義姉と幼馴染

 かなりの速度で走りながら遠ざかって行くレフティとアルを見ながら、エレナはアリシアに向かって呟く。


「レフティは、あれでいてアルにあわせて走っているんだよね?」


「うん」


 アリシアもエレナと同じ視線の向きで森の中を見つめながら答えた。

 エレナは呆れたように溜め息を漏らす。


「凄いね」


「うん」


 しばらく突っ立っていた二人だったが、やがてエレナはアリシアに尋ねる。


「どうする? 事情を医者の先生に説明して、診療所に戻る?」


 アリシアは静かに首を左右に振る。


「ううん、ゆっくり歩きながらレフティ達の後を追って村に戻りましょう? お昼ご飯も食べたいし」


「そうだね、私もおなかぺこぺこだよ。レフティなら私達が村に着く前に倒せているだろうしね?」


 にっこりと笑うエレナにアリシアも微笑んで答える。


「夕飯は熊の肉のシチューにしないとね」


「ご馳走ちそうだね。何か良い事でもあった?」


 そうエレナに尋ねられたアリシアの顔が、真っ赤に染まる。


「う、うん……実はね……」


 二人は会話をしながら森の中へと歩き始めた。

 アリシアから事情を説明されたエレナの顔が綻ぶ。


「アリシア! それって、本当なの!?」


 アリシアは恥ずかしそうに下腹部を手で触れて頷いた。

 並んで歩くエレナも、アリシアのお腹を嬉しそうにジッと見つめてくる。


「そりゃ、お腹がくわけだよね?」


 エレナに冗談を言われたアリシアの顔が、さらに真っ赤になった。


「でもアリシアのお腹、そんなに目立ってないね?」


「うん、取りえず先生に魔法でてもらって、確認が出来ただけだから……」


「そっかー、おめでとう」


 先程からエレナは器用に歩きながら腰を曲げて、アリシアの下腹部を透視するかのように覗き込んでいた。

 そんなエレナに対してアリシアは、クスクスと笑った後で申し訳なさそうな表情になる。


「ごめんなさい、エレナ」


 エレナは腰を伸ばすと、アリシアの方を見て不思議そうな顔をした。


「なにが?」


 アリシアが立ち止まると、少し進んだ後で釣られるようにエレナも振り向きながら歩みを止めた。

 アリシアは少しの間だけ迷っていたが、辿々たどたどしげに口を開き始める。


「私……貴女がレフティの事を好きだって、知っていた筈だったのに……」


 エレナは少しだけ頬を赤らめたが、両手を頭の後ろに回すと……。


「なあんだ、そんな事?」


 そう言って、微笑んだ。

 エレナはアリシアを安心させるように語る。


「結婚式の時にも言ったけれど、私は二人の事が大好きなの。だから今の私は、とっても幸せだよ」


 エレナがレフティに子供の頃から寄せていた好意。

 それが恋心だと自覚した時には、彼のそばにはアリシアが深く寄り添っていた。

 二人が好きだという想いと、レフティに振り向いて欲しいという願いの葛藤かっとう

 エレナはその狭間で藻掻もがきながら、ある夜に泣き崩れ、そして目覚めた朝に前者を選んだ。

 レフティが自分の事を好きならアリシアから奪うだろう。

 しかし、レフティもアリシアの事が好きなのだ。

 ならば自分は、二人を祝福するがわに立とう。

 そうエレナは、心に決めていた。


「本当に、おめでとう。アリシア」


 エレナは笑顔のままでアリシアに、そう伝えた


「ごめんなさい」


 しかしアリシアは、哀しい顔をして俯いたまま再びエレナに謝罪してしまうのだった。


「違うよ、アリシア」


 エレナは少しだけ怒っている声で言った。

 顔をあげたアリシアとエレナの目が合う。

 エレナはアリシアの、すぐそばに来て顔を近づけてきた。

 エレナの両手がアリシアの両肩を優しく掴む。


「アリシア。こういう場合は、ありがとうって言うんだよ?」


「……うん、ありがとう」


 アリシアは涙を滲ませながらも笑顔で、そう答えた。

 エレナもアリシアに向けて微笑みかける。


 しかし、そんな彼女の表情が一変した。

 エレナは厳しい表情でアリシアの両肩から手を離すと、その背中の向こう側へと回り込む。

 そしてアリシアの後ろにある背の低い樹木の葉っぱを引っ張って調べた。


「なに……これ……?」


 葉っぱには何か堅い糸のような物が引っ掛かっていた。

 それは恐らく獣の毛だと、エレナには思われた。

 しかし彼女は、こんな鮮やかな黄色をした毛を見た事が無い。

 少なくとも村の周辺に存在する生き物の中で、こんな色をした毛を持つ動物はいない筈だった。

 その時にエレナの後ろからアリシアの少し大きめな声が聞こえてくる。


「あのー、どなたですかー?」


 エレナは振り向いてアリシアが呼びかけている方を見た。

 アリシアの視線の先、森の中、やや遠い位置に長い黒髪の女性の人影が立っていた。

 もう一度だけ開きかけたアリシアの口を、エレナは慌てて右手でふさぐ。

 驚いて少しだけ振り向いたアリシアに、エレナは口に人差し指を当てる仕草を見せた。

 エレナの右手の震えがアリシアに伝わる。

 全身の毛穴から恐怖で汗が噴き出すのをエレナは感じていた。

 彼女の尋常じんじょうならざる雰囲気の意味をアリシアも少し後になって理解する。


 二人の目に映った女性が、人の姿をしていたのは上半身だけだった。

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