第5話 憤怒の少女はかわいい

「本当にすみませんでした! 悠人さん!」

「いやいや、本当に大丈夫だから」


 目が覚めるとそこは夜空の星が綺麗に瞬く芝生の上だった。

 どうやら数分の間気を失っていたらしく、その間落合さんが看病をしていてくれたみたいだ。


「迷い林に私以外の人なんて来たこと無かったので……その、ビックリしてつい」


 申し訳なさそうな上目遣いで彼女は正座しながら僕にそう言った。女性に抵抗のある人でもこれには敵わないと言えるほど、その効果は絶大だった。そしてビックリしてつい人を殺めてしまっても許せてしまいそうだ、と冗談を言えるくらいには僕の体はピンピンしていた。


「迷い林?」

「ここの広場の事です。この林は何かに迷っている人にしか見つけられない場所なんですよ。有田さんはきっと道に迷われてたんですね」


 地図を見ながら彼女はクスリと笑った。

 僕は少し恥ずかしくなり、手に持っていた地図を隠した。


「美玲ちゃんの地図ですよね? なら迷って当然ですよ」

「もしかして、落合さんも」

「はい、ここに来たばかりの時は迷子になりっぱなしでした。皆さんはそうじゃなかったみたいですけど、私は迷子になった時にこの場所を見つけたんです」


 笑いながらそう言った落合さんは、教室でみた姿とはまるで違って見えた。授業中は他とは一切喋らず真剣に授業を受けているせいか、口数も少ないというイメージだった。


「男性寮ならこの林をまっすぐ出れば着きますよ。何なら私が付いて行きましょうか?」


 短い前髪がはらりと流れる。立ち上がった彼女は僕を見下ろすような形でそう言った。


「いや、いいよありがとう。それより、落合さんはここで何してたの?」

「え、いや……あの」


 彼女は顔を赤く染めながら、もじもじと恥ずかしそうにそう言った。


「実は……私、自分の力に自信が持てないんです」


 勇気を振り絞ったように拳を握り、訴えるように僕の顔に彼女の顔が近づいた。

 僕はなるほどと納得した。彼女のその悩みがこの迷い林というのを存在させているのだと。


「落合さんの特異単語って」

「ふ、憤怒……です」


 彼女は下を向きながら言った。表情を隠していても、恥ずかしそうにしているのが良くわかる。

 ちなみに得意単語というのはそのライブラリアンが辞書を展開した時に一番効率良く効果を発揮できる単語のことだ。この場合僕ならば先生と戦ったあの時に使用した可逆という物になるのだけれど、残念なことに記憶が無いので自分の意思ではまだ使用できていない。


「憤怒って言うと、怒ったりみたいな」

「はい、怒ったり……みたいな」

「落合さんが?」

「はい、落合さんが……。やっぱり似合ってませんか? 真由美ちゃんにも、あなたはもっとおしとやかな単語が似合ってると思うって言われて——」

「いやそんな事ないよ。得意単語を引けるだけで僕にとっては凄いよ。僕なんて……得意単語を一度も引けてないんだから」


 意外だった。得意単語というのは自身が使用したい単語が得意単語になるという訳では無い。得意単語というのは自身の心や身体的特徴などを模したりした言葉になることが多い。つまり彼女は、表面上では見えない何が憤怒という得意単語にしたのだろう。


「自主練……してたんです。私の能力ってよく暴走しがちで、私の意思に関係なく味方まで殴ってしまうというか……。私、特殊学科の中で1番ビリなので、少しでもみんなに追いつきたくて」


 落ち込んだ表情を多く見せる彼女。どうにか励まそうと僕は渾身の一言を繰り出した。


「僕が編入してきたからビリから2番目だよ! 大丈夫、自信もって!」

「有田さん励ましの言葉になってません!」


 ちょっと笑顔になりながら怒る彼女を見て、僕は安堵した。


「美玲さんに教えてもらえばいいんじゃないか?」

「ととととととんでもない! 有田さんはには普通に喋れてますけど、私これでも人見知りなんですよ? だからこういったところでやるのが好きなんです……」

「なるほどな……そうだ。だったら——僕と一緒にやらないか?」

「や、やるってナニをですか!」


 変な妄想するな、こら。


「特訓だよ特訓。僕の得意単語ならその暴走を上手くコントロールできると思う」

「確か……可逆でしたっけ。一旦進んだものや変化したものを元の状態に戻す力」

「そう、それを上手く使えば暴走しても上手く抑えられるし、僕の辞書を展開する練習とかにもなる、一石二鳥」

「そうですか……? なんだか上手い具合に乗せられてる気がするんですけど……」

「気のせいだって、キノセイ」

「なんで片言なんですか……。でも、なんだか有田さんとは話しやすいですし、悠人さんが辞書の使い方とかで困っているのもあまり放っては置けませんから——一緒に特訓しましょう、か?」

「決まりだね。僕の名前、悠人って呼び捨てでいいよ」

「じゃあ私も花美で」



 こうして僕らの二人三脚の日々が始まるのだった。

 と、その前に僕は男子寮を探さないと……。

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