テイストブラッド

ふだはる

レフティ編

ただ在る剣

 とある世界の中に存在する、ひとつの国で、奇妙な殺人事件が起こった。


 被害者は初老の男性で、自宅の書斎の床上に仰向けで倒れており、彼の左胸に握り拳くらいの大きさの穴が開いていた。


 その穴の中にあるはずの心臓は無く、代わりに一振りの黒い両手剣が刺さっていた。

 血糊まみれの剣は、切っ先を天井に向けたままで、つかの部分を身体に埋めつつ、そそり立っていた。

 しかし剣や遺体の周囲では、心臓本体またはその残骸らしきものが見当たらなかった。


 遺体をくまなく調べていた兵士たちは、さらに奇妙な事柄を発見した。

 背中から剣を刺された場合に出来るはずの傷口が、なにも見当たらなかったのだ


 被害者は、何者かに背後から心臓を貫かれて殺された。

 当初は兵士たちの間でそう思われていたのだが、遺体の状態から違う方法で殺害された可能性が高くなってしまった。


 遺体の検分にあたっていた兵士達の内の一人が、机の上にあった本を手に取る。

 何か事件の手掛かりになるような事が、書かれていないかどうかを調べた。


 表紙の著者名を確認すると、被害者の名前と一致する。

 被害者は作家だった。

 そのこと自体は、本を手にした兵士も知っている。


 その本には、どこか別の世界の物語が書かれていた。

 いわゆる、作者の空想の産物である。


 その創作物の中にも物書きを生業なりわいとする登場人物がいた。

 そして、やはり剣の柄が左胸に刺さって死んでいた。


 本に書かれた小説に登場する剣も漆黒しっこくの両手剣だった。


 兵士は物語を読み飛ばしつつ、大筋の確認をする。


 小説の剣には柄と剣身の境いの辺りに、本来はつばが存在するであろう場所に小皿のような物があった。

 丸い小皿は手の平くらいの大きさで、剣身や柄の厚みが薄い部分と並行になるように存在していた。


 兵士は読む手を止めて、今は遺体の横に置かれていた、凶器であろう剣を見る。

 似たような小皿が文章の説明の通りに、目の前にある剣にも存在していた。


 兵士は、少しだけ感じた悪寒おかんを振り払うようにかぶりを振った。


 そして、物語の内容の確認に戻る。


 物語中の漆黒の両手剣は、魔剣だった。


 普段の魔剣は、何も斬る事の出来ない頑丈なだけのだった。


 だが、小皿に新鮮な心臓を載せると一変する。


 切れ味は心臓の持ち主の霊格に比例して増し、使用できる時間は寿命に応じて長くなる。


 小動物の心臓を使えば、一瞬の間だけ獣を……。

 人間の心臓を使えば、数分の刻は悪魔を……。

 永遠の魂を持つ天使の心臓を使えば、長い時間をかけて神を殺せた。


 時が過ぎれば心臓は、ちりごとく崩れ去る。


 本に書かれた物語では、主人公である人間の剣士が、恋人である天使の心臓を用いて神を殺し、世界が終焉しゅうえんを迎えた所で完結していた。


 あまりにも荒唐無稽こうとうむけいな話に兵士は、自分が先ほど奇妙な悪寒を感じた事すら心の中で恥じた。


 兵士は本を閉じて、机の上に戻す。


 その本の題名は、登場する魔剣と同じだった。


 結局その殺人事件は、迷宮入りになってしまう。


 そして証拠品として押収おうしゅうされた剣は、誰に造られた物かすら判明せずに、城の中の倉庫に保管されていた。


 その国が、魔天使とその軍勢に滅ぼされるまでの間……。

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