う為の道具では無い、その黒い凶器を目の当たりにしたアジュリテの顔が青ざめた。


「お嬢様! 鞭はおやめください! お願いします!」


「うるさいっ!」


 アジュリテの哀願をエンヴィは、鬼の形相で一蹴した。


「痛いのです! 眠れなくなってしまうほどに! 父や兄に気付かれてしまいます!」


「脅しのつもり!? あんたの家族なんか怖くないわ!」


 そう言いつつも、エンヴィの心を不安が占めようとする。

 しかし、彼女はそれを振り払ってでも、行為に踏み切ろうとした。


「いいこと!? 今日のことは、誰にも話したら駄目よ!? もし喋ったら、あんたのここを使い物にならなくしてやるんだからっ!」


 エンヴィは右手に掴んだ短鞭を振り上げると、アジュリテの突き出された尻の中央に向かって、思いっ切り振り下ろした。


「ああああああぁーっ!!」


 一際甲高い叫び声が部屋中に響くと、アジュリテの大きく開かれた両脚が震えて、その真下にある絨毯に大きな水溜りができてしまうのだった。

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