第17話

「橘!藤原!」


 名前を呼んでみても、二人からの返事はなかった。どういうことだ。とりあえず俺は、一人で先に505号室へと向かうことにした。



『今から会う三人をいつもと同じだとは思うな…』か。確かに古泉達から何の連絡もないのはおかしい。終わらない夏休みの時は時間も考えずに俺に電話をよこしてきたのに。などと考えている間に俺は505号室の前に到着した。おそらく三人はこの部屋にいる。もしかしたら、ハルヒも。呼び鈴を押そうと俺が手を伸ばした時、ガチャンとドアがひとりでに開いた。


 笑ってくれ、俺はこの部屋が元々誰のものかということをすっかり失念していた。朝倉は両の手で俺の左腕を掴みそのまま玄関に組み伏せた。話し合いどころかいきなり生命の危機だった。


「それ以上の行動は許可できない」


 部屋の奥から淡々と響く声により、朝倉は速やかに俺を解放した。もう少しで関節が限界を超える所だった。


「うふっ、ごめんなさい」


 全く反省の色もなく朝倉は声の主に笑いながら返事をして、部屋に鍵とチェーンロックをかけた。


「彼は私たちと話を希望している。今のあなたの役割は喜緑江美里の補佐。それ以上の行動は許可できない」


 あら残念、とだけ朝倉は言って、俺にウィンクをしてから隣の部屋へと消えた。



「ようこそSOS団へ。副団長改めまして団長代理の古泉一樹です」


 奥から、慇懃かつ朗々とした声で奥から出てきたのは、俺のよく知る古泉だった。 珍しく自慢の笑顔に疲労の色が隠せていない。


「続いて団員の紹介を致しましょう。手前左にいるのが朝比奈みくるさん、奥にいるのは長門有希さんです」


 自己紹介などいらん。お前らとはどれだけの付き合いだと思ってるんだ。古泉はふっと顔の筋肉を緩ませ笑った。だが、眼は全く笑っていなかった。


「僕は主に三次元における敵の担当です。言いかえるのならば、今我々がいる『ここ』を守っています」


「次に朝比奈みくるさんですが、彼女…いえ彼女達未来人は四次元、つまり『時間』の担当です」


「最後に長門有希さんですが、彼女には五次元以上の、すなわち人知の及ばない宇宙的超常現象についての対応を」


「いい加減にしろ古泉!!!」


 俺は乱雑に古泉の胸ぐらを掴んだ。けれども古泉は一向に動じない。まるで『そろそろ痺れを切らす頃か』とほくそ笑んでいるようにすら感じた。


「お前らの役割とかそんなことはどうでもいい!ハルヒはどこだ!今までどこで何をしていた。何で突然いなくなった!お前らの名前が学校の名簿から消えているのはどうしてだ!答えろ!」


 長身の古泉は俺に胸ぐらを掴まれているため背をかがめる形になっていた。本当に目と鼻の先にある古泉の面には数日前まであった穏やかさは欠片もなく、まるで興味を失った玩具を見るような目をしていた。


「あなたが聞くべきことはそのようなことではないでしょう」


 古泉は自分の手を俺の手に重ね、引き剥がした。それは繊細な技巧によるものではなく、腕力による容赦のない力技だった。


「何故我々があなたの友人を狙うのか…それを聞きに来たのではないのですか」


 俺は古泉の手を振り払った。


「ああそうだ、それもだ!お前らが橘や九曜、藤原と敵対しているのは俺だって分かってる。だが佐々木は関係ないはずだ。何の目的だか知らんが、佐々木に危害を加えようって言うのなら、いくらお前らでも許さん」


 そうとも。お前らだって、ハルヒが誰かに傷付けられたりしたら嫌だろ。春先の事件で、誰よりもキレていたはずのお前にはわかるはずだ。古泉は自分の髪をはらりと払い溜息をついた。


「その涼宮さんを守るためですよ」


 ハルヒのためだと?ハルヒは自分のために人を傷つけるような奴じゃない。昔はともかく、注意すればちゃんとわかる奴だ。


「口で言っても無駄ですね。話はあなたにも見てもらってからにしましょう」


 そばで朝比奈さんがビクッと震えるのが目に映った。俺に何を見せるつもりだ。


「見せるのではなく、会わせるのです。我らが団長にね」


 そう言って古泉はすっと襖を開けた。俺と朝比奈さんが三年間眠っていた部屋、そこには誰もいなかった。


「涼宮さん。彼が来ましたよ」


 部屋の中央で、古泉は独り言を呟いた。いや、少なくとも俺には独り言を呟いているようにしか見えなかった。



古泉は



部屋の中央に横たえられている



ハルヒそっくりに彫られた『石像』に話しかけていた。

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