幼馴染みの女の子、と、少年の話。

三好ハルユキ

「約束、あるいはダメ押し。」




 僕には幼馴染みの女の子が居る。

 彼女が、まぁ、なんというか、恋多き乙女なもので。

 これまでに紹介された彼氏の数は両手両足の指では数えきれないし、その容姿や性格、年齢の振り幅は僕の百七十七センチの身長では到底表現出来るものではない。

 新しい彼氏が出来るたびに自慢のように僕に紹介してきては、いつも、決まって同じ言葉を残して去っていくのだ。

 「きみは絶対に、わたしを好きになっちゃダメだよ」

 そう言われるたびに僕は、特に返す言葉も思い浮かばないまま曖昧に、去っていく彼女と彼氏の背中を見送っていた。

 僕は彼女のことが好きじゃない。まぁ、嫌いでもない。普通だ。

 幼馴染みと言っても昔から家族ぐるみの付き合いがあるだけで、僕と彼女が直接なかよしこよしってわけじゃなかった。傍に居る時間がどれだけ長くても、興味が無いのならそこに居ないのと同じだ。

 彼女は美人で、可愛くて、頭が良くて、穏やかで、僕の周りの人達は多分みんな、彼女のことが好きだ。

 僕が見ても彼女は美人だし、可愛いし、賢いし、気性も穏やかだけど。僕は特別に面食いなわけでも可愛い子が好きなわけでも賢い子がタイプなわけでも誰かに癒されたいわけでもないから、それらは単なる事実確認でしかなくって。

 だから僕は彼女のことが好きじゃない。嫌いになる理由も特にない。普通だ。

 ……嫌いになる理由はないけど、たまに嫌になることはある。

 僕は彼女の幼馴染みだというだけで、いろいろと居心地の悪い思いをすることがある。幼馴染みなんて多少の縁があるだけで大した意味も無いのに、人は言う。アイツは姉弟でも親戚でも男友達でも彼氏でもないのに彼女の特別枠に居座っているのだと、言葉で、指で、視線で、刺され続ける。僕の周りの人達はみんな彼女のことが好きだから。そして僕は、誰にでも好かれるような人間じゃないから。

 けれどそんな僕にも一度、春が訪れたことがある。

 僕のことを好きだと言ってくれた女の子は、他の人が言うには、僕の幼馴染みよりも不美人で、地味で、好まれにくい体型をしているらしい。らしい、というのは、僕の中にそれを測る物差しが無かったからだ。人間なんてみんなバラバラだし、優劣なんてどうでもいい。そう考えるようになったのは、世間的に見ても完璧なあの幼馴染みのせいかも知れない。

 僕の人生において、優は彼女で、劣は僕だ。

 他がどうでも、そこだけは動かない。

 ……僕のことを好きだと言ってくれた女の子は、半年ほど僕の恋人を名乗った後、一方的に別れを告げてきて、すぐに他人の振る舞いへと戻っていった。

 最後の言葉は短かった。

 「あなたと居ると、いつも比べられてる気がして、もう嫌なの」

 比べられる。

 誰と? なんて訊けるほど鈍感じゃなかった。

 誰に? なんて訊き返してみればよかったと、後から思った。

 とにかく、僕の春は終わった。そう、季節は過ぎていくものだ。とはいえ今まで冬の次に春が来てたからって、次もそうなるなんて保証は誰にも出来ないけれど。

 そんな夏。僕の幼馴染みの恋人が、また死んだ。

 今回は交通事故だったらしい。その前は落下事故で、更に前は、なんだったかな。駅のホームで突き飛ばされて電車に轢かれた彼は、あー、四人くらい前か。集団強盗に道端で刺されて亡くなった人も居たと思う。ステージで落ちてきた照明に潰されたのは中三の秋頃の彼氏だっけ。

 申し訳ない気持ちは山々だけど、これだけ多いとさすがに覚えきれない。

 両手両足の指でも数えきれない回数の葬式にも彼女は律儀に参加する。

 両手両足の指でも数えきれない回数の離別にも彼女は涙を流す。

 呼吸も忘れるほど泣き崩れる彼女のことを、いつも、誰かの手が支える。

 そうして、その誰かが、そのうち恋人として彼女の傍に立つ。

 だから僕はまた近いうちに、あのセリフを聞くことになるんだろう。

 「きみは絶対に、わたしを好きになっちゃダメだよ」

 ならないよ、と答えない。

 どうしてだよ、と思わない。

 ただの幼馴染み。

 僕は彼女のことが好きじゃない。嫌いでもない。

 他の全部が今、僕は、殺してしまいそうなくらい大嫌いだけど。

 彼女はこれからもずっとずっといつまでも。

 好きでもなく、嫌いでもない、ただの、普通の、幼馴染み。

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幼馴染みの女の子、と、少年の話。 三好ハルユキ @iamyoshi913

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