未《いま》だ神話のような、ある世界

 我々の世界とは異なる世界。

 その世界の主なる神は、最初に元素げんそを創造した。


 火の元素は光を放ち、地の元素は形をし、水の元素はみゃくを与え、風の元素は息吹いぶきを運んだ。

 星が生まれ、みずから燃えて光を放つ太陽になったり、その光を受けて輝く月や地になった。


 照らされた輝きの中から生命が誕生し、そうでない場所からは闇が現れた。

 闇の者達は光に憧れ、生命に嫉妬しっとし、生き物達を喰らい始める。


 主神しゅしんは息子である太陽神に闇の者達の討伐とうばつを命じた。


 太陽神はの力を使い、闇を地獄の最下層よりも更に深くへと追いやる事に成功する。

 しかし、その戦いのせいで世界の半分が焼けて、多くの生き物達は命を落とした。

 また、苛烈を極めた戦闘によって、太陽神の心は深くんでしまう。

 彼は極度に闇を恐れるようになり、その者達が二度と地表にい寄る事の無いように陽の力を強めていく。

 そして、巻き添えで更に多くの生き物達を死にいたらしめてしまった。


 主神は太陽神の力を奪い、彼を地獄へととす。


 それからあらたに月の神へ地獄におもむくように指示し、力を失った太陽神と闇の者達の監視役をするように命じた。

 この任務を受けると月神つきがみは、二度と月や天へ戻る事は出来なくなってしまう。


 彼は主神に一つの願いを叶えて欲しいと申し出る。


 永遠に地獄でひとりきりは寂し過ぎる。

 監視するべき対象に話し掛けるわけにもいかない。

 主なる神よ、どうか私に貴方の創造の力を……無からゆうを生み出す技を教えて下さい。

 地獄を私の創造したもの達で満たし、寂しさをまぎらわせる事をお許し下さい。


 主神は月神の願いを聞き入れ、彼に自身の持つ創造の力を少しだけ分け与えた……はずだった。


 喜びつつ地獄へと降りた月神は、早速に創造の力を試してみる。

 だが彼に創る事が出来たものは、土くれで造られた魂の存在しない、形だけ生き物に似せた得体の知れない何か……だけであった。

 月神は、主神に約束を反故にされた、騙されたのだと怒り、地獄の底から嘆いた。


 自分の思い通りにしか動かせない、様々な土くれ人形達は、彼の寂しさと哀しみに満ちた心をいやしたりはしなかった。

 そして、地獄の底の向こう側にいる闇の者達の存在や、そばにいて何時いつ力を取り戻すか分からない太陽神からの恐怖は、月神の心を数万年という長い時間をかけて、徐々にむしばんでいった。


 狂気に取りかれた彼は、ある時……自身の創造の力を土くれでは無く、主神の創った生命に用いる事を思いついた。

 地上の生き物を地獄へとさらい、まったく別の生命へと作り変える。

 それは主神に対する明確な叛逆はんぎゃく行為であると理解しながら……。


 そうして、月神の手により最初の魔物が生まれた。


 魔物は土くれで造られた創造物と違って魂を持ち、知能は低いが自らの意志で考え行動した。


 月神は、その様子を見て非常に喜んだ。


 彼は次々と生き物を魔物へと作り変えた。

 地上には既に人間が存在しており、彼らをもとにして作り変えると、特に知能の高い魔物を生み出す事が出来た。

 元人間の魔者まもの達は仲間を増やす為に、さらに多くの人間を強引に地獄へと連れて行き、月神にささげた。


 月神は、いつしか人間達から魔神まじんと呼ばれるようになり、恐れられ始めていた。


 やがて魔神は、魔物を創る事にもきてしまう。


 所詮しょせん、神の創造物たる生き物を用いた彼の魔物を生み出す行為は、無から有を生み出すしんなる創造とはかけ離れていた。


 魔神は真なる創造の探求へと没頭ぼっとうしていく。


 まず彼は、自身の身体の一部を用いて新たなる魔物を創造していった。

 それらは人間を素にした魔者よりも、はるかに強大な力を持って生まれてきた。


 魔天使まてんしの誕生だった。


 彼らは自ら人間の女性を犯し、はらませ、新たな魔物を産ませていった。


 それは魔獣まじゅうと呼ばれた。


 母体ぼたいの死と引き換えに、多くの魔獣が誕生していった。


 魔神も人間の女性とまじわり子を成す事をこころみる。

 しかし、どの女性も魔神との性交に耐え切る事なく絶命してしまった。

 既に魔神は、その事をさびしく思う心すら失っていたのだが……。


 こうして魔天使と魔獣と魔物達で、地獄はゆるやかに満たされていった。

 やがて魔神は、彼らを地上に赴かせて支配を強めていく。

 主神の創造した物すべてを憎み、破壊と殺戮さつりくを繰り返すようになっていった。


 それから、更に長い年月が経った。


 事態をうれいていた主神は、彼の娘である一人の天使に魔神討伐を命じて、地上へと向かわせる。


 彼女は主神からたまわった『神光しんこうつるぎ』を使い、地上で得た仲間達と共に魔天使達を討ち、魔神の住む地獄へと乗り込んだ。


 その時から、地上に魔天使が現れる事は無くなったのだが、天使とその仲間達も地獄から戻る事は無かった。


 人々は天使様が魔神を倒したのだと、そして御役目を果たして天に戻られたのだと、そう喜んでいた。

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