異変

「ハッ!」


 レフティの気合いを入れた掛け声と共に、彼の両手剣が風切かざきおんを鳴らす。

 それと同時に一頭の熊の頭が、胴体から離れて落ちた。


「ふうぅっ……」


 息を吐いて、呼吸を整えた後で、レフティは周囲を見回した。


「これで、最後か……」


 レフティが到着する前に自警団の仲間によって二頭、到着してから彼が三頭ほど倒している。

 幸いな事に傷を負った団員は、いない様子だった。


「それにしても……」


 レフティは倒した熊達の様子を想い出す。

 以前に腹を空かせながら食べ物を探して、村に入って来た熊を倒した時と、頭の中で比べてみる。

 人に遭遇そうぐうした熊が、興奮していたのは同じだった。

 しかし、前の時は間合いがしょうじると、立ち上がって鼻をひくつかせ、食べ物の匂いがする方向を確認していた気がする。

 今回の熊達は、そんな様子が微塵も無かった。

 ただ、自分達が入ってきた村の出入り口とは別の出入り口を焦って探しているような、立ち止まる余裕が無いように見られた。

 村の周囲は、幾つかある外へと続く道の出入り口以外、頑丈な柵で囲われている。

 村人達の住居の壁や、その周りの小さな柵を加えれば、熊達にとっては、ちょっとした迷路のようなものだろう。

 迂闊うかつに入り込んでしまった迷宮で、外に出たいのに出来なくて暴れていた。

 レフティの目には、そんな風にうつっていた。


「何が原因で村に入り込んだんだ?」


 誰に言うでもなく、レフティは呟いた。


「レフティ! ありがとうな!」


 アルがレフティに向かって駆け寄って来る。

 他の仲間数人と共に熊をレフティから逃げられないように、抜け道を塞いでいた。


「ああ、いや、お前達も無事で良かったよ」


 レフティは手伝ってくれた仲間を笑顔で迎えた。

 アルはホッとした顔で、にこやかに尋ねてくる。


「これで熊は全部倒したはずだ。村のみんなに、もう家から出てもいいと、伝えて回った方がいいかな?」


「そうだな……」


 いいんじゃないか?

 そう言い掛けたレフティの表情が、厳しいものに変わる。

 僅かな振動が、彼の足元から伝わってきた。

 やがて揺れの発生源が、こちらに向かって移動してくるような轟音ごうおんが響いてくる。


「アル、まだだ! 全員、壁に寄れ!」


 レフティが号令をかけると、アルも含めた自警団の全員は、近くにある住居の壁のそばへと足早に移動した。


「何かの群れが突進してくる! 道を開けて、やり過ごすんだ!」


 レフティ自身も壁に背中を付けながら、大きな声で追加の指示を出した。


「な、なんだ!? あれは!」


 アルの驚きの声が聞こえてくる。

 レフティも視線をアルの顔が向いている方へ合わせた。


 土煙つちけむりを上げながら十数頭の大きないのしし達の群れが、道の向こうから走ってくる。

 それらはレフティ達の目の前を横切ると、やや遠くにある柵に向かって突進した。

 大きな衝突音や、木の折れる音が響く。

 そして猪達の群れは、壊れた柵から村の外へ走り去って行った。


「なんなんだよ、あいつら! 滅茶苦茶にしやがって!」


 アルは壁から離れると、遠くの柵が破壊された様子を眺めながら大きな声でなげいた。

 レフティも壊された柵を呆れた感じで見つめている。

 彼は猪達が自分の目の前を通り過ぎた瞬間の事を想い出す。

 先程の熊達と一緒で何か焦っているような、そんな風に見えていた。

 村に入る事が、目的では無い。

 彼らの行く手に、たまたま村があっただけ……。

 熊達や猪達の行動は、そう取れるふしがある。


「どうして……?」


 悩むレフティの背後から、鳥達のやかましいさえずりと羽ばたく音が聞こえてくる。

 彼が振り返ると、森の中から一斉に沢山の鳥達の飛び立つ姿が目に入ってきた。

 鳥達は、そのままレフティの頭上にある空を通り過ぎて行く。


 レフティは鳥達の飛び立った森に向けて駆け出した。

 アルも慌てて彼の後を追う為に駆け出す。


「お、おい、レフティ! どこへ行くんだよ!?」


 レフティは少しだけ振り返ってアルに伝える。


「あれは義姉さん達のいた辺りだ! 先に行くから後で全員来てくれ!」


「なんだって!? おい! ちょっと!?」


 同じように走っている筈のアルを振り切り、レフティは森の方へと向かった。

 見えなくなってしまったレフティの行き先を見つめながら、アルは呆然として呟く。


「あいつ、本当に人間か?」


 彼は両手で両膝を押さえ軽く腰を曲げながら呼吸を整えると、自警団の仲間達に連絡する為に村へと戻って行った。

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