第14話

「そう言えば佐々木は食べないのか。さっきから姿が見えないが」


 拗ねてあちら側を向いていたツインテールがピョコンと跳ね上がった。


「そうですね、佐々木さんにも持って行かないと。藤原、持っていって」


 食器棚から新しい皿を出すと少し少なめにカレーをよそった。


「嫌だね。どうして僕がそんな小間使いを」


 藤原はカンと音を立ててコップを置いた。


「だって私は今からキョンさんにいろいろ説明しますから」


 パァーという擬音語が聞こえそうな笑顔で皿を差し出した。藤原は苦々しそうに皿を受け取ると、水を入れたコップを持ってスタスタと部屋を出ていった。なあ橘、藤原と佐々木を二人にするのはあまり良くないんじゃないか。


「どうしてですか?ひょっとしてキョンさん、妬いてるんですか」


 どうしてそうなる。


「それよりもキョンさんには佐々木さんとハルヒさんの創り出す空間の違いについて説明しないと」


 橘はあまり心配していないようで話し始めた。


「キョンさんも知っての通り、佐々木さんの方は神人がいません。それにさっき言っていた通り古泉さん達は閉鎖空間の周り、つまり円周上からしか入れません。でも私達はこの空間の内側なら何処からでも入れます」


 なるほどな。でもそれは大した違いじゃなくないか。


「その通りです。これらの違いは表面的なもの」


 橘は少し姿勢を正した。


「いいですか。この二人の創り出すものの決定的な違い、それは『時間』です」


 意外な単語が出た。時間?それはお前ら超能力者よりも未来人の専門だと思っていたんだが。


「定義付け云々の話ではありません。キョンさんは両方の空間に入ったことがあるから思い出してみて。入る前と出た時であなたの周りはどんなふうに変わっていた?」


 俺が初めて古泉と閉鎖空間に入ったのは、夕暮れ時だった。古泉がひと通り中を案内して、神人を倒して出たらもうほとんど太陽は沈んでいたな。お前と入った時は神人もいないしすぐ喫茶店に戻ったと思うが。


「そうです。つまり、ハルヒさんの方は現実世界と時間経過がリンクしています。ですが、佐々木さんの方はリンクしていません」


「リンクしていないってどういうことだ?」


「佐々木さんの創り出す空間、つまりここでは時間の流れが現実世界とは異なります」


 聞いたことのある話だな。あれだろ、舌出したおっさんが言いだした時間が伸びたり縮んだりしているって理論か何か。


「まあそんな感じですね。例えばですが、この空間に入ってから結構時間が経ちましたよね。でも現実世界の方ではほとんど時計の針が進んでいないのです。私達を捕まえようとした人たちは今頃車のドアを閉め終わったくらいかしら」


 いわゆる精神と時の部屋みたいなものか。時間制限とかないのか?


「たぶんありません。でもあまり長いこといると現実世界の人と不都合が生じるので私達はあまり長居しないわ」


 そりゃそうだな。一日ぶりに会ってお前がおばあちゃんになってたら俺とてひっくり返るかもしれん。


「もう一つ。これは二人の違い、というより佐々木さんの方の変化なのですが、大きくなっているのです」


「何が大きくなってるって?」


「佐々木さんの創り出す空間が、この春を境に少しずつ、でも確実に。もしかしたら、機関はそのことで強硬手段に出てきたのかもしれません」


 つまり古泉のところの機関は、佐々木がハルヒと同じ願望実現能力を持つことを恐れているということか。だが何故だ。佐々木が万が一その能力を持っても使わないって、お前が言ってただろ。


「私達はそう思っています。でも向こうもそうは思ってくれるとは限りません。もし二人が同じ願いを持ってしまったとしたら…。『矛盾』が世界に何をもたらすのか分かりません」


 お前の話は正直当たっているような気もする。だがそれなら今回の改変は何だ。


「わかりません。だからあなたに協力してほしいの」


 そう言えばさっき藤原も同じことを言っていたな。協力することはやぶさかではないが長門達が何処にいるのか分かるのか。橘はこくんと頷くと一言だけ呟いた。505号室、と。

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